359 / 508
第17話:風雲児 都の星で ひと暴れ
#10
しおりを挟むノヴァルナやマグナーの睨んだ通り、惑星キヨウの大気圏を抜けて、衛星軌道に乗ったイースキー家のシャトルは、軌道上に浮かぶ貨物中継ステーションへ向かった。
貨物中継ステーションは外宇宙及び、ヤヴァルト星系の各惑星から大型コンテナ船で送って来られる、資源や物資を一括して受け入れ、その搬入物の地上の届け先ごとに仕分けて、貨物シャトルで送る役目を担っていた。
このような中継ステーションはキヨウの衛星軌道上に三か所ある。しかし『オーニン・ノーラ戦役』以来の皇都の荒廃と衰退で、取扱数も激減し、現在では一か所のみがどうにか稼働している状態である。ただこの施設は、皇都を事実上支配しているミョルジ家にとっても重要であるため、略奪集団は手を出さない。『アクレイド傭兵団』を通じて成る、“暗黙の了解”に反するからだ。
直径約1キロ、高さ約百メートルに及ぶ円盤型の本体から、貨物船が接舷するための、六本の“埠頭”が突き出た貨物中継ステーション。ノア達を捕らえたシャトルは、その埠頭ではなく、円盤状の本体を目指した。小型艇用のランディング・ベイはそちらにある。
管制室の指示に従って、気密用エネルギーシールドをくぐり抜け、シャトルはランディング・ベイの一つに到着し、六角形をしたデッキに降下した。周囲には同じようなデッキが何基かあり、その中の幾つかには、様々な形状の小型シャトルが駐機されている。ランディング・ベイの内部は全体的に薄暗く、局所的な照明や指示灯的な光が眩しい。そしてシュワシュワと音を立て、そこかしこから立ち上る蒸気が、それらの光を反映して、周囲で動き回る人々を、シルエットとして浮かび上がらせる。
「やだ。蒸し暑いわぁ…」
捕らえたノアとソニア、そしてメイアを引き連れ、シャトルから降りて来たビーダの第一声がそれであった。異世界で“東洋風”と呼ばれる衣装の懐から、早々に扇を取り出すと、それを仰ぎながら歩き始める。そして前を行く男―――『アクレイド傭兵団』の指揮官、バードルド=ブロットに声を掛けた。
「ブロット隊長。道案内、大丈夫なんでしょうね?」
「ここには、俺達の仲間も大勢おります。申し上げた通り、俺はそれなりに顔も利きますんで、ご心配なく」
ビーダの問いに慇懃に応じるバードルド。この男は浄水・空調施設で部下の指揮を執っていたはずが、アーザイル家陸戦隊が出現すると、部下を見捨てていち早く現場を逃げ出し、ビーダとラクシャスのもとへ戻って来たのである。だがそれもまた、ビーダとラクシャスの思惑に即した指示であった。
バードルドを雇い入れるにあたって、ラクシャスは“トランサー”能力を使い、『アクレイド傭兵団』内でのポジションを照査したのだが、その結果、地位は低くとも顔は利くと判断し、キヨウからの脱出に利用する事にしたのである。事実ビーダとラクシャス達が最初に接触した時、バードルドはその顔の広さで、最低下層ランクの『アクレイド傭兵団』部隊の指揮官ながら、『ゴーショ行政区』近くの一区画を仕切ってていた。利用できるものは何でも利用する…そんなビーダとラクシャスの眼鏡にかなった、と言える。言い方を変えれば、クーケンらは全員足止めの価値しかなく、バードルド個人は皇都惑星脱出までの価値がある…というわけだ。
「どこへ行こうというのです?」
毅然とした態度は失わず、背筋を伸ばしてビーダに問い掛けるノア。振り返ったビーダは「うふ」と妖しく微笑むと、わざとらしく“科”を作って応じる。
「この先の埠頭に、イースキー家船籍の大型コンテナ船がいますの。ラクシャスが手配してくれたんですのよ」
“手配してくれた”とは聞こえはいいが、実際には航行可能なままこの中継ステーションに放置してあった空船の中で、一番状態のいいものを、ラクシャスの“トランサー”能力による航路管理局のデータベースへの不正アクセスで、イースキー家の船籍に書き換えたのである。超空間ゲートを利用してヤヴァルト星系を離れる際の、船籍照会に備えてだ。次いでラクシャスが口を開く。
「万が一、ノヴァルナ様が生き延びられ、我々の船を発見して追って来ても、あの武装船では、超空間ゲートの使用は許されません。つまり、それ以上の追跡は不可能です」
「ね。ちゃあんと、考えてますでしょう?」とビーダ。
銀河皇国の主要星系の外縁部には、他星系と亜空間接続する超空間ゲートが置かれており、これを利用すればDFドライヴを繰り返す事無く、目的の星系へ移動する事が可能だった。
ただこのゲートは銀河皇国直轄施設となっており、星大名の軍艦は使用を許されない。また民間船であっても武装船は使用する事は出来ず、非武装の旅客船または貨物船のみが通行可能となっている。したがって、戦闘輸送艦として登録されている『クォルガルード』は、超空間ゲートを利用できないのだ。ノヴァルナ達がキヨウへ来るまで、中立宙域でDFドライヴを繰り返していたのもこのためだ。
「御三人様とも、無事バサラナルムまでお届けいたしますので、ご安心を」
そう言ったビーダの言葉に、ビクリ!…と肩を震わせたのはソニアだった。ソニアにはまだ幼い妹と弟がキヨウにおり、彼女一人で育てていたのである。いま置き去りにしてしまうと、妹も弟も生きてはいけない。
「あ…」
あたしは家に帰して…と言いかけて、ソニアは言葉を飲み込んだ。ノアがビーダ達に捕らえられたのは、口車に乗せられた自分が、手引きしてしまったせいだ…という自責の念があるからだ。
するとそんな親友の胸の内を察したのか、ノアが進み出て言い放つ。
「ソニアは解放してください。あなた達の目的は果たしたはずです!」
「ノア…」
罠に落とした自分を守ってくれようとするノアの横顔を見詰め、ソニアは泣き出しそうになって唇を噛む。だがビーダといえば、顎に指をあて「うーん…」とほんの少しの間、考えるふりをしただけであっさりと言った。
「無理ね。諦めて頂戴ませ」
「!!!!」
身をすくめるソニア。ノアは口調をきつくして抗議する。
「ソニアには、幼い妹と弟がいるのです! 解放しなさい!」
ノアの抗議に対し、ビーダは薄笑いを浮かべながら歩み寄って行く。そして次の瞬間、手にしていた扇を閉じると力任せに振った。
ピシィッ!!…と乾いた打擲音が響く。だが扇に打たれたのはノアでもソニアでもなく、この話に関わっていないメイアだった。脚を踏ん張って倒れそうになるのを耐えるソニアの、左のこめかみから頬骨へ裂傷ができて、血が流れる。
「なにをするの!!!!」
メイアを庇い出て、驚きと怒りの表情でビーダを睨みつけるノア。
「なにって…この女は、双子の片割れが逃げ出した時、姫様を守り続けるために、わざと残ったのでございましょ? ですからその任務を、果たさせて差し上げてますの。生意気な姫様でも、むやみに打つわけには、いきませんからねぇ」
つまりは自分が反抗的な態度を取れば、その身代わりにメイアが暴力を振るわれるという事だった。
「卑劣な真似はやめなさい! 叩くなら、私を叩けばいいでしょう!!」
悔し気な顔で見据えて来るノアに、普段は無表情な時が多いラクシャスが、不意に眼を輝かせ始める。この男装女性の琴線に触れるものがあったらしい。口元を僅かにほころばせ、小声で「いいですね、その表情…」と呟く。そんな相棒の反応に気付き、ビーダは「ホホホホ…」と笑い声を漏らしてノアに告げた。
「ご心配なく。お楽しみタイムではこのラクシャスが、姫様を幾らでも叩いて差し上げますので。うふん…姫様がどんなお声で鳴かれるか、わくわくしますわ」
怪しげなビーダの発言に、メイアが怒りを沸騰させるのが分かり、ノアは「おやめなさい…」と囁いて落ち着かせる。後ろ手に手錠を嵌められた状態で、今むやみに激高しても、また暴力をふるわれるだけだ。
「私とメイアは抵抗しません。だからソニアだけは逃がして」
もう一度ビーダに訴えかけるノア。だがビーダはふざけた口調で、「駄ぁ~目」と返すだけでまるで応じようとしない。そこに割り込んで来たのは、『アクレイド傭兵団』のバードルド=ブロットだった。
「ソニア一人なら、今ここで逃がしてやっても、いいんじゃないですかい」
「あら、隊長。殊勝なこと言うじゃない? この子の常連客さんだってことで、情が移ったのかしら?」
意外そうなビーダに、バードルドは髭面を歪めて応じる。
「いえね。このステーションには俺達みたいな、ゴロツキ同然の連中がそこらじゅうにいるんでね。そんなところに、若い女一人を放り出したらどうなるか…」
「悪趣味ねぇ…」
自分の事を棚に上げて、バードルドを白い眼で見るビーダ。ただそのビーダ自身も、何か良からぬ事を思いついたようだ。
「でも…そうね。この子をどうするか、ノア姫様に決めて頂きましょう」
▶#11につづく
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
ゲームコインをザクザク現金化。還暦オジ、田舎で世界を攻略中
あ、まん。@田中子樹
ファンタジー
仕事一筋40年。
結婚もせずに会社に尽くしてきた二瓶豆丸。
定年を迎え、静かな余生を求めて山奥へ移住する。
だが、突如世界が“数値化”され、現実がゲームのように変貌。
唯一の趣味だった15年続けた積みゲー「モリモリ」が、 なぜか現実世界とリンクし始める。
化け物が徘徊する世界で出会ったひとりの少女、滝川歩茶。
彼女を守るため、豆丸は“積みゲー”スキルを駆使して立ち上がる。
現金化されるコイン、召喚されるゲームキャラたち、 そして迫りくる謎の敵――。
これは、還暦オジが挑む、〝人生最後の積みゲー〟であり〝世界最後の攻略戦〟である。
ソラノカケラ ⦅Shattered Skies⦆
みにみ
歴史・時代
2026年 中華人民共和国が台湾へ軍事侵攻を開始
台湾側は地の利を生かし善戦するも
人海戦術で推してくる中国側に敗走を重ね
たった3ヶ月ほどで第2作戦区以外を掌握される
背に腹を変えられなくなった台湾政府は
傭兵を雇うことを決定
世界各地から金を求めて傭兵たちが集まった
これは、その中の1人
台湾空軍特務中尉Mr.MAITOKIこと
舞時景都と
台湾空軍特務中士Mr.SASENOこと
佐世野榛名のコンビによる
台湾開放戦を描いた物語である
※エースコンバットみたいな世界観で描いてます()
死んだはずの貴族、内政スキルでひっくり返す〜辺境村から始める復讐譚〜
のらねこ吟醸
ファンタジー
帝国の粛清で家族を失い、“死んだことにされた”名門貴族の青年は、
偽りの名を与えられ、最果ての辺境村へと送り込まれた。
水も農具も未来もない、限界集落で彼が手にしたのは――
古代遺跡の力と、“俺にだけ見える内政スキル”。
村を立て直し、仲間と絆を築きながら、
やがて帝国の陰謀に迫り、家を滅ぼした仇と対峙する。
辺境から始まる、ちょっぴりほのぼの(?)な村興しと、
静かに進む策略と復讐の物語。
200万年後 軽トラで未来にやってきた勇者たち
半道海豚
SF
本稿は、生きていくために、文明の痕跡さえない200万年後の未来に旅立ったヒトたちの奮闘を描いています。
最近は温暖化による環境の悪化が話題になっています。温暖化が進行すれば、多くの生物種が絶滅するでしょう。実際、新生代第四紀完新世(現在の地質年代)は生物の大量絶滅の真っ最中だとされています。生物の大量絶滅は地球史上何度も起きていますが、特に大規模なものが“ビッグファイブ”と呼ばれています。5番目が皆さんよくご存じの恐竜絶滅です。そして、現在が6番目で絶賛進行中。しかも理由はヒトの存在。それも産業革命以後とかではなく、何万年も前から。
本稿は、2015年に書き始めましたが、温暖化よりはスーパープルームのほうが衝撃的だろうと考えて北米でのマントル噴出を破局的環境破壊の惹起としました。
第1章と第2章は未来での生き残りをかけた挑戦、第3章以降は競争排除則(ガウゼの法則)がテーマに加わります。第6章以降は大量絶滅は収束したのかがテーマになっています。
どうぞ、お楽しみください。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる