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第18話:未来への帰還
#03
しおりを挟む貨物船から飛び出したノヴァルナ達は、接舷していた『サレドーラ』の舷側ハッチを目指す。
一方、突如出現したノヴァルナが放った完璧なドロップキックで、ビーダがぶっ飛ばされた時にはもう、キャビンを逃げ出していたラクシャス=ハルマは、通路の壁で一番近くに設置されていたインターコムに飛びつき、コンテナの並ぶ船倉へ通信を入れた。コンテナのうちの十二個には、中に仮装巡航艦『ワーガロン』から移し替えたイースキー軍の量産型BSI、『ライカ』が収められている。
「ハルマだ! 全機緊急発進し、本船に取り付いていると思われる船を捕らえろ。破壊は許さん。急げ! コンテナごと放出する!!」
単に逃げ足が速いだけではなかった、ラクシャスの素早い対応で、コンテナ内のBSIにパイロットが乗り込むや否や、『ラッグランド58』の船底が開き、全てのコンテナが吐き出される。
ノヴァルナ達を収容中の『サレドーラ』は当然、これを発見するが、まだ離脱する事が出来ない。するとコンテナが放出される様子を映し出した、インターコムの小型スクリーンを見るラクシャスのところへ、ビーダが遅れて逃げて来る。
「ラクシャス。ラクシャス! 大変よ! ノア姫が逃げちゃうわ!!」
腕にしがみついて来るビーダに、ラクシャスは声を緊張させて応じた。
「すでに手を打った。逃がしはしない!」
対するノヴァルナも仲間を急かして、『サレドーラ』の開いたハッチの中に、押し込んでいく。
「早くしろ。時間はねぇぞ!!」
宇宙服の中でそう叫ぶノヴァルナの向こうで、『ラッグランド58』から放出された全部のコンテナが開放され、中から十二機の『ライカ』が姿を現した。
「あぁん。せっかく買い集めたのにぃ!」
スクリーンを眺めてビーダがそう声を上げたのは、ノアの調教部屋にしつらえていたコンテナも、宇宙に放出されて開放。中に用意していた、いかがわしい“責め具”の数々が、無重力の中にバラ撒かれたからだ。
「そんな事を言ってる場合か!!」と叱りつけるラクシャス。
その間に『サレドーラ』のエアロックに飛び込んだノヴァルナは、ハッチを閉めながらナギに連絡する。
「いいぞ、ナギ殿。離脱だ!」
即座に命じる、ブリッジのナギ。
「離脱! 最大加速!!」
だがその時、いち早く体勢を整えた数機の『ライカ』が、超電磁ライフルを構えて、加速を開始した『サレドーラ』に向けて発砲した。船内にガガガン!と鋭く響く振動。銃撃を喰らったらしい。
「左舷重力子ノズルに被弾! 速力低下します!」
オペレーターの報告に、『サレドーラ』の船長はキリリ…と奥歯を噛み鳴らし、自分達の不運を呪った。『サレドーラ』は高速クルーザーで、超空間ゲートを使用できるように、ブラストキャノンなどの武装はしていない。だが潜宙艦と同等の、“高々度ステルスモード”に加え、防御シールドは巡航艦レベルのものを装備していた。しかしそのシールドが張れない重力子ノズルへの直撃は、不運以外の何物でもない。ここへ来てノヴァルナ達の運も尽きたのだろうか。
「ともかく離脱だ。出せるだけの速度で、キヨウ方向へ向かえ!」
船長の指示で、『サレドーラ』は舳先の方向を皇都惑星キヨウへ向けると、一気に加速を開始した。だが左右両船尾に発生させた重力子の、オレンジ色の光のリングは、超電磁ライフル弾を受けた左側のほうが明らかに小さい。それはつまり、全速力を出すのは不可能となったという事だ。
「逃がすな。追え!」
逃走を図る『サレドーラ』を、十二機の『ライカ』が追い始める。無論“高々度ステルスモード”など使用しても、今の状態では効果はない。するとやや遅れて、ビーダ達の乗る『ラッグランド58』も針路を変えて、『サレドーラ』の追跡を開始した。
「どうやら、クーケン達は失敗したようだな」
『ラッグランド58』のブリッジへ、ビーダと共に移動したラクシャスが、苦々しい表情で吐き捨てるように言う。
「あの役立たずどもがぁッ!!!!」
一方のビーダは、完全に男口調に戻って叫びながら地団駄を踏んだ。しかしすぐに自分を取り戻し、言葉遣いを正して船長に命じた。
「急いで頂戴! 大うつけを逃がすんじゃないわよ!!」
ただ民間の貨物船である『ラッグランド58』では、全速力を出しても、『サレドーラ』に追いつけそうもない。片方の重力子ノズルに被弾しているとはいえ、高速が売り物のクルーザーである『サレドーラ』の全速力はやはり速い。
そしてそれは『サレドーラ』を追っている、BSIユニットも同様だった。惑星上での戦闘とは違い、航空機的なBSIなどの機動兵器と、宇宙艦船にはそれほど大きな速度差はない。それどころか最高速度では、より大出力のエンジンを搭載した艦船の方が速い場合すらある。宇宙空間の戦闘において、水上の空母航空戦のように、遠距離からBSI部隊などの小型機動兵器を発進させないのは、こういった理由からだ。
追い縋る十二機の『ライカ』が、まず『サレドーラ』の足を止めようと、しきりに超電磁ライフルを放って来る。それを右へ左へ…上へ下へ、船体を滑らせながら回避する『サレドーラ』。
次々と飛来する亜光速の銃弾。懸命に回避する『サレドーラ』。船尾を銃撃が掠め、エネルギーシールドが火花を散らせて弾丸を逸らせる。
その『サレドーラ』のブリッジへ、ノヴァルナ達が入って来た。それに気付き、ブリッジに設けられた専用席から即座に立ったナギが、歩み寄って声を掛ける。
「ノヴァルナ様、それにみなさん。よくご無事で」
ノヴァルナはノアに寄り添い、肩を支えてやりながら応じた。
「ああ。礼を言う、ナギ殿。ところで状況は?」
「現在の加速度なら、BSI部隊に距離を詰められる事はない、と思われますが、問題は…」
語尾を濁すナギの懸念をノヴァルナも理解した。このままキヨウに向かっても、到着すれば必然的に減速しなければならない。そうなると敵のBSI部隊に追いつかれてしまう事になる。追いつかれてしまうと、非武装の『サレドーラ』には迎え撃つ術はない。
しかしそういった事に抜かりはないのが、ノヴァルナである。「わかってる」と言って頷くと、いつもの不敵な笑みを浮かべて続けた。
「ビーコンを発信したら、あとは俺に任せてくれ」
「ビーコン?」
位置信号の発信を依頼されたナギは、その目的を今一つ飲み込めず、側近のエィン・ドゥと顔を見合わせた………
自分達が追っている船が不意にビーコンを作動させ始めたのを知り、『ライカ』のパイロット達もそれぞれに、疑念の表情を浮かべた。
「ビーコン…何のつもりだ?」
「味方を呼んでいるのか?」
「苦し紛れの、ハッタリかも知れんぞ」
「いや。だがセンサーには、あの船以外の反応は無いが…」
するとやがて追っている船―――『サレドーラ』が加速を停止した事をセンサーが感知し、コクピット内の戦術状況ホログラムに、その状況が表示された。無論、宇宙空間での話であるから、慣性が働いてはいるが、加速を継続しているBSI部隊が一気に距離を詰め始める。
「どういう事だ?」
「どうする?」
困惑する『ライカ』のパイロット達。彼等で問題なのが、ビーダが部隊指揮官を兼任しており、現場に明確なリーダーがいない点であった。イースキー軍の正規パイロットである事は確かなのだが、軍事的な事は素人のビーダが別々の部隊から、手空きの者を搔き集めた、いわゆる“寄せ集め”だったのだ。
そんな彼等に、『ラッグランド58』でも『サレドーラ』の動きが変わった事を知ったビーダが、通信を入れて来た。
「敵の動きが鈍ったわ。チャンスよ! 早く仕掛けなさい!!」
▶#04につづく
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