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第18話:未来への帰還
#04
しおりを挟むビーダとラクシャスがオルグターツの寵臣である事は、今のイースキー家で知らぬ者はおらず、パイロット達には命令に従う以外の余地は無い。距離の詰まる『サレドーラ』に対し、改めて攻撃態勢を整える十二機の『ライカ』。
すると突然、彼等の機体のセンサーが、敵船からの発砲を感知した。
「なに!? 撃って来た!?」
「武装していたのか!」
「くそッ!」
自分達が追っている高速クルーザーが、武装していないはずだと思っていたパイロット達は、慌てて散開して回避機動を行い、黄緑色の曳光粒子を纏ったビームを躱す。ただ『サレドーラ』が武装していないのは事実だ。そして一人のパイロットがある事に気付く。
「おい、センサーを見ろ。船がもう一隻、あれの真上にいるぞ!」
そう言われて他のパイロット達がセンサーのモニター画面を見ると、確かに追っていたクルーザーの真上に、もう一隻の船の反応がある。素早くスキャン解析すると、結果はこれまでの接触で情報が共有されていた、ノヴァルナの専用艦『クォルガルード』の表示となる。
「この船は!」
『クォルガルード』は『サレドーラ』ほどではないが、ステルスモード変換機能を有していた。
敵の二隻の仮装巡航艦との交戦に勝利した『クォルガルード』は、ノヴァルナの命令通りに『ラッグランド58』を追い始めたのだが、ノア達の救出に成功したノヴァルナから、新たな命令を受け取り、追跡速度を落としてステルスモードを作動させたのである。『サレドーラ』がビーコンを発信しながら逃走したのは、通信とセンサーが封鎖状態にある『クォルガルード』に、ランデブーコースを取らせるためだったのだ。
砲撃を開始した事で、ステルスモードが解除された『クォルガルード』の真下には、五十メートルほどの間隔を置いて『サレドーラ』がいる。十二機の『ライカ』は広く散開して密接した二隻を取り囲もうとした。
とその時、『クォルガルード』の舷側がスライドして格納庫が開き、初期起動が完了した状態の『センクウNX』が、コクピットハッチの開いたまま放出される。そしてそれとほぼ同時に『サレドーラ』の上部ハッチも開き、スラスターユニットを背負った簡易宇宙服姿のノヴァルナが、宇宙空間へ飛び出した。
「敵のBSI…いやBSHOだ!!」
「馬鹿め、狙撃しろ!!」
超電磁ライフルを構える複数の『ライカ』。しかし直後に『クォルガルード』が射出した四枚のアクティブシールドが、その周囲をカバーする。『センクウNX』に向けて体を加速させたノヴァルナは、スラスターユニットを取り外して、慣性でコクピットの中へ滑り込んだ。即座にシートに座ると発進態勢に入る。
「行くぜ! アクティブシールドを外せ!」
ノヴァルナの強い声と共に、四枚のアクティブシールドが展開し、起動を終えた『センクウNX』が、バックパックに重力子の黄色い光のリングを輝かせた。
ノヴァルナの『センクウNX』での出撃報告は、当然ながら指揮官のビーダのもとへも届けられる。策謀や政治的工作は得意だが、戦術センスは皆無のビーダは単純思考で『ライカ』部隊に命じた。
「大うつけを討ち取るチャンスよ! 奴を倒してノア姫様をもう一度捕らえるの。そしたらオルグターツ様だけでなく、ギルターツ様からもご褒美を頂戴できるに違いないわ!」
だがそれは『センクウNX』に乗ったノヴァルナを知らない、ビーダならではの安直な希望である。スロットルを全開にし、一気に加速した『センクウNX』が、一番近くの敵機に超電磁ライフルを放つ。瞬時に間合いを詰めるのは、ノヴァルナの得意技の一つである。近距離に詰められての一撃に回避もままならず、最初の一機が砕け散る。
続いて即反転。背後から迫ろうとした二機目に向けて、まず銃撃で牽制。その機体が回避行動を取った途端、ノヴァルナは『センクウNX』を急上昇させた。その先には三機目と四機目が、同時に襲撃行動を取りつつあったのだ。
「なんだこの速さは!」
三機目と四機目の敵パイロットが眼を見張り、咄嗟に銃撃を浴びせるが、小刻みな機動を交えた『センクウNX』を捉える事は出来ない。BSI同士の高機動戦闘では、照準センサーは敵機の動きに対して自動的に、ある程度の未来位置予測補正を加えるのだが、『センクウNX』の動きはその予測値を上回っているのだ。
至近距離で『センクウNX』は、四機目にライフルを放つと同時に、ポジトロンパイクをバックパックから左手に取る。すると被弾した四機目が爆発を起こした直後、三機目が放った銃弾を紙一重で躱して、パイクの斬撃を喰らわせた。左肩口から腹部まで大きく切り裂かれた三機目は、損害箇所からプラズマの赤いスパークを激しく噴き出しながら、力無く宇宙を漂い始める。
その間に体勢を立て直した二機目、それと五機目、六機目が三方向から『センクウNX』に突撃を開始していた。しかしノヴァルナに動じる様子は無い。操縦桿とスロットルとフットペダルを素早く動かし、まるで宇宙に“ト音記号”を描くような複雑な機動で、三方向からの銃撃を回避する。
「クソッ! なんだこいつは!!」
これまでにノヴァルナと戦った者が口にしたのと、同じ言葉を発する『ライカ』のパイロット。すると無駄口を叩いた次の瞬間、視界から『センクウNX』の姿が消える。そして即座にコクピットを包む全周囲モニターに、後方への警告サインが赤く点滅したかと思えば、激しい衝撃に包まれて大量の火花が飛び散り、パイロットは何が起きたかも分らぬまま、宇宙空間に投げ出された。
その真横を飛び去る『センクウNX』。そこでパイロットは自分の機体が、コクピット内の自分の頭の、十数センチ上で両断された事を知った。
幸運にも生き延びた二機目のパイロットの機体を両断したノヴァルナは、ポジトロンパイクの返し太刀で六機目にも斬撃、そして逃げ出そうとした五機目に銃弾を喰らわせて撃破した。
しかしノヴァルナと『センクウNX』にも、問題がないわけではない。ノヴァルナが着用している簡易宇宙服は、『サレザード』が備えていたアーザイル家のもので、『センクウNX』用のパイロットスーツではなかった。そのため機体とのサイバーリンク深度は通常よりかなり低い。さらに機体自体も、キヨウに来るまでの度重なる戦闘で万全の状態とは言えないうえに、超電磁ライフルの弾が尽きかけていたのである。実際、今は『ホロウシュ』の機体分の弾丸を使用しているが、それも残りは三発だけだ。
ただそれでも、ノヴァルナは戦う事を躊躇わない。
それは無論、『サレザード』に乗るノアを守るためであった。“星大名として、宙域を統治するのが至上命題であるならば、愛する者を見捨てる事も辞さない”という非情の回答がたとえ正解であったとしても、“愛する者一人すら守れない人間に、星大名を名乗る資格はない”という、その逆説をいくのがまたノヴァルナという若者である。
“ヴォクスデン殿の動きを思い出せ。無駄のない動きを!”
ノヴァルナは惑星パルズグで傭兵達のBSIと戦った伝説のパイロット、ヴォクスデン=トゥ・カラーバの動きを脳裏に描いた。陸上戦闘では圧倒的に不利な、宇宙戦仕様の旧式親衛隊仕様機で、群がる最新の陸戦仕様機とBSHOを悉く退けたカラーバには、無駄な動きは全くなかった。いや、正確に言えば、“遊び”という無駄な動きにさえ、正しい“無駄”があったのだ。
残る敵は六機!!―――
カラーバの弟子となる事は叶わなかったが、あの戦いを見て得たものには大きな意義と価値があり、ノヴァルナはそれを早くも自分の血肉にしようとしている。
ここまでの動きでライフルで仕留めるのは困難と判断したのか、ポジトロンパイクを起動させて一斉に襲い掛かって来る六機の敵。集中力を高めるノヴァルナ。
周りから追い込んで行く形で六機が『センクウNX』に群がり、最初の一機がポジトロンパイクで切りかかろうとした次の刹那、追い込まれていたはずの『センクウNX』が、自分からその敵機に間合いを詰め、相手の繰り出そうとしたパイクの先を、自分のパイクで軽く弾き飛ばした。切っ先が逸れたパイクをすり抜け、『センクウNX』はすれ違いざまに、カウンターの斬撃を真横に薙ぎ払う。急進したノヴァルナ機に、残る五機のポジトロンパイクは虚しく、真空の宇宙を貫くだけだ。
虚を突かれた残る五機は一瞬、思考が停止する。全周囲モニターが示す『センクウNX』の移動方向を見遣ると、両断された味方の機体。死角になったその背後から逆襲して来る『センクウNX』。二機の『ライカ』の胴体が超電磁ライフルに撃ち抜かれ、破片と部品を宇宙にバラ撒くと、決着はあっけなくついた。最後のライフル弾で一機が爆発を起こし、その閃光が消えやらぬうちに、残る二機も斬り捨てられたのである。
▶#05につづく
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