387 / 508
第18話:未来への帰還
#18
しおりを挟む会議を終えたノヴァルナは腹心達を連れ、その足で執務室に入った。部屋には先にメディア出演を終えた新妻のノアが、自分の執務机の前に座り、NNLのキーボードを操作しながら夫を待っている。
「お帰りなさい。思ったより早かったわね」
そう言って、微笑みながら席を立とうとするノアにノヴァルナは、こちらも笑顔を見せて、ノアに座ったままでいい…と手で合図した。
「おう。要領良く済ませて来たからな」
適当に誤魔化そうとするノヴァルナだが、ノアには通用しない。苦笑いして席に座り直しながら言い返す。
「またそんなこと言って。どうせ飽きて来たんで、強引に切り上げたんでしょ」
「う…」
図星を突かれて、ノヴァルナはバツが悪そうな顔で自分の席に座った。そして一つ咳ばらいをして気を取り直し、自分が連れて来た腹心達を見渡す。親衛隊である『ホロウシュ』の上位三人ナルマルザ=ササーラ、ラン・マリュウ=フォレスタ、ヨヴェ=カージェス。BSI総監のカーナル・サンザー=フォレスタ。戦艦部隊の第2戦隊司令官ナルガヒルデ=ニーワス。内務担当家老のショウス=ナイドル。外務担当家老のテシウス=ラームだ。
さらに新任の第9戦隊司令官ツェルオーキー=イクェルダもいる。彼は以前、ノヴァルナの乗艦であった『ゴウライ』を直掩し、セッサーラ=タンゲンとの決戦で撃破された戦艦、『ランサ・ランデル』の艦長を務めていた。まだ二十五歳の若さだが、堅実な性格と忠義心をナルガヒルデに評価され、将来の幕閣の一人として推挙されたのだ。また父親のツェリークは家老の一人として、ノヴァルナの父ヒディラスに仕えていた経歴がある。
他にはキノッサもおり、執務室に入って来るなり、ノアを補佐していたネイミアに、気軽に手を振っていた。
「さて―――」とノヴァルナ。
「敵か味方か分からねぇ連中は置いといて、おまえらには、イマーガラ家とイースキー家に対してどうするか…俺の心積もりを聞いておいてもらおうか」
つまりはノヴァルナが戦略的な話をする上で、真意を告げられる―――真に信用をしている人間は、残りの『ホロウシュ』は別にして、まだこれだけしかいないという事である。いかにも少ないが、仕える星大名家だけではなく、自分自身も生き残ろうと考える家臣も多いのは、どこも同じであった。
そしてノヴァルナもそれを気に病む様子は無い。主君が結果を出してこそ、このような場に呼べる腹心の数も増えるのが道理であり、それはまだ、これから先の話だからだ。
いつもの不敵な笑みを浮かべたノヴァルナは、今しがたの会議で全ての重臣達の前では明かさなかった、イマーガラ家とイースキー家に対する戦略構想を打ち明け始めた………
ノヴァルナ達が今後の方針を、腹心達と話し合っているのと同じように、キオ・スー城の別の一室では、カルツェ・ジュ=ウォーダを首魁とした反ノヴァルナ派の面々が、側近のクラード=トゥズークの呼びかけで集まっている。人数は約三十人といったところだ。
「カルツェ様。お聞きになりましたでしょう?」
「そうです。ノヴァルナ様はやはり、何も変わっておられません!」
「いまだにあのような絵空事に、現を抜かしておられるとは!」
「まるで子供のままにございます!」
カルツェの周りに集まった側近達が、口々に批判するのはやはり、今しがたの会議でノヴァルナがぶち上げた、上洛軍の編制を中心とした、今後の戦略構想に対してだった。彼等にしてみれば、ノヴァルナの発言にはそれを確約するための何の担保もなく、ただ“こうしていくつもりだ”という意味の言葉を並べられたのだから、批判したくもなるのは当然である。
そこにクラードが他人事のように、「困ったものですなぁ―――」と、どこか暢気な口調で入り込んで来た。
「このままでいくと、ようやく持ち直して来たキオ・スー領の社会も経済も、水泡に帰する事になりましょう…いやはや、この二年間のノヴァルナ様の内政重視政策は、なんだったんでしょうなぁ」
それを聞いて苦虫を嚙み潰したような顔をしたのは、カッツ・ゴーンロッグ=シルバータである。この者は二年前のカルツェの謀叛の際に、BSIでノヴァルナと直接矛を交え、若君主の強さを通じて、真摯な本質に触れていた。そんなシルバータにすれば、自分達が引き起こした内乱が、国力の低下を増加させたのだから、それを棚に上げたクラードの言い草は、何をかいわんやという気にさせる。だが当のクラードはカルツェに向かって、平然と言ってのけた。
「このままでは、あのキノッサとかいう小物の言葉ではありませんが、いずれ遠からずキオ・スー家は滅んでしまいますぞ。カルツェ様」
「クラード!―――」
我慢できずに声を荒げてクラードを呼ぶシルバータ。これでは二年前と全く同じ展開だ。いや、二年前のような実働戦力を有していない今は、ノヴァルナがその気になれば、簡単に潰せる脆弱な勢力でしかないのだ。
「滅多なことを口にするな! 我等はノヴァルナ様のご寛恕で、生かして頂いているのを忘れたか!?」
しかしそのような事を言われて、素直に応じないのがクラードという男の小賢しさであった。シルバータに振り向いて言葉を返す。
「ゴーンロッグ殿の仰ることも尤も。しかしそうかと言って、ノヴァルナ様と共に滅んでよいわけではありますまい!」
ただクラードには焦りもあった。それはノヴァルナがキヨウへの旅から、生きて帰って来た事に他ならない。この男は、旅先でノヴァルナを殺害するイースキー家の計画に加担し、旅の行程情報をギルターツ=イースキーに流していたのだ。
しかもこの情報漏洩は、実はクラードの単独行動で、他の反ノヴァルナ派どころか自分の主君カルツェにすら、知らせていなかったのである。無論、足がつくような物的証拠を残すようなクラードではなかったが、状況を鑑み、自分がまず疑われるのは間違いなかった。そういった事もあって、自分の保身のためにも、尚更カルツェを煽ろうとしているのだった。
「お聞かせください。カルツェ様のお考えを!」
クラードがそう言うと、呼応した側近達が「カルツェ様!」と、口々に呼び掛けて来る。そこにクラードが耳打ちで付け加えた。
「艦隊戦力は失いましたが、スェルモル城の陸戦部隊を使えば、キオ・スー城の制圧は可能です。ご許可を頂ければ、いつでも準備に取り掛かれますが…」
「………」
クラードの進言に対し、しばらく無言を続けたカルツェは、支持派の側近達を見回してゆっくりと告げる。
「皆の気持ちは聞いた。だがまず私は、兄上と直接話をしようと思う」
「ですがカルツェ様!―――」とクラード。
しかしカルツェは、意志が固い眼でクラードを見詰めてその口を黙らせると、背筋を伸ばして有無を言わせぬ調子で言った。
「兄上の本心を確かめ、間違っていると思えば翻意を促す。その後の事は、兄上のお気持ち次第だ。いいな」
こうなるとクラードも引き下がらざるを得ない。無言で恭しく頭を下げながら退いた。それを見て、内心で胸を撫で下ろすシルバータ。カルツェはNNLの通信モジュールホログラムを眼前に展開すると、普段自分からはほとんど通話を入れない相手―――自分の兄のコールナンバーを入力した。ほどなくノヴァルナからの返事がある。
“おう、カルツェか。珍しーな、おまえから掛けて来るなんざ”
カルツェはそれに対して余計な事は言わず、用件だけを口にする。
「先程の会議で兄上がご発言された事について、少々意見を交わしたいのですが、そちらへ伺っても宜しいでしょうか?」
するとノヴァルナは二つ返事で陽気に応じた。
「おう、おまえならいつでも歓迎するぜ。どうせなら二人だけで、腹を割って話そうじゃねーか。なんなら今からでも構わねーぞ」
それを聞いてカルツェは、ほんの少しだけ微笑みらしきものを浮かべる。こういう話の速さだけは、兄の誉めるべき部分だと思ったのだ。ただ表向きにはそのような素振りは見せず、硬い口調で兄の提案を了承した。
「わかりました。では、これからそちらへ伺います」
▶#19につづく
0
あなたにおすすめの小説
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ゲームコインをザクザク現金化。還暦オジ、田舎で世界を攻略中
あ、まん。@田中子樹
ファンタジー
仕事一筋40年。
結婚もせずに会社に尽くしてきた二瓶豆丸。
定年を迎え、静かな余生を求めて山奥へ移住する。
だが、突如世界が“数値化”され、現実がゲームのように変貌。
唯一の趣味だった15年続けた積みゲー「モリモリ」が、 なぜか現実世界とリンクし始める。
化け物が徘徊する世界で出会ったひとりの少女、滝川歩茶。
彼女を守るため、豆丸は“積みゲー”スキルを駆使して立ち上がる。
現金化されるコイン、召喚されるゲームキャラたち、 そして迫りくる謎の敵――。
これは、還暦オジが挑む、〝人生最後の積みゲー〟であり〝世界最後の攻略戦〟である。
死んだはずの貴族、内政スキルでひっくり返す〜辺境村から始める復讐譚〜
のらねこ吟醸
ファンタジー
帝国の粛清で家族を失い、“死んだことにされた”名門貴族の青年は、
偽りの名を与えられ、最果ての辺境村へと送り込まれた。
水も農具も未来もない、限界集落で彼が手にしたのは――
古代遺跡の力と、“俺にだけ見える内政スキル”。
村を立て直し、仲間と絆を築きながら、
やがて帝国の陰謀に迫り、家を滅ぼした仇と対峙する。
辺境から始まる、ちょっぴりほのぼの(?)な村興しと、
静かに進む策略と復讐の物語。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
老聖女の政略結婚
那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。
六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。
しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。
相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。
子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。
穏やかな余生か、嵐の老後か――
四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。
ソラノカケラ ⦅Shattered Skies⦆
みにみ
歴史・時代
2026年 中華人民共和国が台湾へ軍事侵攻を開始
台湾側は地の利を生かし善戦するも
人海戦術で推してくる中国側に敗走を重ね
たった3ヶ月ほどで第2作戦区以外を掌握される
背に腹を変えられなくなった台湾政府は
傭兵を雇うことを決定
世界各地から金を求めて傭兵たちが集まった
これは、その中の1人
台湾空軍特務中尉Mr.MAITOKIこと
舞時景都と
台湾空軍特務中士Mr.SASENOこと
佐世野榛名のコンビによる
台湾開放戦を描いた物語である
※エースコンバットみたいな世界観で描いてます()
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる