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第18話:未来への帰還
#19
しおりを挟む同じ頃、ミノネリラ宙域首都惑星バサラナルム―――
月明かりが地表を照らす中、イースキー家本拠地のイナヴァーザン城の敷地を歩く、二つの人影がある。キヨウでノヴァルナの逆鱗に触れ、追い散らされたビーダ=ザイードとラクシャス=イルマだ。
貨物船『ラッグランド58』でキヨウを逃げ出した彼らは、補給のため立ち寄った惑星で、役に立たないまま用済みとなった『アクレイド傭兵団』を放り出すと、スゴスゴと城へ帰って来たのであった。
二人が目指すのは、城内の敷地に建てられているオルグターツの館である。そこは以前、ドゥ・ザン=サイドゥの実子のリカードとレヴァルが住んでいた館だ。
これまでに述べた通り、オルグターツに命じられたノア姫の拉致作戦は、完全に失敗に終わり、当主ギルターツの方の命令であった、ノヴァルナの殺害までもが徒労に終わった。
その責任は無論、ビーダとラクシャスにある。しかしそうかと言って他に行く当てのない二人は、オルグターツに対し申し開きをし、許しを乞うしか道は残されていなかった。それで仕方なく、オルグターツのもとへ向かっているのだ。
「どうしよう、どうしよう、どうしようラクシャス」
縋りつくようなビーダの言葉に、ともに並んで歩くラクシャスは、前を向いたままで応じる。
「どうしようもこうしようもない。ここまで来た以上、ありのままを申し上げて、お慈悲を乞うしかない」
するとビーダは、無駄に体をくねらせながら不安を口にする。
「きっとお仕置きよぉ! ご褒美のお仕置きじゃなくて、本物のお仕置き!…捕まえそこなったノア姫の代わりに、その辺りに居る見ず知らずの男達に、好きなようにされる事でも命じられたりしたら、あなた、どうするのよ!」
そう言われてはラクシャスも動揺を隠せない。
「オ、オルグターツ様が、寵臣である私達にそのような事を、な…なされるはず無いだろう!」
だがどのような処断が下されようとも、二人に他に行くアテは無い。オルグターツの傍らにいてこそ、イースキー家内で権力をいいように振るえるからだ。そしてその権力をふるう事の甘美さに酔ってしまうと、心の弱い人間ほど逃れられなくなるものである。
恐る恐るだがオルグターツの館に着いたビーダとラクシャスは、応対に出たアンドロイドの使用人に、主君への取次ぎを頼む。アンドロイドの使用人は、内蔵している通信回線を使って、オルグターツに二人の到着を報告した。返事を聞いた使用人は、二人に向き直って告げる。
「どうぞ。オルグターツ様は、奥の院でお待ちです」
奥の院とは通常、星大名などが妻や家族で暮らす場所を指す。だがこの館の場合は、些か言葉の意味合いが違っていた。オルグターツの指示によってミノネリラ宙域や、その周辺宙域の国境近くの植民惑星から、美貌の女性や少年達が集められているからだ。つまりはハーレムである。
ただ“集められた”と言うと聞こえはいいが、実際は無理やり連れて来られた者も相当数いる。オルグターツはそこで夜な夜な酒とドラッグに塗れながら、淫靡な背徳の限りを尽くしていたのだ。無論、ビーダとラクシャスも毎夜、相伴に預かっており、案内されずとも勝手知ったる場所だった。
さらにオルグターツはこの二人の他にも、自分に忠誠を誓ったイースキー家の重臣達に、奥の院での遊興の権利を分け与えていた。だがこのような歓心の買い方で集まる重臣など、底が知れているというものだ。
オルグターツの館の奥の院は、そのいかがわしさに相応しく地下にあった。エレベーターやその他の自動的な昇降手段は無く、レンガに似せたセラミックタイルで出来た階段通路が、緩やかなカーブを描きながら延々と続く。照明は控え目で両側の壁に半ば埋め込まれた、黄色い発光器がその空間を照らしていた。
その階段を下りていくにつれ、次第に若い男女の声が聞こえ始める。快感に喘ぐ切ない声だ。そしてその声は段々と大きくなって来る。
やがて奥の院の大扉の前に辿り着いたビーダとラクシャスは、二人を案内して来たアンドロイドの使用人が、扉を開けるのを直立不動で待った。
そして扉が開くや否や猥雑な喘ぎ声や悲鳴が大きくなり、うっすらと煙り、湿気を帯びた空気が甘ったるいような匂いと共に、ビーダとラクシャスを包む。
奥の院の本体内部は円形になっており、中央には直径が三十メートルほどの、壁が全面曇りガラスとなった円いホールがあり、その周囲を、通路を挟んで十二の小部屋が、取り囲むように並んでいる構造である。
ここも通路に照明は少なく薄暗いが、それがかえって、中央の曇りガラスの内側で行われている、淫靡な光景を際立たせていた―――ピンク色の関節照明の中で絡み合う裸の男と女、男と男、女と女の幾つもの姿を。しかもそれらの組み合わせは一対一もあれば、一対複数もあり、複数対複数もあった。
一度ここへ連集められてしまった女と少年は、自ら行為を受け入れ、自分の体を使ってオルグターツに取り入るか、拒絶を続けて麻薬漬けにされ、薬欲しさに行為を受け入れるようになるかの、いずれかの運命しかない。ただいずれの道を選んでも、もてあそび尽くされた者のその後の行方は、不明だと言われている。
これが、オルグターツ=イースキーが主として酒色放蕩に耽る…そして危うく、ノアが連れ込まれるところであった、奥の院の実態だった。
ビーダとラクシャスはその中央のホールと、周囲の小部屋の一部が見えるエントランスで、オルグターツが来るのを待っていた。大理石の柱が並び、ソファーセットが置かれたそこはまるで待合室だ。
その間にも中央のホールから出て来て、これを取り囲む小部屋に入って行く者達がいる。ひと組は首輪をつけた全裸の女性を四つん這いにさせ、首輪に繋いだ鎖を引く下着姿の中年男。女性は『ホロウシュ』のラン・マリュウ=フォレスタと同種族の、美しいフォクシア星人だ。
そしてもうひと組は細身の少年の手を引いて、小部屋に連れ込もうとしている浅黒い肌で筋肉質の大男。女性的な顔立ちをした少年はまだ十四、五歳であろうか。つまり周囲の小部屋は、中央のホールの“パーティー”で盛り上がり、個々で楽しみたい相手を連れ込むためのもの、という事だ。無論これもビーダとラクシャスにすれば、見慣れた光景である。
すると、この二組が小部屋の中に姿を消すのと入れ替わるように、オルグターツが中央ホールの向こう側から歩いて来た。身長が2メートル以上ある、父親のギルターツほどではないが、180センチほどもある小太りの体の上半身は、汗の浮かんだ裸のままだ。サッ!…と表情を緊張させるビーダとラクシャス。
ふぅ…と息をつきながら、ソファーの一つに腰を下ろすオルグターツ。まだ二十三歳でありながら、放蕩の限りを尽くしている眼は、歪んだ光りを湛えていた。そんな眼でビーダとラクシャスを見上げるオルグターツだが、意外にも表情に不機嫌な様子はない。
「報告は聞いた。ご苦労だったなァ」
ノアの拉致作戦の失敗に激怒するどころか、特有の語尾を転がす物言いで口にする、労いの言葉にビーダとラクシャスは呆気にとられた。
「ん?…なんだァ、その顔はァ?」
「い…いえ。てっきり責任を問われるものと…」とラクシャス。
「ん?…ああ。ノアの事か、アレで良かったじゃねェかァ」
「は?」
ビーダが首をかしげると、オルグターツは「へへへ…」と、下種な笑いを交えておぞましい事を言う。
「だってよォ、捕まえ損ねたおかげで、ノアは結婚したんだぜぇ!」
「はぁ?」
反対方向にさらに首をかしげるビーダ。それに対し、オルグターツは陰湿な笑みを浮かべ、「わかんねェか?」と言い、両眼を見開いて言い放った。
「人妻だぜ人妻ァ! さらに旨そうな属性がついたじゃねェかァ!! 他人のもんを奪い取る楽しみが、増えたってもんだァ。またそのうち、捕まえてやっからよォ!」
「………」
間口が広すぎる主君に、さすがに呆れ顔のビーダとラクシャスだが、オルグターツは不意に真顔に戻り、新たな指示を口にする。
「それよかおまェらに、動向を探ってもらいてェ人間がいる」
「は…それは?」
「俺のオヤジだァ。なんかここ最近、自分で殺したドゥ・ザンの爺さんの事を、やたら思い出して気にし始めているらしくてなァ。何をしてるか探ってくれェ」
そう言ったオルグターツはソファーから立ち上がり、「さぁて、続き続きィ…」と呟きながら、淫欲に満ちた己の世界へ戻って行った………
▶#20につづく
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