銀河戦国記ノヴァルナ 第2章:運命の星、掴む者

潮崎 晶

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第18話:未来への帰還

#20

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 数千光年離れてはいるが、ビーダとラクシャスがオルグターツと対面したのと、カルツェが兄ノヴァルナと対面したのは、同じタイミングであった。

「おう。カルツェ、待ってたぜ」

 執務室を訪れたカルツェに対し、席を立ったノヴァルナは「まぁ座れ」と言ってソファーを勧め、自分もその向かい側へ座る。すでに人払いしてあり、執務室の中には、今しがたまで居たノアや腹心達の姿は無い。

「なんか飲むか?」

「いえ。喉は乾いておりません。ありがとうございます」

 ノヴァルナの気遣いを丁重に断ったカルツェは、「兄上」と呼びかけて、すぐに本題に入ろうとした。このあたりの単刀直入さは、やはり兄弟らしい。

「先程の会議でお聞きした、上洛軍編制のお気持ち。本心なのですか?」

「嘘言っても、しゃーねーだろ?」

「なぜ、そんなふうに思われるのです?」

「それも会議で言った通りさ―――」

 ノヴァルナはいつものような不敵な笑みではなく、穏やかな笑み…いや、どこか遠くを見る眼で、寂しげな笑みを浮かべて続けた。

「今の皇都は…ありゃあ駄目だ。単にNNLの中枢コントロールを、してるってだけだ。二年前にミョルジ家の連中と星帥皇室が一応の和解をした時、ミョルジ家の傀儡になったとしても、ちったぁマシになるかとは思ったんだが、そのミョルジ家の奴等は妙な事をするばかりで、まるで皇国の復興に関心がねぇ。このままじゃ、いつまで経っても何も変わらねぇ。戦乱の世が続くだけだ」

「それを自分が正そうと、お考えなのですか?」

「ちげーよ。正すのは星帥皇室の役目だ。俺はそれを邪魔する奴等を、ぶっ飛ばすだけさ」

 ノヴァルナの一点の曇りもない返答に、カルツェはむしろこめかみに血管を浮かせた。なぜならカルツェは、兄のこういった部分が夢想家に思えて、我慢ならないからだ。

「おやめください!」

 普段あまり感情を表すことがないカルツェにしては、珍しく強い口調だ。無言で見返すノヴァルナに、カルツェは訴えた。

「そのようなこと、我等でなくともよいでしょう!? この二年以上、大した戦いもなく、ようやく国勢も落ち着いて来ました。これを維持し、安定させていく事こそ大事なのではないですか!? 私もイル・ワークランを打倒し、キオ・スー家がオ・ワーリを統一する事には賛成です。しかしそこから先は望むべきではない! 器に入りきらないほどの、野心という水を注いでも外へ溢れ出すだけです!」

 だがカルツェの言葉に、ノヴァルナはさらりと反論する。

「だったらそれに見合うだけ、器を大きくすりゃいいんじゃね?」

「!………」

 キリリ…と奥歯を噛み鳴らすカルツェ。
 
「器を大きくすると言われますが、それが可能だと思われますか!?」

 そう言うカルツェの声には、“口にするだけなら何とでも言える”という、詰問の調子が感じられる。それに対するノヴァルナの返答は、またしてもさらりとしたものだった。

「んー、ミノネリラを獲る」

「どうやって?」

「ウチの臣下になるように言って、駄目なら攻め取るしか、ねぇんじゃね?」

「冗談はおやめください! 先ほどの会議では、何かお考えがお有りのように、申されたではありませんか!?」

 するとノヴァルナは真顔になって告げる。

「そっから先を聞くなら、俺にマジの忠誠を誓ってもらう事になるが、今のおまえには無理な話だろ。やめとけ」

「!」

 ノヴァルナの物言いに、カルツェは眉間へ深い皺を刻んだ。

「納得できれば忠誠も誓いましょう。しかし雲を掴むような話ばかりの、兄上のお言葉では、納得できるものも納得できません―――」

 そこからさらに説得を試みるカルツェ。

「兄上、もう夢を見るのはおやめください! オ・ワーリを統一したその先は、まず領民の事を第一に国体の維持を! 宙域の安定を!」

「だがなぁ、テルーザ陛下に上洛軍編制を約束しちまったからなぁ。今すぐとは言わなかったが、やると言っちまった以上はやんなきゃなぁ」

「それは不首尾に終わったと、誠心誠意お詫び申し上げれば、必ずやお許し頂けるでしょう。それにお咎めを受けても、それがいかほどのものでしょうか。陛下が打倒を企図されてあそばすミョルジ家に、兄上へ上洛軍編制を要請し、断られた事を告げられるはずもなく、処罰を下される手立てはございますまい」

 それを聞いてノヴァルナは、別の意味で“なるほどなぁ…”と、カルツェの現実的な考え方に唸った。他の重臣達はノヴァルナが独断とはいえ、上洛軍編制を星帥皇に約束してしまった事を重大事として、どのように対処すべきか戸惑っているのだが、カルツェは今の星帥皇室に何の実権もない事を逆手に取り、約束を破棄してもそれを処罰付きで、強く咎めは出来ないと判断したのだ。

「おまえは正しいぜ。カルツェ」とノヴァルナ。

「では?」

 説得が通じたのかと愁眉を開くカルツェ。ただそういった事は承知の上で。我が道を行くのがノヴァルナの持ち味でもある。

「だが断る」

「!!」

「お前が言ってる事は正しい、だがそれは他の星大名も同じさ。自分の家と領民統治についてのみ考え、動く…そして俺達は、そんな事をもう百年も続けてる。銀河皇国はいずれは何とかなる、誰かが何とかしてくれると思いながらな。で、それをもう百年、二百年と続けるのかよ?…俺はそんなの、まっぴら御免だね」
 
 結局、二人の話は平行線に終わり、ノヴァルナの元を辞したカルツェは、虚しい思いで自分の執務室へと向かった。やはり自分と兄とは、相容れない仲なのだと痛感する。思考の出発点とベクトルが全く違うのだ。

 無論このような兄弟は世間一般にも珍しくはない。だが自分達は星大名の当主と副当主であり、幾つもの植民惑星に住む百数十億の領民を統べる身である。その当主である自分の兄が夢想家で、自分の夢を果たすためなら、家臣や領民の命を顧みないとなると…自らの家を滅ぼしかねない選択をするとなると、副当主としての立場上許容することはできない。

 二年前の謀叛は正直、首謀者のミーグ・ミーマザッカ=リンや側近のクラード=トゥズーク、さらに母親のトゥディラの様々な思惑に乗せられた感があった。そしてあれから二年の間、兄は内政に集中するようになって、国内は安定の方向へ向かい始めていた。
 これは自分も望んでいた国政方針で、ひとまず反抗的態度を改め、兄の政策を補佐しながら、その動きを見守っていたのだ。

 ところが兄はやはり兄であった。

 二年が経ち、皇都キヨウから帰って来たと思えば、また夢みたいな事を口走り始めたのである。しかもこれまでとは違い、上洛軍編制という、到底国力が追い付かないような途方もない構想である。古来より過大な国家戦略を描いたがゆえに、滅んでいった国が、どれほどの数あったか………



 自らの執務室に戻ったカルツェを、側近達が待っていた。シルバータが「お帰りなさいませ」と最初に声を掛け、続いてクラードが口を開く。

「いかがでしたか? ノヴァルナ様のご反応は?」

 クラードの表情は、あからさまに“どうせ説得は失敗されたのでしょう?”と、言いたげであった。それを見たカルツェは僅かに顔をしかめると、その問いには直接答えず、これからの自分達の方針を側近達に告げる。

「ともかく、イル・ワークラン家の討伐には協力する。それから先は…」



 一方、カルツェが去ったあとのノヴァルナの執務室を、別の若者が訪れていた。アイノンザン星系を本拠地とするノヴァルナの従兄弟、ヴァルキス=ウォーダである。ノヴァルナに対し、敵対的中立と考えられていたアイノンザン=ウォーダ家であったが、二年前のカルツェの謀叛の折、旗色を鮮明にしてノヴァルナを支持するようになっていた。

「要件をお聞きしようか。ヴァルキス殿」

 執務机に肘をついた腕に頭を乗せ、ノヴァルナは不敵な笑みを浮かべる。ヴァルキスは味方ではあるが、油断できない相手だ。ノヴァルナの言葉に、ヴァルキスは細く切れ長の眼をさらに細めて告げた。



「ノヴァルナ様にお知らせしたき事は二つ。一つはイル・ワークラン家について。そしてもう一つは、カーネギー=シヴァ姫様のご謀叛の計画のこと………」






【第19話につづく】
 
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