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第19話:勝利への選択
#05
しおりを挟むシルバータの言葉にあったニノージョン星系への制圧艦隊。これは実はオ・ワーリ=シーモア星系防衛が役目とされていた、ドルグ=ホルタの第7宇宙艦隊に与えられていた本当の任務だった。
第7艦隊はオ・ワーリ=シーモア星系最外縁部まで、ノヴァルナ艦隊を送ったのだが、その後は惑星ラゴンに引き返すのではなく、ニノージョン星系へ向けて恒星間航行を開始したのである。
無論、カーネギーの身柄確保も含め、これらの動きはイル・ワークラン家に対して、情報統制されている。イル・ワークラン家の当主カダールは、味方だと思い込んでいるヴァルキスからの欺瞞情報と、前述の旧サイドゥ家の兵が多いドルグ=ホルタの艦隊が、ノア姫のいる惑星ラゴンの防衛に専念するに違いない、という先入観から、ドルグ艦隊のニノージョン星系遠征は思考の外だったのだ。
この機会にカダールのイル・ワークラン家と、カーネギーの謀叛の両方を潰してしまおうという、一石二鳥のノヴァルナの大胆な戦略であるから、ヴァルキスの旗艦『エルオルクス』に同乗するナルガヒルデも、ヴァルキスの“自分を信用してくれるか?”という言葉に、そうそう容易く首を縦に振る気は無い。
それどころかナルガヒルデは、ヴァルキスの『エルオルクス』の対消滅反応路に仕掛けを施し、スイッチ一つでヴァルキスもろとも、『エルオルクス』を自爆させられるようにしている。ヴァルキスのノヴァルナへの寝返りが、虚実だと判断した場合に備えてだ。
その時は無論、ナルガヒルデ自身も命を失う事になるが、そのようなものは重々承知の上の覚悟である。またヴァルキスも当然、この自爆装置の取り付けは、是としていた。敵から寝返る者は、再び敵へ寝返る事を疑われても仕方がなく、味方であり続ける“担保”が必要だからだ。
いまだ貴殿を信用してはいない…と言うナルガヒルデの態度に、ヴァルキスはわざとらしく肩をすくめる。
「ニーワス殿は、私と同じタイプの御仁と、お見受けしますが―――」
ナルガヒルデを見る眼に称賛の光を宿し、ヴァルキスは微笑みながら続けた。
「私と違うのは、ニーワス殿はノヴァルナ様から、全幅の信頼を寄せられておられる…というところでしょうか」
それを聞くナルガヒルデの顔に表情は無い。だがヴァルキスの口にした事は事実である。もしヴァルキスがここで再びカダール側へ寝返り、それにナルガヒルデが同調した場合、ノヴァルナの命運はおそらく尽きてしまうからだ。つまりノヴァルナは自分の生殺与奪の権利を、ナルガヒルデに与えたという事だ。
それぞれの思惑を乗せ、やがて両軍は『ウキノー星雲』へ参集した。『ウキノー星雲』は前述の通り、キオ・スー家のあるオ・ワーリ=シーモア星系と、イル・ワークラン家のあるオ・ワーリ=カーミラ星系をそれぞれの頂点に、三角形を描く位置にある。
11本の長めの触手をやや放射線状に垂らした、紫色と赤色の入り混じったクラゲのような形状をしている、比較的小型のガス星雲で、ノヴァルナの本拠地惑星ラゴンでは、南半球の夜空を美しく飾っている。ただ触手と触手の間は何も無いわけではなく、一部を除いて暗黒物質が広がっていた。反転重力子の淀みを含む暗黒物質内は、重力子ドライヴを使用する宇宙船にとっての、航行の難所であり、船の進行が不安定になるため、入り込む事は避けるべき空域だ。
統制DFドライヴで一斉に超空間転移して来たノヴァルナ艦隊は、星雲の外側で基幹艦隊ごとに球形陣を組み始める。
「前方哨戒駆逐艦部隊。移動を開始」
総旗艦『ヒテン』の艦橋にオペレーターの報告の声が響く。ササーラとランを両側に置き、司令官席に座っているノヴァルナの視界には、艦の外を映すビュースクリーンが描き出す『ウキノー星雲』へ向け、12隻の哨戒駆逐艦が円錐状に広がりながら加速していく光景があった。
「2警(第2警備艦隊)はどうした?」
参謀の問いに別のオペレーターが応じる。
「現在、星雲から出るため集結中。敵の反応は引き続き無いようです」
「よし」
警備艦隊はあくまで警戒監視行動が任務であり、会戦に参加させる事はなるべく避けたい。会戦の発生に乗じて、他の敵対勢力が侵入して来る場合があるからだ。この第2警備艦隊にも、これからミノネリラ宙域との境界面へ向かうよう、命令が下されていた。やがてノヴァルナのもとへ、艦隊参謀が歩み寄って来て報告する。
「全艦隊、球形陣編成完了しました」
それを聞き、ノヴァルナは退屈していたのか、んん…と両腕を突き上げて背伸びをすると、緊張感の無い声で命じた。
「よっし…じゃ、行くとすっか。みんな出発な」
適当な命令の出し方をするノヴァルナ。それを艦隊参謀が、正しい言葉に言い換えて発令する。
「全艦隊、前進開始。星雲内での索敵警戒を厳とせよ」
その命令に応じてまず、それぞれに球形に集まった第2、第4、第5の三個艦隊が、横並びになって前進を開始。それにやや遅れて、第3、第1、第6の順に縦並びになった三個艦隊が、最初の三個艦隊の斜め下の位置を取って前進し始める。それはまるで紫色に染められた、雲海の中へ潜っていくようであった。
▶#06につづく
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