398 / 508
第19話:勝利への選択
#08
しおりを挟むカダールの艦隊が、全速に移ったという哨戒駆逐艦からの情報に、総旗艦『ヒテン』に乗るノヴァルナは、鼻先でせせら笑った。
「はん! やっぱあの阿呆らしいぜ」
カダールと似た反応だったが、ノヴァルナは相手の性格を読み切った上での、放言である。味方に付いたアイノンザン星系のヴァルキスから聞いた、カダールの行動パターンは直感的・直情的・直線的。これは三年前にノヴァルナも、直接カダールと戦った時に感じたのと同じだ。つまりこの三年間…いや、おそらくそれ以前から進歩していないという事である。
ただカダールが進歩していない理由も、分からなくはない。要は実戦経験の無さだ。三年前にノヴァルナとカダールは一度戦っているが、それ以後の両者の戦歴には雲泥の差があった。
謀叛を起こして、イル・ワークラン家の当主の座を奪ったカダールだが、その過程でもその後も、一切の実戦を戦っておらず、自身に都合のいい設定の演習を行うぐらいでしかなかった。
対するノヴァルナはカダール戦のあと、数々の敵と出逢い、命懸けの戦いを繰り返して生き延びて来た。経験値的にはもはや、歴戦の星大名と遜色はないレベルに達している。その差は顕著で、カダールは手玉に取られていると言っていい。
戦術状況ホログラムで、急速接近して来るカダール艦隊の状況を見詰めていたノヴァルナは、タイミングを見計らって新たな艦隊針路を下令した。
「そろそろ動かねーとさすがにヤツも、なんかおかしいと思うだろからな。艦隊針路を022マイナス015に取れ」
ノヴァルナの命令で、六つの艦隊は一斉に斜めやや右下方向へ舵を切る。その先は『ウキノー星雲』の、クラゲの形の触手状星間ガス雲。その中の一本であった。よく訓練されたキオ・スー艦隊の動きは、まるで流れる水のようだ。
このキオ・スー艦隊の、回避行動のような動きを見てカダールは、自分の想像した通りだと誤断した。
「見たか! 奴等め、今頃になって慌てだしたぞ。やはり油断していたのだ!」
眼を輝かせて言い放つカダールに、すかさずパクタ=アクタが「まこと、仰せの通りでございます」と、追従口で続く。
「急げ。奴等の針路を押さえろ。艦載機も出せ!」
「お待ちください。艦載機を出すには、まだ少し遠すぎます」
参謀長が止めに入るが、今しがた見せた寛容さはどこへやら、カダールは強い口調で参謀長の意見をはねつけた。
「却下! 敵の頭を押さえたところで、艦載機で後方から挟撃するのだ!」
ノヴァルナに手玉に取られる形となった、カダールのイル・ワークラン艦隊は、艦列を乱してノヴァルナ艦隊に急接近して来た。
だが前述した通り、クラゲ型をした『ウキノー星雲』の“触手”と“触手”の間には、反転重力子帯を含む暗黒物質が充満している。艦隊運動に制限が掛かる環境に、大艦隊がバラバラに殺到し、その暗黒物質内に踏み込んだイル・ワークラン側の宇宙艦は、艦尾の航行ノズルから交互にパルス放出している、重力子と反転重力子が、反転重力子帯と不規則な過剰反応を起こした。
ノズルが連続発生させている重力子の黄色い光のリングが、激しく輝いたかと思えば、不意に消失し、その度に艦は制御を失って、まるで嵐に海に放り出された小舟のように、艦が大きく動揺する。
そして完全に陣形が崩れた状態のまま、接近して来るイル・ワークラン艦隊が、ノヴァルナ率いるキオ・スー艦隊の格好の的になったのは言うまでもない。
「方位316プラス。敵艦隊に向け、砲戦はじめ!」
「全艦撃ち方はじめ!!」
「てぇーーーッ!!!!」
ノヴァルナ麾下の各宇宙艦で個々に命令が飛び、青く輝く光の矢がイル・ワークラン艦隊に向けて無数に射掛けられる。不規則に広がる幾つもの閃光。同時に多数のブラスタービームを喰らった戦艦は、短時間でエネルギーシールドが過負荷状態になって外殻まで引き裂かれ、不運にも戦艦の主砲射撃の直撃を受けた駆逐艦は、一撃でエネルギーシールドごと爆散した。。イル・ワークラン艦隊も反撃するが、その射撃は著しく統制を欠く。
「馬鹿どもめ。何をやっている!」
自分が出した早計過ぎる突撃命令の事など忘れて、カダールは総旗艦『キョクコウ』の艦橋内で怒声を上げた。戦艦などの大型艦には、複数の艦による統制射撃が有効なのだが、陣形が崩れていては不可能というものである。そのためイル・ワークラン艦隊の射撃で効果があるのは、ノヴァルナ側の軽巡航艦や駆逐艦程度。だがそれとて、損害こそ受けても撃破される艦は少ない。
「全艦、一時後退。陣形を立て直せ!」
そう命令を発したのはカダールではなく、参謀長だった。状況の改善さえ一刻も早く行えば、戦力数の多い自分達にも充分勝機はあるとの判断である。
だが主君であるカダールがそれを許さない。
「貴様。何を勝手に命じている。このまま踏みとどまれ!」
「しかし、それでは味方の損耗が―――」
「たわけ!」
声を張り上げて続けるカダール。
「損耗などどうでもいい。ここで踏みとどまれば、BSI部隊が形勢を逆転する。数は俺達の方が多いのだ! その程度も分からんのか!!」
▶#09につづく
0
あなたにおすすめの小説
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
老聖女の政略結婚
那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。
六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。
しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。
相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。
子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。
穏やかな余生か、嵐の老後か――
四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
合成師
あに
ファンタジー
里見瑠夏32歳は仕事をクビになって、やけ酒を飲んでいた。ビールが切れるとコンビニに買いに行く、帰り道でゴブリンを倒して覚醒に気付くとギルドで登録し、夢の探索者になる。自分の合成師というレアジョブは生産職だろうと初心者ダンジョンに向かう。
そのうち合成師の本領発揮し、うまいこと立ち回ったり、パーティーメンバーなどとともに成長していく物語だ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる