銀河戦国記ノヴァルナ 第2章:運命の星、掴む者

潮崎 晶

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第20話:奸計、陰謀、策略…

#03

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 “量子ゆらぎ”とは空間位相が不安定になっている状態で、DFドライヴによる超空間転移の際、出現地点に発生する時空震とも言うべきものだ。その領域内では“量子もつれ”の、集中的な空間投射が発生している。
 本来なら不可視の物理現象なのだが、ルキナのデータ処理のおかげで、惑星パグナック・ムシュの衛星軌道上に浮かぶ、“もや”として存在していた。ルキナのホログラムはさらに言葉を続ける。

「この“量子ゆらぎ”が今のこちらの世界にも存在しているという事は、分岐した向こうの世界にも同様に存在していて、なおかつこちらの世界の入り口側にある、『超空間ネゲントロピーコイル』は、まだ動いているんだと私は思うの」

「!?」

 ノヴァルナとノアが飛ばされた皇国暦1589年のムツルー宙域には、シグシーマ銀河系の中心に対し直角となる正六角形を描く、六つの恒星系の惑星に一基ずつの、直径三十キロに及ぶ強大な重力子コイルが置かれていた。
 この正六角形の中心には、当時のノヴァルナとノアが元いた、皇国暦1555年の銀河皇国中心部へ向かう事が出来る、熱力学的非エントロピーフィールドが形成されており、二人はこれを使うトランスリープ航法によって、元の世界へ戻って来たのである。

 一方コイルが置かれた惑星の周囲が、銀河中心方向からムツルー宙域へ移動する際の出口となっており、ルキアが示した“量子ゆらぎ”は、その“出口”が今でも存在し続け、なおかつ、ノヴァルナとノアの帰還によって分岐した、今のこちらの世界でも観測されている事を意味していた。
 だがそれぞれの恒星系では惑星の公転運動があり、当然ながらコイルを設置した惑星も公転している。したがって誤差として予想される範囲を含めても、『超空間ネゲントロピーコイル』が形成出来るのは、七年に一度の三カ月間だけと、期間が限定されていた。そして現在はその正六角形が構成されておらず、『超空間ネゲントロピーコイル』は解消されているはずなのだ。

 ところが惑星パグナック・ムシュの衛星軌道上に、出口である“量子ゆらぎ”が観測されているという事実は、銀河系中心側の『超空間ネゲントロピーコイル』が稼働したままだと考えられる。

 するとルキナは、可能性の一つを提示した。

「もしかすると、向こうの世界と繋がった熱力学的非エントロピーフィールドは、ムツルー宙域以外にも…例えば銀河中心を挟んで逆方向にある、リキュラやトゥ・シーマにも伸びている事も考えられるわ」

 それを聞いてノヴァルナとノアがまず頭に思い浮かべたのは、銀河中心から放射線状に伸びた、複数のトランスリープチューブである。もしこれが本当に存在し、これを使用する何者かが銀河を瞬時に行き来しているとなると、ゆゆしき事態だ。
 
 ルキナの報告はここまでであった。また新たな事実が見つかったら、メッセージに加えてくれるとの事である。それを伝え終わるとカールセンとルキナはまた、親しみを込めた眼になる。

「じゃ、また連絡するよ。無理せず頑張れよノバック、ノア」

 カールセンがそう言うと、ルキナもまた朗らかに告げる。

「二人とも元気でね。ノバくん、あまりノアちゃんに苦労させちゃダメよ」

 それを聞いて、これ見よがしに顔を覗き込んで来るノアに、ノヴァルナは肩をすくめて苦笑いしながら顔を背けた。エンダー夫妻の息子のネルヴァが手を振るうちにメッセージホログラムは終了する。
 しばらくその余韻に浸っていたノヴァルナとノアだったが、やがて真面目な表情になって、ルキナの報告の中身を検討し始める。

「―――だけどよ、どう思う? 銀河中心のネゲントロピーコイル」

「原理と構造は決まってるんだから、条件さえ揃えば、惑星上にコイルを設置しなくても建造は可能だし、常時稼働させる事も出来ると思うわ」

 ノヴァルナの問いにノアは淀みなく答えた。ムツルー宙域で惑星上にコイルを設置していたのも、膨大なエネルギー供給が問題であったからだ。ノアの推測では、惑星上のコイルはその惑星の自転によるダイナモ効果を、エネルギーに変換して使用しているという事で、逆にエネルギー源さえ確保できれば、あれほど大規模な恒星間建造物にする必要はないのである。

「しかし、そんなエネルギー源なんて、あるのか?」

 ノヴァルナがさらに問うと、ノアは少し考えてから応じた。

「もしかしたら…」

「なんだ?」

「銀河中心には超大型ブラックホールがあるでしょ?」

「ああ。それがトランスリープチューブの、出発点になってるんだろ?」

「そのブラックホール自体を、エネルギー源にしているのかも」

 確かに理屈としては合っている。銀河中心にあるブラックホールからエネルギーを取り出すなら、逆にそれはムツルー宙域にあったような六つもの恒星系を使う、大規模なものにする必要はないだろう。「なるほど…」と頷くノヴァルナ。だが疑問も湧く、シグシーマ銀河系の中心部は銀河皇国によって立入禁止とされており、その中心部のブラックホール周辺に何らかの施設を建造するのであれば、『超空間ネゲントロピーコイル』の存在に銀河皇国が関与している事になるが、自分達が調査したところ、そのような事実は今のところ無さそうだったからだ。
 
 その事をノアに述べるとノアは再び考える眼をし、ノヴァルナに言葉を返す。

「あなたが非エントロピーフィールドに飛び込んだ時に見たっていう、神殿みたいな建造物っていうのが、関係してるのかも…」

 それはミノネリラ宙域の『ナグァルラワン暗黒星団域』で、ノアと共にブラックホールに突入して超空間転移を行った際、熱力学的非エントロピーフィールド内でノヴァルナが、背後―――つまり銀河系の中心部方向に見たという、どこかから伸びるワイヤーと繋がった、神殿のような白銀色の建造物の事だ。周囲に暗黒以外の何もない世界であったため、大きさや自分達との距離は不明であったが、もしかすれば相当巨大な建造物だった可能性がある。

“テルーザなら、何か知ってるかも知れねーな…”

 内心でそう呟くノヴァルナだが、同時にこの件にテルーザを関わらせるのは、どうかとも思う。というのも、この『超空間ネゲントロピーコイル』には星帥皇室と微妙な距離がある『アクレイド傭兵団』や、今や巨大な宗教勢力となった、『イーゴン教団』が関係しているようであったからだ。

「その辺りをはっきりさせるためにも、やっぱ皇国中央に向かわなきゃな」

 ノヴァルナがそう言うと、ノアは「そうね」と応じてから、これに関連する重要な話を持ち出した。

「それとね、今のルキナさんの話で考えたんだけれど、パグナック・ムシュに“量子ゆらぎ”が存在したままなら、『ナグァルラワン暗黒星団域』にあるあのブラックホールを使えば、無人探査機ぐらいなら向こうの世界へ、送り込めるかもしれないわ」

「なに?」とノヴァルナ。

 ノアが口にした“向こうの世界”とは、かつてノヴァルナとノアがトランスリープによって飛ばされた、皇国暦1589年のムツルー宙域であり、今のノヴァルナとノアがいる世界と分岐した、いわば“並行宇宙”だ。

「私達のこの世界の現在で、惑星パグナック・ムシュに“量子ゆらぎ”が発生したままだとすると、それは非エントロピーフィールドを通して、皇国暦1589年…ああ、時間の流れが違うから今は分からないけど、向こうの世界の“今”とも、繋がっている事になるはずなの」

「でもそいつは、可能性の話だろ?」

「ええ、もちろん。だから、ルキナさん達を放り込んで、元の世界に帰そうなんて乱暴な真似は無しよ。それに無人探査機を送り込むにしても、探査結果をどうやって受け取るかを考えなきゃならないわ」

 ノアの話に「そうかぁ」と、少々残念そうに応じながらも、ノヴァルナには閃きがあった。向こうの世界にいる親友、ムツルー宙域星大名のマーシャル=ダンティスにこれを知らせれば、何か手が見つかるかもしれない…という閃きである。
 しかしそのブラックホールが存在する『ナグァルラワン暗黒星団域』は、現在は敵対勢力のイースキー家が支配するミノネリラ宙域。こちらも今は手が出せず、ノヴァルナは俄かに歯痒さを感じ、「ふん…」と小さく鼻を鳴らした………



▶#04につづく
 
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