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第20話:奸計、陰謀、策略…
#04
しおりを挟むノヴァルナらの皇国暦1560年の1月は、そのまま恙なく過ぎ去り、事態が大きく動いたのは、2月の3日であった―――
場所はウォーダ家の植民惑星の一つ、リベルテル。2月1日より始めた、ノヴァルナとノアの宙域巡察の最初の訪問地だ。
この宙域巡察は、オ・ワーリ宙域の統一を果たしたノヴァルナの、威光を示すためのものであったのだが、正直、ノヴァルナからすれば性格的に乗り気ではなかった。それをノアに“こういうのは大切な事だから”と諭されて、この話を持ち込んで来た重臣達に同意したのである。
リベルテルは惑星ラゴンのあるオ・ワーリ=シーモア星系からの距離が、6.8光年とカーミラ星系に次いで近い、第一次産業を主体にした旧イル・ワークラン系の植民惑星。距離が近いという事もあるが、この“旧イル・ワークラン系の植民惑星”という点で、最初の巡察地とする意味があった。
戦闘行動ではないので、ノヴァルナが使用したのは戦闘輸送艦の『クォルガルード』と、第11宙雷戦隊の軽巡二隻、駆逐艦十隻が護衛に付くのみ。ただこれもノヴァルナは当初、非常に嫌がっていた。曰く「キヨウ行きだって、『クォルガルード』一隻で事足りたのに、てめぇの領域見回るだけに、なんでそんなに連れて行かなきゃなんねーんだ!?」という事らしい。
しかしノヴァルナとしては、惑星についてしまえばこっちのものである。惑星を預かる代官の歓迎式典もそこそこに、隙を見て『クォルガルード』に積んでいたバイクで、勝手に飛び出して行ってしまった。それに従うのは、有無も言わせず同行を命じた、クローズ=マトゥ、モス=エイオン、ジュゼ=ナ・カーガ、そしてジョルジュ・ヘルザー=フォークゼムの、四名の『ホロウシュ』のみ。
「おっしゃー!! こうじゃなきゃなぁーーー!!」
一本道で森を抜け、青空の下に広がる見渡す限りの麦畑。どこまでも続く緑の絨毯のような光景に、ノヴァルナはヘルメットの中で声を上げる。
ノヴァルナはこれとよく似た光景を、使用人のネイミア=マルストスの故郷である惑星ザーランダで見掛けていた。ネイミアの実家が経営する大農園だ。上空からそれを見たノヴァルナは、あの超巨大な農園の真ん中を貫く道路を、バイクで突っ走ってみたいと思ったのだが、『ヴァンドルデン・フォース』との戦いでそれどころでななかった。それがこのリベルテルに到着した際に、よく似た巨大農園の光景を発見して、突っ走ってみたくなったのである。
それならそうで、リベルテル訪問の際に予定に入れればいいものを、無断で飛び出して来たのは、公式予定にすると護衛やらなんやらで興が削がれるのと、あとはもうこれは性分としか言いようがない。
白い直線道路にはどちらの車線にも他の車の姿は全く、麦畑の上空を行き来する管理用反重力プローブが何機かいるだけで、バイクの飛ばし放題である。モーターの回転数を上げながら、ノヴァルナはヘルメットの通信機で、後続するフォークゼムに陽気な声を掛けた。
「ジョルジュ。ついて来れてるか!?」
「は、はい。なんとか!」
ジョルジュ・ヘルザー=フォークゼムは、他の『ホロウシュ』と少々経歴が違っており、かつてはノヴァルナの義父、ドゥ・ザン=サイドゥの従兵を務めていた、『ム・シャー』の家系の若者であった。そのため他の『ホロウシュ』のように、昔からノヴァルナの破天荒さに馴染んでいるというものでもない。
「アッハハハハハ!」
急に連れ出されたせいか、それともバイクの運転に慣れていないせいか、ぎこちない返事をするフォークゼムに、ノヴァルナはいつもの高笑いを発する。そこにモス=エイオンが問い質して来た。
「しかしノヴァルナ様。ノア様にだけでも、行き先を言っとかなくて、よかったんスか?」
「いーんだよ!」
あっけらかんとノヴァルナが応じると、クローズ=マトゥが言う。
「でも絶対、あとで怒られますよ」
「怖かねーよ!」
簡単に言い放つノヴァルナだったが、フォークゼムを除く三人の『ホロウシュ』は、どうだか…と言いたげに、ヘルメットを被った頭を左右に振る。
それでもこれを聞き、フォークゼムは通信機の電源だけは入れておく事にした。宇宙港に着陸している『クォルガルード』が、位置情報だけは掴めるようにしておこうと思ったからだ。それに大抵ノアがノヴァルナを叱る場合も、ノヴァルナがやりたい事をやらせてから叱るパターンなので、ここまで来れば連れ戻しには来ないだろうという判断である。
ノヴァルナは実り始めた麦の穂が作り出す、緑の地平線を見詰めながら、思考を巡らせた。勝手に飛び出して来たのも、考え事をするためだ。それは1月の終わりに、親交のある皇国貴族のゲイラ・ナクナゴン=ヤーシナからもたらされた、重大な情報についてであった。
イマーガラ家当主、ギィゲルト・ジヴ=イマーガラが上洛軍の編制を終え、5月にもキヨウに向け進発する予定。その推定兵力24個艦隊約2000隻―――
こいつは参った。どうしたもんか…それがこの情報を得て、最初にノヴァルナが抱いた感想である。一年半前にオ・ワーリ宙域を統一し、戦力の拡充を図っているノヴァルナだったが、それでもその戦力は直轄艦隊が10個約700隻。ヴァルキス=ウォーダのアイノンザン星系艦隊が3個約200隻。そしてウォーダ家に従属している独立管領の星系艦隊が3個約150隻と、圧倒的な差があるからだ。
それにイマーガラ家の戦力はおそらく、それだけではない。イマーガラ家に従属している、ミ・ガーワ宙域星大名イェルサス=トクルガルの艦隊が、これに加わって来ると思われる。そうなれば戦力差はもっと広がるはずだ。
イェルサス―――
ノヴァルナは視線を上げて、かつての自分の弟分だった若者の顔を、青空に思い浮かべた。丸顔の温厚そうな少年も、今やトクルガル家を治める星大名にまで、成長している。
“アイツとも戦わなきゃなんねーのか…”
そう思うノヴァルナには確信があった。イェルサスを誘っても、自分には寝返らないだろうと…そういう漢になるであろうから、弟分として可愛がっていたのだから。
だが、それが油断を生んだ―――
「ノヴァルナ様ッ!!!!」
悲鳴に近い女性の声。『ホロウシュ』のジュゼ=ナ・カーガだった。我に返ったノヴァルナの視界に飛び込んで来る黒い影。それが麦畑の上を飛んでいた、農園管理用反重力プローブだと気付いた刹那。高熱を含んだ衝撃に襲い掛かられ、ノヴァルナの意識は途切れた………
「顔が痒い」
四日後。キオ・スー城の私室に持ち込まれた医療用ベッドで、上体を起こしているノヴァルナは、右頬に大きく貼られた組織再生パッドの痒みを訴えた。
「我慢しなさい」
広い私室のキッチンから、母親のような口調で告げるのはノアである。再生パッドによる火傷系の組織再生は、完了寸前で強い痒みを感じる事があり、そこで掻いてしまうと跡が残って、再生をやり直さなければならなくなる場合もあった。
「右半身も全部痒い」
「だから我慢しなさいって」
小腹を空かせた夫のために作ったサンドイッチを運びながら、ノアは再び注意をする。ほんの四日前に惑星リベルテルで、爆弾を仕込んだ複数の農園管理用反重力プローブによる自爆攻撃を受け、『クォルガルード』に運び込まれた時は、右半身に大火傷を負って重体であった事を考えれば、現代医療の最先端技術を使用したとはいえ、驚異的な回復力だった。
「はい。どうぞ」
ベッドサイドに置いた椅子に座ったノアは、小さなバスケットに入れた手作りのサンドイッチを、ノヴァルナに差し出す。「さんきゅ」と言ってサンドイッチを手に取り、口に運んだノヴァルナは「旨いじゃん」と褒める。ノアの「ありがと」という声を聞き、ノヴァルナはしばらく黙々とサンドイッチを食し、やがてポツリと言った。
「バイク…ぶっ壊れちまった」
それに対しノアは、ノヴァルナを叱るでもなく静かに応じる。
「うん。新しいの…買お」
▶#05につづく
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