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第20話:奸計、陰謀、策略…
#08
しおりを挟む時は大きく遡って46年前。皇国暦1514年の真実の夜―――
窓の外に雷光輝く、夜のイナヴァーザン城―――
短く黒髪を切りそろえた二十代後半のドゥ・ザンの、鷲鼻で彫りの深い顔が稲光に陰影を明確にする。その猛禽類を思わせる眼は、若く猛き野望も剥き出しに、ギラリと光っていた。
ドゥ・ザンの前で身をすくめるのは、トキ家当主のリノリラスとその妻で、ミノネリラ宙域随一の美女と名高いミオーラ。リノリラスは奥歯をギギギ…と噛み鳴らして、眼前の謀叛人に口を開く。
「ドゥ・ザン、貴様…余に、ミノネリラ宙域を出ろと申すか!?」
「さよう…お家騒動にばかり現を抜かす、ご当主など最早無用。あとはこのドゥ・ザンがお引き受け致しますゆえ、ご安心召されませ」
三人がいるリノリラスの私室の外では、ドゥ・ザンに忠誠を誓った、まだ少年の面影を残すドルグ=ホルタとコーティ=フーマをはじめとする、少壮の家臣達がアサルトライフルを手に、合図一つで突入出来る態勢を整えていた。
数十年後に自分の婿になる若者と同じような不敵な笑みを浮かべ、若きドゥ・ザンはさらに条件を口にする。
「つきましては、お館様。安全にミノネリラ宙域をご退去頂くにあたり、一つ望みがございます」
「の、望みだと?」
リノリラスの問いに、己が欲望をさらけ出して告げるドゥ・ザン。
「はい。ミオーラ様を、我が妻に頂きとうございます…」
「!!……」
窓の外に再び雷光が走り、三人の表情を闇の中に浮かび上がらせた。特に怯えた表情を見せたのはミオーラである。
「ド、ドド…ドゥ・ザン。何を言い出すか!!!!」
口ごもりながら怒号を発するミオーラ。だがのちに“マムシのドゥ・ザン”と呼ばれるようになる若者は、動じる様子もない。
「これを…」
そう言ってドゥ・ザン、軍装の懐から一枚の薄いデータパッドを取り出す。その電源を入れ、展開された何枚かのホログラムスクリーンのデータを、リノリラスとミオーラに向けて突き出した。
「これを御覧じられい」
それはミオーラに関する医療データ…懐妊に関するものだった。中身を察して、リノリラスとミオーラは顔を引き攣らせる。そこに畳みかけるように言うドゥ・ザン=サイドゥ。
「これはミオーラ様のご懐妊に関する遺伝子情報…これによると、ミオーラ様のお腹のお子様は、リノリラス様のお子ではあらせられないようで…」
「ドゥ・ザン! うぬは、どこでそれを!!??」
血相を変えるリノリラス=トキ。轟く雷鳴。
若きドゥ・ザンは主君の詰問を無視し、ミオーラに向けて言う。
「…となると、誰のお子となるのでしょうなぁ。ミオーラ様」
「………!」
「…そう言えば近頃、バレウス何某という、やたら図体の大きな警護兵が、リノリラス様の御不在の度に、この奥の院の辺りで見掛けられておったそうで。御当主不在の際は男子禁制となるはずの、奥の院の近くとはまた面妖な…」
そう言いながらドゥ・ザンはデータパッドを操作し、新たなホログラムスクリーンを展開して、リノリラスとミオーラに見せつける。
「そして…これが、その大男の遺伝子情報にございます」
「く…ドゥ・ザン。おのれは…」
ドゥ・ザンの表情はその異名の通り、毒牙にかかって動けなくなった獲物を呑み込もうとする、マムシのように見えた。“何某”や“…だそうで”と曖昧な言葉を使っていながら、実は全ての情報を入手し終えているという周到さである。
「この者の遺伝子情報を照合した結果…ミオーラ様のお腹のお子の父親は、ほぼ間違いなく―――」
「やめて!!」
悲鳴に近い声でミオーラが拒むと、ドゥ・ザンはわざとらしく、恭しいお辞儀を返して発言を中断する。
トキ家の当主の座を巡り実の兄と争っていたリノリラスにとって、ミオーラの懐妊の問題は重大だった。その子が自分の子ではなく、身辺警護の兵―――妻の不義密通の相手の子だったからである。
実力行使が伴う内紛をドゥ・ザンの貢献で勝利し、政権確立の目途がついたところでの、典医から告げられた妻の懐妊一ヵ月の連絡。だがその時点で、すでにリノリラスには疑問があった。当時政争にかまけていたリノリラスには、懐妊に至る妻ミオーラとの“夫婦の営み”に、覚えが無かったためだ。
あくまでもリノリラスの嫡子だと主張するミオーラに、半ば強制的に胎児の遺伝子解析を行わせた結果、やはり自分の子ではないと知ったリノリラスは、これを当主の座を争う兄や、領民に知られてはまずいと、極秘裏に“処分”させようとした矢先、下剋上を目論むドゥ・ザンに情報を掴まれてしまったのである。
「仮にも一宙域の主が、自分の妻も御せず不義密通を許した上、相手との間に出来た子を内々に殺そうとされるなど、領民達が知れば、どう思うでしょうなぁ…」
表情を硬くしたままのリノリラスとミオーラに、ドゥ・ザンはさらに告げた。
「わたくしと致しましても、“主殺し”はしとうございませぬ。またミオーラ様のお子も、決して事実を口外する事なく我が子として育て、いずれはサイドゥ家を継がせも致しましょう。御身の安全は保証致しますゆえ、どうぞご承諾を………」
老医師の話を聞き終えたギルターツは、衝撃的な真実に、思わずその場で膝から崩れ落ちそうになった。
“我が…我が、母の不義密通の相手との子!”
受け入れられぬ!…そのような話、到底受け入れられぬ!!…とギルターツの思考はリピートを繰り返す。リノリラスは実の父親ではないどころか、自分を極秘裏に葬ろうとし、あれほど父だと認めたくなかったドゥ・ザンが、それを救い出したという事実が、さらにそれに追い討ちをかけた。
“我はそのドゥ・ザン殿を、手に掛けた…のか…”
「………」
老医師は無言でギルターツを見詰めた。その眼は穏やかで、そして哀しげでもある。真実を突き止めに来たとはいえ、その真実はおそらく、自分が想像していたものとは、数光年は隔たりがあったに違いない…それを考えると、掛ける言葉も見つからない。
しばらくして、ギルターツはようやくポツリ…と言った。
「なるほどのぅ…」
短い言葉であったが、それにはギルターツの様々な思いが込められている。父の事…母の事…自分の事…その他諸々。そしてまた黙り込むギルターツ。
すると老医師は椅子から立ち上がり、乾いた声で言った。
「ふむ…丁度良い時間ですな。お茶に致しますか」
そしてアスモンス星人の看護師に「お茶を淹れておくれ」と告げ、自分はくたびれた診察室の片隅にある棚に向かう。
「ギルターツ様。甘いものはお好きですかな?」
「好きというほどでもないが…」
巨躯に似つかわしくない小さな声で、ギルターツがそう答えるのを聞きながら、老医師は棚の引き戸を開けた。
「アスモンスは何もない惑星ですが、甘味のものは自慢でしてな…どれ、今日は折角ですので、とっておきをお出しすると致しましょう…」
老医師が用意したお茶を僅かに啜り、四角い半透明の葛餅のような菓子に、ひと口だけかじりついたギルターツは、自分の出生についてはもう何も老医師に尋ねる事は無かった。その代わり立ち去り際に老医師の今について問い掛ける。
「ご老人がこの星に来られたのは、ドゥ・ザン殿の命令か?」
「はい。私も当時はまだ、死にとうございませんでしたので」
それはつまり、ドゥ・ザンから口封じのための死か、この星への追放かの選択を迫られたという事だ。だが老医師にその選択を恨む様子は無い。
「ですが、我が家族が一生遊んで暮らせるだけの報酬を頂戴しまして。この医院も生活のためではなく、自分がやりたいだけの事にございます。そう考えるとドゥ・ザン様のご厚情、この上なきものにて―――」
そして老医師は最後に付け加えた。
「それは無論の事、ギルターツ様に対してもそうにてございました…」
▶#09につづく
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