銀河戦国記ノヴァルナ 第2章:運命の星、掴む者

潮崎 晶

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第20話:奸計、陰謀、策略…

#12

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 一方ノヴァルナはその身を、惑星ラゴンの月にある宇宙艦隊基地、『ムーンベース・アルバ』に妻のノアや二人の妹達と共に置いていた。量産化に漕ぎつけた新型BSIユニット『ECN‐64シデン・カイ』の、第一次受領にわざわざ出張って来ていたのだ。

 クレーターの起伏も激しい、白灰色の地表が広がる月面上空に、機体を開発したガルワニーシャ重工の社章を舷側に描く、四隻の大型貨物船が菱形フォーメーションで姿を現す。すると『ムーンベース・アルバ』の管制塔から見上げるノヴァルナの視線の先で、大型貨物船の舷側扉が両側でスライドして開き、新型BSIユニットが一機ずつ船外へ飛び出し始めた。
 やがてそれは、パラシュートのアクロバット降下のように、宇宙空間で組み合わさり、第一次受領分128機による巨大なウォーダ家の家紋、『流星揚羽蝶』を形成して、見ている者に歓声を上げさせる。

「見て、見て、兄様。すごーーーい!!!!」

 二重恒星タユタとユユタの光を反射して、白銀色に煌めく『流星揚羽蝶』紋に、ノヴァルナの下の妹フェアン・イチ=ウォーダは興奮も隠さず、ぴょんぴょん無邪気に飛び跳ねながら指をさす。それを隣に立つ姉のマリーナが窘める。

「ちょっと、イチ。子供みたいにはしゃがない!」

「だぁって!」

「貴女ももう十九なんだから、ちゃんとして」

 そんな姉妹の間に割り込み、二人それぞれの肩に手を置いたノヴァルナは、上空の『流星揚羽蝶』紋ではなく、それを構成する新型機の一機を映し出したモニターを見詰めながら、不敵な笑みを浮かべた。

「ふーん…いい機体に、仕上がったんじゃね?」

 『ECN‐64シデン・カイ』は、それまでのウォーダ家の主力量産型BSIである『ECN‐52シデン』を、設計段階からリファインしたもので、それまでの量産型『シデン』で約二十年続いたバージョンアップとは、一線を画すものであった。
 見た目も『シデン』より胸板が厚くなり、精悍さが増した印象だが、特に顕著な違いは、射撃センサーなどの照準機能の強化だった。対電子戦機能が根本的に強化され、敵の電子妨害下でも正確な照準射撃と、より繊細な動きを伴う格闘戦が可能となるはずだった。
 約四年前から開発を始めた『シデン・カイ』だが、どうやら対イマーガラ戦に間に合ったようである。と言っても、イマーガラ家の上洛軍が進発する五月までに納入されるのは五百機程度で、全ての『シデン』を更新する事は不可能だったが。
 
 ノヴァルナは今回と、今後納入される『シデン・カイ』のすべてを、BSI部隊総監のカーナル・サンザー=フォレスタが司令官を兼任する、空母打撃部隊の第6艦隊へ配備するつもりである。個々の艦隊に分散配備するより、第6艦隊で集中運用した方が、戦力比で圧倒的不利な対イマーガラ軍BSI戦において、ピンポイントで敵戦力を突き崩す事が出来ると判断したからだ。

 敵中心部への一点突破からの戦果拡大…ウォーダ家に勝機があるとすれば、その一点に懸けるしかない。今回ばかりはなりふり構ってられないというのが、ノヴァルナの本音だった。
 その関連でノヴァルナは、オ・ワーリ宙域の民間恒星間運輸会社のすべてに、輸送船やタンカーの大規模な徴用を命じている。イマーガラ軍が侵攻して来た際に、徴用船で偽装艦隊を編成し、こちらの戦力の把握と配置を惑わせようというのだ。

“打てる手は全部、打たなきゃなんねーからな…”

 基地上空で『流星揚羽蝶』紋のフォーメーションを解き、小部隊に分かれながら降りて来る『シデン・カイ』の様子を眺め、ノヴァルナは心の内で呟いた。

 一方、『シデン・カイ』を納入したガルワニーシャ重工も必死である。もしオ・ワーリ宙域がイマーガラ家の支配下となった場合、彼等をはじめとする主要な大企業はすべて、イマーガラ家の本領トーミ/スルガルム宙域で同業種を生業とする、大企業群に吸収合併されてしまうからだ。
 このような大企業の吸収合併は、今の戦国の世ではよくある事で、新たな支配者となった星大名は人心掌握のため、占領地の領民に対し極端な増税などは行わないが、その地の主要企業は全て本領地の企業に吸収合併させ、資産と技術を奪い取るのである。そして星大名はその本領地の企業から、多大な利益を得ると言う構図になっている。

 次々と『ムーンベース・アルバ』の広大な発着場に降り立った、128機の『シデン・カイ』は勢揃いすると一斉に、管制塔のノヴァルナへ超電磁ライフルで“奉げ筒”の姿勢を取った。右手を軽く掲げて答礼するノヴァルナ。そうしながらも、頭の中では次に打てそうな手を考えている。

 そこへやって来たのは、いとこのヴァルキスだった。「申し訳ありません。遅くなりました」と、頭を下げてノヴァルナに詫びを入れる。

「ヴァルキス殿。いや、よく来てくれた」

「ほう、あれが『シデン・カイ』ですか。良い機体ですね」

「ちょうど次は、従来型の『シデン』との模擬戦だ」

「ではその準備の間に、お伝えしたい事がありまして」

 ヴァルキスの目配せで、ノアや妹達には聞かせたくない話なのだと悟ったノヴァルナは、「すぐに戻る」と言い残して中座した。



 管制塔を中座したノヴァルナとヴァルキスは、まるでその辺にいる若者そのままに、通路の途中に設けてあるレストコーナーで、サーバーから注いだコーヒーを片手に立ったまま話を始めた。

「それで?…どんな話かな、ヴァルキス殿」

「はい。こういう手口はノヴァルナ様はお嫌いでしょうが…ナルミラ星系独立管領の、ヤーベングルツ家当主ノルディグとその嫡男ノルゾルドを、謀略によって殺害致しました」

「なに?」

 ヴァルキスの言葉を聞き、ノヴァルナの眼がギラリと光る。ミ・ガーワ宙域との国境近くに位置するナルミラ星系の独立管領ヤーベングルツ家は、かつてナグヤ=ウォーダ家に従属していたものの、ノヴァルナの父ヒディラスが殺害された四年前に、次期当主のノヴァルナを早々に見限って、イマーガラ家に寝返っていた。そのナルミラ星系にはイマーガラ軍第5艦隊が駐留し、イマーガラ家の重臣モルトス=オガヴェイがいた。
 またヤーベングルツ家も恒星間打撃艦隊を有しており、イマーガラ家がオ・ワーリに侵攻して来る際に、先鋒部隊の一翼を担うものと予想されていたのだが、当主とその嫡男が死んだとなると、ヤーベングルツ家は断絶。指揮系統も混乱をきたして、先鋒部隊の一翼どころではなくなるだろう。つまりヴァルキスは謀略により、敵から一個艦隊の戦力を奪い取った事になる。

「それは有難い話だが…どうやって?」

 問い質すノヴァルナに、ヴァルキスは事も無げに明かす。

「偽情報を広めたのです。ヤーベングルツ家はイマーガラ軍第5艦隊の駐留を、次第に疎ましく思うようになっており、オ・ワーリ宙域侵攻の際、ギィゲルト殿の本陣の位置をノヴァルナ様に通報し、背後から攻勢をかける…と」

「寝返りの寝返り、というわけか?」

「はい。なにぶん私は、イマーガラ家のオガヴェイ様と懇意にしておりますので、ノヴァルナ様とヤーベングルツ家の間で、密約が交わされているという情報を、オガヴェイ様に流すのも容易いものでして。二人の暗殺はオガヴェイ様が…」

 確かにノヴァルナにとって、ノアや妹達には聞かせたくない謀略話であるし、ノヴァルナ自身もあまり気持ちのいい話ではない。ヴァルキスの物言いは、自分がイマーガラ家のスパイである事を、公言しているのと同様だからだ。
 しかし、それを公言しているからと言って、本当にスパイなのかと問い詰めても、“実はスパイの振りをして、ウォーダ家のために働いている”とヴァルキスに答えられてしまっては、深く追及も出来ないという歯痒さを、ノヴァルナは禁じ得ない。それに本当にヤーベングルツ家が断絶したのであれば、僅かながら敵戦力を削る事に成功したのは事実である。

「わかった。よくやってくれた、ヴァルキス殿。いずれ報いる」

 そんなノヴァルナの言葉にヴァルキスは、「ありがとうございます」と返しながらも、乾いた笑みを顔に貼り付けた。ノヴァルナの“不承不承”という意識が、表情からあからさまに漏れ出ていたからだ。

「ノヴァルナ様」

「ん?」

「私は最終的に、私自身のためになるよう動いております。そしてそれがノヴァルナ様のためにもなるのであれば、私をせいぜいご利用下されば結構」

「了解した。そうさせてもらう」

 敵ではないが、さりとて絶対的な味方でもない。少なくとも直接寝首を掻くつもりは、ヴァルキスには無いように思われ、ノヴァルナはヴァルキスの立ち位置を是とした。それと同時に、今度の対イマーガラ戦では、戦力として考えるのは危険だとも感じる。

“それでもまぁ、途中でいきなり裏切られるよりはマシってもんだ…”

 と、ノヴァルナにしては珍しく、“消極的前向き”といった感じで自分に言い聞かせた。するとそこに、ヴァルキスの副官で雌雄同体のロアクルル星人の、アリュスタが通路の向こうからやって来る。
 アリュスタはノヴァルナとヴァルキスの前で一つお辞儀をすると、落ち着いた声で告げた。

「『シデン・カイ』の模擬戦の準備が完了致しましたので、お二人をお呼びするようにと…」





▶#13につづく
 
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