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第21話:野心、矜持、覚悟…
#05
しおりを挟む情報封止状態のキオ・スー城と、最終局面に向けて動き出したカルツェ達。だが動き出していたものは他にもあった。惑星ラゴンの衛星軌道上に浮かぶ総旗艦『ヒテン』と、それを含む戦艦七隻で構成された第1戦隊である。
「第1戦隊全艦、陸戦隊。降下準備完了」
完全武装の陸戦隊を乗せた六機のシャトルが整然と並ぶ、『ヒテン』の格納庫。彼等の隊長から出撃準備完了の報告を聞くのは、同じく陸戦装備を身に着けたカッツ・ゴーンロッグ=シルバータだ。
「よし。これよりスェルモル城の制圧に降りる。かかれ!」
そう命じ自分もシャトルに向け小走りになる、シルバータの両側斜め後ろには、スェルモル城行きのシャトルへ搭乗した際、彼に宇宙服を着用するよう告げた、二人の男がいた。
二人の男は敵ではない。彼等はノヴァルナの女性重臣、ナルガヒルデ=ニーワス配下の兵であった。情報部とは別にカルツェ達を見張るよう、ノヴァルナに命じられているナルガヒルデは、常時シルバータの近くに監視と護衛のための兵を数名、潜ませていたのである。
これはシルバータが、カルツェを支える付家老でありながら、近年はノヴァルナに傾倒しており、カルツェやクラードなどから疎まれるようになっている事を逆手に取ったものだ。
ナルガヒルデは反ノヴァルナ派に大きな動きがあった場合、もはや邪魔者でしかないシルバータに対して、更迭やそれ以上の何らかの処断が事前に下されるはずだと考え、それを監視する事で、謀反の発生を察知しようとしていたのであった。
シャトルの中でシルバータに宇宙服着用を指示した二人は、自分達の身分を明かすと同時に、本来のパイロット達を拘束して入れ替わった事、シルバータの乗ったシャトルが大気圏突入直前で自爆するよう仕組まれている事を知らせ、シャトルが『ヒテン』を離艦した直後に、シルバータと共に機外へと脱出したのである。そして自動操縦のシャトルは予定通り、大気圏突入直前で自爆。シルバータら三人は、宇宙遊泳で『ヒテン』へ戻ったのだった。
『ヒテン』へ戻ったシルバータは、自分がカルツェによって殺害されそうになった事を、即座にノヴァルナへ報告しようとした。だがすでにキオ・スー城で何か異変が起きたのか、ノヴァルナへの回線接続は許可されず、代わって通信に出たナルガヒルデから、“その件は自分からノヴァルナ様へ知らせるから、シルバータ殿は第1戦隊の陸戦隊を指揮し、スェルモル城を制圧して頂きたい”という指示を、得たのである。
一方、キオ・スー港の無人桟橋に潜水艦から上陸した、スェルモル城陸戦隊の増援部隊との合流を終えたカルツェ達は、二十四台の装甲車を連ねてキオ・スー城に向かっていた。
その車列の中央を走る装甲車の内部では、都市迷彩服を着込んだ陸戦隊員の中にあって、通常の濃紺の軍装を身に着けているカルツェとクラードの姿が、微妙に浮いて見えている。
向かい合って座るカルツェとクラードは双方とも無言だが、それぞれに思う事は違っていた。カルツェは今後のウォーダ家の方針についての思案を、巡らせ始めており、対するクラードは早くもカルツェによる新政権の中で、自分のポストについてあれこれと考え始めていたのである。
“今やゴーンロッグ殿は亡く、今回の計画にはシウテ様も関わってはおられない。という事は、ウォーダ宗家の次席家老…いやいや、これは筆頭家老もあり得るぞ”
クラードにとっては、カルツェ支持派の中で自分より上位であった二人が居なくなった今の状況は、“たなぼた”のようなものだ。新政権の中で自分のポストに期待している辺りは別車両に乗る、他の家臣達も似たようなものであろう。
その時、カルツェらの車両に同乗している陸戦隊の総指揮官が、カルツェを振り返って告げた。
「キオ・スー城と、連絡がつきました!」
「誰が出ている?」とクラード。
「ナルガヒルデ=ニーワス様です」
それを聞き、カルツェとクラードは緊張した面持ちとなって、顔を見合わせる。元はカルツェの支持派であった筆頭家老のシウテ・サッド=リンや、穏健派の次席家老ショウス=ナイドルなら話も通じやすいが、ナルガヒルデ=ニーワスはノヴァルナの直臣中の直臣だからだ。カルツェは背筋を伸ばし、指揮官に命じた。
「こちらへ繋げ」
カルツェの言葉で、目の前に通信用ホログラムスクリーンが展開され、眼鏡をかけた赤毛の女性家臣が映し出される。「カルツェ様…」とナルガヒルデはスクリーン内で恭しく頭を下げた。
「ニーワスか。キオ・スー城で何があった?」
シラを切って問い質すカルツェ。ノヴァルナ毒殺の実行犯はネイミアだが、その背後に自分達がいる事を知っているかどうかを確かめるためだ。もし知っていたとしても、カルツェの継承権第一位が継続しているなら、主家の人間に対しニーワスは手出しが出来ない。そしてそれはノヴァルナの身に何かあった証左でもあった。それだけカルツェも命懸けだという事だ。
「恐れ入りますが、今は申し上げられません」
硬い口調で拒否するナルガヒルデに、カルツェはやや強めに命じる。
「非常事態なのだろう。言え」
主家のカルツェに催促されナルガヒルデは、致し方なし…といった面持ちで口を開いた。
「まず…事が事ですので驚き、これなきよう」
「うむ」
「先刻。ノヴァルナ様はノア様と外食を済まされ、ご帰城されたのですが」
「ああ」
話を区切りながら喋るナルガヒルデに、カルツェよりその反対側に座るクラードが、じれったそうに肩を揺らす。
「私室に入られ、ひと息つかれたところに、問題が発生致しまして」
「問題?…どのような?」
カルツェが先を促す反対側で、クラードがゴクリと喉を鳴らす。
「は…何者かに操られたと思われる、侍女が飲み物に毒を混入させました」
「なに!?」
少し演技を交えるカルツェ。クラードは我慢できなくなって、急いた口調で自らも口を出した。
「そ、それでノヴァルナ様は!?」
「………」
押し黙ろうとするナルガヒルデにカルツェは、「ニーワス!」とさらに強い口調で促す。通信ホログラムスクリーンの中で、眼を伏せて告げるナルガヒルデ。
「現在…心肺停止状態にて。典医達が必死に回復を図っておりますが…」
ナルガヒルデの深刻な表情に、ノヴァルナに助かる見込みはないのは明白だと、カルツェは感じた。死したシルバータと似て、生真面目なナルガヒルデに演技は無理だと判断しての事だ。
同時にカルツェは心に余裕が出来たのか、ナルガヒルデを哀れにも思う。以前からナルガヒルデは、自分の支持派に加わる振りをして内偵的な役割を演じたり、因縁の相手であった。そしてそれは偏に、自分の支持派がそうであるように、兄のノヴァルナを支持する事こそを、自分の栄達の道と信じていたに違いないからである。それが失われたナルガヒルデの無念な気持ちは、如何ほどのものであろうかという気にもなる。
「わかった。それで兄上の、『ホロウシュ』の状況は?」
「ノヴァルナ様の私室に、全員詰めております」
「兄上の殺害を図った女は?」
「ノア様に銃を向けたため、護衛の双子姉妹にその場で射殺されました」
「そうか…」
重々しく頷くカルツェ。だがその胸の内では、これは好都合だ…と冷徹な計算が働いている。このままキオ・スー城へ乗り込み、継承権第一位を持つウォーダ家当主の弟として、統帥権の行使を宣言。順序は逆になるが、そののちに兄ノヴァルナの、ウォーダ家当主としての欠格を列挙し、熟考の末に自分が殺害を図った事を告げれば、それで全ては決していくはずだからだ。カルツェは努めて平静な物言いで指示を出した。
「ではニーワス。非常時につき私はこれからキオ・スー城へ入り、状況の把握と指揮を執る。これは兄上の次席当主たる私の使命だ。準備を整えておくように」
「御意にございます」
頭を下げて応じるナルガヒルデに、カルツェは「宜しく頼むぞ」と告げて通信を終え、陸戦隊指揮官に命じた。
「城に着いたら部隊を二手に分け、一方の隊には玉座の間を押さえ、もう一方には『ホロウシュ』を押さえさせろ」
「はっ」
「カルツェ様」
声を掛けて来るクラードに振り向いたカルツェは、小さく頷いて告げる。
「兄上と対面したのちに、玉座の間で当主継承を宣言する」
兄との対面とはすなわち、ノヴァルナの死を確かめる事である。その上で事態の収拾の指示と、ウォーダ家当主の継承を宣言すれば、ノヴァルナに従っていた家臣達も、自分が新当主である事を認めざるを得ないはずだ。
「ご当主となられたその後は?」とクラード。
「できるだけ早くイマーガラ家との和平交渉に入る。恭順する事になるだろうが、無為に戦って滅びるよりはマシだ」
「さすがのご見識にございます」
追従口を叩くクラード。だがその言葉通りで、カルツェの見識も、正しい事は正しいのである。圧倒的な戦力差があるイマーガラ家との戦いを考えると、ウォーダ家の敗北を予想するのは常識的な話であった。
そしてそれで被害を受けるのは星大名家だけではない。戦って敗者となった星大名の領民は、略奪と暴行を受けるのがこの世の常となっているのだ。これは勝者側の星大名の一般兵に対する褒美的な側面があり、慣習化してしまっている。そういう面もあるため、カルツェはイマーガラ家と戦おうとしているノヴァルナが、どうしても認められなかったのである。
“お許しあれ、兄上。あなたはウォーダとオ・ワーリのためには、居てはいけない存在だったのです………”
装甲車の前面の窓に見えて来る、夜のキオ・スー城を見据え、カルツェ・ジュ=ウォーダは胸のうちで呟いた………
▶#06につづく
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