銀河戦国記ノヴァルナ 第2章:運命の星、掴む者

潮崎 晶

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第22話:フォルクェ=ザマの戦い 前編

#07

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 このように操縦技術の鍛錬には、日々余念がないノヴァルナであったが、それとは対照的に、防衛計画そのものに対する熱意はからきしだった。ウォーダ家当主として最終決定権を持ちながら、重臣達が集まる会議では口にするのは雑談ばかり。核心部分について何の発言もせず、たまりかねた重臣達が“そろそろ本題を…”と言い始めた途端に、「じゃ、これで解散」と逃げ出す有様だ。

 そしてイマーガラ家の侵攻への対処に、どのような方針を採用するかが決まらないまま、ついに5月1日、イマーガラ家上洛軍進発の日を迎える事となった。

 当然ウォーダ家では、この日も防衛会議が催され、さすがにもう我儘は許さないとばかり、筆頭家老シウテ・サッド=リンや次席家老のショウス=ナイドルをはじめ、旧来からの家老達の多くが、初っ端からノヴァルナの座る会議室中央の、議長席に詰め寄っている。

「若殿。もはやぐずぐずしては、おられませんぞ!!」

「さよう。今日こそは方針をお決め頂かなければ、どのような方策も、間に合わなくなってしまいます!」

「どうか、ご指示を!!」

 机を挟んで迫る彼等の背後には、“惑星ラゴン集中防衛案”“機動漸減作戦案”“艦隊決戦案”などの表題が記された、各防衛作戦案大綱のホログラムスクリーンが、すぐに開くことが出来る態勢で横一列に並んでいる。ノヴァルナはやれやれ…といった表情で、ぼんやりとそれらのホログラムスクリーンを見渡した。

「ノヴァルナ様!!」

「どのような策を採られるか、お聞かせください!」

 反応の鈍いノヴァルナに痺れを切らしたように、シウテとナイドルが真剣な顔を突き出す。するとノヴァルナは作戦案のホログラムスクリーンを順々に指さし、不謹慎この上ない事をやり始める。

「ど、れ、に、し、よ―――」

「殿ッ!!!!」

「うっそぴょん」

「………」

 かつてのナグヤの問題児の頃そのままの振る舞いに、開いた口が塞がらなくなる重臣達。ここに妻のノア姫がいれば、悪ふざけが過ぎる夫を叱りつけてくれもするだろうが、生憎と今日は不在だった。するとノヴァルナは不意に席を立ち、腰に両手を置いてさらりと言い放つ。

「というわけで、作戦は“籠城”にけってー!!」

「は!?」

「“は?”じゃねーよ。おめーらが決めろって、あんまりしつこく言うから、決めたんじゃねーか」

 何の脈絡もなく、国家の存亡に関わる重要な事を、簡単に決めてしまったノヴァルナに、シウテは狼狽気味に確認を取る。

「そ、それは、“惑星ラゴン集中防衛案”を採るという事で、宜しいのですか?」

「それが“籠城”って事になるなら、そういうこった!」

 中途半端な返事に困惑する重臣達。だがノヴァルナはお構いなしに、あっけらかんと彼等に告げた。

「じゃ、解散。みんなおつかれー」
 
 告げるだけ告げて、さっさと会議場を退出して行ったノヴァルナだが、残された重臣達は主君の言葉通り、簡単に“解散”というわけにはいかない。“惑星ラゴン集中防衛案”の採用決定で、ようやく防衛計画の指針が示されたからだ。

 しかし会議場に残り、具体策の練り上げに掛かろうとする、重臣達の表情は複雑であった。今しがたのノヴァルナの決定の仕方に、真剣味が全く感じられなかったからである。

「…というわけで、“惑星ラゴン集中防衛案”に決定したわけだが」

 退出したノヴァルナの代わりに、中央の議長席に腰を下ろした筆頭家老シウテ・サッド=リンは、些か気だるげに重臣達を見渡して口を開いた。それに対してまず一人の家老が文句を垂れる。旧キオ・スー家系の家老だ。

「あのような決め方…本当に、本心から仰せになっておられるのか」

 そこに今度は旧イル・ワークラン家系の家老も加わる。

「うぅむ。もう少しご性根を据えて、告げて頂かなければ、我等としても御家存亡に掛ける気概が削がれるというもの…」

 旧キオ・スー家系の家老も旧イル・ワークラン家系の家老も、いまだノヴァルナの事を完全に理解できてはおらず、常識的な眼で見るため、奇異な振る舞いが余計に奇異に映るのである。もっともナグヤ家時代からの旧来の家老達も、こちらはこちらで、うんざりした顔を並べているのだが…

「ま、まぁ。その辺りも若殿の持ち味にて。急ぎ、本題に…」

 以前よりも広くなった額に滲む汗を拭きながらそう言うのは、次席家老のショウス=ナイドルだった。ナグヤ時代からのノヴァルナの旧臣で、内務担当という立場的に、彼等の間のパイプ役も務めなければならない。ナイドルの言葉に筆頭家老のシウテも頷いて同意する。

「うむ。我等も無駄話をしている場合ではないからな。ではまず―――」

 するとその時、会議場の扉がノックされてノヴァルナの補佐官―――使いっ走りの、トゥ・キーツ=キノッサがやって来た。

「筆頭家老様!」

「なにか?」

 話の腰を折られたシウテは、熊のようなベアルダ星人の顔をしかめて問い質す。それに対してキノッサは、思いも寄らない事を伝えた。

「はっ。ノヴァルナ様から伝達。“防衛計画は機動漸減作戦に変更”との事です」

「なにぃッ!!!???」

 怒号に近い声で、重臣達はキノッサに念を押す。

「間違いないのか!!!???」

「は…はぁ。そう言って来いと、ノヴァルナ様に命じられましたので…」

 キノッサは引き攣り気味の愛想笑いを浮かべて、重臣達の問いに応じた。


 

「ちょっと、ノヴァルナ様。勘弁してくださいよ!!」

 それからさらに四十分後、キノッサはすっかり膨れっ面になって、ノヴァルナの執務室へ帰って来た。ノヴァルナに命じられ、会議を続けていたシウテ達に防衛作戦の方針を、“機動漸減作戦”に変更するよう伝えたあと、さらに今度は“艦隊決戦”に変更するよう伝えて来いと命じられたのだが、自分達がノヴァルナにからかわれていると知って激昂した重臣達に取り囲まれ、ノヴァルナの代わりに散々怒鳴りつけられたからだ。

「あたしゃ、ノヴァルナ様のお言葉を伝えただけなのに、みんなでやいのやいの。何の罰ゲームなんスか!!」

 理不尽この上ない巻き添えを愚痴るキノッサに、ノヴァルナは「ハッハッハ…」と軽く笑って、「いや。わりーわりー」と全然悪く思っていなさそうな声で、詫びを入れる。白けた眼を返すキノッサにノヴァルナは告げた。

「まぁ。何に決めようが、どうせイマーガラには筒抜けさ」

「…でしょうなぁ」

 ノヴァルナの言葉に、キノッサはやや真面目さを加えた顔で応じる。イマーガラ家の諜報部員はどこに潜んでいるか分からず、例え潜んでいなくとも、連絡するであろう人物が近くにいるからだ。その人物とは無論、アイノンザン=ウォーダ家のヴァルキス=ウォーダである。ヴァルキスとイマーガラの懇意ぶりを見れば、自ずと知れて来る。

「それに―――」とノヴァルナ。

「シウテやナイドルの爺達も、どんだけ御大層な作戦案を作ろうが、今の俺達の国力じゃあ、到底イマーガラの連中に太刀打ちできねぇのは分かってるさ」

「それもまた、ごもっともで」

 頷くキノッサには、このところの奇行に走るノヴァルナの考え方が、自分なりに理解できていた。

 家中の大半の者がイマーガラ家の侵攻に敗北を覚悟している。防衛作戦を練る重臣達…訓練に勤しむ指揮官と兵士達…そして、イマーガラ家の占領政策の内容を予想し、今から戦々恐々としている領民達…誰もが心のどこかで、敗北を受け入れ、言うなれば“滅びの美学”を胸に抱いて、来るべき日を迎えようとしているのだ。

 そんな中で、だがノヴァルナは諦めてはいない。まるでナグヤ時代の“カラッポ殿下”に立ち返ったかのような我儘勝手な振る舞いは、ノヴァルナの剥き出しの生命力だ。抗い抜き、足掻き抜いて、その先にあるものを掴み取る。それが“生”であっても“死”であっても、笑って掴み取る…それがノヴァルナ・ダン=ウォーダなのである。




▶#08につづく
 
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