455 / 508
第22話:フォルクェ=ザマの戦い 前編
#10
しおりを挟むただこれに対し、ノヴァルナが治めるオ・ワーリ宙域は、他の星大名が治める宙域と些か事情が異なる。
ノヴァルナ自身の考え方から、オ・ワーリ宙域における情報統制は緩やかなもので、NNLの交流サイト『iちゃんねる』では、あらゆる情報板で“ノヴァルナ批判スレ”が林立していた。オ・ワーリ宙域に住む若者を中心に、統治者ノヴァルナへの悪評が日々、大量に書き込まれていたのだ。
ところがである―――
ここに来て一週間ほど前から、その『iちゃんねる』やSNSで、ノヴァルナの勝利を望む声が増えて来ていた。
ノヴァルナが敗北し、オ・ワーリ宙域までもがイマーガラ家の支配下に入ってしまうと、他の星大名家が支配する宙域同様、情報統制が行われるようになり、これまでのような好き勝手な事が書き込める“自由”を、奪われるであろう事に気付いたからである。
それが回り回って、イマーガラ家の上洛軍が進発するこの日の時点で、ノヴァルナはNNL上の“おまえら”にとって、言論の自由を守る救世主“俺らのカラッポ殿下”にまで祭り上げられていた。ウォーダ家内部や経済界が、イマーガラ家に対する敗北を覚悟するのに反比例して、自由を求める若者達からのノヴァルナへの声援が大きくなるというのは、非常に奇妙な事だった。独裁政権の指導者が、民主主義の旗頭として担ぎ上げられるようなものだ。
もっとも当のノヴァルナにとっては、そういったあらゆる事が“どうでもいい”で片付く話であった。どうやってイマーガラ家と戦うか、どうやって勝つか、その他の事は自分の命も含め、放っておいても終わったあとに、自然と決まると考えているからである。
そんなノヴァルナは、ギィゲルト・ジヴ=イマーガラが座乗しイマーガラ家上洛軍の指揮を執る、総旗艦『ギョウビャク』がようやく動き出した頃、キオ・スー城をノアと共にバイクで抜け出していた。
晴天の下、港湾工業地帯を通過し、海沿いのハイウェイに乗って、白い建物で統一された街並みが美しい、ビーチタウンのインターチェンジで降りる。五年前に妹のフェアンや『ホロウシュ』達を連れ、氏族会議を抜け出して流行のアイスクリームショップを目指した道だ。
まだナグヤ=ウォーダ家の、問題だらけの次期当主だった五年前…そこからを思い起こせば、まさに激動の五年としか言いようがない。しかしバイクを運転している今のノヴァルナには、そんな感傷に浸る気持ちはさらさら無い。
キオ・スー城を出て以来、ノヴァルナが考え続けているのはやはり、イマーガラ家に対する迎撃作戦だ。双方の戦力比を考えれば、正攻法で勝利を期待するべくもないのは眼に見えている。
ならどうするか?…当然、奇策に頼るしかないが、それはイマーガラ家承知しているはずだった。それならイマーガラ家の想定の上を行く、イチかバチかの奇策を考える必要がある…いや、イチかバチかではなく、確実に仕留められる手を考えなくてはならない…だがそうなると…
思考を巡らせるノヴァルナは、ノアを連れ出してもほとんど無口であった。通話機能のあるヘルメットを被っていても、ほとんど無口であった。ただノヴァルナについて行くノアも、自分から話し掛ける事は無い。ノヴァルナが自身一人だけではなく、自分も一緒に連れて来た意味を理解しているからだ。
世間の評判と真逆で感受性が強く、思考も速いノヴァルナだが、それでも星大名としての自分の考えに煮詰まる時がある。そういった時に必要とするのが、ノアの存在だった。時には二言、三言だけ交わし、時には何時間も話し込む…ノアの視点や考え方はノヴァルナにとって、大航海時代のスパイスのように、貴重なものだったのである。
五年前にフェアンと訪れたのと同じアイスクリームショップで、ざく切り苺をふんだんに練り込んだ『ワイルドストロベリー』と、『マーブルチョコ』の二段重ねに、砕いたドライマンゴーチップのトッピングを注文したノヴァルナと、シュガー漬けラベンダーの花びらを練り込んだ『ラベンダースイート』と、『ローズヒップティー』の二段重ねに、カラーチョコトッピングを注文したノアは、海浜公園の広い芝生の上へ直に二人並んで座り、初夏の穏やかな海を眺めながら、アイスクリームを頬張った。
平日の午後という事もあり、公園に人影は疎らで、たまに通りかかる者も、まさかこんな所に自分達が住むオ・ワーリ宙域の、領主がいるとは思っていないらしく、バイクスーツを着た若いカップルが仲睦まじくしていると、見て見ぬふりで通り過ぎていくだけだ。
ここでも無言の二人だったが、双方がほぼ同じタイミングでアイスクリームを食べ終わると、やがてノアがぽつりと尋ねる。
「考えはまとまりそう?」
それに対しノヴァルナは「いんや」と軽く応じて空を見上げる。そして再び無言の時間がしばらく続くと、今度はノヴァルナの方から声を掛けた。
「ノア」
「なに?」
するとノヴァルナは今、自分が思考を進める上で最も必要だと、欲しているものを口にする。
「膝枕」
「もう…」
困り顔でありながら、応じるノアの声は愛しげだ。
芝生の上に大の字に寝転んだノヴァルナの傍らで、ノアは正座に座り直し、「ほら、ノバくん」とノヴァルナに呼び掛ける。ノヴァルナは「ノバくん言うな」と文句を垂れながら、仰向けに寝転んだままノアににじり寄った。
ノアの膝枕に頭を乗せたノヴァルナは、改めて青空を見据える。雲量は3ぐらいであろうか、イマーガラ家に追い詰められた自分達を嘲笑うかのように、白い雲は各々で自由気ままに形を変えながら、風に乗って流れていく。
「どうですか、ウォーダの殿様。何か違って見えますか?」
わざと丁寧な口調にして優しく尋ねるノア。
「おう。地べたに寝転ぶより、ノアのフトモモの高さの分、空が近く見える」
「その言い方…なんか、やらしいから、やめて」
ノヴァルナのおかしな言い様に、ノアは苦笑いを浮かべて抗議すると、自分の右手の人差し指と中指を揃え、先端に口づけし、その指先をノヴァルナの額に軽く触れさせた。愛情表現の“間接キッス”だった。ノヴァルナも右腕を上へ伸ばし、お返しにノアの頬を指先で軽く撫でる。ひとしきりノヴァルナの指先の愛撫を受け入れたノアは、静かに声を掛けた。
「ねぇ…」
「ん?…」
「まさか、“最後の思い出づくり”…してないよね?」
「は?」
「イマーガラ軍に囲まれて、最期の瞬間を迎える時に、今の私の膝枕を思い出す…なんてのは、やめてよね」
それを聞いてノヴァルナは「アッハハハ…」と、控えめな高笑いを発する。ただノアの方は真顔になって、胸の内を絞り出すような声で告げた。
「私。あなたが死ぬのは、嫌よ…」
言い方は冗談じみているが、妻の本心からの言葉だという事は当然、ノヴァルナにも理解できる。普段はこのところの奇行が目立つノヴァルナに対比するように、落ち着き払った態度を見せているノアだったが、内心では不安が大きく渦巻いているに違いなかった。
「心配すんな…」
ノヴァルナはそう言って、不敵な笑みをノアに向ける。
「ピンチに陥った時、おまえの膝枕を思い出しゃあ、ぜってー生きて帰って、またしてもらおうって頑張れっだろ?」
「うん…」
そして二人は無言になって空を見上げた。するとしばらくして、ノヴァルナは流れていく雲の間に何かを見つけたのか、目を凝らす表情になる。
「ノア。あれはなんだと思う?」
「どれ?」
ノアが問い返すと、ノヴァルナは空の一点を指差して言う。
「そこのちょい右の雲の間…空に白い粒々が、碁盤の目みたいに並んでる奴…宇宙船だと思うけど、あんなところに艦隊を置くようには言ってねぇはずだ…」
ノアがノヴァルナの指さした空の一角に視線を遣ると、引き裂かれていくように見える雲の間から、確かに宇宙船の集団らしき白い点が、青空を背景にマス目状に並んでいるのが見えた。数は五十ほどもあろうか。ただそれを見ても、ノアは別段不思議そうな顔をしない。
「ああ。あれ、タンカーとか貨物船よ」
「知ってんのか?」
「イマーガラ家が侵攻して来たら、拿捕される可能性が高いから、ミ・ガーワ宙域に近い植民星系方面の航路に就いているタンカーや貨物船は、全部運航を中止してラゴンの衛星軌道上で待機させるって、宙域商船連合から報告書が上がってたじゃない…あなた、報告書に眼を通してないの?」
図星を刺されてたじろぐノヴァルナ。
「う…忙しかったんだって…」
「前にテルーザ陛下が、ちゃんと報告書とか上申書を見てないって、惑星ガヌーバの事で怒ってたじゃない」
「悪かったよ」
藪蛇の結果を招いてバツが悪そうなノヴァルナだが、その眼は上空の宇宙船の群れを見据えたままだ。
「ノヴァルナ?」
呼び掛けるノア。すると不意に上体を起こしたノヴァルナが告げる。
「悪い。帰んぞ、ノア」
まだ着いて大して時間も経っておらず、アイスクリームを頬張って、芝生で少し休んだだけである。もう帰るのは“とんぼ返り”に等しい。しかしノアは不満そうな顔も見せず、「うん」と言って立ち上がる。何かを閃いた時に見せる夫の極端な行動には、慣れたものだからだ。ノヴァルナはバイクがとめてある駐車場へ向かいながら、あとに従うノアに言った。
「戻って、商船連合の会頭に会う」
▶#11につづく
0
あなたにおすすめの小説
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ゲームコインをザクザク現金化。還暦オジ、田舎で世界を攻略中
あ、まん。@田中子樹
ファンタジー
仕事一筋40年。
結婚もせずに会社に尽くしてきた二瓶豆丸。
定年を迎え、静かな余生を求めて山奥へ移住する。
だが、突如世界が“数値化”され、現実がゲームのように変貌。
唯一の趣味だった15年続けた積みゲー「モリモリ」が、 なぜか現実世界とリンクし始める。
化け物が徘徊する世界で出会ったひとりの少女、滝川歩茶。
彼女を守るため、豆丸は“積みゲー”スキルを駆使して立ち上がる。
現金化されるコイン、召喚されるゲームキャラたち、 そして迫りくる謎の敵――。
これは、還暦オジが挑む、〝人生最後の積みゲー〟であり〝世界最後の攻略戦〟である。
死んだはずの貴族、内政スキルでひっくり返す〜辺境村から始める復讐譚〜
のらねこ吟醸
ファンタジー
帝国の粛清で家族を失い、“死んだことにされた”名門貴族の青年は、
偽りの名を与えられ、最果ての辺境村へと送り込まれた。
水も農具も未来もない、限界集落で彼が手にしたのは――
古代遺跡の力と、“俺にだけ見える内政スキル”。
村を立て直し、仲間と絆を築きながら、
やがて帝国の陰謀に迫り、家を滅ぼした仇と対峙する。
辺境から始まる、ちょっぴりほのぼの(?)な村興しと、
静かに進む策略と復讐の物語。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
老聖女の政略結婚
那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。
六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。
しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。
相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。
子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。
穏やかな余生か、嵐の老後か――
四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。
ソラノカケラ ⦅Shattered Skies⦆
みにみ
歴史・時代
2026年 中華人民共和国が台湾へ軍事侵攻を開始
台湾側は地の利を生かし善戦するも
人海戦術で推してくる中国側に敗走を重ね
たった3ヶ月ほどで第2作戦区以外を掌握される
背に腹を変えられなくなった台湾政府は
傭兵を雇うことを決定
世界各地から金を求めて傭兵たちが集まった
これは、その中の1人
台湾空軍特務中尉Mr.MAITOKIこと
舞時景都と
台湾空軍特務中士Mr.SASENOこと
佐世野榛名のコンビによる
台湾開放戦を描いた物語である
※エースコンバットみたいな世界観で描いてます()
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる