銀河戦国記ノヴァルナ 第２章：運命の星、掴む者

第22話：フォルクェ＝ザマの戦い 前編

＃14

　
　５月１６日。クトゥルス星系を離れた上洛艦隊は、オーダッカ星系とウォシューズ星系に派遣する部隊を分離すると、艦隊を警戒航行序列の球形陣と第６、第７、第１８、第２０艦隊からなる、先行偵察艦隊を編制して前進させる。可能性は低いものの、ウォーダ家の迎撃艦隊が出現した場合に備えての事だ。

　すると先行偵察艦隊の出航と入れ替わるように、上洛艦隊に接触を求めて来る者があった。戦闘艦ではなく、民間の恒星間クルーザーである。

「オ・ワーリの商船連合とな？」

　臨検に当たった軽巡航艦からの報告を聞き、恒星間クルーザーの所属を知った総旗艦『ギョウビャク』のギィゲルトは、薄い眉を寄せて訝しげな表情を作った。通信ホログラムスクリーンに映る、軽巡航艦の艦長がギィゲルトの問いに応じる。艦長は、主君ギィゲルトと直接交信するのは初めてらしく、緊張の極みであるのがスクリーン越しによく分かった。

「はっ。乗っていたのはオ・ワーリ宙域恒星間商船連合会頭、ファリエス・ラダ＝カウンノン。人物照会も整合しております」

「商船連合の会頭？…なぜそのような人物が、こんな所へやって参った？」

　船に乗っていた人物が誰であるかを聞き、ギィゲルトはますます訝しげな表情を深める。それに応じる軽巡の艦長も困惑気味であった。

「はっ…それが、恒星間交易路の再開について、御大将と直談判を行いたいと申しておりまして」

「はて？…面妖な。そのような話、我ではなくオ・ワーリの主あるじ、ノヴァルナ公に申し出るべき話であろうに」

　首をかしげるギィゲルトだったが、いずれにせよ商船連合の会頭となれば、ここで会っておいて損はないと判断する。ウォーダ家を討伐し、オ・ワーリ宙域を支配下に置いた、後の事もあるからだ。一拍空けてギィゲルトは「よかろう」と軽巡艦長に告げ、さらに命じた。

「会うとしようぞ。クルーザーを総旗艦まで誘導せよ」



　オ・ワーリ宙域恒星間商船連合会頭、ファリエス・ラダ＝カウンノンは、六十代半ばのアントニア星人の女性である。アントニア星人は蟻の触角に似た二本のそれを頭部に生やした異星人で、中立宙域のエクルエルク星系第五惑星アントナーレアを発祥の地にしており、ヤヴァルト銀河皇国の中核種族の一つだ。そして惑星アントナーレアと言えばおよそ二年前、皇都帰りのノヴァルナとノアが、結婚式を挙げた惑星であった。

　『ギョウビャク』に乗り込んで来たカウンノンを見たギィゲルトは、彼女に“鉄の女”という印象を受けた。ただそれは酷薄という感じではなく、芯の強さという方向で、である。直談判を申し込むために上洛軍の真ん中まで、自分の船一隻で来るのも納得出来る。

「お目通りを許可して頂き、感謝致します」

　カウンノンはギィゲルトの眼を真っ直ぐ見据えて、礼の言葉を口にした。
　
　総旗艦ならではの豪華な応接室でカウンノンを応対したギィゲルトは、彼女に椅子を勧めながら告げる。

「シーモア星系から、よくぞここまで参られた。しかも護衛も無しにお一人とは、なかなかの胆力をお持ちのようだ」

「恐れ入ります」

　正面向き合って座ったカウンノンは、丁寧に頭を下げた。

「さて…取り次いだ者の話では、我との直談判をお望みとか。どのような事をご相談に参られたのかな？」

「本宙域内の…特にミ・ガーワ宙域方向との、恒星間交易路の安全保障です」

　取り次いだ軽巡の艦長の話でも、“交易路の再開”という言葉が出ており、ギィゲルトはその真意を確かめる。

　カウンノンの話では、イマーガラ家の侵攻が近くなった先月末以来、ウォーダ家は当主ノヴァルナの指示で警備艦隊を含め、全ての直轄外宇宙戦力をオ・ワーリ＝シーモア星系へ引き上げたらしく、それに伴って恒星間交易路が、イマーガラ家が侵攻して来るミ・ガーワ宙域方面を中心に、ほぼ全面に亘わたって封鎖されたとの事である。
　これは無論、警備艦隊の護衛も無い状態で、交易貨物船などを植民星系間で行き来させるのは、危険だからというウォーダ家の判断が基になっている。イマーガラ家の分遣艦隊や、彼等の侵攻に乗じて宇宙海賊などの略奪集団が活動を活発化し、交易貨物船を襲撃しても、現在のウォーダ家にそれを守っている余裕はないという理由からだ。

　そこからさらにカウンノンが語ったのは、交易路の封鎖が続くのは困る、という事であった。“困る”と記すと軽い感じだが、実情は深刻である。オ・ワーリ宙域の各植民星系が、恒星間の流通の停止で経済的打撃を受けるのは当然だが、それ以上に深刻なものがあった。それは、開拓が始まったばかりの植民星系へ対する、流通の停止である。
　開拓が始まったばかりの植民星系は、インフラ整備も不完全な上、生活必需品などの確保も自前での生産体制が整っておらず、他星系からの輸入に頼る部分が大きいのだ。そして恒星間交易路の封鎖は、こういった新興植民星系にとって、死活問題となるという事だった。

　カウンノンはそれらを説き、さらにギィゲルトに訴える。

「実は情報統制をしていますが、複数の新興植民星系で感染症の、バルチェク咽頭炎の蔓延が発生しておりまして、その治療薬の輸送が行えない…というような事態も発生している次第で。つきましてはそれらの、逼迫した状況にある植民星系への交易路に対する御家の襲撃行動は、ご容赦願いたいのです」
　
「ふぅむ…」

　カウンノンの言葉にギィゲルトは声を漏らしながら、考える眼をした。ウォーダ家―――ノヴァルナの懸念も理解できる。領内が戦場となるであろうこの事態に、外宇宙警備艦隊まで本拠地のオ・ワーリ＝シーモア星系に引き上げさせ、恒星間交易路を封鎖するという判断は間違いではない。警備艦隊の護衛も付けずに、貨物船などの航行を許したままにしておき、イマーガラ家の分艦隊や、混乱に乗じて活動を活発化させた略奪集団などの襲撃を受けた場合、その非難の矛先はウォーダ家に向かうからである。事実、今しがた先行させた偵察艦隊の任務の中には、発見したオ・ワーリ宙域の旅客船舶や、貨物船拍の拿捕も含まれている。

「医療品といった、人道的なものの流通を許すのには、我としてもやぶさかではないが………」

　呟くように言ったギィゲルトは、探る表情になって僅かに身を乗り出し、カウンノンに重要な事を問い掛けた。

「して、我に安全保障を求めて来られたは、オ・ワーリの商船連合はすでにノヴァルナ公を、見限られておられる…と考えて宜しいのかな？」

　様々な思惑を含めて問うたギィゲルト。ところがカウンノンは首を縦には振らなかった。

「いいえ。商船連合においては、どなたも敵にするものではありません。この直談判も、ノヴァルナ殿下から許可を頂いて参ったものです」

「ほほう…！」

　思いがけない言葉にギィゲルトは、小さな眼を丸くした。このイマーガラ家の当主はカウンノンが、交易路の再開に否定的なノヴァルナを見限り、イマーガラ家につく事を決定。その意思表示を兼ねてやって来たのだろうと思っていたのだ。そのギィゲルトに、カウンノンは告げる。

「交易路の封鎖が決定した直後から、わたくしども商船連合はノヴァルナ殿下と、この問題点について繰り返し話し合いを行いました。そしてノヴァルナ殿下が一番合理的な判断として下されたのが、“ギィゲルト様と交渉して、交易路の安全を保障して頂く”という事だったのです」

「うむ…」頷くギィゲルト。

「ただ無論、危険を承知でノヴァルナ殿下に御家との、ご交渉をお願いするわけにもいきません。そこで私が、直接出向く事にした次第でして、何卒ご許可のほど、宜しくお願い申し上げます」

　ギィゲルトは「なるほど…」と応じながら、今のカウンノンの説明の中身を考えた。“ノヴァルナと話し合いを繰り返した”と、“ノヴァルナが一番合理的な判断とした”という二つが、特にこれまでの一般的なノヴァルナへの評価とは、違うように感じる。そこでギィゲルトはカウンノンに、一つの質問をした。

「貴殿は、ノヴァルナ公をどう見ておられる？」





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