銀河戦国記ノヴァルナ 第2章:運命の星、掴む者

潮崎 晶

文字の大きさ
462 / 508
第22話:フォルクェ=ザマの戦い 前編

#17

しおりを挟む
 
“これも、情けは人の為ならず…ってヤツか”

 湯の適度な温かさに大欠伸おおあくびをしながら、ノヴァルナは思った。カウンノンら商船連合に対する心象の良さは、単にあの女史がアントニア星人だという事だけではないのだろう。

 ノヴァルナがかつて属していたナグヤ=ウォーダ家は、父ヒディラスの代で大きく飛躍し、宗家であったキオ・スー家やイル・ワークラン家と、肩を並べるほどに伸長したのだが、その原点となったのが、税制の優遇などによる流通産業の活性化政策だった。税率の軽減により恒星間、惑星間、惑星上において、全ての輸送費が抑えられた事で、ナグヤ=ウォーダ系の植民星系の経済発展が、宗家の植民星系以上に進んだのだ。
 その植民星系の発展は当然、輸送量の増加によって、流通産業自体にも利益という恩恵をもたらす。ヒディラス・ダン=ウォーダの政策は、ウォーダ一族の中でも特に、流通産業を中心に、経済界から支持されたのである。

 そしてヒディラスの跡を継いだノヴァルナは、父ヒディラスの経済政策路線をも引き継ぎ、さらにオ・ワーリ宙域の統一を果たしてからは、ノアの父ドゥ・ザン=サイドゥが領地だったミノネリラ宙域で行っていた、植民星系だけでない他宙域との交易に関する関税撤廃政策も採用するようになっている。この辺りはノヴァルナの本質を実利主義者とした、ギィゲルトの見立て通りというわけだ。そういった事もあって、商船連合会頭のカウンノンも、ノヴァルナのためにギィゲルトと交渉を纏める事を、真摯に捉えたのである。

 対するギィゲルト・ジヴ=イマーガラの支配領域に対する経済政策は、厳格な管理税制であり、各主要企業が得られる収益の振れ幅も定数管理が為されて、それ以上の収益は税率が跳ね上がる仕組みだった。要は“生かさず殺さず”の範疇だという事である。そうであるならばオ・ワーリ宙域の経済界が、どちらのシステムを好むかという答えは自ずと知れて来るだろう。

 ノヴァルナの脳裏に、会見を終えたカウンノンの言葉が蘇る。

“殿下の後押しは、アントニア人社会だけでなく、オ・ワーリの経済界すべてが望む事です。企業会などにも声を掛けておきましょう。大なり小なり、力を貸してくれるはずにございます………”

 出来る手は尽くした…と、湯の中で両腕を左右に広げるノヴァルナ。するとそこに、浴室内のインターコムが呼び出し音を鳴らせる。素っ裸のまま湯に浸かってノヴァルナが出ると、女性武将の等身大ホログラムが姿を現す。相手はナルガヒルデ=ニーワスだ。

「おう、ナルガ。俺だ」

 無頓着に応答するノヴァルナに、ナルガヒルデは視線を逸らせて報告した。

「殿下。ヴァルキス=ウォーダ様が独断で、惑星ラゴンを離れられました」
 
「ふふん…そうか」

 ナルガヒルデからの言葉にも、ノヴァルナは動揺を見せる事無く、鼻を鳴らして告げる。ヴァルキス=ウォーダの離反は想定内の話であり、驚くにはあたらない…というより、むしろ出て行ってくれるのを待っていた、と言っていい。

「ヴァルキス様は専用艦『アルガルス』一隻のみで離脱。追撃し、撃破するなり、拿捕するなりも可能ですが、如何致します?」

「いや、構わねー。行かせてやれ」

 ヴァルキスがナルミラ星系に駐留するイマーガラ家の次席家老、モルトス=オガヴェイと懇意にしており、その繋がりでギィゲルト・ジヴ=イマーガラと誼を通じている事は、ウォーダ家内でも公然の秘密だった。だがそれ故にヴァルキスは、ここまでの両家の停戦の橋渡し役でもあったわけで、利用価値を認めて置かれていたのである。ただイマーガラ軍の侵攻が迫った今日まで、ヴァルキスを捕えもせずに自由にさせていたのは、ノヴァルナにも思うところがあったらしいが…

 すると再びインターコムが鳴り、今度はノヴァルナがいるのと同じ居住区画の中で、片付けものをしていたノアの声が来訪者を告げる。

「ノヴァルナ。ヴァルマス=ウォーダが訪ねて来てるわよ」

 ヴァルマスはヴァルキスの実の弟で、人質の意味もあってヴァルキスとは別に、ノヴァルナの家臣となっていた。タイミング的に兄ヴァルキスの離脱の件で、ここへやって来たに違いない。

「おう。今行く、待たせといてくれ」

 そう応じたノヴァルナは、ナルガヒルデのホログラムがいる前で、平然と立ち上がり、素っ裸のままザバザバと湯から出ようとする。いつも冷静沈着なナルガヒルデだが、自分に向かって来る裸のノヴァルナに、この時ばかりは少し慌てて、「失礼致します」とホログラムを消し去り、通信を終了した。

 そのヴァルマスはノヴァルナとノアの居住区画の入り口で、主君が応対に出て来るのを背筋を伸ばして立って待つ。細身の短剣のような印象の兄とは違い、丸顔で温厚そうな大柄の男だ。

 と、リビングがあると思われる奥の方から、「ちょっとノバくん。その恰好!」「ノバくん言うな!」「床が濡れるじゃないの!」「こまけー事は気にすんな!」という、ノア姫とノヴァルナのやり取りが聞こえて来る。そして姿を現したノヴァルナは、全裸の腰にバスタオルを巻いただけという出で立ちで、ヴァルマスの目を丸くさせた。


「おう、ヴァルマス。待たせたな」


 兄のヴァルキスが離脱した事は知っているはずだが、それでもあっけらかんと言い放つノヴァルナに、ヴァルマスは苦笑を返すしかなかった。




▶#18につづく
 
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

航空自衛隊奮闘記

北条戦壱
SF
百年後の世界でロシアや中国が自衛隊に対して戦争を挑み,,, 第三次世界大戦勃発100年後の世界はどうなっているのだろうか ※本小説は仮想の話となっています

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

オッサン齢50過ぎにしてダンジョンデビューする【なろう100万PV、カクヨム20万PV突破】

山親爺大将
ファンタジー
剣崎鉄也、4年前にダンジョンが現れた現代日本で暮らす53歳のおっさんだ。 失われた20年世代で職を転々とし今は介護職に就いている。 そんな彼が交通事故にあった。 ファンタジーの世界ならここで転生出来るのだろうが、現実はそんなに甘く無い。 「どうしたものかな」 入院先の個室のベッドの上で、俺は途方に暮れていた。 今回の事故で腕に怪我をしてしまい、元の仕事には戻れなかった。 たまたま保険で個室代も出るというので個室にしてもらったけど、たいして蓄えもなく、退院したらすぐにでも働かないとならない。 そんな俺は交通事故で死を覚悟した時にひとつ強烈に後悔をした事があった。 『こんな事ならダンジョンに潜っておけばよかった』 である。 50過ぎのオッサンが何を言ってると思うかもしれないが、その年代はちょうど中学生くらいにファンタジーが流行り、高校生くらいにRPGやライトノベルが流行った世代である。 ファンタジー系ヲタクの先駆者のような年代だ。 俺もそちら側の人間だった。 年齢で完全に諦めていたが、今回のことで自分がどれくらい未練があったか理解した。 「冒険者、いや、探索者っていうんだっけ、やってみるか」 これは体力も衰え、知力も怪しくなってきて、ついでに運にも見放されたオッサンが無い知恵絞ってなんとか探索者としてやっていく物語である。 注意事項 50過ぎのオッサンが子供ほどに歳の離れた女の子に惚れたり、悶々としたりするシーンが出てきます。 あらかじめご了承の上読み進めてください。 注意事項2 作者はメンタル豆腐なので、耐えられないと思った感想の場合はブロック、削除等をして見ないという行動を起こします。お気を悪くする方もおるかと思います。予め謝罪しておきます。 注意事項3 お話と表紙はなんの関係もありません。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

地縛霊に憑りつかれた武士(もののふ))【備中高松城攻め奇譚】

野松 彦秋
歴史・時代
1575年、備中の国にて戦国大名の一族が滅亡しようとしていた。 一族郎党が覚悟を決め、最期の時を迎えようとしていた時に、鶴姫はひとり甲冑を着て槍を持ち、敵毛利軍へ独り突撃をかけようとする。老臣より、『女が戦に出れば成仏できない。』と諫められたが、彼女は聞かず、部屋を後にする。 生を終えた筈の彼女が、仏の情けか、はたまた、罰か、成仏できず、戦国の世を駆け巡る。 優しき男達との交流の末、彼女が新しい居場所をみつけるまでの日々を描く。

戦国鍛冶屋のスローライフ!?

山田村
ファンタジー
延徳元年――織田信長が生まれる45年前。 神様の手違いで、俺は鹿島の佐田村、鍛冶屋の矢五郎の次男として転生した。 生まれた時から、鍛冶の神・天目一箇神の手を授かっていたらしい。 直道、6歳。 近くの道場で、剣友となる朝孝(後の塚原卜伝)と出会う。 その後、小田原へ。 北条家をはじめ、いろんな人と知り合い、 たくさんのものを作った。 仕事? したくない。 でも、趣味と食欲のためなら、 人生、悪くない。

あなたの愛はいりません

oro
恋愛
「私がそなたを愛することは無いだろう。」 初夜当日。 陛下にそう告げられた王妃、セリーヌには他に想い人がいた。

処理中です...