461 / 508
第22話:フォルクェ=ザマの戦い 前編
#16
しおりを挟む5月17日。イマーガラ家上洛軍オ・ワーリ=シーモア星系到達予定日の前日、ノヴァルナは重臣達を集め、防衛作戦の変更を命じる。第1から第12までの基幹艦隊を本拠地の第四惑星ラゴンではなく、第五惑星ベルムの公転軌道上に配置し、防衛ラインを構築。ラゴン周辺には星系防衛艦隊を集中し、外宇宙警備艦隊は星系内に分散。遊撃部隊として側面からイマーガラ艦隊に攻撃を仕掛ける態勢にした。
この変更に重臣達は戸惑いを見せたが、それでもここまでのらりくらりだった自分達の若き主君が、ようやく重い腰を上げたのだ…と、即座に配置転換の指示を、各部署に伝える。今までの戦いのほぼ全てにおいて勝利し、ウォーダ家とオ・ワーリ宙域の支配を確立させた実績には、揺るぎないものがあったからだ。
ただ配置転換の命令を出した当のノヴァルナは、重臣達をキオ・スー城に置いたまま、自分も含めて動こうとしない。総旗艦の『ヒテン』を含め、各基幹艦隊の旗艦も、ラゴンの衛星軌道上で待機を続けている。かと言って軍議を開くわけでもなく、開催されたのは重臣一同を集めた大夕食会であった。
重臣達は、数時間後にはイマーガラ軍がこの星系に到達するとあって、夕食会を兼ねた、戦術の最終打ち合わせが行われるものと思っていた。ところが夕食会が始まってもノヴァルナは全然、明日の戦術の話はしない。
「まだ5月だってのに、暑いよなぁ」
「そういや、おまえん家。子供が出来たんだってな。祝わせてもらうぜ」
「海岸通りに新しいステーキの店が開店したんで、こないだノアと行って来たんだけど、旨くてなぁ。こんどおめーも行ってみろ」
…などと重臣達相手に世間話をするだけして、並べられた豪華な料理を平らげるばかりである。
すると午後八時過ぎ、ノヴァルナのもとに補佐官のキノッサが、足音も静かに歩み寄って来た。「失礼致します。ノヴァルナ様」と小声で呼びかけるキノッサに、ノヴァルナは顔を近づけて、その耳打ちを聞く。
「商船連合のカウンノン女史より連絡。交易路再開の許可を得たそうです」
鳶色の瞳をキラリ…と輝かせ、キノッサの耳打ちを聞いたノヴァルナは、無言で頷いたあと、「ごっそさん」と言って席を立とうとする。
「と、殿。軍議はなされないのですか?」
慌てて引き留める筆頭家老のシウテに、ノヴァルナは不思議そうな眼を向けた。
「軍議? なにそれ?」
「え?…い、いえ。明日はイマーガラ軍が、この星系へ侵攻して来ますゆえ、その迎撃作戦の最終打ち合わせを…」
「なんで?」
すっとぼけ顔のノヴァルナと、困惑顔のシウテ。
「な…なんで、と申されましても」
「今日はただ、おめーらとメシを喰いたかったたけだ。これが一緒に喰う、最後のメシかもしんねーからな」
不敵な笑みとともに、縁起でもない事を平然と口にしたノヴァルナは、席を立って去り始める。
「で、では、最終打ち合わせは、無しにございますか?」
なおも問い質すシウテに、ノヴァルナは面倒臭げに応じた。
「最後は“臨機応変”。そういうこった!」
そしてさらに、幾分陽気な口調で付け加える。
「明日はそれぞれ、朝の内に自分の艦隊へ戻っておくよーに。遅刻した奴には、罰ゲームだかんな。んじゃ、おやすみー」
私室に戻ったノヴァルナは、さっさと軍装を解くとバスルームへ向かった。観葉植物が多く植え込まれて、ちょっとした天然温泉のような印象を受ける、広いバスルームの湯船に浸かったノヴァルナは、ふぅ…と深く息を吐いて、天窓から見える星空に眼を遣る。そして数日前に面談を求め、ある依頼をした商船連合のカウンノン会頭とのやり取りを思い起こした。
「いきなり押しかけて、済まない」
「いいえ。そのような…呼びつけて頂きましたら、いつでも馳せ参じますものを、このような所に、殿下ご夫妻御自らお越し下さるとは、恐縮至極にございます」
キオ・スー宇宙港と隣接するオ・ワーリ宙域恒星間商船連合本部を、バイクツーリング途中にアポ無しで訪れたノヴァルナとノアに、二人を応接室へ案内したカウンノンは、至って普通なノヴァルナの詫びの言葉に戸惑いながら応じる。
「実は、頼みたい事がある…」
ノヴァルナがカウンノンに依頼した話…それはつまりギィゲルトに会い、恒星間交易路の再開を願い出て来て欲しい、というものだった。だがこの話の流れは、カウンノンがギィゲルトに告げたものとは微妙に違う。カウンノンはギィゲルトに対し、自分からノヴァルナに交易路再開を願い出た、と言っていたのだ。
ノヴァルナの要請にカウンノンは承諾はしたものの、はじめは良い顔はしなかった。許可を得ても、実際に交易を再開させる事に不安があったからで、会頭という立場であれば当然、必要とされる慎重さである。
しかしノヴァルナはまた奇妙な事を言う。実際に貨物船団などは、動かさなくていい、許可だけ貰って来てくれ…と。
無論、宙域を支配するウォーダ家の当主の言葉であるから、命令とあらば従わねばならない。だが、ノヴァルナの“頼み事”という形の要請が、カウンノンに好印象を与えていた。それに元々、カウンノンはノヴァルナを悪くは思っていない。それは以前にも述べた、ノヴァルナがノアとの結婚式を、カウンノン達アントニア星人の発祥の惑星で、彼等の古式に則って挙げたためだ。あれでノヴァルナは、オ・ワーリ宙域のアントニア星人のコミュニティから、支持を得られるようになっていたのである。
「一つ、お聞かせ頂きますか?」
カウンノンか問い掛けると、ノヴァルナは無言で頷く。
「これは…殿下が勝利されるための方策ですか?」
「ああ…」
ノヴァルナの真顔での返答に、カウンノンは穏やかな笑顔を見せて応じた。
「わかりました。必ずやギィゲルト様との交渉を、纏めて参りましょう」
ノヴァルナは「助かる」と行ってカウンノンに頭を下げ、「それからもう一つ」と続ける。「どうぞ…」と促すカウンノンにノヴァルナは、真剣な表情のまま答えた。
「ラゴンの衛星軌道上に置いてある、船を何隻か貸してくれ」
▶#17につづく
0
あなたにおすすめの小説
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ゲームコインをザクザク現金化。還暦オジ、田舎で世界を攻略中
あ、まん。@田中子樹
ファンタジー
仕事一筋40年。
結婚もせずに会社に尽くしてきた二瓶豆丸。
定年を迎え、静かな余生を求めて山奥へ移住する。
だが、突如世界が“数値化”され、現実がゲームのように変貌。
唯一の趣味だった15年続けた積みゲー「モリモリ」が、 なぜか現実世界とリンクし始める。
化け物が徘徊する世界で出会ったひとりの少女、滝川歩茶。
彼女を守るため、豆丸は“積みゲー”スキルを駆使して立ち上がる。
現金化されるコイン、召喚されるゲームキャラたち、 そして迫りくる謎の敵――。
これは、還暦オジが挑む、〝人生最後の積みゲー〟であり〝世界最後の攻略戦〟である。
死んだはずの貴族、内政スキルでひっくり返す〜辺境村から始める復讐譚〜
のらねこ吟醸
ファンタジー
帝国の粛清で家族を失い、“死んだことにされた”名門貴族の青年は、
偽りの名を与えられ、最果ての辺境村へと送り込まれた。
水も農具も未来もない、限界集落で彼が手にしたのは――
古代遺跡の力と、“俺にだけ見える内政スキル”。
村を立て直し、仲間と絆を築きながら、
やがて帝国の陰謀に迫り、家を滅ぼした仇と対峙する。
辺境から始まる、ちょっぴりほのぼの(?)な村興しと、
静かに進む策略と復讐の物語。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
老聖女の政略結婚
那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。
六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。
しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。
相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。
子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。
穏やかな余生か、嵐の老後か――
四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。
ソラノカケラ ⦅Shattered Skies⦆
みにみ
歴史・時代
2026年 中華人民共和国が台湾へ軍事侵攻を開始
台湾側は地の利を生かし善戦するも
人海戦術で推してくる中国側に敗走を重ね
たった3ヶ月ほどで第2作戦区以外を掌握される
背に腹を変えられなくなった台湾政府は
傭兵を雇うことを決定
世界各地から金を求めて傭兵たちが集まった
これは、その中の1人
台湾空軍特務中尉Mr.MAITOKIこと
舞時景都と
台湾空軍特務中士Mr.SASENOこと
佐世野榛名のコンビによる
台湾開放戦を描いた物語である
※エースコンバットみたいな世界観で描いてます()
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる