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第23話:フォルクェ=ザマの戦い 後編
#07
しおりを挟む指揮官機を失っても残された六機の量産型『シデン』は、それでも『カヅノーVC』への攻撃を継続する。実戦経験豊富なパイロット達ならではだ。動きを止めた『カヅノーVC』に右からの三機が、一斉にポジトロンパイクを手に斬りかかった。
「やる…」
敵の技量を認めて、しかし、ティガカーツはあえて前へ出る。ここで後方に下がれば、左側からの三機との挟撃に遭うからだ。恐るべき瞬時の判断力である。突き出したポジトロンランスの『ドラゴンスレイヤー』が、まず一機の『シデン』の機体を貫通し、バックパックの対消滅反応炉を破壊して爆散させる。そして後方へ振り回した『ドラゴンスレイヤー』の穂先が両断したのは、左側から間合いを詰めようとする三機の、先頭の機体だった。
そこからさらに、『カヅノーVC』に捻り込みをかけさせるティガカーツ。翻した機体のもといた位置に、左側からの残り二機が放った銃弾が通過した。
「なんだこいつは!? ロックオン表示が出てるってのに!!」
銃撃を行った『シデン』パイロットの一人が、信じられないといった表情で声を上げる。経験から来る命中の確信を覆された顔だ。しかしその表情は、『カヅノーVC』が直後に放った銃弾で凍り付き、さらにコクピットを包む被弾の炎に包まれてしまった。しかもこれとほぼ同じ光景が、残る『シデン』の全てに、時を待たずに起きている。違いはそれが超電磁ライフルか、大型ポジトロンランスの『ドラゴンスレイヤー』によるものか、だけだ………
指揮官機を爆砕され、それでも冷静さを見せようとした、残り六機のベテランパイロット達のBSIユニットも、あっという間に葬り去った正体不明のBSHO。
「こいつは…本物のバケモノか?」
漆黒の機体カラーに鹿の角のような意匠アンテナを二本、頭部から生やした敵のBSHOに、シェルビム=ウォーダ軍のダムル=イーオは、これまでとは桁違いの技量を持った、パイロットの存在を感じ取って独り言ちた。
おそらく戦死したであろう指揮官は、たぶんダムルの知った男であり、民間人あがりとは言え、サイバーリンク深度のレベルが合格してさえいれば、専用のBSHOが与えられても、おかしくはない技量の持ち主だった。
それを瞬時に屠るとは―――
ダムルは全周波数帯通信で味方のBSI部隊に待機を命じ、さらにホーンダートの家紋を描いた謎のBSHOに問い掛ける。
「そこのBSHO。誰だ?」
すると正体不明のBSHOから、まだ若い男の声で応答。それもどこか茫洋とした口調だった。
「僕…あ、いいえ、自分はティガカーツ=ホーンダート。そしてこの機体は専用機の『カヅノーVC』。今日が初陣。よろしく…」
ティガカーツの名乗りにダムルは、ほぅ…と眼を見開いた。
「ホーンダート家の嫡流、あのダグ殿のご子息か」
ティガカーツの父親ダグ=ホーンダートは、トクルガル家の筆頭家老を務め、五年前の第二次アズーク・ザッカー星団会戦で、ノヴァルナの義兄ルヴィーロ・オスミ=ウォーダの艦隊と戦い、自ら専用BSHO『ヨイヅキSV』で出撃し、圧倒的多数の敵を切り防いで壮絶な最期を遂げた。そのためダグの名は、ウォーダ家でも広く知られている。
「…だが、初陣だと?」
ダムルが見たティガカーツの戦い方は、昨日今日戦場に出て来た新米などではなく、完全にベテランパイロットのそれであった。確かに『カヅノーVC』とかいう機体は、トクルガル家の機体データには無いが、それでも“初陣”という言葉は信じられない。
「初陣で、そのように動けたと言うのか?」
ダムルは『タイゲイDC』の持つポジトロンパイクの穂先を、『カヅノーVC』に向けて問い質した。対するティガカーツは、やはりどこか茫洋とした口調で応答する。
「うん。訓練通りにやったら、出来た…それだけ」
「!!…」
それが本当なら、この子供は正真正銘のバケモノだ…と、ダムルは感じた。どれだけ訓練を積んでも、訓練と初陣の実戦は全くの別物である。今は腕に覚えがあるダムル自身も初陣では膝が震え、思うように機体操作も出来ずに、生還するだけで必死だった記憶しかない。あの生ける伝説のパイロット、ヴォクスデン=トゥ・カラーバですら、初陣の戦果は十機程度だったと聞く。それがこの子供はすでに、その倍以上の戦果を挙げているのだ。
伝説と言えばダムル達の主君ノヴァルナも、初陣で五十機近い敵機を撃破したと言われるが、あれは今では初陣ながら、機体との超シンクロ能力“トランサー”が発動したものによると、考えられていた。
すると今度は、ティガカーツの方から声を掛けて来る。
「話が済んだなら、行ってもいいかな?」
「なに?」
「戦うのに忙しくしてたら、隊長達とはぐれたんで、探さないと」
とぼけているのか、元来からそういう性格なのかは不明だが、掴みどころのない子供だとダムルは思った。だがその才能が恐るべきものである事は間違いない。
「悪いが、それは出来んな」
そう言うダムルの口調に殺気を感じ取ったのか、ティガカーツも声を落し、身構えた感じで尋ねる。
「なんで…?」
「初陣で可哀そうだが…貴殿のような子供は、生かしておけん」
言葉を返したダムルは、『タイゲイDC』のポジトロンパイクを、下段に構えさせた。そこからさらに合図を出すと、従っていた六機の親衛隊仕様『シデンSC』が散開。素早く『カヅノーVC』を取り囲んむ。逃がさないためだ。
「ここは俺に任せ、他のBSI部隊は敵BSI部隊を叩け」
ダムルはそう命じて、『カヅノーVC』に群がって来ていたBSIやASGULを、他のBSI部隊との戦いに向かわせ、さらに直卒の親衛隊仕様機に告げた。
「俺が一騎打ちする。決着がつくまで逃がすな!」
言うが早いか急加速を掛ける『タイゲイDC』。
「ナガン・ムーラン=ウォーダ家、ダムル=イーオ。参る!!」
機体に施された流れるような青いラインが、ウォシューズ星系の主恒星からの仄かな光を反射するさまは、流水を思わせる。即座に牽制のライフル射撃を行う『カヅノーVC』。『タイゲイDC』に回避行動を取らせ、間合いを詰める速度を落とさせようという、基本的な牽制行動だ。だが『タイゲイDC』は機体の捻り込み半径を最小にし、ほとんど速度も落とさずに、『カヅノーVC』との間合いを詰めて来る。
“気を付けるは、あの鑓!”
操縦桿を握るダムルは、『カヅノーVC』の持つポジトロンランスを見据えて、胸の内で呟いた。近接戦闘に自信があるBSHOパイロットは、ポジトロンパイクより間合いの長いポジトロンランスを使用する。しかも取り回しが比例的に難しくなる、大きな鑓を使うほど、技量も高いという事を意味していた。
そして自分が相手にしているBSHOの持つ鑓は、“鬼のサンザー”と呼ばれるウォーダ家BSI部隊総監の、カーナル・サンザー=フォレスタが持つ大型十文字ポジトロンランスを僅かに上回る大きさだ。
その大型ポジトロンランスの穂先が、不意に動いた。微かなフェイントの入る、波打つように繰り出された刺突。だがダムルは『タイゲイDC』に、ポジトロンパイクを通常より短く握らせていた。機体をカバーするように持ったパイクの刃が、盾代わりとなってなって、『カヅノーVC』の鑓を打ち防ぐ。
「うん」
自分の刺突が防がれるのは予想していたのか、ティガカーツは納得顔で頷くも、ポジトロンランスの柄に銃口を添わせる形でライフルを放った。鑓を防いで隙が出来た一瞬を狙っての銃撃だ。ところがこれも、『タイゲイDC』がグルリと回したパイクの刃に弾かれて、あらぬ方向へ飛んで行く。「あれ?」と意外そうな顔をしたティガカーツは、懐に飛び込んで来た『タイゲイDC』のパイクの斬撃を、紙一重で躱して言った。
「イーオ殿…強いね」
▶#08につづく
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