銀河戦国記ノヴァルナ 第2章:運命の星、掴む者

潮崎 晶

文字の大きさ
485 / 508
第23話:フォルクェ=ザマの戦い 後編

#20

しおりを挟む
 
皇国暦1560年5月19日 皇国標準時間15:39―――

 オ・ワーリ=シーモア星系小惑星帯フォルクェ=ザマ。虚空に浮かぶ無数の岩塊が、ノヴァルナの見る船外映像の下方で海のように広がっている。

 情報によるとイマーガラ軍主力の先鋒を務めたトクルガル艦隊は、第七惑星サパルの周回軌道上にあった、ウォーダ軍の宇宙要塞『マルネー』を陥落させ、補給と再編のため後退したようである。

“ふん。イェルサスのヤツ、やるじゃねーか…”

 自分が考えていたより早く『マルネー』が陥落した事は、正直、痛恨事ではあった。かつての弟分イェルサス=トクルガルは、自分が思っていた以上に、将帥の才覚に秀でていたのだろう。

 またイマーガラ軍主隊もただ数が多いだけでなく、想定以上の強兵で、こちらの全基幹艦隊による決死の本陣突撃を、ゴリゴリと磨り潰しているようである。

 そこにヘルメット内のスピーカーが、女性オペレーターの言葉を伝える。

「間もなく目標ポイント到達…全機発進に備え」

 だがここに至り、もはやすべては些末な事であった。やるべき事とやれる事、そのすべてはやり終えている。そしてここからは、自分のすべてをその答え合わせに懸けるだけだ。

 その時、全周囲モニター越しに見る小惑星群の左手奥に、いくつもの閃光が走った。両軍主力の交戦場との距離が近くなって来たのである。自分達にももうすぐ発進の時が来る。『センクウNX』の操縦桿を握り直したノヴァルナは、その指先に熱感を得た。十五歳の初陣の時以来、BSHOでの出撃前に感じるいつも通りの感覚だ。


 するとノヴァルナはふと、頭の中に浮かんだ言葉を呟いた―――



人間五十年 下天の中をくらぶれば 夢幻のごとくなり

一度生を受け 滅せぬ者のあるべきか 滅せぬ者のあるべきか



 それは五年前、ノアと初めて出逢い、共に1589年のムツルー宙域へ飛ばされる際に、男の声で聞いた、カミヨコトバに似た言語の奇妙な謡であった。

 そして我に返り、“なんでこんなものを思い出したんだ…?”と考えた直後、女性オペレーターが待っていた指示を告げる。

「目標ポイント到達。全機発進! 発進! 発進! 発進せよ!!」

 一瞬後、『センクウNX』の全周囲モニターが切り替わり、本来ノヴァルナがいる中古タンカーの船倉の映像となった。それと同時に床が両開きに開放され、宇宙空間の漆黒の闇が出現する。
 
 ノヴァルナの『センクウNX』が格納されていたのは、総旗艦『ヒテン』でも戦闘輸送艦『クォルガルード』でもなく、中古タンカーの船倉だった。通常は目的の惑星に降下させる、着脱式の大型タンクを格納するための大型船倉に、『センクウNX』が収められている。

 そしてその後方にも中古タンカーが二隻。『センクウNX』を収めたタンカーを頂点に、小惑星群の海の上で正三角形を描く位置で従っていた。
 その後方の二隻のタンカーの底部も開き、まずそれぞれ、三機のBSIユニットが眼下の岩塊の海の中へ向けて、静かに発進する。いずれも親衛隊仕様の『シデンSC』だ。

 六機の『ホロウシュ』の機体が、異常なく発進した事を確認したノヴァルナは、オペレーターに通信を入れる。

「ウイザードゼロワン、発進する」

 オペレーターからの「了解。ご武運を」という言葉に、「ありがとよ」と応じたノヴァルナは、スロットルをゆっくりと上げながら操縦桿とフットペダルを操作。船外に滑り出た『センクウNX』は、その白銀色と黒銀色に塗り分けられた体を、フォルクェ=ザマの漂う岩塊の間へと、潜り込ませていった。

 先行して発進した六機に追いつきつつ、ノヴァルナは『ホロウシュ』達へ通信回線を開く。

「全機報告せよ」

「ウイザードゼロスリー。異常なし」とラン・マリュウ=フォレスタ。

「ウイザードゼロシックス。異常なし」とナガート=ヤーグマー。

「ウイザードゼロナイン。異常なし」とキスティス=ハーシェル。

「ウイザードサーティーン。異常なし」とシンハッド=モリン。

「ウイザードエイティーン。異常なし」とトーハ=サ・ワッツ。

「ウイザードトゥエンティワン。異常なし」

 最後にジョルジュ・ヘルザー=フォークゼムの報告を聞き、ノヴァルナはいつもの不敵な笑みを浮かべた。ウォーダの運命を決めるわずか七機の決死隊。“死のうは一定いちじょう”でここまで来た自分には、むしろ相応しいってもんさ…と思う。

 目標は主隊の指揮を任せたナルガヒルデが推察したのと同じ、重力子の集中が検出された大型小惑星デーン・ガーク。そこにギィゲルトの総旗艦がいなければ、ごめんなさい、だ!

「全機、ステルスモード展開。俺に続け」

 力む事無く命じたノヴァルナは機体を加速させ、『ホロウシュ』達が乗る六機の『シデンSC』を抜き去る。そして七機は次々と迫る小惑星を、思い思いに躱しながら、ギィゲルトの本陣を目指していった………


 
 ノヴァルナと『ホロウシュ』達が乗り込んだ三隻の中古タンカー。彼等がこの三隻に乗り込んだのは、『クォルガルード』と二隻の同型艦が第五惑星トランの宇宙要塞、『ナガンジーマ』へ到着する前の話であった。

 そもそも本来は、かなり用心深い性格のノヴァルナであるから、イマーガラ軍の潜宙艦に対する警戒には怠りが無かった。イマーガラ軍は大規模な作戦には必ず潜宙艦隊を帯同させており、特に四年前の恒星ムーラルの戦いでは、潜宙艦を使用したセッサーラ=タンゲンの決死の襲撃で、自らの油断により、かけがえのなかった後見人の、セルシュ=ヒ・ラティオを失う結果を招いている。

 そのある種トラウマ的な存在の潜宙艦が、自分達を尾行している可能性を考え、ノヴァルナは予め、三隻の中古タンカーを第五惑星付近に遊弋させておいた。
 そして『クォルガルード』らが、宇宙要塞『ナガンジーマ』へ到着する前に、ノヴァルナは『ホロウシュ』達とBSIユニットで発進。即座にステルスモードに切り替えて『ナガンジーマ』へは入らず、直接中古タンカーへ向かったのである。

 ステルスモードにある潜宙艦は隠匿性を優先されるため、探知能力は高くない。そのため小型で、かつステルスモードを発動させた『センクウNX』と、『シデンSC』の発進に気付かぬまま、潜宙艦はノヴァルナの別動隊が、宇宙要塞『ナガンジーマ』へ入港した旨の報告をギィゲルトの本陣へ送ったのだった。



 そしてノヴァルナと、六名の『ホロウシュ』を収容した三隻の中古タンカーは、小惑星帯フォルクェ=ザマを掠める航路で、通常速度での航行を開始した。

 無論、この小船団の動きはイマーガラ軍も掴んでいた。ギィゲルトのもとへも報告は上がっている。
 ただそれは以前に記した、自軍が占領したオ・ワーリ宙域の植民星系の幾つかにおいて、イマーガラ軍の下級兵士が略奪や暴行を働いたという話に、ギィゲルトが腹を立てていたタイミングと重なってしまったため、重要視される事は無かった。

 当然これには、先日行われたギィゲルトと、オ・ワーリ宙域恒星間商船連合会頭の、フェリアス・ラダ=カウンノンとの会談内容も関係している。
 ギィゲルトはこの時の会談を、オ・ワーリの商船連合が自分に恭順の意を示したものと判断し、ノヴァルナの要請に従って情報収集にやってきた貨物船団などに、自軍の周辺を航行するままに泳がせていたのであった。

 こういった要素が絡み合い、ノヴァルナの中古タンカー三隻は、何の妨害も受ける事無く、決死隊を発進させる事が出来たのである。





▶#21につづく
 
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ゲームコインをザクザク現金化。還暦オジ、田舎で世界を攻略中

あ、まん。@田中子樹
ファンタジー
仕事一筋40年。 結婚もせずに会社に尽くしてきた二瓶豆丸。 定年を迎え、静かな余生を求めて山奥へ移住する。 だが、突如世界が“数値化”され、現実がゲームのように変貌。 唯一の趣味だった15年続けた積みゲー「モリモリ」が、 なぜか現実世界とリンクし始める。 化け物が徘徊する世界で出会ったひとりの少女、滝川歩茶。 彼女を守るため、豆丸は“積みゲー”スキルを駆使して立ち上がる。 現金化されるコイン、召喚されるゲームキャラたち、 そして迫りくる謎の敵――。 これは、還暦オジが挑む、〝人生最後の積みゲー〟であり〝世界最後の攻略戦〟である。

死んだはずの貴族、内政スキルでひっくり返す〜辺境村から始める復讐譚〜

のらねこ吟醸
ファンタジー
帝国の粛清で家族を失い、“死んだことにされた”名門貴族の青年は、 偽りの名を与えられ、最果ての辺境村へと送り込まれた。 水も農具も未来もない、限界集落で彼が手にしたのは―― 古代遺跡の力と、“俺にだけ見える内政スキル”。 村を立て直し、仲間と絆を築きながら、 やがて帝国の陰謀に迫り、家を滅ぼした仇と対峙する。 辺境から始まる、ちょっぴりほのぼの(?)な村興しと、 静かに進む策略と復讐の物語。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

老聖女の政略結婚

那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。 六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。 しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。 相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。 子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。 穏やかな余生か、嵐の老後か―― 四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。

ソラノカケラ    ⦅Shattered Skies⦆

みにみ
歴史・時代
2026年 中華人民共和国が台湾へ軍事侵攻を開始 台湾側は地の利を生かし善戦するも 人海戦術で推してくる中国側に敗走を重ね たった3ヶ月ほどで第2作戦区以外を掌握される 背に腹を変えられなくなった台湾政府は 傭兵を雇うことを決定 世界各地から金を求めて傭兵たちが集まった これは、その中の1人 台湾空軍特務中尉Mr.MAITOKIこと 舞時景都と 台湾空軍特務中士Mr.SASENOこと 佐世野榛名のコンビによる 台湾開放戦を描いた物語である ※エースコンバットみたいな世界観で描いてます()

処理中です...