486 / 508
第23話:フォルクェ=ザマの戦い 後編
#21
しおりを挟む皇国暦1560年5月19日 皇国標準時間15:52―――
それまで、ウォーダ軍第1宇宙艦隊への狙撃を行っていた『サモンジSV』は、目標を第五惑星トランの宇宙要塞『ナガンジーマ』から発進した、別動隊へと変更した。充分に引き付けたと判断したからである。
「銃身交換完了」
十五発の耐用限界しかない、超空間転移機能を持つ『D‐ストライカー』の銃身交換を終えた、『サモンジSV』の操縦士が報告すると、ギィゲルトは「うむ」と頷いた。そこに機関士が進言を付け加える。
「銃身はあと一本にございます。御館様」
「わかっておる」
超空間狙撃砲『ディメンション・ストライカー』の銃身は四本しかない。ただこの銃身は使い捨てではなく、戦闘終了後に内部装置の消耗パーツ交換と集中整備を行って、再使用するものであった。それでも四本とは少ない気がするが、一本当たりの製作コストが、重巡航艦一隻分に等しいとなると、艦隊整備をおざなりにしてまで、そう多く量産できるようなものではない。
「なに。この一本があれば、充分じゃ」
そう言ってギィゲルトは操縦士に命じた。
「機体を、敵別動隊の照準位置へ移動させよ」
「御意」
応答した操縦士は『サモンジSV』を、大型小惑星デーン・ガークの北極部にある、巨大クレーターの縁に沿って左方向へ移動させた。そしてまた、『サモンジSV』をひざまずかせ、『D‐ストライカー』の長大な銃身をクレーターの縁で支えさせる。
「距離は充分に引き付けたゆえ、今後は通常の照準センサーを使用する」
「はっ」
ギィゲルトが第1艦隊への無駄な狙撃を継続して、別動隊の接近を許したのは、簡単には退避出来ない距離まで、別動隊を引き込むためだった。それはつまりこの時点でもギィゲルトは、別動隊の中にこそ、ノヴァルナが潜んでいると考えていた事の証左である。
「ノヴァルナさえ葬れば、当主を失ったウォーダの艦隊主力は、物の数ではあるまい。さて、参ろうかの」
どこかに余裕を漂わせながら、ギィゲルトは『D‐ストライカー』の精密射撃照準センサーを起動させた。別方向から接近中の別動隊が、モニター画面に映し出される。照準するのは先頭を来る巡航戦艦ではなく、その後方を進む艦、戦闘輸送艦という奇妙な艦種であった。
「照準よし。『D‐ストライカー』発射!」
ノヴァルナが乗っていると思い込んでいる『クォルガルード』へ、狙撃の発砲を行う『サモンジSV』。そしてそ上空、全くの別方向から『センクウNX』と六機の『シデンSC』が、ステルスモードのまま忍び寄っていく………
超空間狙撃砲『ディメンション・ストライカー』による、『サモンジSV』の狙撃。直接照準で放たれたその一弾は、いまだ遠距離であるため光学映像こそ得られなかったが、見事目標―――ノヴァルナの専用艦『クォルガルード』を直撃した。
「目標反応消失。破壊された模様」
長距離スキャナーでバックアップを行っていた機関士が報告すると、ギィゲルトは「ホッ!」と小さな眼を見開いて、「ホッホッホッホッ…」と笑い声を上げる。ノヴァルナの最期を、あまりにも呆気なく感じたからだ。
だがギィゲルトはすぐに思い直して表情を引き締めた。簡単すぎる…これは仕掛けがあるに違いない、と思う。あの小憎らしいウォーダの大うつけには、これまで散々煮え湯を飲まされて来たのだ。それがこんな簡単に死ぬとは思えない。その証拠に、ノヴァルナが乗る『クォルガルード』を失ったはずの別動隊は、そのままこちらに向って航行を続けている。
そこでギィゲルトは閃いた。『クォルガルード』は囮で、ノヴァルナは他の艦に乗っているに違いない…と。そこで通信封鎖を解いて回線を開き、直卒の第1艦隊へ連絡を入れた。
「ギィゲルトである。第2戦隊及び第1宙雷戦隊を早急に、敵別動隊の迎撃へ向かわせよ。BSI部隊の出撃準備も整えておけ」
ギィゲルトは、『D‐ストライカー』の狙撃を行いつつ、戦艦部隊の第2戦隊と第1宙雷戦隊を差し向け、別動隊の艦を一隻残らず、仕留めてしまおうと考えたのである。どの艦にノヴァルナが乗っているか、判然としないからだ。距離的にはまだノヴァルナがBSI部隊を発進させる距離ではないが、手間取っている間に距離を詰められ、『センクウNX』で出て来られると厄介なのも本音だった。
だがノヴァルナはすでに六機の『シデンSC』を従えて、フォルクェ=ザマの中を突き進んでいる。そしてギィゲルトが第1艦隊に発した通信が、完全に裏目に出た。『センクウNX』がその通信を傍受し、方位測定で大型小惑星デーン・ガークにいる事を、確定させてしまったのだ。
「こいつは…油断してるな」
戦術状況ホログラムに表示される、大型小惑星デーン・ガーク上からの通信波動を見詰め、ノヴァルナは小声で呟いた。ギィゲルトの本陣到達まではあと十分弱、すると今度はデーン・ガーク周辺にある、敵艦のものと思しき金属反応の一部が、移動を開始する。ギィゲルトの命令を受けた第2戦隊と第1宙雷戦隊が、ウォーダの別動隊への迎撃行動に移ったのだ。第2戦隊の戦艦七隻が動いた事で、ギィゲルトの総旗艦『ギョウビャク』は、真上がガラ空きとなった。
あまりの偶然に、この情報表示を見ていたノヴァルナは一瞬、“こいつは罠じゃないのか?”と疑いの眼になる。まるでこの空いた場所から攻撃してくれ…と、言わんばかりだ。
罠か、それとも天祐か…しかし状況は躊躇いを見せている場合ではない。いずれにしても後戻りはできない。ノヴァルナは操縦桿を引き、『センクウNX』を上昇させていった。
ただこの天祐を引き当てたのは、偶然ばかりではない。別動隊の行動が関係していた。別動隊は臨時編成されたもので、巡航戦艦4隻と重巡航艦4隻、軽巡航艦2隻、駆逐艦14隻を二等分し、スェーダ=セシアとマーゼス=ササーラの二人の司令官が指揮を執っている。
そしてギィゲルトが『サモンジSV』の『D‐ストライカー』で狙撃したのは、『クォルガルード』ではなく似た形をした、遠隔操作の無人貨物船であった。
ノヴァルナは予め宇宙要塞『ナガンジーマ』に、この『クォルガルード』と似た型の貨物船を、三隻停泊させており、別動隊の出撃時に入れ替えさせていたのだ。
理由は無論、別動隊そのものが囮であり、敵がこの囮に喰いついた場合、あっという間に壊滅させられる可能性が高く、本格的な艦隊戦に不向きな『クォルガルード』型を帯同させて、むやみに乗員を危険に晒したくないからである。
その『クォルガルード』に見立てた貨物船が、ギィゲルトの狙撃によって破壊されたからには、別動隊には撤退の選択肢も生まれていた。密かに先行したノヴァルナの貨物船団は、すでにBSI決死隊を発艦させた頃であり、謎の遠距離射撃を受け続けるのは危険だったからだ。それに事実ノヴァルナからも、無理な攻勢は仕掛けなくてもよいと、命じられている。
ところが別動隊の二人の指揮官は、撤退など考えはしなかった。それぞれが旗艦としている巡航戦艦から連絡を取り合う。
「このまま前進、で宜しいかな。セシア殿」
そう尋ねるのマーゼスはノヴァルナの『ホロウシュ』、ナルマルザ=ササーラの兄である。浅黒い肌のガロム星人は、白い歯を見せて笑顔を浮かべた。対するヒト種のセシアは瓜実顔に、こちらも笑顔を浮かべて応じる。
「そうする事で、ノヴァルナ様は『クォルガルード』を囮にして、他の艦に乗っておられると、相手に思わせる事ができましょう。引き付ければ引き付けるほど良いという話にて」
「まこと。武人とは因果な商売ですな」
マーゼスがそう告げ、二人の指揮官は揃って軽い笑い声を上げた。敵を引き付ければ引き付けるほど、自分達も開かれた死の顎に近づく。だが命令を発するその表情に恐れはなかった。
「全艦。このまま前進!」
「ササーラ殿に後れをとるな。敵本陣を目指せ!」
この二人の司令官による進軍続行の決定がギィゲルトに、ノヴァルナは『クォルガルード』ではなく、別動隊の他の艦に乗っているのだろう…という、誤った推測を呼び込んだのであった。
「撤退を開始した敵艦は、潜宙艦に待ち伏せさせよ。一隻たりとも逃がすでない。よいな!」
ギィゲルトはそう命じておいて、『D‐ストライカー』のトリガーを引く。距離が近くなったため、通常の射撃照準センサーによる狙撃であって、回避はほぼ不可能である。一瞬後、ズシン!…と大きな衝撃に襲われたのは、スェーダ=セシアの座乗する巡航戦艦だった。砲戦能力は戦艦並みだが、速力を重視して防御力は巡航艦並みの艦は、『D‐ストライカー』の超空間転移弾一発で、メリメリメリ…と艦体が引き裂かれていく。
「馬鹿な!! アクティブシールドは―――」
遠隔操作の無人貨物船と違い、それなりに耐久力はあるはずと考えていたセシアは、驚きの叫び声を上げるが、その言葉を言い終える前に、セシアの体は艦橋の床にまで達した裂け目から噴き出した、炎の壁に飲み込まれた。そのままセシアの巡航戦艦は爆発を起こし、宇宙空間に砕け散る。
「セシア殿!」
セシアの巡航戦艦が爆散する光景を、並走する自分の艦の艦橋で見据えたマーゼス=ササーラは、奥歯をギリリ…と噛み鳴らした。だがすぐに気を取り直して、セシア艦隊の残存艦に、「これより我が両部隊の指揮を執る」と告げる。しかしものの三分も経たぬうちに、マーゼスの艦も対消滅反応炉に直撃を受け、爆発の閃光に包まれた。
「敵本陣に向け、主砲一斉射撃!!」
咄嗟の判断で命じるマーゼス。座乗艦の全主砲が放たれた直後、艦は大爆発。冥界の門が開かれる直前、マーゼスは弟に対する呟きを残した。
「ナルマルザ! ノヴァルナ様によく尽くせ………」
そして砕け散るマーゼス=ササーラの巡航戦艦。機械的に次の超空間転移弾を装填するギィゲルト。ところが艦隊司令を二人とも失っても、別動隊の残存艦は止まらない。司令官だけでなく個々の艦を指揮する艦長も、自分達の行動がこの決戦の勝敗を左右するのだという、同様の覚悟でいたからだ。
「ふん。ノヴァルナめ、まだ死んでおらぬか…」
ギィゲルトは少々苛立った様子で次の標的を、新たな巡航戦艦へ定めようとしていた。照準センサーがその艦影を捕捉し、照準用の数値データをコクピットのモニターへ表示する。だがそれは、『サモンジSV』の後方やや上空に留まる総旗艦、『ギョウビャク』からの緊急警報で途切れる事となった。
「敵機直上! 急降下ぁーーー!!!!」
▶#22につづく
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう
お餅ミトコンドリア
ファンタジー
パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。
だが、全くの無名。
彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。
若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。
弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。
独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。
が、ある日。
「お久しぶりです、師匠!」
絶世の美少女が家を訪れた。
彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。
「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」
精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。
「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」
これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。
(※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。
もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです!
何卒宜しくお願いいたします!)
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
クラス最底辺の俺、ステータス成長で資産も身長も筋力も伸びて逆転無双
四郎
ファンタジー
クラスで最底辺――。
「笑いもの」として過ごしてきた佐久間陽斗の人生は、ただの屈辱の連続だった。
教室では見下され、存在するだけで嘲笑の対象。
友達もなく、未来への希望もない。
そんな彼が、ある日を境にすべてを変えていく。
突如として芽生えた“成長システム”。
努力を積み重ねるたびに、陽斗のステータスは確実に伸びていく。
筋力、耐久、知力、魅力――そして、普通ならあり得ない「資産」までも。
昨日まで最底辺だったはずの少年が、今日には同級生を超え、やがて街でさえ無視できない存在へと変貌していく。
「なんであいつが……?」
「昨日まで笑いものだったはずだろ!」
周囲の態度は一変し、軽蔑から驚愕へ、やがて羨望と畏怖へ。
陽斗は努力と成長で、己の居場所を切り拓き、誰も予想できなかった逆転劇を現実にしていく。
だが、これはただのサクセスストーリーではない。
嫉妬、裏切り、友情、そして恋愛――。
陽斗の成長は、同級生や教師たちの思惑をも巻き込み、やがて学校という小さな舞台を飛び越え、社会そのものに波紋を広げていく。
「笑われ続けた俺が、全てを変える番だ。」
かつて底辺だった少年が掴むのは、力か、富か、それとも――。
最底辺から始まる、資産も未来も手にする逆転無双ストーリー。
物語は、まだ始まったばかりだ。
戦国鍛冶屋のスローライフ!?
山田村
ファンタジー
延徳元年――織田信長が生まれる45年前。
神様の手違いで、俺は鹿島の佐田村、鍛冶屋の矢五郎の次男として転生した。
生まれた時から、鍛冶の神・天目一箇神の手を授かっていたらしい。
直道、6歳。
近くの道場で、剣友となる朝孝(後の塚原卜伝)と出会う。
その後、小田原へ。
北条家をはじめ、いろんな人と知り合い、
たくさんのものを作った。
仕事? したくない。
でも、趣味と食欲のためなら、
人生、悪くない。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる