銀河戦国記ノヴァルナ 第2章:運命の星、掴む者

潮崎 晶

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第24話:運命の星、掴む者

#18

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皇国暦1560年5月29日―――

 “フォルクェ=ザマの戦い”から十日後。オ・ワーリ宙域も少しづつ落ち着きを取り戻している中、漂流中だった『サモンジSV‐S:シャドウ』から回収され、低温保管状態にあったギィゲルトの遺体が、イマーガラ側に送り届けられた。
 イマーガラ家のモルトス=オガヴェイだけが、指揮下の第5艦隊オ・ワーリ宙域内にあるナルミラ星系にとどまり、再戦も辞さない構えで、主君の遺体の引き渡しを要求していたのだ。

 不必要な戦いは望まないノヴァルナは要求に応じて、外務担当家老のテシウス=ラームに指示を出し葬送部隊を臨時編成。ナルミラ星系のモルトス艦隊のもとへ、ギィゲルトの遺体を届けた。その丁重さにモルトスはノヴァルナへ敬意を表して、ナルミラ星系に何ら破壊行為を行う事無く、イマーガラ家本拠地惑星シズハルダへ引き揚げていったのである。

 さらにイマーガラ軍の侵攻によって略奪を受けた、オ・ワーリ宙域の植民星系に対する、ノヴァルナの指示も迅速で、29日の時点ですでに初回の復興予算が組まれて、作業が開始されている。また作戦に参加した者には、末端の一兵卒にまで報奨金が与えられ、戦死者には遺族に対し、多額の補償金が約束される事となった。
 これに対し財務官僚からは「国庫が空になってしまいます!」と、悲鳴が上がるが、ノヴァルナはお構いなしだった。

「んなもん、今バラ撒かねーで、いつバラ撒くんだよ!」

 無論こういったノヴァルナの行動には、批判の声も多かった。だがノヴァルナからすればいつも口にする通り、「何もしないよりマシ」なのである。何もしない者ほど声が大きい…という考え方でもある。そして批判の声と相対あいたいした、評価の声があるのもまた当然だ。



 ところがその一方でノヴァルナはこの日、夜になって思いもよらない命令を出した。作戦行動が可能な艦で特務艦隊を編制し、出来るだけ早くミ・ガーワ宙域へ、進攻するというものである。
 家臣達はノヴァルナが軍を動かすのであればまず、イマーガラ家に寝返ったヴァルキス=ウォーダの、アイノンザン星系へ討伐部隊を送るものだと思っていた。それがわざわざ、ミ・ガーワ宙域へ攻勢をかける理由がわからない。

 筆頭家老のシウテ・サッド=リンが、ノヴァルナの私室にまで訪ねて来て、その真意を聞き出そうとしたのだが、「ウチに攻撃を仕掛けて来た連中への、仕返しに決まってんだろ」と、はぐらかすような返答しか得られなかった。
 
 真意はどこにあろうと、主君の命令は絶対である。命令に基づき、6月1日にはノヴァルナ専用艦『クォルガルード』を旗艦とし、同型艦『ヴァザガルード』『グレナガルード』の他、戦艦12隻・重巡航艦18隻・軽巡航艦25隻・駆逐艦46隻・打撃母艦9隻・巡航母艦4隻からなる、ミ・ガーワ宙域遠征特務艦隊が、惑星ラゴンから出港した。“フォルクェ=ザマの戦い”終了後でも作戦行動が可能な艦の中で、状態の良いものを寄せ集めにした部隊だが、戦闘力は低くない。

 そしてこのノヴァルナ軍侵攻の真意を掴んだ者は、味方のウォーダ家の中ではなく敵方にいた。独断でイマーガラ家本拠地惑星シズハルダではなく、ミ・ガーワ宙域の惑星ヴァルネーダにある、トクルガル家本拠地オルガザルキ城へ入った、イェルサス=トクルガルだ。


 6月10日早朝。イェルサスは重臣達を集め、オルガザルキ城の作戦司令室で、巨大な宇宙地図と戦術状況ホログラムを眺めている。ミ・ガーワ宙域へ侵入した、ウォーダ軍の動きを確認し、対応を指示するためである。

「監視哨戒網からの情報によりますと、侵入して来たウォーダ軍は、トルーダ恒星群へ向かっている模様です」

 側近のターダル・ツェーグ=サークルツがそう言うと、ミ・ガーワ宙域全体を映し出していた宇宙地図が、トルーダ恒星群を拡大したものに切り替わった。

 トルーダ恒星群には11個の恒星系が含まれており、そのうちの三つが植民星系となっている。位置的に戦略上重要ではなく、防衛戦力も恒星間航行能力を持つ、イマーガラ家の防衛艦隊一個が駐留しているのみである。ターダルはその事を告げて、さらに疑問を呈す。

「分からないのは、この恒星群へなぜ侵攻したのかという点です。オ・ワーリとの境界から約六百光年。領域拡張の占領地とするには宙域の内部に食い込み過ぎて、補給路の確保が困難なはずです」

 それに対し、ナグマス=キルバラッサが意見を述べた。

「だが以前、ノヴァルナ殿の父君のヒディラス殿は我が宙域へ侵攻し、アージョン星系周辺を一時期占領していただろう。イマーガラ家が敗北し、混乱状態にあるこの時期に、ノヴァルナ殿がその再現を狙ったとも考えられるぞ」

 キルバラッサの言葉にも一理はある。イマーガラ家は主君ギィゲルトを失って、以前のような家勢を維持する事は、ほぼ不可能だ。そして今回の戦い、ウォーダ家は防衛戦であり、経済的に消耗しただけの戦いである。そこで代償として占領地を得るために、ミ・ガーワ宙域へ侵攻して来たと考えてもおかしくはない。
 
 キルバラッサの意見を聞いたイェルサスは、自分の考察を進めるため、臨席している情報参謀に問い掛けた。

「イマーガラ家に動きはあるのかい?」

「いえ。ウォーダ軍の侵攻は知っているはずですが、迎撃艦隊が出動したという情報も無ければ、当家へ迎撃要請が出された事実もありません」

「なるほどね…」

 そう言うイェルサスの表情を窺うようにして、タルーザ=ホーンダートが、若き主君の考えを尋ねる。

「何か考えがお有りなのですか?」

 すると、小さく頷いたイェルサスは、落ち着いた口調で告げた。

「うん…僕は、これはノヴァルナ様が、僕を試されているのだと思う」

「試されている?」

「僕の本気…覚悟、と言ってもいいかな」

「と、申されますと?」

「僕に、真のミ・ガーワ宙域星大名を、名乗る覚悟があるのか、だよ」

 そう言ってイェルサスの眼は、ギラリと輝く。トクルガル家のこれからを考えれば、ノヴァルナ・ダン=ウォーダは味方につけておきたい相手だ。そして、かつて自分にとっては兄のような存在だったのだから、ノヴァルナが自分に何を求めているかは、手に取るように分かる。

「それはつまり、我等にどうせよと?」

 重臣の一人、ダルヨー=オークボランが眉をひそめて問う。その顔には、ノヴァルナという人間をよく知らない者に共通する、困惑という表情が貼られていた。これと対照的に、イェルサスの言葉は明確だ。

「我がトクルガル家の出せるだけの戦力を出し、トルーダ恒星群の救援に向かい。ノヴァルナ様を迎撃する」

「!!」

 サッ!…と緊張の度合いを高める重臣達。イマーガラ家を打倒した、あのノヴァルナと戦うのか?…という顔だ。そんな中で一人、タルーザ=ホーンダートの甥、ティガカーツだけが、茫洋とした態度でイェルサスに問い掛けた。

「ノヴァルナ様を斃しちゃって、いいって事?」

 ティガカーツ=ホーンダートはまだ十五歳だが、先日のウォシューズ星系会戦では初陣でありながら、ウォーダ軍のエースパイロットの一人、ダムル=イーオを一対一の勝負で討ち取り、その他にも多大な撃墜数を得て周囲を驚かせていた。ただ普段の性格は、つかみどころの無い奇人といったところだ。

 ティガカーツの迂闊な発言に、叔父のタルーザが慌てて「これッ!」と窘める。奇人であっても、ティガカーツのイェルサスへの忠誠心は絶対的であり、それ故にこの発言が本気である事を知っているからだ。
 ただティガカーツの言葉に、イェルサスは「ハハハハハ…」と笑い、ゆっくりと首を振る。

「真剣には戦う…だけど、殺しちゃ駄目だ。ティガカーツ」


 
 皇国暦1560年6月15日。ミ・ガーワ宙域トルーダ恒星群へ侵攻したウォーダ軍は、ウーメンガルツ星系でイマーガラ家恒星間防衛艦隊を撃破。そしてその二日後の17日。タック・ヴァン星雲においてウォーダ軍は、イェルサス率いるトクルガル軍と激突した。

 それは短時間の戦いであったが、つい過日の“フォルクェ=ザマの戦い”に勝るとも劣らない、壮絶な戦闘となった。
 ノヴァルナが『センクウNX』で出撃する事こそ無かったが、この作戦に参加していたカーナル・サンザー=フォレスタは、専用機『レイメイFS』で、トクルガル家のティガカーツ=ホーンダートの『カヅノーVC』と激しく一騎打ちを演じ、決着のつかぬままに機体のエネルギーが尽きて、やむなく母艦に帰還するという、一幕もあった。
 また両軍艦隊は互いに同じ戦術を採用。濃密な星雲ガスの狭間を利用した接近戦となり、ノヴァルナは座乗する『クォルガルード』の眼前にまで、トクルガル軍の宙雷戦隊に肉迫を許し、一方のイェルサスの旗艦『アルオイーラ』は、ウォーダ軍の戦艦から主砲弾を喰らう事態が発生した。そして戦いは三時間ほどで終了し、ノヴァルナのウォーダ艦隊はタック・ヴァン星雲から離脱。そのままミ・ガーワ宙域とオ・ワーリ宙域の境界へ向かったのである。

「ふぅ…冷や汗ものだったね」

 旗艦『アルオイーラ』の司令官席に上体を深く沈め、イェルサスは天を仰いで告げた。艦橋中央の戦術状況ホログラムには、長距離センサーの探知圏外へ去って行く、ノヴァルナ艦隊のマーカーが映されている。

「こちらの方が戦力的には多かったのに…引っ搔き回されました」

 等身大ホログラムで自分の艦隊から通信を送っている、重臣のタルーザ=ホーンダートが渋面で応じた。生真面目な若手重臣の表情と対照的に、どこか嬉しそうな印象のイェルサスが言う。

「うん…さすがノヴァルナ様だ。強いな」

 これに対しタルーザ同様、ホログラム通信の回線を開いているズーマ=イシカーが、困惑顔で意見した。

「呑気な事を仰せになっておられる場合ではありませんぞ。殿は“覚悟を試されている”と仰られたが、ノヴァルナ様は本気で、殺しに掛かって来られていたではありませんか!」

 するとイェルサスは、そんな事は分かり切っているという顔で答える。

「そうだよ」

「そ!…」

 言葉に詰まるイシカーに、イェルサスは落ち着き払って言った。

「ミ・ガーワは僕の領域。相手が誰であれ、侵略者は許さない…本気でそれを見せてみろ、というのがノヴァルナ様が僕に求めた覚悟なんだよ」

 この答えに眉をひそめたのはタルーザである。

「戦いの前に我が甥ティガカーツには、ノヴァルナ様を殺すなと仰せられておきながら…ノヴァルナ様もイェルサス様も、お話が矛盾していませんか?」

 それを聞いてイェルサスは、我が意を得たりと微笑んで告げた。

「ノヴァルナ様は“矛盾の人”だからね。僕もそれに倣ったのさ」



 そんなイェルサスのもとへ、ノヴァルナから同盟締結の申し入れがあったのは、その一週間後の事であった―――


 

▶#19につづく
 
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