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第24話:運命の星、掴む者
#19
しおりを挟むそしてそのおよそひと月後、皇国暦1560年7月15日。イェルサスのトクルガル家第1艦隊は、ウォーダ家との同盟締結の正式調印のため、惑星ラゴンを訪れていた。
イェルサスにすれば、ウォーダ家の人質時代以来の惑星ラゴンだった。だが到着早々ひと悶着が起きた。出迎え対応したウォーダ家のカッツ・ゴーンロッグ=シルバータが、トクルガル家第1艦隊に武装の解除と、惑星ラゴンの月にある『ムーンベース・アルバ』の、主砲射程圏内に留まるよう要求したからだ。
これに憤慨したのが、トクルガル家の重臣達である。
「我等は降伏しに来たのではないぞ!!」
「対等な同盟関係を結ばんとする我等に、無礼だろう!」
「そもそも同盟締結を持ち掛けて来たのは、そちらではないか!」
口々に怒声を上げる重臣達だが、堅物のシルバータも引き下がらない。同盟締結が決定しているとはいえ正式調印前に、武装したままの艦隊をキオ・スー城上空に展開されては、要らぬ気を遣わざるを得ないからだ。ただトクルガル家の重臣達も根が気の荒い者共であるから、段々と互いに意固地になり、トクルガル艦隊は惑星ラゴンを目前にして、停止するという事態にまで発展したのである。
するとこの騒動を聞きつけたノヴァルナは、「馬鹿野郎!」とシルバータの頭を一つ張り飛ばし、自らトクルガル家の重臣団に通信を入れて詫びたのだった。ただしそのノヴァルナも、実直過ぎて性に合わないシルバータを、出迎え役に任命した責任という点で、妻のノア姫から小言を頂戴したのは言うまでもない。
このような経緯もあって、7月17日にキオ・スー城で行われた同盟締結の調印式は、当初はピリピリとした、張り詰めた空気に包まれていた。
トクルガル家からすればウォーダ家はこれまで、領域であるミ・ガーワへ何度も攻め込んで来た侵略者であり、ウォーダ家からすればトクルガル家は、二か月前の“フォルクェ=ザマの戦い”でイマーガラ軍の先鋒として、“ウォシューズ星系会戦”と第七惑星宇宙要塞『マルネー』攻略戦で、多くの将兵の命を奪っていった敵なのだ…今日までは。
無論、この同盟に反対の意を唱える重臣は、両家とも多かった。そして両家ともその反対の声を押し切ったのが、主君であるノヴァルナとイェルサスの強い意向である。
その両者は調印会場となったキオ・スー城の、行政用大会議室の中央で向かい合う形で座っていた。二人の背後にはそれぞれの重臣や外務官僚達が、五十人ほども座っている。
調印式は形式も重要だが、この辺りはノヴァルナ流に簡素化が図られた。下手な美辞麗句を並べて時間を喰うだけの式典は抜きにして、いきなり調印式本番が行われたのである。シルバータの出迎えでひと悶着あった事もあり、トクルガル家の重臣達がまた“自分達を軽んじている”と、怒り出すのではないかと懸念する者もいたが、これは逆に良い印象を得たようであった。もしかしたらノヴァルナは、トクルガル家臣団の“質実剛健”を好む風潮を、理解していたのかも知れない。
調印会場で向かい合うウォーダ家とトクルガル家の人々。それぞれの机上に置かれたデータパッドの画面から投影される、同盟条約の条文と条項の中身のテキストホログラム。これと同様の画面が両家の重臣や、官僚の眼前にも展開されていた。
相互不可侵…相互安全保障…経済協力…科学開発協力…将来的な関税の撤廃…流れていく文字列を、ウォーダ家は外務担当家老のテシウス=ラーム、トクルガル家はズーマ=イシカーが読み上げる。ただ実際は、同時にNNL(ニューロネットライン)の記憶インプラントが、参加者全員の脳に条約の中身を書き込んでおり、読まずとも聞かずとも憶えていく。
純白の正式軍装に身を包み、調印式本番は一応、最低限の形式を整えたノヴァルナだったが、それでも視線の先で文字列が流れるのを眺める眼は、大して興味はなさそうである。
もっともな話だ。
群雄割拠、弱肉強食の今の戦国の世において、どのように形式を整え、どのように強固な関係に見せても、一方が弱体化し、隙を見せれば、背後から袈裟掛けに斬られるのが、星大名の同盟の実態だった。
事実、ギィゲルトが斃れたイマーガラ家では、嫡男のザネル・ギョヴ=イマーガラが家督を継いだはいいが、早くも政治的センスの乏しさを露呈させ、元独立管領であったものを中心に、重臣の間で離反の動きが起き始めているという。
さらにイマーガラ家が同盟を結んでいた、カイ/シナノーラン宙域星大名のタ・クェルダ家にも、イマーガラ家領域方面へ戦力を移動させ始めたという、怪しい動きがあるらしい。
そうこうするうちにテキストホログラムは、一番最後の両家当主の調印承認ページまで辿り着く。
「…以上、両家御当主の承認を持って、本同盟は調印されたものと致します。ご承認されますならば、ご入力をお願い致します」
テシウス=ラームがそう告げると、ノヴァルナとイェルサスはそれぞれ、テキストホログラム上の承認枠に右手人差し指を当てながら、音声で入力した。
「承認。ノヴァルナ・ダン=ウォーダ、15600717」
「承認。イェルサス=トクルガル、15600717」
この瞬間、ウォーダ家とトクルガル家の同盟は締結された。するとノヴァルナは急に席を立ち、ずかずかとイェルサスの席へ大股で歩み寄り始める。サッ!…と緊張の表情になり、腰を浮かしかけるイェルサスの重臣達。主君に迫るノヴァルナに殴りかかって来そうな勢いを感じたからだ。
だがイェルサスは右手を挙げて重臣達を制し、自らも席から立ち上がった。群雄割拠、弱肉強食の時代に結ぶ同盟に条文・条項、そして国力以上に必要なもの…それは当主同士の信頼に他ならない。
勢いよく歩み寄ったノヴァルナはイェルサスの肩に、どやしつけるように荒々しく左手を置くと、「アッハハハハハハハ!」と腹の底から高笑いした。演技ではない。ほんの五年前まで可愛い弟分だった男が二ヵ月前、防衛の要であった宇宙要塞『マルネー』を陥落させた、手強い敵として帰って来た事、そして今またこうやってともに轡を並べられる事が、嬉しくなったからだ。さらにノヴァルナは、イェルサスが差し出した右手を、がっちり掴んで強く握手する。
「立派になったじゃねーか、イェルサス!!」
粗野ともとれるノヴァルナの態度に、目を丸くするトクルガルの家臣達の前で、これが昔と変わらぬ純朴さだと知るイェルサスは、懐かしさを含んだ、穏やかな笑顔で応じた。
「またノヴァルナ様の飾らない高笑いが聞けて、嬉しゅうございます」
その日の夜は、簡略化された調印式と打って変わり、キオ・スー城で大々的な祝賀会が開催され、“昨日の敵は今日の友”として完全とまではいかないものの、双方にあるわだかまりを可能な限り水に流したのであった。
ノヴァルナも普段は表に出さない勤勉さを見せ、トクルガル家の家臣一人一人に声を掛け、言葉を交わすという外交努力を行った。ただとても酒に弱いため、トクルガル家の家臣最後の一人の話を、聞き終えた直後にダウンしてしまったのだが。
そして翌日、互いに事務的処理を済ませたノヴァルナは、イェルサスを誘って、二人だけでシャトルに乗り、キオ・スー城から出かけた。
「あー。まだ頭が痛ぇ…」
二日酔いの頭に手をやり、煩わしそうに言うノヴァルナ。それに対し向かい側の席に座るイェルサスが、苦笑交じりに言う。
「無理をなさるからですよ」
「まあな…」
「だけどウチの家臣達は、みんな喜んでました。ノヴァルナ様が本当は、気さくな方だと分かったようで」
トクルガル家の家臣団は事実上のイマーガラ家の支配下となって以来、臥薪嘗胆を重ねており、そのぶん他家の人間を見る眼は確かである。そういう点でノヴァルナも、無理のし甲斐があったというものだ。
そんな二人を乗せたシャトルが到着したのは、人質時代にイェルサスが暮らしていたヤディル大陸はナグヤ城の近く、ダクラワン湖の畔に建てられていたウォーダ家の館である。エアポートに出迎えたのは、先乗りしていたトゥ・キーツ=キノッサだ。
「お待ちしておりました、トクルガル様」
愛想よく挨拶するキノッサに、イェルサスも自然と笑顔になった。この館で暮らしていた頃、キノッサが身の回りの世話をしてくれていたからだ。
「久しぶり。元気そうだね」
「はい。相変わらず、ノヴァルナ様にコキ使われております」
「うるせ。余計なこと言うな」
そのやり取りで三人は、一気に五年前の時を遡った気分になる。さらに館の扉が開くとサプライズ。ノヴァルナの二人の妹、フェアンとマリーナの出迎えのサプライズが待っていた。
「イェルサスくん。ひさしぶりー」
昔と変わらぬ天真爛漫さで、ミ・ガーワ宙域星大名を“くん”呼ばわりするフェアンが、今のイェルサスには嬉しい。そして妹を窘めるマリーナは、今もイェルサスには眩しく見える。
「ちょっとイチ。こちらは今や、トクルガル家の御当主様なのですよ。失礼な口の利き方は駄目でしょう」
「はーい。ごめんね」
「謝り方」
そう言って呆れ気味に首を振ったマリーナは、イェルサスに向き直り、恭しく頭を下げて挨拶の言葉を述べる。
「ご無沙汰しておりました。トクルガル様。この度の御家との同盟締結、まことに有難く存じます。つきましてはこの同盟が、末永く続く事を祈ります」
そう言いながら顔を上げたマリーナが見せた微笑みに、イェルサスの頬は昔のように赤さを増した。
「マリーナ様…」
そこへイェルサスの背中をバン!…と叩いた、ノヴァルナの高笑いが響く。
「アッハハハハハ!…さぁ、入れ入れ!」
館での夕食会…それはイェルサスにとって再び訪れた、得難い思い出の時間でもあった。食事も終わり、懐かしい話に花を咲かせたあと、ノヴァルナとキノッサ、イェルサスは庭へ出て、再会を誓った五年前のあの時と同じ星空を見上げる。
「イェルサス、憶えてっか? 五年前を」
「はい。僕に“強くなれ”と仰いました」
「おう。そんでもって俺とおまえで、銀河征服をしようって言った」
「はい」
「そん時が来たぞ、イェルサス」
それは冗談の一環だろうがイェルサスはそれでも、半分ほどは本気なのかもしれないと思った。かつての兄貴分はそういう男だった。そこに入るこれも懐かしい、キノッサの余計なひと言。
「それではわたくしめにも、お二人の殿軍を務める時が」
「だからそれは、負け戦だっつってるだろーが!!」
すかさず反応するノヴァルナ。笑い声をあげる三人の頭上に、一筋の流れ星が、尾を引いていった………
衰退、伸長、破滅、そして飛躍―――
それぞれの者がそれぞれの運命の星を掴んだ―――
そして星は今日も明日も輝き続ける―――
【銀河戦国記ノヴァルナ 第2章:運命の星、掴む者】 完
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