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第15話:風雲児の帰還

#02

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 同じ頃、ノヴァルナの『センクウNX』とノアの『サイウンCN』も、アッシナ家残存部隊の一部と交戦状態に入っていた。

 懸念した通り銀河標準座標76093345N近くにある、ブラックホールへ向かう工作艦『デラルガート』は、そのブラックホールの重力圏を迂回して本国へ撤退する、アッシナ家の敗残艦群と遭遇してしまったのである。

 工作艦『デラルガート』が、搭載する軽巡航艦クラスの主砲を右舷方向に放つ。目標は接近してくるアッシナ軍の駆逐艦だ。二弾、三弾と発射されるビームを、敵の駆逐艦は難なく回避する。ところが次の瞬間、その駆逐艦は身震いを起こしたと思えば、艦底部に二つの爆発を発生させて漂流を始めた。すると通信回線にノアの声が響く。

「こちらノア。駆逐艦一隻撃破!」

 そしてノアの『サイウンCN』が、機関を破壊されてあらぬ方向へ漂っていく駆逐艦の脇を高速で上昇する。『デラルガート』の主砲射撃を牽制に使い、ノアが超電磁ライフルで仕留めたのだった。

 一方、ノヴァルナの『センクウNX』は右手に超電磁ライフル、左手にポジトロンパイクというスタイルでアッシナ軍のBSI『シノノメ』2機と、ASGUL『レゼラ』4機を相手取って奮闘している。
 6機の敵が、超電磁ライフルと固定式ビーム砲をほぼ同時に撃ち放つが、ノヴァルナは操縦桿とフットペダルを目まぐるしく操作し、機体を翻す『センクウNX』へ敵弾を一発も当たらせない。そして「馬鹿な!」とパイロットが驚く『シノノメ』を、逆に超電磁ライフルで撃ち砕いた。

 将官用完全カスタマイズ機のBSHOと量産型BSIの性能差は歴然だが、それは単に機体のスペックだけによるものではなく、搭乗者の意識に機体のメインコンピューターが接続する、NNLの深度の違いによるものも大きい。
 今回のように複数の敵に囲まれて攻撃を受けた場合、BSHOのNNLは搭乗者の意識の中に、自分を中心とした敵の配置や動きを、映像的感覚として描き出すのである。つまり実際の目で見なくとも“心の眼で見えている”状態となるのだ。

 無論、この機能を使いこなすにはそれなりの習熟と、それ以上に適正が重要となる。同じ将官でもBSHOに乗らず、艦隊指揮のみを行う者がいるのも、本人の選択によるのもあるが、それ以上にこの適正の差が関係しているのである。そしてノヴァルナはその適正において神に愛されていたと言える。

 ノヴァルナと『センクウNX』の圧倒的な能力に慄いた残りの敵機は、散り散りに逃げ出した。そもそも彼等アッシナ軍はすでに、この『ズリーザラ球状星団会戦』に敗北して、逃走中の身であるから士気は最低で、命を惜しむのも致し方ない。

「カールセン―――」

 ノヴァルナは逃走する敵機のそれぞれに視線を送り、逆撃して来る意思が無い事を確認しながら、『デラルガート』との通信回線を開く。

「アッシナ軍の撤退コースから抜けるまで、あとどれぐらいだ?」

「およそ二十分だ」

 カールセンの即答を聞き、ノヴァルナはヘルメットを被っている事を忘れ、こめかみを指で掻こうとしてコン!と音をさせる。

「おっと…二十分か、なげーな」

 全周囲モニターの右前方、乳白色の星間ガスが濃淡をきつくし、水墨画のタッチを思わせて流れていく先に、黒く小さな点が存在していた。『デラルガート』が目指すブラックホールだ。
 ノヴァルナ達の針路は、アッシナ軍の撤退コースを左方向から右へ貫く形である。とは言え、広い宇宙空間の中の話であるから、通常ならやり過ごせそうなものに思える。
 ところがアッシナ軍が敗残部隊だという事が、この遭遇戦を引き起こしていた。各艦、各戦隊が統制も取れないまま大きく広がった状態で撤退しているため、全てをやり過ごすのは不可能だったのだ。

 その時、ノヴァルナのヘルメットに、緊張感が漂わせたノアからの通信が入る。

「ノヴァルナ、新手よ! 探知方位073プラス37。数が多いわ、艦隊規模!」

 ノヴァルナとノアはそれぞれBSHOに搭乗し、『デラルガート』の左右30万キロに位置して、索敵と護衛を行っている。ノヴァルナがノアの指摘した方向―――全周囲モニターの右斜め上に視線をやる。すると距離の差によってタイミングを同じくし、『センクウNX』の長距離センサーもその集団を探知、画面に探知情報を表示した。

「この反応…まさか基幹艦隊クラスじゃねーだろな…ったく、こんな時に」

 そう呟いてノヴァルナは唇を軽く噛む。センサー反応では、接近中の敵集団は艦の数が二十を超え、比較的秩序だった陣形を組んでいるところから、基幹艦隊旗艦を中心とした集団であると思われた。そして当然向こうの大型艦の方が、BSHOより長距離センサーの探知距離も長く、すでにこちらの存在を捕捉しているに違いない。

 ノヴァルナの懸念はすぐに現実のものとなった。ノヴァルナよりもその敵の近くにいるノアが、新たな敵集団に動きがある事を知らせて来る。

「敵集団より分離する小反応8。おそらくBSIユニットよ。速い、接触まで約三分!」

 それを聞いてノヴァルナは僅かに顔をしかめた。動きのいい敵だ、士気も高いに違いなく、たぶんさっきのように簡単に逃げ出すような連中じゃないだろう…という判断がそうさせたのだ。

「わかった。ノア、合流する。組んで戦わなけりゃヤバそうだ。俺がそっちに行くから、ランデブービーコンを発信してくれ」

 日常では傍若無人な振る舞いが多いノヴァルナだが、ことBSIユニットや艦隊指揮に関しては、真摯な口調で指示を出す場合が大半であった。『サイウンCN』のコクピットでそんなノヴァルナの言葉を聞いたノアは、ああ、やっぱり本当はこういう人なんだ…と、場違いともいえる安堵感と共に「了解」と応じる。

 すると、ノアが『サイウンCN』のランデブービーコンを作動させた直後、さらに長距離センサーが敵集団から、小さな反応が12個分離するのを捉えた。先に発進した8機とはまた幾分動きが違う。数秒後、『サイウンCN』のメインコンピューターが、新たな反応を75パーセントの可能性で宇宙攻撃艇だという分析結果を、全周囲モニターに浮かんだその反応の表示に被せた。

 ノアの元へ向かう途中でその攻撃艇と思しき、新たな反応の出現を聞かされたノヴァルナは、敵集団の中に軽空母がいるのだろうと判断した。しかもこの撤退局面で統制の取れた艦載機発進―――それは艦隊直掩用の軽空母のはずで、そういったものを編成に加えているのはやはり、基幹艦隊旗艦とその護衛艦群に違いない。

 そしてその推測は的中していた。いや、実際はそれ以上だ。

 接近中のアッシナ軍の新手の集団は、ギコウ=アッシナが乗る総旗艦『ガンロウ』と、その親衛艦隊だったのだ。総司令部が乗艦しているのならば、このように落ち延びていく状況であっても、秩序を保っているのは道理であろう。

 やがて敵集団の中心にいるのがアッシナ家総旗艦『ガンロウ』である事を、ノヴァルナとノアも気付いた。ノヴァルナは『デラルガート』がいる方向を振り返って、大声で叫ぶように告げる。

「カールセン、逃げろ! アイツは敵の本陣中枢だ!!」



▶#03につづく
 
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