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第4話:逆転! 海賊討伐(前編)

#09

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 それから程なく、ノヴァルナの本拠地、惑星ラゴンのナグヤ城では、家老のショウス=ナイドルが、惑星サフローから届いた奇妙な通信連絡に、首を捻っていた。
 上司で筆頭家老のセルシュ=ヒ・ラティオは、ナグヤ=ウォーダ家の定例会議が行われているスェルモル城から、いまだ戻っておらず、現在のナグヤ城はナイドルが指揮官である。

「どうしたものか…」

 自分の執務室で、NNLのホログラム画面に映る通信文と、添付されている空のファイルを眺めて呟くナイドルは、セルシュ同様、初老に差し掛かった古参の家臣で、軍務より政務中心に歩んで来た。
 性格も温厚であり、あまり武人らしくはないものの、戦闘経験は皆無というわけでもなく、戦場で武勲を上げた事もある。

 そこにドアをノックする音が響き、インターホンが名乗りを伝えた。

「ヨヴェ=カージェス。参りました」

「ああ、入ってくれたまえ」

 柔らかな口調でナイドルは入室を許可する。ドアが開いて入って来たのは、背は低めだが筋骨隆々とした鋭い目の男だ。

 ヨヴェ=カージェスは20歳。マーディンらと同じく、ノヴァルナの初陣を生き残った『ホロゥシュ』の一人で、元からの配下である。

「これを」

 ナイドルはホログラム画面に指先を触れさせ、カージェスに向けて投げるような仕種をした。カージェスはそれを指先で押さえる仕種をし、手首を返して手の平を開く。するとまるで手品のように、目の前でナイドルが開いているのと同じ画面が現れた。

「これは…惑星サフローを訪れておられる、ノヴァルナ様の御妹君からの超空間通信ですね………?…なんですか?『クーギス党』との会見とか、なんとか」

「それを聞きたいのは、私の方だよ。これには、君の方にも回すよう記されている…また殿下と君達との、何かの悪ふざけではないのかね?」

「い、いいえ。私にも全く身に覚えのない事で…」

 ナイドルに、説教をする小学校の先生のような目で問い質され、カージェスは顔を引き攣らせながら、愛想笑いを浮かべた。

 彼等の元に届いたのは、例のノヴァルナが妹のフェアンに組ませたダミー通信であった。内容は知っての通り、丸っきりのデタラメだ。
 ただし、それに添付されていた空のはずのファイルには、ヨヴェ=カージェスのIDを持つ者…つまり本人だけが見られる、仕掛けがあったのである。

「ん?何かね、それは?」

 カージェスの開いたホログラム画面に、自分のホログラムにはない、添付ファイルの中身が映し出されている事に気付いたナイドルは、怪訝そうに尋ねた。

「さぁ?…」

 カージェスも首を傾げながら、ファイルの中身を拡大する。それは一枚ものの文章らしい。
 その直後、文章に目を通したカージェスは、俄かに表情を変化させ、緊張に体を強張らせた。添付ファイルの中にあったのは、ノヴァルナからカージェスら『ホロゥシュ』達に向けた、命令書だったのだ。

「こ、これは!!」

「なんだ?何かあったのかね!?」

 カージェスの表情の変化に、ナイドルも主君ノヴァルナに、何か問題が起きた事を知る。しかしカージェスはナイドルの問いには応えず、「失礼します!!」と叫ぶように言って、執務室を飛び出して行く。

「こっ!こらぁっ!!待て!!待たんかぁっ!!!!」

 温厚なナイドルだが、豹変したカージェスの無作法に、怒声を発する。
 ただ彼はこの時はまだ、日頃から傍若無人なノヴァルナが、また旅行先で何かをやらかしたのだと思っていた。
 まぁ、ある意味間違ってはいないのだが………



 惑星サフローの、観光/レジャー用ドーム都市『ザナドア』は、直径が約10キロメートルの半球型透明ドーム内に、複数のホテルと巨大アミューズメントパーク、商業施設などが建設されたシティドームに加え、ほぼ同サイズでランチパックを思わせる、長方形の農園ドームで構成されており、緑がかったカーキ色をした半円状の台地の上で、赤色巨星『スラベラ』の反射光を輝かせていた。

 『ザナドア』がドーム都市である由縁は、惑星サフローの大気が、呼吸に適さないからである。
 サフローの大気は、前述の通り『スラベラ』の赤色巨星化によって、それまで海であったのが蒸発したアンモニアと、以前からの大気が合わさって化学変化を起こした、『アンブリア・ガス』という特殊な大気で、人体にとって有毒であった。その濃度は希薄であり、サフローの地表から見ると昼間でも、うっすらとオレンジ色が混じった夜空が広がっている。

 しかしその一方、この特殊な『アンブリア・ガス』のおかげで、惑星サフローの名物、『虹色流星雨』が見られるのだ。

  惑星サフローの公転軌道は大部分が、かつての衛星が崩壊した跡とされる、酸性岩質の宇宙塵の中にあり、この無数の宇宙塵が、サフローの『アンブリア・ガス』の中で燃え尽きる際、美しい虹色の尾を引くのである。
 しかもこの虹色の発光は、映像にすると赤一色にしか映らない特殊なもので、現地に来て自分の肉眼でしか、確かめる事が出来ない。
 そのために、NNL(ニューロネットライン)の惑星環境バーチャルアプリでも、本物の『虹色流星雨』の映像は体験不可能でCGによって再現するしかなく、惑星サフローに来訪する事自体が、銀河皇国中央周辺の住民にとっては、社会的地位に対するトレンドともなっているのである。



「マリーナ様、イチ様。お早く」

 先を行くササーラに促され、ノヴァルナの二人の妹は、高級ホテルの立ち並ぶ通りの歩道を小走りで駆けていた。
 ナグヤ城に超空間通信を送って丸一日が経っており、彼女達の兄のノヴァルナは今頃、イル・ワークラン=ウォーダ家と、ロッガ家の連合部隊を叩くため、『クーギス党』と共に中立宙域の端に位置する、MD-36521星系へ向かっているはずだ。

 マリーナとフェアンの二人の背後には、マーディンとイェルサスが、後方を気にしながらついて来る。
 マリーナ達が『ザナドア』へ到着したのは、自動化されて無人となっている廃棄物搬出ポートに、ステルスモードで接近した海賊船からの、昔懐かしい響きすら感じる宇宙遊泳によってであった。
 そして何食わぬ顔で当初の予定通りに、惑星ラゴンのガルワニーシャ重工役員の子弟一行で予約していたホテルに、“足りない人数は後から来る”と言ってチェックイン。ホテル備え付けの端末からナグヤに、例の超空間通信を送ったのである。
 
 ただ、超空間通信を送ったマリーナ達は、その直後にホテルから外出すると、予約なしでも泊まれる別のホテルを探し出して、元のホテルをチェックアウトしないまま、そこに部屋を得たのであった。
 これはノヴァルナの指示であり、マリーナ達を追う者が現れた場合、元のホテルをチェックアウトしていない事で、情報収集を少しでも混乱させて、時間を稼ごうという思惑である。

 その時間とはマリーナ達が、次のオ・ワーリ=カーミラ星系行きの定期便に乗るまでの時間だった。

 往路で乗った『ラーフロンデ2』は、人工冬眠させた水棲ラペジラル人を輸送するために、ロッガ家あるいはイル・ワークラン=ウォーダ家の息が掛かった者が、上級職にいたのであろうが、それ以外の船は、無関係の乗員によって運航されているはずで、それらの船に乗ってしまえば、追手も迂闊に手出しは出来なくなるに違いなかった。
 ノヴァルナはカダールらと戦うためにベシルス星系を離れており、迎えには来られない。マリーナ達が惑星サフローから離脱するためには、この定期便を利用するなりして、自力で離脱しなければならないのだ。

 しかし定期便の出発には、まだもう一日あるという時点で、マリーナ達は怪しい一団と遭遇してしまった。
 新たにチェックインしたホテルから出掛け、歩道に出た直後に、護衛のマーディンら『ホロウシュ』から見れば、すぐに兵士と分かる私服姿の男達が、通りの反対側に固まっているところに出くわしたのである。

 その人数は20名で、おそらく陸戦隊1個小隊だと思われた。
 気付かなかったふりをして、歩道を歩き始めたマリーナ達であったが、やはり男達は後をつけて来る。
 今の状況は、もうしばらくすれば始まる、惑星サフロー観光の本命、『虹色流星雨』を見ようと、人通りが多くなった歩道を、雑踏に紛れて男達を引き離そうとしているところだ。

 しかし状況は厳しい。目くらましの効果がなく、すぐに新たな宿泊先が知られたのが、例えこの場を逃れられても、相手の監視網からは逃れられない事を物語っている。どうやら、ドーム都市『ザナドア』の管理局は、予想以上に今回の件に関与しているらしい。状況的に彼らが情報を渡しているとしか、考えられない。

「こうなれば港に向かいましょう。定期の旅客船を待つより、貨物船にでも潜り込んで、この星から離れるのが先決です」

 そう言ったのは、マリーナとフェアンを誘導して前を行く、ササーラであった。
 通りを行く彼らの周りにはヒト種をはじめ、多種多様な知的生命体が行き交っている。『ザナドア』内の場所的には、ホテル街を抜け、アミューズメントパークとの間にある、繁華街の入り口といった辺りだ。宇宙港はアミューズメントパークのその先にあり、発着口以外はドーム都市の地下に潜る形になっていた。

 歩道の上の視界は右も左も、前も後ろも歩行者に遮られており、追って来る連中からは見られない代わりに、こちらからも追手の姿が確認出来ないでいる。

「宇宙港へ向かうのには同意ですが、直線的な動きでは、先回りされる恐れがあるのではないですか?」

 いつものように人相の悪い犬の縫いぐるみを左腕に抱え、ササーラの後に続くマリーナは、僅かに呼吸を速めてはいるが、落ち着いた口調で尋ねた。

「承知しております。まずはアミューズメントパークへ。そこで奴らを待ち伏せ、私とマーディンで迎え撃って、数を減らしましょう」

「貴方とマーディンの二人だけで?危険だと思いますが?」

「ご心配なく。足止めするだけです」

 するとマリーナは、少し声を落として問い質す。

「相手を殺す事になりますか?」

「いいえ…」

 ササーラはそこで少し間を置いてから続けた。

「どちらかといえば敵に負傷者を多く出し、手間取らせるようにしたいと思います」

 死者より負傷者を多く出した方が、その処理に手が取られて時間が稼げる―――これは、基本的な戦術の一つでもある。
 相手の命を奪いはしないものの、あまり気持ちの良い戦術とは言えないが、それを却下出来るような余裕はない事ぐらい、マリーナも理解している。

「任せます。ササーラ」

 旅客船『ラーフロンデ2』から脱出し、『クーギス党』の海賊船に追われた時に、マーディンに発したのと同様、マリーナは全幅の信頼を置いている事を示すように、短い言葉で状況をササーラに一任した。
 ササーラは「はっ!」と野太い声で応じ、道路を行く路面電車を指差した。

「あれを利用致しましょう」


▶#10につづく
 
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