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第7話:隣国の姫君

#06

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 ノヴァルナが『センクウNX』で大気圏を降下中に発見した人工的な明かりらしきものは、機体のメインコンピューターをNNLリンクで操作、解析した結果、徒歩で西に向かっておよそ三日の距離であった。

 こういった不時着などの場合、機体からあまり離れる事は避け、救助を待つのが定石ではあるが、今回は救助をあてに出来そうもない。しかも不時着地点が、あの小型恐竜のような原住民の勢力圏となれば、キャンプも張れない状況だ。



 乾いた風が流れる赤茶けた台地には、抽象的なオブジェを思わせる奇岩が立ち並ぶ。見上げる空は晴れて青いが、惑星ラゴンの空より幾分緑がかっているように思える。川岸から歩き始めてほぼ三時間、目指す森まではあと約二キロメートルである。

 サバイバルバッグを背負ったノヴァルナは、ノアと共に、林立する奇岩の間を歩いていた。時間的に今が何時なのかは分からない。ただ歩き始めてから気温はやや下がっており、恒星の位置も少し西に傾いているように感じられた。
 上空を舞うトンボのようなSSPが、この惑星の地平の曲線値から算出したところでは、この星の大きさはラゴンより多少大きいらしい。とは言えデータが取れるのは、SSPが行動出来る範囲のみであり、自分達にいる位置が惑星のどの辺りで、時間の経過によってどのような環境の変化が起こるのかも予測不能であった。

“暑すぎないのは助かるが、問題は夜にどんだけ気温が下がるかだな…”

 そう思いながらノヴァルナは背後を振り返る。そこには無言でついて来るノアが、少し離れた距離にいた。その顔に表情はないが明らかな疲労の色がある。ノヴァルナは少し息をついて自分の足元を見た。その赤茶色の地面は柔らかい砂地でブーツは比較的深く沈んでいる。普通以上に体力を持って行かれる土質だ。

“少し休むか…”

 考えてみれば自分とノア姫は、『ナグァルラワン暗黒星団域』で戦ってから数時間しか経っていない。その間に色々な事が一度に起こり過ぎた。いくら鼻っ柱の強い姫とはいえ、そこまでの覚悟もないままこんな環境に放り込まれては消耗し、憔悴しないわけがない。

 ノヴァルナは半ば地面に埋まった平らな岩が、石畳のようにも見える箇所を見つけると、そこでおもむろに立ち止まり、ノアを振り向いて軽い口調で声をかけた。

「ちょっと休憩しようぜ」

 岩場に一人でさっさと腰を下ろすノヴァルナに追いついたノアは、ホッとした表情を浮かべそうになるのを慌てて隠しながら、強がって見せた。

「どうしたの? もうヘタばったの?」

「まーなー」

 呑気そうに応えたノヴァルナは、背負ったサバイバルバッグのベルトを肩から外し、地べたに胡坐をかいて「んん…」と背筋を伸ばした。ただノアの目には、ノヴァルナはまだそれほど消耗はしていないように映る。ノヴァルナが不意に休憩しようと言い出したのは、自分ではなく私を休ませるためなのだ、と気付いたノアは立ったまま面白くなさそうに言い放った。

「あなた。生意気ね」

「何がだよ?」

「自分はそんなに疲れてないくせに、私が疲れてると思って、休もうって言ったんでしょ?」

「そいつは考えすぎ。おまえがどう思おうと、俺が休みたいから休む、そんだけだぜ」

「そう!」

 ノアはつっけんどんに応じ、ノヴァルナからやや距離を置いて腰を下ろした。

 正直、ノアにはノヴァルナという青年が忌々しい。彼が自分達サイドゥ家と敵対するウォーダ家の人間である事もその一因であるし、自分がBSHOで戦った敵である事もそうだが、実際に行動を共にするようになると、粗野で無軌道なくせに、ノアのプライドを立ててやるような気遣いを見せて来るのが、あしらわれているようで特に腹立たしかった。頭の回転がはやく、分別をわきまえる事が出来るノアであるがゆえに、ノヴァルナの思考が読み取れ、そういった一面が殊更納得出来ないのである。

 そしてなによりそんな些末な事で、いちいち感情的になっている自分自身に対し、ノアは憤慨していたのだ。

 冷静になって考えればノヴァルナをもっと評価していいのだろうとは思う。態度は尊大、言葉遣いは乱暴…に振る舞ってはいるが、直接会ってみるとそれは本質ではなく、相手をはぐらかして注意を逸らすためのものであって、実は非常に理性的かつ論理的思考をする、全てにおいて高い見識を持った人物だという事が分かった。
 しかし、それが分かっていても割り切れないのが人間―――同年代の若い男女であれば、なおさらというものだ。そしてノアにとってサイドゥ家の得ている情報に誤りがなければ、ノヴァルナは二つ年下のはずで、この微妙な年齢差がノアを一段とイラつかせている。言ってしまえば、扱い方が分からないのである。

 そしてノヴァルナは、そんなノアの不快感を逆なでするように、サバイバルバッグの中を探りながら、顔も向けずに呑気そうな声を掛けて来る。

「おまえさ―――」

 その言い草にカチンときたノアは、即座にノヴァルナの言葉を遮った。

「さっき私を“おまえ”とか、気安く呼ばないでって言ったでしょ!」

「じゃあ、ノア」

「呼び捨てなんて、もってのほかだわ!」

 そこでノヴァルナはバッグの中を探る手をとめ、ようやくノアに振り向く。

「だったら、なんて呼べってんだ?」

「“ノア姫”か“姫君”よ!」

 ノアが強い口調で宣するとノヴァルナは無表情で見返し、ふっ!と息を吐いて言葉も発さず、岩場の上で仰向けに寝そべった。

「………」

「ちょっと、あなた!」

 そのような態度をノヴァルナに取られて、放置されたノアが納得するはずがない。

「―――私に話があるんじゃなかったの!? なんなの、その態度!」

「面倒臭くなったから、いい」

 ぶっきらぼうに応えるノヴァルナにノアは唇を震わせる。

「なっっ!!!!…」



なんでこんな奴とこんな所で、一緒にいなきゃならないんだろう………

私は国に帰ろうとしていただけなのに………

なんでこんな、生意気な年下の横着者と………



 何もかもがノアには不条理で、腹立たしい。自分を取り巻く環境も、自分自身の心情も。悔しくて涙が零れそうだ。いっそ泣き崩れてしまった方が楽になるに違いない。

 しかし、ノアは歯を喰いしばった。悔し涙は一度、サイドゥ家の御用船『ルエンシアン』号の中で、ノヴァルナに不意を突かれて正論を吐かれた時に目に滲ませている。か弱い女を演じるつもりならともかく、星大名家の姫として、こんな相手に侮られそうな隙を見せるのは、もうたくさんだった。

 ノアは一度腰を下ろした地面からすっくと立ち上がり、パイロットスーツの腰回りと太腿の砂埃を、手荒くはたき落として一人で無言で歩きだす。

「どこ行くんだよ?」とノヴァルナ。

「先に行くに決まってるでしょ!」

「疲れてんだろ? 休んでけって」

「ご心配は無用! あなたはどうぞ休んでて!」

 そう言ったノアは、ノヴァルナが「おい!」と引き留めようとする言葉を、きつい口調で振り払った。

「私がどうしようと勝手でしょ! あなた、俺は休みたいから休んでるって言ったじゃない!!」

 一方のノヴァルナも、ノアに対して気遣いはして見せたものの、まだ人間としては成長過程にある十七歳の若者である。意固地になるノアの全てを、いっぺんに受け止めてやれるだけの大人ではない。

「ああ、そうかい! なら、姫君のお言葉に甘えて、勝手にさせてもらうぜ!」

 売り言葉に買い言葉で、感情に任せて言い放ち、組んだ両手を枕に再び仰向けになる。視界に広がる薄いエメラルドグリーンの晴天にも気分は晴れず、胸の内で“クソッタレ!”と毒づく。

“―――なんなんだあの女は! もうちょっと、物分かりがいいんじゃねえのかよ!”

 と、苛立ちと戸惑いが入り混じった感情が思考を巡り、ノヴァルナは「チッ!」と大きく舌打ちせずにはいられなかった。自分の判断ではノア姫は鼻っ柱は強いが、物分かり自体は悪くないはずだったのである。
 だからこそ、さっき自分が言った“俺が休みたいから休む”の意味を正しく理解して、自分も休憩する事に同意したと思っていたのだ。それが妙に不機嫌なまま、呼び方がどうのこうのと、ノヴァルナの価値観にしてみればどうでもいい事で、また突っかかって来たのだから、たまったものではない。

 そして何が苛立つかと言えば、ノヴァルナ自身に“失敗した…”という後味の悪さ―――後悔と呼ぶべき気持ちが残った事であった。

 無論ノアはノアで前述したように、複雑な感情が渦巻いていた時であり、自分自身を完全にはコントロール出来なくなってはいた。ただノヴァルナにはそんな事まで知るすべはなく、もっと自分の方からノアに配慮してもよかったのではないか…と、心にしこりを感じてしまう。



あんな気に入らねえ女に、なんでそんな風に思わなきゃなんねえんだ………



 もやもやとした気分に落ち着いていられず、ノヴァルナは仰向けになったまま顔だけを上げ、本当に一人で歩いて行くノアの後ろ姿に視線を送った。するとどう見ても疲労しているノアは、おぼつかなく歩を進め、やがて地面の凹凸に足を取られそうになる。

「ああもう! 面倒臭ぇ!」

 どのみち女のノアを一人で、何がいるか分からない森へ入らせるわけには行かない。頭の中のもやもやがさらに増したノヴァルナは、心底煩わしそうな声を上げて体を起こすと、サバイバルバッグを引っ掴んで立ち上がり、ノアのあとを足早に追い始めた………


▶#07につづく
 
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