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第三章(月・火・水・木)
第7話
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――火曜日
和也は本日の業務を午後七時四〇分に終えた。探偵の中崎がメールで伝えてきた午後八時まで、二〇分の余裕がある。和也はお気に入りの喫茶店でコーヒーを一杯飲むことにした。
昨晩の智美の襲来には閉口したが、結果としてはユミと仲を深めた気がするので、今日の和也の気分は良かった。智美とは付き合いが長いため、以前から、自分勝手な部分をかなり感じていた。昨晩改めて目の当たりにして、ユミにはっきり答えたとおり、和也には智美と復縁する気はまったくない。しかし、智美の性格を考えると、簡単には終わらない気がして憂鬱な気分になる。
和也は他人の主張に対してすぐに反論したり否定はせず、一旦は主張を聞いて、改めてやんわりと自分の意見を言う癖がある。和也なりの人間関係のトラブル回避術だ。そのため、智美のように話を聞かない相手とは、お互いの主張が平行線を辿ってしまうことが多い。結果的に、和也が折れることも多々ある。愛人と別れた智美が、何かにつけて和也を利用しようとするのは明らかだろう。ふう、とため息をつく。
だが今の和也が、最も気がかりなのは、智美との今後ではなくユミのこと。夕方に、『依頼の件につき相談したい事があるため、本日二〇時以降に連絡をいただきたい。 中崎茂』というメールが送られてきた。メール文中の依頼とは、もちろんユミの情報調査。ユミが既に死んでいる、という結果を聞きたくはない。祈るような時間がゆっくりと過ぎていく。
――午後八時
和也は手のひらが汗ばむのを感じながら、中崎に電話をする。三回の呼び出し音。結果は既に出ているのだろうが、頼む! 和也は念を込めるしかなかった。
『中崎です』落ち着いた中年らしき男性の声。
『メールで連絡いただいた坂口です』
『ああ、坂口さん。依頼の件で一部の調査結果報告と、今後について相談したいので』
一部とはどういうことだろう。和也はドクンドクンと鼓動が早くなるのを感じた。
『はい』
『依頼の方はサクラダユミさん。T大学一年生です。いや元一年生のようですな。今年の七月上旬まで通っていた、というご友人の証言がありました。また噂レベルですが、今年の九月に退学手続きされているとのことです』中崎は淡々と、一気に伝えてきた。
『一部の調査結果とは、以上ですか?』和也が訊く。
『はい。現在はここまでです。さらに詳細情報の調査となると、日数や費用がかなり必要になります。だから、今後の調査方針についての相談です』
良かった。ユミが死んでいる結果ではなかった。和也は深く息を吐く。
『ありがとうございます。詳細情報の調査依頼については、改めて連絡します』
『分かりました。ここまでの調査結果は改めて書面で送ります。では』
事務的に中崎が電話を切って、会話が終わった。
和也は思考を巡らす。新たに分かったユミの情報といえば、『サクラダユミ』という名前、七月上旬まで大学に通っていたこと。そして、九月に退学の可能性。ユミが話していた内容とは、まったく矛盾がないように思える。
知識を得るのに貪欲なユミが、自主退学をするのは考えにくい。とすれば、退学手続きはユミの親がした、と考えるのが自然か。七月上旬にユミの身に『何か』が起こって、大学に通えなくなって、大学の夏休み明けの九月に親が退学処理手続きをしたのだろう。
『何か』の可能性を考えると、事故、大病といったところだろうか。中崎に詳細調査の依頼をしても、ユミの死の詳細情報を知ることに繋がりそうな気がして、和也は泣きたくなった。気分を落ち着かせてから帰ろう。和也はコーヒーを追加オーダーした。
◇◇◇
買物自体は楽しかった。だが非常に疲れた、という思いしかユミにはなかった。この状態になって一週間。自分の存在の科学的な説明はまったくつかない。だが現実は現実として受け容れなければ。冷静にユミは考える。
疲労を防ぐ手段はないか。霊の疲労という特殊な事象はネット検索をしても当然見つからないし、どこをどう探しても、おそらく無理だろう。無理なら無理なりに、工夫するしかない。できるだけ外出を避けるしか、現時点の有効な対策はないのか。ふう、とユミはため息をつく。今朝分かった懸念があるが和也と相談しよう。
――ピンポーン。
ユミが思考を巡らせていたら、インターホンのチャイムが鳴った。リビングに行って受話器を取りモニターを確認すると、あの女の再訪だ。あの女は和也には近づけたくはない。
『坂口でございます』ユミは冷静に話す。
『あんた、だれー? 和クンは?』
気分を苛つかせる口調。昨晩、クローゼット内で、たっぷりユミは聞かされている。
『坂口の彼女。いえ失礼。坂口に結婚したい、と言われた女です。わたくしが承って坂口に伝えます。ではご用件をどうぞ』努めて冷徹に事務的に言う。
『ばっかみたい! 帰るー!』モニターには憤怒の表情。怒鳴ったあの女は立ち去った。きっとプライドが高そうなあの女のことだ。自分が馬鹿にした女を結婚相手に選んだ和也に、媚びる可能性は少ないはず。これからは、おそらく和也に付きまとわないだろう。
「やったあ」先ほどはため息をついていたユミの気分が、晴れやかになった。ユミは嬉々とした表情で、和也へメッセージ送信する。
『なんかセールスが来たけど帰ったよ。和也さんの帰りは何時ごろ? 早く会いたいな。ユミ♡』
和也は本日の業務を午後七時四〇分に終えた。探偵の中崎がメールで伝えてきた午後八時まで、二〇分の余裕がある。和也はお気に入りの喫茶店でコーヒーを一杯飲むことにした。
昨晩の智美の襲来には閉口したが、結果としてはユミと仲を深めた気がするので、今日の和也の気分は良かった。智美とは付き合いが長いため、以前から、自分勝手な部分をかなり感じていた。昨晩改めて目の当たりにして、ユミにはっきり答えたとおり、和也には智美と復縁する気はまったくない。しかし、智美の性格を考えると、簡単には終わらない気がして憂鬱な気分になる。
和也は他人の主張に対してすぐに反論したり否定はせず、一旦は主張を聞いて、改めてやんわりと自分の意見を言う癖がある。和也なりの人間関係のトラブル回避術だ。そのため、智美のように話を聞かない相手とは、お互いの主張が平行線を辿ってしまうことが多い。結果的に、和也が折れることも多々ある。愛人と別れた智美が、何かにつけて和也を利用しようとするのは明らかだろう。ふう、とため息をつく。
だが今の和也が、最も気がかりなのは、智美との今後ではなくユミのこと。夕方に、『依頼の件につき相談したい事があるため、本日二〇時以降に連絡をいただきたい。 中崎茂』というメールが送られてきた。メール文中の依頼とは、もちろんユミの情報調査。ユミが既に死んでいる、という結果を聞きたくはない。祈るような時間がゆっくりと過ぎていく。
――午後八時
和也は手のひらが汗ばむのを感じながら、中崎に電話をする。三回の呼び出し音。結果は既に出ているのだろうが、頼む! 和也は念を込めるしかなかった。
『中崎です』落ち着いた中年らしき男性の声。
『メールで連絡いただいた坂口です』
『ああ、坂口さん。依頼の件で一部の調査結果報告と、今後について相談したいので』
一部とはどういうことだろう。和也はドクンドクンと鼓動が早くなるのを感じた。
『はい』
『依頼の方はサクラダユミさん。T大学一年生です。いや元一年生のようですな。今年の七月上旬まで通っていた、というご友人の証言がありました。また噂レベルですが、今年の九月に退学手続きされているとのことです』中崎は淡々と、一気に伝えてきた。
『一部の調査結果とは、以上ですか?』和也が訊く。
『はい。現在はここまでです。さらに詳細情報の調査となると、日数や費用がかなり必要になります。だから、今後の調査方針についての相談です』
良かった。ユミが死んでいる結果ではなかった。和也は深く息を吐く。
『ありがとうございます。詳細情報の調査依頼については、改めて連絡します』
『分かりました。ここまでの調査結果は改めて書面で送ります。では』
事務的に中崎が電話を切って、会話が終わった。
和也は思考を巡らす。新たに分かったユミの情報といえば、『サクラダユミ』という名前、七月上旬まで大学に通っていたこと。そして、九月に退学の可能性。ユミが話していた内容とは、まったく矛盾がないように思える。
知識を得るのに貪欲なユミが、自主退学をするのは考えにくい。とすれば、退学手続きはユミの親がした、と考えるのが自然か。七月上旬にユミの身に『何か』が起こって、大学に通えなくなって、大学の夏休み明けの九月に親が退学処理手続きをしたのだろう。
『何か』の可能性を考えると、事故、大病といったところだろうか。中崎に詳細調査の依頼をしても、ユミの死の詳細情報を知ることに繋がりそうな気がして、和也は泣きたくなった。気分を落ち着かせてから帰ろう。和也はコーヒーを追加オーダーした。
◇◇◇
買物自体は楽しかった。だが非常に疲れた、という思いしかユミにはなかった。この状態になって一週間。自分の存在の科学的な説明はまったくつかない。だが現実は現実として受け容れなければ。冷静にユミは考える。
疲労を防ぐ手段はないか。霊の疲労という特殊な事象はネット検索をしても当然見つからないし、どこをどう探しても、おそらく無理だろう。無理なら無理なりに、工夫するしかない。できるだけ外出を避けるしか、現時点の有効な対策はないのか。ふう、とユミはため息をつく。今朝分かった懸念があるが和也と相談しよう。
――ピンポーン。
ユミが思考を巡らせていたら、インターホンのチャイムが鳴った。リビングに行って受話器を取りモニターを確認すると、あの女の再訪だ。あの女は和也には近づけたくはない。
『坂口でございます』ユミは冷静に話す。
『あんた、だれー? 和クンは?』
気分を苛つかせる口調。昨晩、クローゼット内で、たっぷりユミは聞かされている。
『坂口の彼女。いえ失礼。坂口に結婚したい、と言われた女です。わたくしが承って坂口に伝えます。ではご用件をどうぞ』努めて冷徹に事務的に言う。
『ばっかみたい! 帰るー!』モニターには憤怒の表情。怒鳴ったあの女は立ち去った。きっとプライドが高そうなあの女のことだ。自分が馬鹿にした女を結婚相手に選んだ和也に、媚びる可能性は少ないはず。これからは、おそらく和也に付きまとわないだろう。
「やったあ」先ほどはため息をついていたユミの気分が、晴れやかになった。ユミは嬉々とした表情で、和也へメッセージ送信する。
『なんかセールスが来たけど帰ったよ。和也さんの帰りは何時ごろ? 早く会いたいな。ユミ♡』
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