「婚約破棄して下さい」と言い続けたら、王太子の好感度がカンストしました~悪役令嬢を引退したいのに~

放浪人

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第四話「婚約破棄の練習台:舞踏会」

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「リュシア様、本日の朝食のメニューの記録が完了しました」
「……はい、ありがとう」

「リュシア様、廊下の移動記録、正常に保存されています」
「……ええ、ご苦労様」

「リュシア様、お手洗いの入室時刻と退室時刻を記録しました。滞在時間は三分四十二秒でした」
「……それ、本当に必要?」

 私はげっそりとした顔で、手帳型の魔導端末を持った侍女を見た。
 私の専属侍女マリーは、無表情で頷く。

「必要です、お嬢様。殿下からの厳命ですので。『リュシアの潔白を証明するため、一秒たりとも記録を途切れさせるな』と」
「プライバシーという概念はこの国にないの!?」

 あれから数日。私の生活は「完全監視社会」の実験場と化していた。
 レオンハルト殿下が導入した《記録石》システムのおかげで、私の行動は二十四時間体制でログに残されている。
 これでは、悪だくみはおろか、鼻をほじることすらできない。

「はあ……。でも、今日こそはチャンスよ」

 私は気を取り直して、鏡の前に座った。
 今夜は、王宮で定期的に開催される夜会――舞踏会がある。
 ここには国内の有力貴族だけでなく、近隣諸国の賓客も集まる。つまり、レオンハルト殿下にとって「新しい婚約者候補」を見つける絶好の機会なのだ。

 私の作戦はこうだ。
 まず、会場で殿下に「私なんかに構わず、他のご令嬢と踊ってください」としつこく勧める。
 そして私は壁の花となり、陰気なオーラを出し続ける。
 そうすれば、殿下も他の魅力的な女性に目移りし、周囲も「次期王妃があんな暗い女でいいのか」と疑問を持つはずだ。

「完璧ね。今日こそ、婚約破棄への第一歩を踏み出してみせるわ」

 私は鏡の中の自分に向かって、不敵な笑みを浮かべた。
 ……その笑顔さえも、横でマリーに「不敵な笑み、記録しました」と言われて真顔に戻ったけれど。

          ◇

 夜の王宮は、数千の魔石ランプに照らされ、昼間のような明るさに包まれていた。
 大広間には煌びやかなドレスを纏った貴族たちがひしめき合い、優雅な音楽が流れている。

「リュシア。今日の君は、夜空の星よりも美しい」

 エスコートしてくれるレオンハルト殿下は、今日も無駄に格好良かった。
 漆黒の礼服に、王家の証である金の刺繍。整いすぎた顔立ちは、すれ違う令嬢たちのため息を誘っている。
 私のドレスは、あえて地味な濃紺を選んだのだが、彼はそれすらも「君の瞳の色を引き立てる素晴らしい選択だ」と褒めちぎってきた。褒めるハードルが低すぎる。

「殿下、ありがとうございます。……ですが」

 私はすかさず作戦を開始した。
 扇を開き、わざとらしく周囲を見渡す。

「本日は他国の要人も多くいらしています。私のような者にかまけていては、王太子としての責務が果たせませんわ。ほら、あちらに隣国の公女様がいらっしゃいます。ご挨拶に行かれてはいかがですか?」

 どうだ。
 「私より仕事優先」という建前で、彼を他の女のところへ行かせようとする、冷たい婚約者ムーブだ。
 普通の男なら「婚約者なのに、俺と一緒にいたくないのか?」と不機嫌になるはず。

 レオンハルトは立ち止まり、私をじっと見つめた。
 アイスブルーの瞳が、静かに細められる。

「……君は、本当に」

 ん? 怒った?

「自分の感情を殺してまで、私の政治的立場を優先するのだな」

 はい?

 レオンハルトは感極まったように、私の手を強く握った。

「普通の令嬢なら、婚約者である私を独占したいと思うだろう。だが君は違う。私の将来、この国の外交、派閥のバランス……それらを全て考慮し、あえて身を引いて、私に『公務』を優先させようとしている」

「い、いや、ただ単に……」

「わかっている。君がどれほど嫉妬深いか、私は知っているつもりだ(※誤解です)。それでもなお、国母となるべき覚悟を持って、私を送り出そうとしているのだね」

 ドクン。
 胸元のシャツの奥から、例の光が漏れた。

 【星冠値:45 → 50】

 上がったー!
 しかも50の大台に乗った!
 なんで「他の女と踊れ」って言っただけで、「嫉妬を隠して国に尽くす健気な女」になるのよ!

「……行こう、リュシア」

「へ? どこへ?」

「君のその献身に応える方法は一つしかない」

 レオンハルトは私の腰を強引に引き寄せた。

「私が誰と踊ろうとも、私の心は君にしかないと、衆人環視の中で証明する」

 待って。話が逆方向に進んでる。
 私は彼を引き剥がそうとしたが、王太子の腕力には勝てない。そのままホールの中央へと連れ出されてしまった。

 音楽が変わる。
 ゆったりとしたワルツ。
 スポットライトのような魔法の光が、私たち二人を照らし出す。

「さあ、踊ろう」

 レオンハルトの手が私の背中に添えられる。
 周囲の貴族たちが一斉に注目する中、私は覚悟を決めた。

(こうなったら、実力行使よ!)

 私はダンスが下手なふりをすることにした。
 足を踏む。リズムを外す。彼のリードを無視する。
 そうすれば、「なんて無様なダンスだ」「王太子妃として恥ずかしい」と噂になるはずだ。

 タン、タン、タン……。
 私はタイミングを見計らい、わざと大きくステップを踏み外し、彼の足先を狙って踏みつけた。
 
 グニッ。

 やった、踏んだ!
 さあ、痛がれ。そして私を睨め!

 しかし、レオンハルトの表情は微動だにしなかった。
 それどころか、彼は踏まれた足を軸にして、流れるようなターンを決めたのだ。私の失敗(攻撃)を、あたかも高度なステップの一部であるかのように昇華させて。

「……っ!?」

 私は目を白黒させた。
 何今の? 神業?

「緊張しているのか? リュシア」

 彼は耳元で甘く囁いた。

「足元がおぼつかないほど、私とのダンスに心を乱しているなんて……可愛いな」

「はあああ!?」

 わざとです! 攻撃です!
 しかし、私の心の叫びは届かない。
 むしろ、私がリズムを崩そうとするたびに、彼はそれを完璧にフォローし、より華麗でダイナミックな動きに変えてしまう。
 その様子は、周囲からはどう見えているのか。

「見ろよ、あの複雑なステップ……」
「わざと崩して、即興で合わせているのか?」
「なんて息の合った二人なんだ。言葉を交わさずとも通じ合っている証拠だわ」
「まさに、比翼の鳥ね」

 大絶賛である。
 私の「嫌がらせステップ」は、「王太子との愛の即興劇」として芸術の域に達してしまった。

 曲が終わる頃には、ホール中が割れんばかりの拍手に包まれていた。
 私は息を切らせて(精神的な疲労で)立ち尽くすしかなかった。

「素晴らしかったよ、リュシア」

 レオンハルトは満足げに微笑み、私の手の甲に口づけを落とした。

「君とのダンスは、言葉以上の会話だった。君が私に甘えたり、反発したり、それを私が受け止めたり……まるで、これからの夫婦生活の縮図のようだったな」

 【星冠値:50 → 55】

 もうやだこの人。
 ポジティブが暴走機関車すぎる。
 私はガックリと項垂れた。今日もまた、婚約破棄が遠のいた。

 その時だった。
 人垣の向こうから、冷ややかな視線を感じた。
 見ると、壁際にセレナが立っていた。
 彼女は華やかなピンクのドレスを着ているが、誰からもダンスに誘われず、ポツンと一人でグラスを握りしめている。

 ……あ。
 もしかして、私がレオンハルトを独占してしまったせいで、彼女の見せ場を奪ってしまった?

 セレナと目が合う。
 彼女はニヤリと笑った。その笑顔は、昨日のような泣き真似ではなく、もっとドス黒い、悪意に満ちたものだった。

(何か仕掛けてくる?)

 身構えた瞬間、会場の入り口がざわめいた。
 神殿の神官服を着た一団が入ってきたのだ。
 先頭を歩くのは、厳格そうな初老の男。神殿の高位司祭だ。

「……なんだ、神殿の者が夜会に?」
 レオンハルトが怪訝そうに眉を寄せる。

 司祭はまっすぐに私たちの元へ歩いてくると、恭しく礼をした。
 しかし、その目は笑っていない。

「レオンハルト殿下、ならびにリュシア様。今宵は神託により、参上いたしました」

「神託だと?」

「はい。『次なる星の導きのため、清き乙女の再選定を行え』との神託が下りました」

 会場が静まり返る。
 再選定。
 それはつまり、現在の婚約者である私を見直し、新たな候補を選ぶべきだという神の言葉だ。

 私は内心でガッツポーズをした。
 これだ! セレナが裏で手を回したに違いない。
 神殿を動かして、公的に婚約破棄の流れを作るつもりだ。ナイス、セレナ! よくやった!

 しかし、レオンハルトの反応は冷ややかだった。

「神託か。……だが、我が国には《星冠の誓約》がある。誓約の数値こそが、星の意志そのものではないか?」

「左様でございます。ですが、誓約はあくまで個人の契約。国の安寧を司る『聖女』の資質とは異なります」

 司祭はチラリとセレナの方を見た。
 なるほど、セレナを聖女として擁立し、私を追い落とす作戦か。

 レオンハルトは不愉快そうに鼻を鳴らした。
「くだらん。リュシア以上の女性など――」

「殿下」

 私は彼の言葉を遮った。
 ここが勝負どころだ。この流れに乗らなければ、一生このポジティブ王太子の檻から出られない。

「神託を無視しては、民の不安を招きます。……受けましょう、その再選定とやらを」

 私は凛とした声で言った。
 レオンハルトが驚いて私を見る。

「リュシア、正気か? そんな茶番に付き合う必要はない」

「いいえ、必要です。私が本当に殿下の隣にふさわしいか、神の御前で証明する必要があります(そして不合格になって破棄されたいです)」

 私の言葉に、司祭も、そして遠くのセレナも驚きの表情を見せた。まさか受けるとは思わなかったのだろう。
 レオンハルトはしばし沈黙し、やがて深く溜め息をついた。

「……君は、どこまで潔癖なんだ。自分の地位が脅かされることよりも、神への誠実さと、民の納得を優先するというのか」

 ええ、そうです。(棒読み)

「わかった。君の覚悟、私が預かろう」

 彼は私の肩を抱き、司祭に向かって宣言した。

「リュシアの申し出により、神託を受け入れる。だが、ただの選定ではない。来月執り行われる『白花の儀』……そこで決着をつけることにしよう」

 『白花の儀』。
 それは、王太子と婚約者が民の前で誓いを立て、永遠の愛を約束する神聖な儀式。
 そこで「再選定」を行うということは、もし私が選ばれなければ、その場で婚約破棄。逆に選ばれれば、事実上の結婚確定となる。

 これ以上ない、デッド・オア・アライブの賭けだ。

「望むところです」

 私は不敵に微笑んだ。
 来月までに、星冠値を下げまくって、セレナに花を持たせれば、私の勝ちだ。
 
 レオンハルトは私の耳元で囁いた。
「安心してくれ。あの日までに、誰も文句が言えないよう、君の外堀は全て埋めておくから」

 ……え?
 今、なんて?

 彼の瞳の奥に、暗く重い光が宿っているのを見て、私は背筋が凍る思いがした。
 外堀を埋めるって、何をする気?

 夜会の喧騒の中、私の運命を決めるカウントダウンが静かに始まった。
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