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第十七話「ざまぁの準備:証拠が揃う音」
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ヴァルモン家が「王家直轄聖域」に指定され、私の実家は物理的に難攻不落の要塞と化した。
そして私自身も、王宮内のレオンハルト殿下の部屋で、二十四時間体制の超密着警護(同棲)を受けている。
「……平和ね」
私は山積みになった書類の塔を見上げながら、死んだ目で呟いた。
平和なのは物理的な安全だけで、私の精神と労働環境はブラック企業の繁忙期そのものだったからだ。
現在、私は王太子の執務室で、神殿監査官のエルダと共に「セレナ・ネットワーク」の解体作業に従事している。
先日逮捕された元聖女セレナ。彼女一人の犯行にしては、あまりにも手口が大規模すぎた。
資金源、禁術アイテムの入手ルート、そして神殿内での不自然な擁護。
これらを洗い出し、背後にいる黒幕(カイル王子だと分かっているが証拠がない)を追い詰めるのが、今の私の仕事だ。
「リュシア様。こちらの帳簿をご覧ください」
エルダが眉間に皺を寄せながら、一冊の分厚い台帳を差し出した。
彼女はあれからすっかり私の「右腕」として定着しており、神殿の内部資料を容赦なく持ち出してくる。
「神殿の『修繕費』名目で計上された予算ですが……使途不明金が膨大です。特にこの『地下礼拝堂改修工事』。工期が半年も続いているのに、資材の発注記録がありません」
「なるほど。典型的な裏金作りですね」
私は手慣れた手つきで電卓(魔導式計算機)を叩いた。
「資材がないのに工事費が消えている。……つまり、この金はどこかへ『寄付』という形で還流しているか、あるいは違法な物品の購入に充てられている。エルダさん、この工事を担当した業者の登記簿は?」
「こちらに。……代表者の名前がありません。ペーパーカンパニーのようです」
「住所は?」
「王都のスラム街にある廃倉庫になっています」
私は溜め息をついた。
雑だ。あまりにも隠蔽工作が雑すぎる。
おそらく、今まで誰も神殿の聖域性に恐れをなして、監査などしなかったのだろう。だから彼らは舐めきっているのだ。「どうせバレない」と。
「……徹底的にやりますわよ」
私はペンを執り、赤インクで帳簿にバツ印を書き込んでいった。
「金の流れを追えば、必ず『首輪』を持った飼い主に辿り着く。この架空業者への送金記録と、同日にカイル殿下の派閥議員の口座に入金された『政治献金』の日付を照合して」
「! ……一致しました。誤差なしです」
「ビンゴですね。これで神殿と第二王子派の癒着構造が、数字で証明されました」
パチン。
私は指を鳴らした。
楽しい。
悪役令嬢としての断罪は失敗したが、監査役としての「不正暴き」は、前世の経理魂が燃えて快感すら覚える。
次々と明るみに出る汚職、横領、背任行為。
それらを一つの「相関図」にまとめ上げ、追い詰めるための包囲網を構築していく作業は、パズルを解くような知的興奮があった。
「……リュシア」
ふと顔を上げると、向かいの席で仕事をしていたレオンハルト殿下が、熱っぽい視線で私を見つめていた。
手には決裁用の羽ペンを持ったままだ。
「ど、どうされましたか? また何か条項が増えましたか?」
「いや。……君の働く姿があまりに美しくて、見惚れていただけだ」
彼は席を立ち、私の背後に回って肩を抱いた。
エルダがいるのに。彼女は空気のように書類に没頭しているふりをしているが、耳が赤くなっている。
「冷徹な数字の羅列から、巨悪の正体をあぶり出す。君のその指先一つで、腐敗した権力者たちが震え上がる音が聞こえるようだ」
「……ただの事務処理です」
「いいや、これは『裁き』だ。剣を使わない、最も残酷で、かつ公平な処刑だ」
レオンハルトは私の手元の相関図を覗き込み、低く唸った。
「カイルの名前まで浮かび上がってきたか。……私の弟が、神殿の腐敗に関与していたとはな。悲しいことだが、君のおかげで膿を出し切れる」
彼は私の髪に口づけを落とした。
「君は優しいな、リュシア。彼らをいきなり断頭台に送るのではなく、まずは『言い逃れできない証拠』を突きつけ、自白の機会を与えようとしている。……罪を憎んで人を憎まず。その慈悲深さに、私はまた惹かれてしまう」
ドクン。
【星冠値:92 → 94】
誓約の光が、執務室を青白く照らす。
94。
もうすぐカンストだ。
私が「事務的に敵を社会的に抹殺する準備」を進めるたびに、なぜか「慈悲深い聖女」としての評価が上がっていくこの矛盾。
もう慣れたけど、たまに叫びたくなる。
◇
数日後。
証拠は揃った。
積み上がった書類の山は、もはや「疑惑」ではなく「確定事項」を示す凶器となっていた。
「……これより、強制捜査令状を請求します」
私は完成した報告書をエルダに渡した。
これがあれば、神殿の最深部にある「開かずの金庫」や、カイル王子の別邸にある隠し部屋への捜索が可能になる。
「承知いたしました。……リュシア様、本当にありがとうございます」
エルダは書類を抱きしめ、深く頭を下げた。
「長年、我々監査局だけでは手が出せなかった聖域の闇。それが今、貴女様のお力で白日の下に晒されようとしています。……これで、真面目に祈りを捧げている神官たちも報われます」
「礼には及びません。私はただ、自分の婚約生活の障害を取り除きたいだけですから」
そう、これが片付けば、カイル王子も失脚し、私の周りの脅威も減るはずだ。
そうすれば、レオンハルトの過剰な警護も少しは緩むかもしれない。
「では、私は一度神殿に戻り、局長に決裁を仰いできます。明日の朝一番で、一斉捜索に入りましょう」
エルダは凛とした表情で執務室を出て行った。
その背中は頼もしく、希望に満ちているように見えた。
――それが、間違いだった。
私たちは甘かったのだ。
追い詰められた獣が、どれほど凶暴になるかを。
そして、「証拠」という正攻法が通じない相手がいることを。
◇
その日の深夜。
私はレオンハルトの隣(同室)のベッドで、嫌な夢を見て目を覚ました。
黒い泥に飲み込まれる夢だ。
寝汗をかいて起き上がると、隣のベッドでレオンハルトも起きていた。
「……どうした、リュシア。うなされていたぞ」
「……嫌な予感がします」
私の第六感。いや、魔女の血筋による予知めいたものか。
胸騒ぎがしてならない。
エルダは無事だろうか?
彼女が持ち帰った証拠書類は、爆弾そのものだ。もし敵に知られたら……。
その時。
枕元の通信用魔導具が、けたたましい警報音を鳴らした。
ジリリリリリ!!
「緊急通信!? 誰からだ!」
レオンハルトが素早く魔導具を掴む。
ノイズ混じりの音声が、部屋に響いた。
『――こちら、神殿監査局……第三班! き、緊急事態発生!』
悲鳴のような報告。
『エルダ監査官が……襲撃されました! 神殿への帰路、正体不明の集団に囲まれ……証拠書類が奪われ……っ!』
「何だと!?」
私が叫んだ。
『監査官は……意識不明の重体! 現在、現場で応急処置中ですが……出血がひどく……!』
頭が真っ白になった。
エルダさんが?
あの冷静沈着な彼女が?
私のせいで?
「……場所はどこだ!」
レオンハルトが冷静さを保ちつつ、怒気を孕んだ声で問う。
『王都南区、旧市街の路地裏です! 至急、応援を……!』
通信が切れた。
私はベッドから飛び降りた。
パジャマのまま、上着を羽織る。
「行きます!」
「待て、リュシア! 危険だ! これは罠かもしれない!」
「罠でも構いません! 彼女は私の協力者です! 私が巻き込んだんです! 見捨てるなんてできません!」
私の剣幕に、レオンハルトは一瞬たじろぎ、そして頷いた。
「……わかった。私も行く。誓約条項『互いを遠ざけない』だ。君が行くなら、地獄の底まで付き合おう」
彼は瞬時に近衛騎士団に招集をかけ、私を抱きかかえて窓から飛び出した。
王宮の夜空を、私たちは疾走する。
(死なせない。絶対に死なせない!)
私の心の中で、何かが弾けた。
今まで「事務的に」「穏便に」「法的に」と抑えてきた感情が、怒りの炎となって燃え上がる。
証拠を奪われたことへの怒りではない。
私の大切な「仕事仲間」を傷つけられたことへの、理不尽な暴力への激しい憤り。
――もしエルダが死んだら、私は許さない。
法も、証拠も、手順も関係ない。
魔女の血だろうが何だろうが使って、犯人を地獄に叩き落としてやる。
風を切る音の中で、レオンハルトが私の顔を覗き込み、ハッとしたように息を呑んだ。
私の瞳が、普段のアメジスト色ではなく、禍々しいほどの深紫色に発光していることに気づいたのだろうか。
しかし、彼は何も言わず、ただ私を強く抱きしめてスピードを上げた。
ざまぁの準備は整っていたはずだった。
だが、相手は盤面をひっくり返してきた。
なら、こちらもルールを変えるまでだ。
「……待っていて、エルダ」
王都の夜景が、歪んで見えた。
そして私自身も、王宮内のレオンハルト殿下の部屋で、二十四時間体制の超密着警護(同棲)を受けている。
「……平和ね」
私は山積みになった書類の塔を見上げながら、死んだ目で呟いた。
平和なのは物理的な安全だけで、私の精神と労働環境はブラック企業の繁忙期そのものだったからだ。
現在、私は王太子の執務室で、神殿監査官のエルダと共に「セレナ・ネットワーク」の解体作業に従事している。
先日逮捕された元聖女セレナ。彼女一人の犯行にしては、あまりにも手口が大規模すぎた。
資金源、禁術アイテムの入手ルート、そして神殿内での不自然な擁護。
これらを洗い出し、背後にいる黒幕(カイル王子だと分かっているが証拠がない)を追い詰めるのが、今の私の仕事だ。
「リュシア様。こちらの帳簿をご覧ください」
エルダが眉間に皺を寄せながら、一冊の分厚い台帳を差し出した。
彼女はあれからすっかり私の「右腕」として定着しており、神殿の内部資料を容赦なく持ち出してくる。
「神殿の『修繕費』名目で計上された予算ですが……使途不明金が膨大です。特にこの『地下礼拝堂改修工事』。工期が半年も続いているのに、資材の発注記録がありません」
「なるほど。典型的な裏金作りですね」
私は手慣れた手つきで電卓(魔導式計算機)を叩いた。
「資材がないのに工事費が消えている。……つまり、この金はどこかへ『寄付』という形で還流しているか、あるいは違法な物品の購入に充てられている。エルダさん、この工事を担当した業者の登記簿は?」
「こちらに。……代表者の名前がありません。ペーパーカンパニーのようです」
「住所は?」
「王都のスラム街にある廃倉庫になっています」
私は溜め息をついた。
雑だ。あまりにも隠蔽工作が雑すぎる。
おそらく、今まで誰も神殿の聖域性に恐れをなして、監査などしなかったのだろう。だから彼らは舐めきっているのだ。「どうせバレない」と。
「……徹底的にやりますわよ」
私はペンを執り、赤インクで帳簿にバツ印を書き込んでいった。
「金の流れを追えば、必ず『首輪』を持った飼い主に辿り着く。この架空業者への送金記録と、同日にカイル殿下の派閥議員の口座に入金された『政治献金』の日付を照合して」
「! ……一致しました。誤差なしです」
「ビンゴですね。これで神殿と第二王子派の癒着構造が、数字で証明されました」
パチン。
私は指を鳴らした。
楽しい。
悪役令嬢としての断罪は失敗したが、監査役としての「不正暴き」は、前世の経理魂が燃えて快感すら覚える。
次々と明るみに出る汚職、横領、背任行為。
それらを一つの「相関図」にまとめ上げ、追い詰めるための包囲網を構築していく作業は、パズルを解くような知的興奮があった。
「……リュシア」
ふと顔を上げると、向かいの席で仕事をしていたレオンハルト殿下が、熱っぽい視線で私を見つめていた。
手には決裁用の羽ペンを持ったままだ。
「ど、どうされましたか? また何か条項が増えましたか?」
「いや。……君の働く姿があまりに美しくて、見惚れていただけだ」
彼は席を立ち、私の背後に回って肩を抱いた。
エルダがいるのに。彼女は空気のように書類に没頭しているふりをしているが、耳が赤くなっている。
「冷徹な数字の羅列から、巨悪の正体をあぶり出す。君のその指先一つで、腐敗した権力者たちが震え上がる音が聞こえるようだ」
「……ただの事務処理です」
「いいや、これは『裁き』だ。剣を使わない、最も残酷で、かつ公平な処刑だ」
レオンハルトは私の手元の相関図を覗き込み、低く唸った。
「カイルの名前まで浮かび上がってきたか。……私の弟が、神殿の腐敗に関与していたとはな。悲しいことだが、君のおかげで膿を出し切れる」
彼は私の髪に口づけを落とした。
「君は優しいな、リュシア。彼らをいきなり断頭台に送るのではなく、まずは『言い逃れできない証拠』を突きつけ、自白の機会を与えようとしている。……罪を憎んで人を憎まず。その慈悲深さに、私はまた惹かれてしまう」
ドクン。
【星冠値:92 → 94】
誓約の光が、執務室を青白く照らす。
94。
もうすぐカンストだ。
私が「事務的に敵を社会的に抹殺する準備」を進めるたびに、なぜか「慈悲深い聖女」としての評価が上がっていくこの矛盾。
もう慣れたけど、たまに叫びたくなる。
◇
数日後。
証拠は揃った。
積み上がった書類の山は、もはや「疑惑」ではなく「確定事項」を示す凶器となっていた。
「……これより、強制捜査令状を請求します」
私は完成した報告書をエルダに渡した。
これがあれば、神殿の最深部にある「開かずの金庫」や、カイル王子の別邸にある隠し部屋への捜索が可能になる。
「承知いたしました。……リュシア様、本当にありがとうございます」
エルダは書類を抱きしめ、深く頭を下げた。
「長年、我々監査局だけでは手が出せなかった聖域の闇。それが今、貴女様のお力で白日の下に晒されようとしています。……これで、真面目に祈りを捧げている神官たちも報われます」
「礼には及びません。私はただ、自分の婚約生活の障害を取り除きたいだけですから」
そう、これが片付けば、カイル王子も失脚し、私の周りの脅威も減るはずだ。
そうすれば、レオンハルトの過剰な警護も少しは緩むかもしれない。
「では、私は一度神殿に戻り、局長に決裁を仰いできます。明日の朝一番で、一斉捜索に入りましょう」
エルダは凛とした表情で執務室を出て行った。
その背中は頼もしく、希望に満ちているように見えた。
――それが、間違いだった。
私たちは甘かったのだ。
追い詰められた獣が、どれほど凶暴になるかを。
そして、「証拠」という正攻法が通じない相手がいることを。
◇
その日の深夜。
私はレオンハルトの隣(同室)のベッドで、嫌な夢を見て目を覚ました。
黒い泥に飲み込まれる夢だ。
寝汗をかいて起き上がると、隣のベッドでレオンハルトも起きていた。
「……どうした、リュシア。うなされていたぞ」
「……嫌な予感がします」
私の第六感。いや、魔女の血筋による予知めいたものか。
胸騒ぎがしてならない。
エルダは無事だろうか?
彼女が持ち帰った証拠書類は、爆弾そのものだ。もし敵に知られたら……。
その時。
枕元の通信用魔導具が、けたたましい警報音を鳴らした。
ジリリリリリ!!
「緊急通信!? 誰からだ!」
レオンハルトが素早く魔導具を掴む。
ノイズ混じりの音声が、部屋に響いた。
『――こちら、神殿監査局……第三班! き、緊急事態発生!』
悲鳴のような報告。
『エルダ監査官が……襲撃されました! 神殿への帰路、正体不明の集団に囲まれ……証拠書類が奪われ……っ!』
「何だと!?」
私が叫んだ。
『監査官は……意識不明の重体! 現在、現場で応急処置中ですが……出血がひどく……!』
頭が真っ白になった。
エルダさんが?
あの冷静沈着な彼女が?
私のせいで?
「……場所はどこだ!」
レオンハルトが冷静さを保ちつつ、怒気を孕んだ声で問う。
『王都南区、旧市街の路地裏です! 至急、応援を……!』
通信が切れた。
私はベッドから飛び降りた。
パジャマのまま、上着を羽織る。
「行きます!」
「待て、リュシア! 危険だ! これは罠かもしれない!」
「罠でも構いません! 彼女は私の協力者です! 私が巻き込んだんです! 見捨てるなんてできません!」
私の剣幕に、レオンハルトは一瞬たじろぎ、そして頷いた。
「……わかった。私も行く。誓約条項『互いを遠ざけない』だ。君が行くなら、地獄の底まで付き合おう」
彼は瞬時に近衛騎士団に招集をかけ、私を抱きかかえて窓から飛び出した。
王宮の夜空を、私たちは疾走する。
(死なせない。絶対に死なせない!)
私の心の中で、何かが弾けた。
今まで「事務的に」「穏便に」「法的に」と抑えてきた感情が、怒りの炎となって燃え上がる。
証拠を奪われたことへの怒りではない。
私の大切な「仕事仲間」を傷つけられたことへの、理不尽な暴力への激しい憤り。
――もしエルダが死んだら、私は許さない。
法も、証拠も、手順も関係ない。
魔女の血だろうが何だろうが使って、犯人を地獄に叩き落としてやる。
風を切る音の中で、レオンハルトが私の顔を覗き込み、ハッとしたように息を呑んだ。
私の瞳が、普段のアメジスト色ではなく、禍々しいほどの深紫色に発光していることに気づいたのだろうか。
しかし、彼は何も言わず、ただ私を強く抱きしめてスピードを上げた。
ざまぁの準備は整っていたはずだった。
だが、相手は盤面をひっくり返してきた。
なら、こちらもルールを変えるまでだ。
「……待っていて、エルダ」
王都の夜景が、歪んで見えた。
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