「婚約破棄して下さい」と言い続けたら、王太子の好感度がカンストしました~悪役令嬢を引退したいのに~

放浪人

文字の大きさ
21 / 31

第二十一話「王都暴動:悪役を演じるしかない夜」

しおりを挟む
 『白花の儀』前夜。
 王宮は、嵐の前の静けさに包まれていた。
 いや、静けさというのは嘘だ。私の周囲だけは、殺人的な忙しさに包まれていた。

「リュシア様、ドレスの最終調整です! ウエストをあと一センチ絞ります!」
「リュシア様、誓いの言葉の暗唱をお願いします! 噛んだら国の恥です!」
「リュシア様、招待客リストの最終確認を! 隣国の王子が急遽参列されます!」

 私はマネキンのように立たされ、侍女たちに揉みくちゃにされていた。
 明日の儀式。それは私にとって、独身貴族(隠居希望)としての最後の日であり、王太子妃という名の終身刑が確定する日だ。

「……逃げたい」
 私が小さく呟くと、鏡越しにレオンハルト殿下が微笑んだ。
 彼は私のドレス選びに付き合うという名目で、今日も今日とてソファに陣取り、紅茶を飲みながら私を鑑賞している。

「逃がさないよ。……君がどんなに美しく着飾っても、その心にある『自由への渇望』が消えないことは知っている。だが、それも含めて私は君を愛している」

 もう、このポジティブさは病気の域だ。
 私が諦めかけたその時。

 ドォォォォォォン!!

 腹に響くような爆発音が、王宮の窓ガラスを震わせた。
 
「なっ!?」
 侍女たちが悲鳴を上げる。
 レオンハルトが瞬時に立ち上がり、私を庇うように抱き寄せた。

「何事だ!」

 窓の外、王都の街並みを見下ろすと――そこには、信じられない光景が広がっていた。
 東、西、南、北。
 四方同時に火の手が上がり、黒煙が夜空を焦がしている。
 さらに、街路には松明を持った群衆が溢れかえり、暴徒と化して王宮へと押し寄せているではないか。

「暴動……? いや、これは……」

 私の目は、群衆の中に異質な影を捉えた。
 人間ではない。獣のような咆哮を上げ、建物を破壊し、人を襲う異形の怪物たち。
 カイル王子が手配した「仕掛け」だ。

 部屋に近衛騎士団長が飛び込んでくる。
 彼は血相を変えて叫んだ。

「殿下! 緊急事態です! 王都全域で大規模な火災発生! さらに、正体不明の魔獣が市民を襲っています! 衛兵だけでは対処しきれません!」

「なんだと!? 魔獣だと!?」

 レオンハルトの顔色が蒼白になる。
 明日の儀式を狙ったテロだ。それも、国そのものを道連れにするような。

「くそっ、カイルか……! ここまでやるとは!」
 レオンハルトが剣を掴む。

「騎士団長! 全軍出撃だ! 私が先頭に立つ! 民を守るんだ!」

「お待ちください、殿下!」
 団長が悲痛な声で止める。
「敵の狙いは、殿下を王宮から引きずり出し、手薄になったところを叩くことかもしれません! 殿下が出撃されれば、王宮の守りが……!」

「だが、民を見殺しにはできん!」

 レオンハルトが葛藤に歯噛みする。
 王宮に残れば民が死ぬ。出撃すれば王宮(国家中枢)が落ちる。
 究極の二択。
 カイル王子は、性格が悪いだけでなく、戦術眼も優れているようだ。

 私は、ドレスの裾を強く握りしめた。
 このままでは、国が終わる。私の隠居場所どころか、住む場所すらなくなる。
 それに――。

(私の大切な人たちが、傷つくのはもう御免よ)

 私はレオンハルトの前に進み出た。

「殿下。王宮に残ってください」

「リュシア!? 何を言うんだ! 民が襲われているんだぞ!」

「王太子である殿下が倒れれば、それこそ国は終わりです。敵の思う壺ですわ」

 私は冷徹な声で言い放った。
 そして、部屋に飾られていた「王家の軍配(指揮杖)」を手に取った。

「私が指揮を執ります」

「なっ……!?」
 レオンハルトも騎士団長も絶句する。

「私には『魔女の血』が流れているのでしょう? なら、魔獣の相手くらい務まります。それに、暴徒化した市民を鎮めるには、優しさよりも『恐怖』が必要です」

 私はニヤリと笑った。悪役令嬢としての最高に意地悪な笑みを浮かべて。

「愚かな民たちに、王家に逆らうことがどれほど恐ろしいか、教えて差し上げますわ」

          ◇

 王宮のバルコニー。
 私は拡声魔導具のマイクを握りしめ、眼下のカオスを見下ろした。
 火の手は広がり、パニックになった市民たちが逃げ惑い、逆に避難経路を塞いでいる。
 優しい言葉など届く状況ではない。

 私は息を吸い込み、腹の底から声を張り上げた。

「――お黙りなさいッ!!」

 ビリビリビリッ!

 魔女の魔力を乗せた一喝は、物理的な衝撃波となって王都中に響き渡った。
 暴れていた魔獣すら一瞬動きを止め、逃げ惑う市民たちが呆然と王宮を見上げる。

「何をごちゃごちゃと騒いでいるのですか! 見苦しい!」

 私は畳み掛ける。

「命が惜しくない者は、そのままそこで泣き喚いていなさい! 魔獣の餌になりたいならご自由にどうぞ! ですが、生きたいなら私の命令に従いなさい!」

 罵倒だ。
 民衆を「見苦しい」と罵り、「餌になれ」と突き放す。
 これぞ悪逆非道な公爵令嬢。
 さあ、私を憎め。反発しろ!

 しかし、極限状態の人間は、強い言葉にすがるものだ。
 パニックで思考停止していた市民たちは、「命令」という明確な指針を与えられ、逆に冷静さを取り戻した。

「東区の市民! 中央大通りは使い物になりません! 地下水路への入り口を使いなさい! 汚い? 死ぬよりマシでしょう!」

「西区の商人たち! 自分の商品を抱えて逃げるのはおやめなさい! 邪魔です! その荷物を捨てて走るか、荷物と一緒に燃えるか選びなさい!」

「近衛騎士団第一部隊! 魔獣の殲滅なんて後回しで結構! まずは避難誘導を最優先にしなさい! 民を一人でも死なせたら、私が後で処刑します!」

 暴言のオンパレード。
 しかし、その指示は的確で合理的だった。
 地下水路への誘導、荷物の放棄、戦闘より避難の優先。
 私の罵声に合わせて、人の波がスムーズに動き始める。

「……すごい」
 背後で騎士団長が呟くのが聞こえた。
「混乱していた数十万の市民が……一人の少女の『罵倒』によって統率されている……」

 さらに、私は魔女の血をフル活用した。
 王都の結界システムに干渉し、炎が燃え盛る区画を強制的に遮断する。

「延焼を防ぐために、北区画の防壁を落とします! 文句があるなら後で請求書を送りなさい! 私が全額払って差し上げますわ!」

 ズズズズンッ!
 巨大な石壁がせり上がり、火災を物理的に封じ込める。
 荒療治だが、これ以外に王都全焼を防ぐ手はない。

 一時間後。
 王都の混乱は、奇跡的に収束へと向かっていた。
 魔獣たちは騎士団によって各個撃破され、市民たちは安全なシェルターや地下へ避難を完了した。

 私はバルコニーの手すりに寄りかかり、荒い息を吐いた。
 喉が痛い。足が震える。
 悪役を演じるのも楽じゃない。

「……リュシア」

 背後から、温かい手が私の肩を包んだ。
 レオンハルト殿下だ。
 彼の瞳は、夜空の星よりも強く輝き、そして潤んでいた。

「君は……また、自分を犠牲にしたのか」

「え?」

「民を救うために、あえて暴言を吐き、恐怖で統率する『悪役』を演じた。……彼らに憎まれることで、彼らの命を救ったのだな」

 まあ、結果的にはそうですけど。

「普通の王族なら、『皆さん落ち着いて』と綺麗事を言うだろう。だが、それではパニックは収まらない。君は泥を被る覚悟で、最も効果的で、かつ最も辛い道を選んだ……!」

 レオンハルトは私を抱きしめた。
 火事場の煤と汗の匂いがする私の体を、厭うことなく。

「君こそが、真の王妃だ。……民に愛されるだけの偶像ではない。民を導き、守り抜く、鉄の意志を持った女王だ!」

 ドクン。

 【星冠値:98 → 99】

 99。
 カンスト寸前。
 私の悪態は、すべて「王者の資質」として加算されてしまった。
 広場の下からは、避難した市民たちの声が聞こえてくる。

「おい、聞いたか? あの方の指示……口は悪かったが、俺たちを必死に守ろうとしてくれていたぞ」
「請求書を送れって言ってたな。太っ腹すぎる」
「あんなに頼もしい号令、初めて聞いた!」
「リュシア様万歳! 我らの姉御!」

 姉御!?
 いつの間にか、王都の民衆(特に下町方面)からの支持率がヤンキー漫画のような方向で爆上がりしていた。

 その時。
 鎮火しつつある王都の空に、まばゆい光弾が打ち上がった。
 それは王家の紋章を描き出し、そして砕け散った。
 反逆の狼煙だ。

 王宮の正門前に、数台の豪奢な馬車と、武装した私兵団が現れる。
 その先頭に立つのは、優雅に微笑む第二王子、カイル・アステリア。

「やあ、兄上。そしてリュシア嬢。……見事なお手並みでしたね」

 拡声魔法で、彼の声が響く。

「ですが、この騒動の責任は取っていただかねばなりません」

「何だと?」
 レオンハルトがバルコニーから睨み下ろす。

「王都を火の海にし、魔獣を招き入れたのは……神殿が認定した『魔女の末裔』、リュシア・ヴァルモン嬢であると、多くの証言が集まっています」

 カイルは芝居がかった仕草で、偽造された証拠書類(またか!)を掲げた。

「魔女を婚約者にした兄上の責任能力も問われます。よって、王族会議と貴族院の総意として提言します」

 彼はニヤリと笑い、決定的な言葉を告げた。

「兄上の王位継承権の凍結と、リュシア嬢との『婚約無効』を!」

 来た。
 物理攻撃がダメなら、政治攻撃。
 暴動はただの舞台装置。本命は、この混乱に乗じた合法的なクーデターだ。
 
 私はレオンハルトを見た。
 彼は怒りに震えているかと思いきや――静かだった。
 不気味なほどに、静かだった。

「……婚約無効、か」

 レオンハルトは低く呟き、私の腰を抱き寄せた。

「面白い。……そこまでして、私とリュシアを引き裂きたいと言うなら、受けて立とう」

 彼の胸元の刻印が、99の数値を刻んだまま、赤く、熱く脈動を始めた。

「明日の『白花の儀』。そこですべてを決着させる。……カイル、お前が用意した絶望など、私たちの愛の前では塵に等しいことを教えてやる」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

白い結婚なので無効にします。持参金は全額回収いたします

鷹 綾
恋愛
「白い結婚」であることを理由に、夫から離縁を突きつけられた公爵夫人エリシア。 だが彼女は泣かなかった。 なぜなら――その結婚は、最初から“成立していなかった”から。 教会法に基づき婚姻無効を申請。持参金を全額回収し、彼女が選んだ新たな居場所は修道院だった。 それは逃避ではない。 男の支配から離れ、国家の外側に立つという戦略的選択。 やがて彼女は修道院長として、教育制度の整備、女性領主の育成、商業と医療の再編に関わり、王と王妃を外から支える存在となる。 王冠を欲さず、しかし王冠に影響を与える――白の領域。 一方、かつての夫は地位を失い、制度の中で静かに贖罪の道を歩む。 これは、愛を巡る物語ではない。 「選ばなかった未来」を守り続けた一人の女性の物語。 白は弱さではない。 白は、均衡を保つ力。 白い結婚から始まる、静かなリーガル・リベンジと国家再編の物語。

出て行けと言ったものの、本当に出て行かれるとは思っていなかった旦那様

睡蓮
恋愛
ジーク伯爵は、溺愛する自身の妹レイアと共謀する形で、婚約者であるユフィーナの事を追放することを決めた。ただその理由は、ユフィーナが婚約破棄を素直に受け入れることはないであろうと油断していたためだった。しかしユフィーナは二人の予想を裏切り、婚約破棄を受け入れるそぶりを見せる。予想外の行動をとられたことで焦りの色を隠せない二人は、ユフィーナを呼び戻すべく様々な手段を講じるのであったが…。

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

『婚約破棄?結構ですわ。白い結婚で優雅に返り咲きます』

鍛高譚
恋愛
伯爵令嬢アリエルは、幼い頃から決まっていた婚約者――王都屈指の名門・レオポルド侯爵家の嫡男マックスに、ある宴で突然“つまらない女”と蔑まれ、婚約を破棄されてしまう。 だが、それで終わる彼女ではない。むしろ“白い結婚”という形式だけの夫婦関係を逆手に取り、自由な生き方を選ぼうと決意するアリエル。ところが、元婚約者のマックスが闇商人との取引に手を染めているらしい噂が浮上し、いつしか王都全体を揺るがす陰謀が渦巻き始める。 さらに、近衛騎士団長補佐を務める冷徹な青年伯爵リヒトとの出会いが、アリエルの運命を大きく動かして――。 「貴族社会の窮屈さなんて、もうたくさん!」 破談から始まるざまぁ展開×白い結婚の爽快ファンタジー・ロマンス、開幕です。

《完結》氷の侯爵令息 あなたが子供はいらないと言ったから

ヴァンドール
恋愛
氷の侯爵令息と言われたアラン。彼は結婚相手の伯爵令嬢にとにかく冷たい態度で接する。 彼女は義姉イライザから夫が子供はいらないと言ったと聞き、衝撃を受けるが気持ちを切り替え生きていく。

もう私、好きなようにさせていただきますね? 〜とりあえず、元婚約者はコテンパン〜

野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
ファンタジー
「婚約破棄ですね、はいどうぞ」 婚約者から、婚約破棄を言い渡されたので、そういう対応を致しました。 もう面倒だし、食い下がる事も辞めたのですが、まぁ家族が許してくれたから全ては大団円ですね。 ……え? いまさら何ですか? 殿下。 そんな虫のいいお話に、まさか私が「はい分かりました」と頷くとは思っていませんよね? もう私の、使い潰されるだけの生活からは解放されたのです。 だって私はもう貴方の婚約者ではありませんから。 これはそうやって、自らが得た自由の為に戦う令嬢の物語。 ※本作はそれぞれ違うタイプのざまぁをお届けする、『野菜の夏休みざまぁ』作品、4作の内の1作です。    他作品は検索画面で『野菜の夏休みざまぁ』と打つとヒット致します。

【完結】男装して会いに行ったら婚約破棄されていたので、近衛として地味に復讐したいと思います。

銀杏鹿
恋愛
次期皇后のアイリスは、婚約者である王に会うついでに驚かせようと、男に変装し近衛として近づく。 しかし、王が自分以外の者と結婚しようとしていると知り、怒りに震えた彼女は、男装を解かないまま、復讐しようと考える。 しかし、男装が完璧過ぎたのか、王の意中の相手やら、王弟殿下やら、その従者に目をつけられてしまい……

白い結婚は終わりました。――崩れない家を築くまで

しおしお
恋愛
「干渉しないでくださいませ。その代わり、私も干渉いたしません」 崩れかけた侯爵家に嫁いだ私は、夫と“白い結婚”を結んだ。 助けない。口を出さない。責任は当主が負う――それが条件。 焦りと慢心から無謀な契約を重ね、家を傾かせていく夫。 私は隣に立ちながら、ただ見ているだけ。 放置された結果、彼は初めて自分の判断と向き合うことになる。 そして―― 一度崩れかけた侯爵家は、「選び直す力」を手に入れた。 無理な拡張はしない。 甘い条件には飛びつかない。 不利な契約は、きっぱり拒絶する。 やがてその姿勢は王宮にも波及し、 高利契約に歪められた制度そのものを立て直すことに――。 ざまあは派手ではない。 けれど確実。 焦らせた者も、慢心した者も、 気づけば“選ばれない側”になっている。 これは、干渉しない約束から始まる静かな逆転劇。 そして、白い結婚を終え、信頼で立つ家へと変わっていく物語。 隣に立つという選択こそが、最大のざまあでした。

処理中です...