「婚約破棄して下さい」と言い続けたら、王太子の好感度がカンストしました~悪役令嬢を引退したいのに~

放浪人

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第二十一話「王都暴動:悪役を演じるしかない夜」

 『白花の儀』前夜。
 王宮は、嵐の前の静けさに包まれていた。
 いや、静けさというのは嘘だ。私の周囲だけは、殺人的な忙しさに包まれていた。

「リュシア様、ドレスの最終調整です! ウエストをあと一センチ絞ります!」
「リュシア様、誓いの言葉の暗唱をお願いします! 噛んだら国の恥です!」
「リュシア様、招待客リストの最終確認を! 隣国の王子が急遽参列されます!」

 私はマネキンのように立たされ、侍女たちに揉みくちゃにされていた。
 明日の儀式。それは私にとって、独身貴族(隠居希望)としての最後の日であり、王太子妃という名の終身刑が確定する日だ。

「……逃げたい」
 私が小さく呟くと、鏡越しにレオンハルト殿下が微笑んだ。
 彼は私のドレス選びに付き合うという名目で、今日も今日とてソファに陣取り、紅茶を飲みながら私を鑑賞している。

「逃がさないよ。……君がどんなに美しく着飾っても、その心にある『自由への渇望』が消えないことは知っている。だが、それも含めて私は君を愛している」

 もう、このポジティブさは病気の域だ。
 私が諦めかけたその時。

 ドォォォォォォン!!

 腹に響くような爆発音が、王宮の窓ガラスを震わせた。
 
「なっ!?」
 侍女たちが悲鳴を上げる。
 レオンハルトが瞬時に立ち上がり、私を庇うように抱き寄せた。

「何事だ!」

 窓の外、王都の街並みを見下ろすと――そこには、信じられない光景が広がっていた。
 東、西、南、北。
 四方同時に火の手が上がり、黒煙が夜空を焦がしている。
 さらに、街路には松明を持った群衆が溢れかえり、暴徒と化して王宮へと押し寄せているではないか。

「暴動……? いや、これは……」

 私の目は、群衆の中に異質な影を捉えた。
 人間ではない。獣のような咆哮を上げ、建物を破壊し、人を襲う異形の怪物たち。
 カイル王子が手配した「仕掛け」だ。

 部屋に近衛騎士団長が飛び込んでくる。
 彼は血相を変えて叫んだ。

「殿下! 緊急事態です! 王都全域で大規模な火災発生! さらに、正体不明の魔獣が市民を襲っています! 衛兵だけでは対処しきれません!」

「なんだと!? 魔獣だと!?」

 レオンハルトの顔色が蒼白になる。
 明日の儀式を狙ったテロだ。それも、国そのものを道連れにするような。

「くそっ、カイルか……! ここまでやるとは!」
 レオンハルトが剣を掴む。

「騎士団長! 全軍出撃だ! 私が先頭に立つ! 民を守るんだ!」

「お待ちください、殿下!」
 団長が悲痛な声で止める。
「敵の狙いは、殿下を王宮から引きずり出し、手薄になったところを叩くことかもしれません! 殿下が出撃されれば、王宮の守りが……!」

「だが、民を見殺しにはできん!」

 レオンハルトが葛藤に歯噛みする。
 王宮に残れば民が死ぬ。出撃すれば王宮(国家中枢)が落ちる。
 究極の二択。
 カイル王子は、性格が悪いだけでなく、戦術眼も優れているようだ。

 私は、ドレスの裾を強く握りしめた。
 このままでは、国が終わる。私の隠居場所どころか、住む場所すらなくなる。
 それに――。

(私の大切な人たちが、傷つくのはもう御免よ)

 私はレオンハルトの前に進み出た。

「殿下。王宮に残ってください」

「リュシア!? 何を言うんだ! 民が襲われているんだぞ!」

「王太子である殿下が倒れれば、それこそ国は終わりです。敵の思う壺ですわ」

 私は冷徹な声で言い放った。
 そして、部屋に飾られていた「王家の軍配(指揮杖)」を手に取った。

「私が指揮を執ります」

「なっ……!?」
 レオンハルトも騎士団長も絶句する。

「私には『魔女の血』が流れているのでしょう? なら、魔獣の相手くらい務まります。それに、暴徒化した市民を鎮めるには、優しさよりも『恐怖』が必要です」

 私はニヤリと笑った。悪役令嬢としての最高に意地悪な笑みを浮かべて。

「愚かな民たちに、王家に逆らうことがどれほど恐ろしいか、教えて差し上げますわ」

          ◇

 王宮のバルコニー。
 私は拡声魔導具のマイクを握りしめ、眼下のカオスを見下ろした。
 火の手は広がり、パニックになった市民たちが逃げ惑い、逆に避難経路を塞いでいる。
 優しい言葉など届く状況ではない。

 私は息を吸い込み、腹の底から声を張り上げた。

「――お黙りなさいッ!!」

 ビリビリビリッ!

 魔女の魔力を乗せた一喝は、物理的な衝撃波となって王都中に響き渡った。
 暴れていた魔獣すら一瞬動きを止め、逃げ惑う市民たちが呆然と王宮を見上げる。

「何をごちゃごちゃと騒いでいるのですか! 見苦しい!」

 私は畳み掛ける。

「命が惜しくない者は、そのままそこで泣き喚いていなさい! 魔獣の餌になりたいならご自由にどうぞ! ですが、生きたいなら私の命令に従いなさい!」

 罵倒だ。
 民衆を「見苦しい」と罵り、「餌になれ」と突き放す。
 これぞ悪逆非道な公爵令嬢。
 さあ、私を憎め。反発しろ!

 しかし、極限状態の人間は、強い言葉にすがるものだ。
 パニックで思考停止していた市民たちは、「命令」という明確な指針を与えられ、逆に冷静さを取り戻した。

「東区の市民! 中央大通りは使い物になりません! 地下水路への入り口を使いなさい! 汚い? 死ぬよりマシでしょう!」

「西区の商人たち! 自分の商品を抱えて逃げるのはおやめなさい! 邪魔です! その荷物を捨てて走るか、荷物と一緒に燃えるか選びなさい!」

「近衛騎士団第一部隊! 魔獣の殲滅なんて後回しで結構! まずは避難誘導を最優先にしなさい! 民を一人でも死なせたら、私が後で処刑します!」

 暴言のオンパレード。
 しかし、その指示は的確で合理的だった。
 地下水路への誘導、荷物の放棄、戦闘より避難の優先。
 私の罵声に合わせて、人の波がスムーズに動き始める。

「……すごい」
 背後で騎士団長が呟くのが聞こえた。
「混乱していた数十万の市民が……一人の少女の『罵倒』によって統率されている……」

 さらに、私は魔女の血をフル活用した。
 王都の結界システムに干渉し、炎が燃え盛る区画を強制的に遮断する。

「延焼を防ぐために、北区画の防壁を落とします! 文句があるなら後で請求書を送りなさい! 私が全額払って差し上げますわ!」

 ズズズズンッ!
 巨大な石壁がせり上がり、火災を物理的に封じ込める。
 荒療治だが、これ以外に王都全焼を防ぐ手はない。

 一時間後。
 王都の混乱は、奇跡的に収束へと向かっていた。
 魔獣たちは騎士団によって各個撃破され、市民たちは安全なシェルターや地下へ避難を完了した。

 私はバルコニーの手すりに寄りかかり、荒い息を吐いた。
 喉が痛い。足が震える。
 悪役を演じるのも楽じゃない。

「……リュシア」

 背後から、温かい手が私の肩を包んだ。
 レオンハルト殿下だ。
 彼の瞳は、夜空の星よりも強く輝き、そして潤んでいた。

「君は……また、自分を犠牲にしたのか」

「え?」

「民を救うために、あえて暴言を吐き、恐怖で統率する『悪役』を演じた。……彼らに憎まれることで、彼らの命を救ったのだな」

 まあ、結果的にはそうですけど。

「普通の王族なら、『皆さん落ち着いて』と綺麗事を言うだろう。だが、それではパニックは収まらない。君は泥を被る覚悟で、最も効果的で、かつ最も辛い道を選んだ……!」

 レオンハルトは私を抱きしめた。
 火事場の煤と汗の匂いがする私の体を、厭うことなく。

「君こそが、真の王妃だ。……民に愛されるだけの偶像ではない。民を導き、守り抜く、鉄の意志を持った女王だ!」

 ドクン。

 【星冠値:98 → 99】

 99。
 カンスト寸前。
 私の悪態は、すべて「王者の資質」として加算されてしまった。
 広場の下からは、避難した市民たちの声が聞こえてくる。

「おい、聞いたか? あの方の指示……口は悪かったが、俺たちを必死に守ろうとしてくれていたぞ」
「請求書を送れって言ってたな。太っ腹すぎる」
「あんなに頼もしい号令、初めて聞いた!」
「リュシア様万歳! 我らの姉御!」

 姉御!?
 いつの間にか、王都の民衆(特に下町方面)からの支持率がヤンキー漫画のような方向で爆上がりしていた。

 その時。
 鎮火しつつある王都の空に、まばゆい光弾が打ち上がった。
 それは王家の紋章を描き出し、そして砕け散った。
 反逆の狼煙だ。

 王宮の正門前に、数台の豪奢な馬車と、武装した私兵団が現れる。
 その先頭に立つのは、優雅に微笑む第二王子、カイル・アステリア。

「やあ、兄上。そしてリュシア嬢。……見事なお手並みでしたね」

 拡声魔法で、彼の声が響く。

「ですが、この騒動の責任は取っていただかねばなりません」

「何だと?」
 レオンハルトがバルコニーから睨み下ろす。

「王都を火の海にし、魔獣を招き入れたのは……神殿が認定した『魔女の末裔』、リュシア・ヴァルモン嬢であると、多くの証言が集まっています」

 カイルは芝居がかった仕草で、偽造された証拠書類(またか!)を掲げた。

「魔女を婚約者にした兄上の責任能力も問われます。よって、王族会議と貴族院の総意として提言します」

 彼はニヤリと笑い、決定的な言葉を告げた。

「兄上の王位継承権の凍結と、リュシア嬢との『婚約無効』を!」

 来た。
 物理攻撃がダメなら、政治攻撃。
 暴動はただの舞台装置。本命は、この混乱に乗じた合法的なクーデターだ。
 
 私はレオンハルトを見た。
 彼は怒りに震えているかと思いきや――静かだった。
 不気味なほどに、静かだった。

「……婚約無効、か」

 レオンハルトは低く呟き、私の腰を抱き寄せた。

「面白い。……そこまでして、私とリュシアを引き裂きたいと言うなら、受けて立とう」

 彼の胸元の刻印が、99の数値を刻んだまま、赤く、熱く脈動を始めた。

「明日の『白花の儀』。そこですべてを決着させる。……カイル、お前が用意した絶望など、私たちの愛の前では塵に等しいことを教えてやる」

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