「婚約破棄して下さい」と言い続けたら、王太子の好感度がカンストしました~悪役令嬢を引退したいのに~

放浪人

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第二十四話「白花の儀:誓いの言葉が、未来を決める」

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 大聖堂の鐘が鳴り響く。
 王都の青空に吸い込まれていくその音色は、私にとっては自由への弔鐘(ちょうしょう)のように聞こえた。

 今日こそが『白花の儀』。
 アステリア王国の王太子と、その伴侶となる者が永遠の愛を誓い、国というシステムに正式に魂を登録する日だ。

「……大丈夫。手順は完璧よ」

 控室の鏡の前で、私は自分に言い聞かせるように呟いた。
 純白のウェディングドレス。頭には王家に伝わるダイヤモンドのティアラ。
 その姿は、誰がどう見ても幸せな花嫁だが、私の内心はテロリストのそれだった。

 私の目的は一つ。
 儀式のクライマックスで行われる『最終誓約(ラスト・オース)』。
 そこで読み上げる誓いの言葉の中に、先日禁書庫で見つけた『システム緊急停止コード』を密かに混ぜ込むのだ。

(星冠値100による思考ロックは強力だけど、『国のための安全装置』という名目ならシステムも拒絶しないはず)

 私は何度も脳内でシミュレーションを繰り返した。
 通常の誓約文はこうだ。
 『我、星の導きに従い、汝を愛し、敬い、共に歩むことを誓う』

 これを、こう変える。
 『我、星の導きに従い、汝を愛し――《システム・リセット・コード001》――敬い、共に歩むことを誓う』

 古代語の呪文を一瞬だけ挟む。
 傍目には「感極まって言葉に詰まった」ように見えるだろう。だが、その言霊は確実にシステム中枢に干渉し、私を縛る『星冠値』を初期化するはずだ。
 そうすれば、私はただの「リュシア・ヴァルモン」に戻れる。

「……行くぞ、リュシア」

 ドアが開き、レオンハルト殿下が迎えに来た。
 今日の彼は、神々しいまでの白銀の礼服を纏っている。その美貌は、直視すれば目が潰れそうなほど輝いていた。

「準備はいいかい? ……震えているね」

 彼は私の手を取り、優しくキスを落とした。

「大丈夫だ。君が何を言おうと、私がすべて受け止める。今日の儀式は、君と私が一つになるための、ただの通過点に過ぎない」

 ……ええ、そうですね。
 通過点ではなく、終着点(破局)にするつもりですが。
 私は引きつった笑顔を浮かべ、彼のエスコートで控室を出た。

          ◇

 大聖堂の中は、数千人の参列者で埋め尽くされていた。
 ステンドグラスから降り注ぐ七色の光。パイプオルガンの荘厳な響き。
 バージンロードの先には、最高神官が待ち構えている。

 しかし、本番の誓約の前に、一つだけ厄介なイベントがあった。
 カイル派の残党貴族たちがゴネてねじ込んだ、『浄化の儀式』だ。

「これより、花嫁の浄化を行う!」

 神官の一人が進み出て、盆に乗せた「聖水」を掲げた。
 本来は額に一滴垂らす程度のものだが、彼らの目は悪意に満ちている。
 盆には並々と水が入っており、どう見ても「頭からぶっかけて、化粧もドレスも台無しにしてやる」という魂胆が見え見えだ。

「魔女の血を引く者に、清めの水を!」

 神官が聖水をバシャリと振りかけた。
 周囲の貴族たちが「あっ」と息を呑む。
 このままでは、私はずぶ濡れの花嫁として、一生の恥をかくことになる――はずだった。

「……ふっ」

 私は瞬時に、指先の指輪(システム端末)に魔力を流した。
 水が私に触れる直前、見えない膜が展開される。
 聖水は私のドレスに染み込むことなく、光の粒となって弾け飛び、キラキラと私の周囲を舞った。

「な、なんだ!?」
 神官が驚愕する。

「あら、素敵な演出ですこと」
 私は優雅に微笑んだ。

「私の『不浄』が弾け飛び、光となって昇華された……そういう解釈でよろしいかしら?」

 弾かれた水滴が、ステンドグラスの光を反射して虹を作る。
 その光景は、もはや嫌がらせではなく、神による祝福の演出にしか見えなかった。

「お、おお……!」
「聖水さえも彼女を濡らすことを恐れ、光に変えたというのか!」
「やはり、リュシア様は聖なる魔女だ!」

 参列者たちから感嘆の声が上がる。
 神官は真っ青になって引き下がった。
 レオンハルトは隣で、「君は水も滴るイイ女だが、水を弾く姿は女神そのものだ」と意味不明な賞賛を呟いている。

 さあ、前座は終わりだ。
 いよいよ、本番の『最終誓約』が始まる。

          ◇

 祭壇の前。
 私とレオンハルトは向かい合った。
 最高神官が震える声で告げる。

「では、星の導きのもと、誓いの言葉を」

 まずはレオンハルトからだ。
 彼は私の瞳をじっと見つめ、迷いのない声で紡いだ。

「我、レオンハルト・アステリアは誓う。この命尽きるまで、リュシアを守り、愛し、彼女の自由を尊びながらも、決して離さないことを」

 自由を尊びながら離さない。
 矛盾しているが、彼の中では成立しているらしい。
 胸元の光が強まる。システムが彼の言葉を受理し、契約を固定していく。

「……次は、花嫁の誓いを」

 私の番だ。
 緊張で心臓が破裂しそうだ。
 ここで失敗すれば、システムによるロックが発動し、私は強制的に「愛の言葉」を言わされることになる。
 一発勝負。

 私は大きく息を吸い込んだ。

「我、リュシア・ヴァルモンは誓う」

 システムが私の発声を監視しているのがわかる。脳内にノイズが走る。
 まだだ。まだ通常の定型文だ。

「星の導きに従い、汝を愛し……」

 ここだ!
 私は意識を集中し、古代語のコードを高速詠唱で滑り込ませた。

「――《システム・コード・ブレイク! 初期化承認・管理者権限行使!》――」

 言った!
 ごく小さな早口言葉のように、咳払いに紛れて。
 その瞬間、指輪が熱くなり、世界がグレーに反転したような感覚に襲われた。

 【警告:不正なコードを検出。システムへの干渉を確認】
 【初期化プロセス……起動……失敗……再試行……】

 脳内アナウンスがバグったように乱れる。
 やったか?
 星冠値がリセットされれば、この拘束は解ける!

 しかし。
 私の目の前にいたレオンハルトが、ニヤリと笑った。

「……リュシア」

 え?

「今、君が唱えた言葉……古代アステリア語の『王権発動呪文』だね?」

 は?

「『初期化』……つまり、既存の陳腐な契約を白紙に戻し、ゼロから『最強の契約』を再構築しようというのだな?」

 違います。ただキャンセルしたいだけです。

「すごい……! 君は、ただの婚約者という枠に収まることを拒んだ。過去の慣例や、星のシステムにさえ『待った』をかけ、私と君だけの、新しいルールを作ろうとしている!」

 レオンハルトの瞳が、狂気的なまでの歓喜に染まる。

「いいだろう、リュシア! 君がシステムを壊して再構築するというなら、私も乗ろう! 既存の誓約など生温い。私たちの愛は、神さえも縛れない規格外のものだ!」

 レオンハルトが私の手を取り、高らかに叫んだ。

「システムよ、聞け! 我が花嫁の『初期化』要求を承認する! そして直ちに『バージョンアップ』を行え!」

 【承認:王権によるシステム更新を受諾】
 【星冠値をリミット解除。上限撤廃。新たな契約構造を生成します】

 脳内アナウンスが、明るいファンファーレのような音に変わった。
 
 ドガァァァァン!!

 天から光の柱が降り注いだ。
 大聖堂の屋根を透過し、私とレオンハルトを直撃する。
 まぶしい。熱い。
 指輪が変形していく感覚がある。

 私の「初期化コマンド」は、レオンハルトの「上書き承認」によって、「システムのアップデート」へと変換されてしまったのだ。

「あ、ありえない……」

 光が収まった時。
 私の左手の指輪は、さらに巨大化し、複雑な紋様を描くガントレットのような形状に進化していた。
 そして、空中に浮かぶホログラムには、絶望的な文字が表示されていた。

 【契約更新完了:星冠値 ∞(インフィニティ)】
 【新規条項:『魂の融合』。対象者の生命維持機能は王太子とリンクしました】

「……無限」
 私は呆然と呟いた。
 カンストどころではない。上限がなくなった。
 そして「生命維持機能のリンク」。これはつまり、彼が死ねば私も死ぬし、私が傷つけば彼も痛むという、文字通りの一心同体。

「素晴らしいよ、リュシア!」

 レオンハルトが私を抱き上げ、参列者に向かって見せつけた。

「見よ! これが私たちの新しい契約だ! 彼女は過去の因習を打ち破り、私との魂の融合を選んだ! これぞ、アステリア王国始まって以来の、最強の王妃だ!」

 わぁぁぁぁぁっ!!
 大聖堂が揺れるほどの歓声と拍手。
 「最強の王妃!」「無限の愛!」というシュプレヒコール。

 私はレオンハルトの腕の中で、完全に脱力した。
 終わった。
 システムをハックしようとしたら、管理者(夫)に見つかって、セキュリティレベルをマックスに強化されてしまった。
 もう、逃げる手段はない。物理的にも、魔術的にも、魂レベルでも。

「……幸せにするよ、リュシア。いや、君とならどんな地獄も天国だ」

 レオンハルトの満面の笑みが、今はただ恐ろしかった。

          ◇

 その頃。
 王都の路地裏。
 光に包まれる王宮を、憎悪に満ちた目で見上げる影があった。

 ボロボロのローブを纏った女。
 顔の半分が焼けただれ、片足を引きずっている。
 かつて「聖女」と呼ばれた、セレナ・ルミエールだ。

「……あはっ。幸せそうね、リュシア」

 彼女の手には、カイル王子から託された小瓶があった。
 『竜の血』の贋作。
 飲む者を異形の怪物へと変える劇薬。

「でも、その幸せもここまでよ」

 セレナは、自分の喉元に小瓶を押し当てた。
 彼女の背後に、神殿を追放された過激派の神官や、カイルの残党たちが集まってくる。彼らもまた、同じ小瓶を手にしていた。

「私たちには、もう失うものなんてない。……あんたたちが作り上げた『完璧な国』を、内側から食い破ってあげる」

 ゴクッ。
 セレナが液体を飲み干す。
 瞬間、彼女の体がビキビキと音を立てて膨張し、皮膚が鱗に覆われていく。

「ギャァァァァッ!!」

 人間の悲鳴ではない、獣の咆哮が路地裏に響いた。
 それは、祝福に沸く王都に向けられた、最後の、そして最悪の呪詛だった。

 私の指輪が、不気味に赤く明滅し始めた。
 『魂の融合』を果たしたことで、国の危機をダイレクトに感知するようになった私の体が、激しい悪寒に襲われる。

「……寒い」

 レオンハルトの腕の中でも震えが止まらない。
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