「婚約破棄して下さい」と言い続けたら、王太子の好感度がカンストしました~悪役令嬢を引退したいのに~

放浪人

文字の大きさ
29 / 31

第二十九話「初めての本音:婚約破棄ではなく、選択」

 王宮の正門は、異様な静寂に包まれていた。
 カイル王子の反乱軍を鎮圧したはずの場所には、今はどす黒い霧が立ち込め、門扉には古の紋章――始祖の魔女の刻印が焼き付けられている。

「……空気が重いな」

 レオンハルト殿下が剣を構え、私の前に立つ。
 私たちはヴァルモン邸から取って返し、制圧されたという玉座の間を目指していた。
 私の左手の指輪は、警報のように赤く明滅し続けている。これは、システムの管理者権限が何者かに奪われかけていることを示していた。

 廊下を進むにつれ、倒れている近衛兵たちの姿が目に入った。皆、外傷はない。だが、魂を抜かれたように虚ろな目で宙を見つめ、動かない。
 精神支配。
 やはり、敵はシステムそのものを掌握し、王宮全体をコントロール下に置いているのだ。

「ようこそ、愛しき操り人形たちよ」

 玉座の間の扉が開くと、そこには一人の男が座っていた。
 王冠を戴き、漆黒のローブを纏った老人。
 見覚えがある。王家の歴史顧問であり、古代魔法研究の第一人者だった男だ。
 そして、その足元には、脱獄したカイル王子が力なく跪いている。どうやら用済みとして精神を壊されたらしい。

「貴様が『真の王』を名乗る黒幕か」
 レオンハルトが鋭く問う。

 老人は歪んだ笑みを浮かべた。
「その通り。我は始祖の魔女の意志を継ぐ者。……この国は間違っていたのだよ、レオンハルト。愛などという不確かなものでシステムを運用しようとしたことが、そもそもの歪みなのだ」

 老人は指を鳴らす。
 すると、私の指輪が焼けるように熱くなり、体か勝手に前へと歩き出した。

「リュシア!?」

「あ、足が……勝手に!」

 システムの強制力だ。
 老人は玉座から私を見下ろし、嘲笑った。

「見ろ。それが『国の心臓』の正体だ。お前は王妃ではない。ただの生体パーツだ。星冠値が無限になった今、お前は私のコマンド一つで意のままに動く奴隷となった」

 屈辱だった。
 私の意思とは関係なく、体はレオンハルトに剣を向けるよう強要されている。
 指輪が、私の筋肉に電気信号を送っているのだ。

「愛しているのだろう? なら、殺せるはずがない。……だが、システムは残酷だ。『王太子を排除せよ』と命令されれば、お前の愛はそのための燃料として消費される!」

 老人の言葉通り、私の手から攻撃魔法が生成され始める。
 レオンハルトは剣を下ろし、悲痛な表情で私を見ていた。

「リュシア……抵抗しなくていい。君が私を撃つなら、私は甘んじて受けよう」

「ダメです! 避けてください!」

 私は泣き叫んだ。
 こんなの嫌だ。
 私が欲しかったのは、穏やかな生活だ。
 こんな、自分の手で大切な人を傷つけるような結末じゃない!

 その時。
 地下書庫で見た『黒の誓約書』の一節が、脳裏をよぎった。

 『逆説的解除(パラドックス・ブレイク)』
 『双方の星冠値を維持したまま、互いの目を見て、心からの「拒絶」を告げること』

 今しかない。
 システムが私を完全に支配しようとしている今、私の「本心」だけが、唯一の対抗手段だ。

「……殿下」

 私は震える唇を開いた。
 魔力を振り絞り、システムの干渉をほんの一瞬だけ押し返す。

「聞いてください。……これが、私の本当の気持ちです」

 レオンハルトが目を見開く。

「私は……王妃になんて、なりたくありませんでした」

 老人が鼻で笑う。「何を今更」と。
 だが、私は続けた。

「私は、ただ静かに暮らしたかった。美味しいものを食べて、昼まで寝て、好きな本を読んで……誰にも縛られず、自分の人生を自分で選びたかった!」

 堰を切ったように、言葉が溢れ出した。
 今まで「照れ隠し」や「深慮遠謀」だと誤解されてきた、私のちっぽけで、切実な本音。

「国の心臓? システムのパーツ? ふざけないで! 私はリュシア・ヴァルモンです! 国のために死ぬなんて御免だし、あなたの重すぎる愛で窒息するのも、もううんざりなんです!」

 私は叫んだ。喉が裂けんばかりに。

「私を解放して! 私を自由にして! ……婚約破棄してください!!」

 今までで一番、魂を込めた「婚約破棄」の要求。
 これまでの演技や建前ではない。
 システムに支配されかけた恐怖が生んだ、純度100%の拒絶の叫び。

 室内が静まり返る。
 老人は「愚かな。そんな言葉でシステムが止まるものか」と嘲笑った。
 しかし。
 レオンハルトだけは、静かに微笑んでいた。

「……そうか」

 彼は剣を捨て、両手を広げた。

「それが、君の真実だったんだな。……ずっと、苦しかったんだな」

 彼の瞳から、涙が溢れる。
 それは悲しみの涙ではなく、愛する人の痛みを知った、共感の涙だった。

「すまなかった、リュシア。私は『君を守る』と言いながら、君をシステムという檻に閉じ込め、私の理想を押し付けていただけだった」

 レオンハルトは、私をまっすぐに見つめた。
 そして、宣言した。

「私も、嫌だ」

「え?」

「君が望まない形で、君を縛り付けるのは嫌だ。君の自由を奪い、君をただの『機能』として扱うこのシステムを……私は心から憎む!」

 彼の胸元の光が、激しく明滅し始める。

「私は、王妃としてのリュシアはいらない! 国の心臓としてのリュシアもいらない!」

 レオンハルトの声が、玉座の間に響き渡る。

「私が欲しいのは、昼まで寝て、わがままで、怠惰で……それでも私のために怒ってくれる、ただの人間としての君だ!」

 ピキーン……!

 空気が凍りつくような音がした。
 二人の「本音」が一致した。
 私が「王妃の座(システム)」を拒絶し、彼もまた「システムに縛られた私」を拒絶した。
 愛し合っているからこそ、互いを縛る鎖を否定したのだ。

 【警告:論理矛盾(パラドックス)を検出】
 【管理者と構成要素の双方が、システム存続を拒否】
 【誓約の維持が不可能です。強制解除を実行します】

 私の左手の指輪に亀裂が入った。
 まばゆい光と共に、あの無限大の記号が歪み、崩れ落ちていく。

「な、何だと!? システムが崩壊している!? バカな、始祖の呪いは絶対のはずだ!」
 老人が狼狽する。

「絶対などない!」
 レオンハルトが叫ぶ。
「愛とは、互いを縛り合うことではない! 互いの『選択』を尊重し合うことだ! ……砕け散れ、星冠の誓約!」

 パリィィィィィィンッ!!

 盛大な破砕音と共に、私の指輪が粉々に砕け散った。
 同時に、レオンハルトの胸の刻印も光を失い、消滅した。
 体を縛っていた見えない糸が、ぷつりと切れる感覚。

「……動ける」

 私は自分の手を見つめた。
 何の変哲もない、ただの左手。
 重苦しい指輪も、システムの声もない。
 私は、自由だ。

「リュシア!」

 レオンハルトが駆け寄ってくる。
 システムによる強制力はない。彼自身の意志で、自分の足で走ってくる。
 彼は私の前で立ち止まり、恐る恐る手を伸ばした。

「……誓約は消えた。君はもう、自由だ」

 彼の手は震えていた。
 鎖がなくなった今、私がこのまま背を向けて走り去れば、彼は私を止める術を持たない。
 それを理解した上で、彼は私を解放したのだ。

 私は彼の手を見た。
 そして、老人の驚愕の表情を見た。

「……残念でしたわね、おじい様」

 私はニヤリと笑った。
 システムから解放された私は、もうただの「守られるヒロイン」ではない。

「契約解除(クーリングオフ)は成立しました。……さて、ここからは『再契約』の時間ですわ」

 私はレオンハルトの手を、自らの意志で握り返した。
 ギュッと。強く。

「殿下。私は自由になりました。……だからこそ、私の意志で選びます」

「リュシア……?」

「勘違いしないでください。私は『王妃という役割』が嫌だっただけで、あなたのことは……その、嫌いじゃありませんから」

 顔が熱い。
 こんな状況で何を言っているんだ私は。

「ただ、条件があります。これからの契約は、私が主導権を握らせていただきます。……文句は言わせませんわよ?」

 レオンハルトは呆気にとられ、そしてパァァァッと顔を輝かせた。
 今までで一番、人間くさい、だらしない笑顔で。

「ああ……もちろんだ! 君の望むままに!」

 私たちは手を繋いだまま、老人に向き直った。
 システムはない。魔女の加護もない。
 あるのは、面倒くさい性格の元悪役令嬢と、愛が重すぎる王太子の、泥臭い絆だけ。

「さあ、殿下。あの老害を退場させて、新しい条文を作りましょう」
「御意、我が女王(クイーン)」

 私たちは同時に駆け出した。

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢に転生しましたが、行いを変えるつもりはありません

れぐまき
恋愛
公爵令嬢セシリアは皇太子との婚約発表舞踏会で、とある男爵令嬢を見かけたことをきっかけに、自分が『宝石の絆』という乙女ゲームのライバルキャラであることを知る。 「…私、間違ってませんわね」 曲がったことが大嫌いなオーバースペック公爵令嬢が自分の信念を貫き通す話 …だったはずが最近はどこか天然の主人公と勘違い王子のすれ違い(勘違い)恋愛話になってきている… 5/13 ちょっとお話が長くなってきたので一旦全話非公開にして纏めたり加筆したりと大幅に修正していきます 5/22 修正完了しました。明日から通常更新に戻ります 9/21 完結しました また気が向いたら番外編として二人のその後をアップしていきたいと思います

離婚と追放された悪役令嬢ですが、前世の農業知識で辺境の村を大改革!気づいた元夫が後悔の涙を流しても、隣国の王子様と幸せになります

黒崎隼人
ファンタジー
公爵令嬢リセラは、夫である王子ルドルフから突然の離婚を宣告される。理由は、異世界から現れた聖女セリーナへの愛。前世が農業大学の学生だった記憶を持つリセラは、ゲームのシナリオ通り悪役令嬢として処刑される運命を回避し、慰謝料として手に入れた辺境の荒れ地で第二の人生をスタートさせる! 前世の知識を活かした農業改革で、貧しい村はみるみる豊かに。美味しい作物と加工品は評判を呼び、やがて隣国の知的な王子アレクサンダーの目にも留まる。 「君の作る未来を、そばで見ていたい」――穏やかで誠実な彼に惹かれていくリセラ。 一方、リセラを捨てた元夫は彼女の成功を耳にし、後悔の念に駆られ始めるが……? これは、捨てられた悪役令嬢が、農業で華麗に成り上がり、真実の愛と幸せを掴む、痛快サクセス・ラブストーリー!

無能な悪役令嬢は静かに暮らしたいだけなのに、超有能な側近たちの勘違いで救国の聖女になってしまいました

黒崎隼人
ファンタジー
乙女ゲームの悪役令嬢イザベラに転生した私の夢は、破滅フラグを回避して「悠々自適なニート生活」を送ること!そのために王太子との婚約を破棄しようとしただけなのに…「疲れたわ」と呟けば政敵が消え、「甘いものが食べたい」と言えば新商品が国を潤し、「虫が嫌」と漏らせば魔物の巣が消滅!? 私は何もしていないのに、超有能な側近たちの暴走(という名の忠誠心)が止まらない!やめて!私は聖女でも策略家でもない、ただの無能な怠け者なのよ!本人の意思とは裏腹に、勘違いで国を救ってしまう悪役令嬢の、全力で何もしない救国ファンタジー、ここに開幕!

お前との婚約は、ここで破棄する!

もちもちほっぺ
恋愛
「公爵令嬢レティシア・フォン・エーデルシュタイン! お前との婚約は、ここで破棄する!」  華やかな舞踏会の中心で、第三王子アレクシス・ローゼンベルクがそう高らかに宣言した。  一瞬の静寂の後、会場がどよめく。  私は心の中でため息をついた。

『処刑されるたびに12歳に戻る悪役令嬢、7回目の人生は「何もせず寝て過ごす」ことに決めたら、なぜか周囲が勝手に勘違いして聖女扱いされています

六角
恋愛
公爵令嬢リリアーナは、18歳の誕生日に必ず断罪・処刑されては12歳に戻るという地獄のループを6回も繰り返していた。 真面目に努力しても、剣を極めても、裏社会を支配しても、結局は殺される運命。 心折れた彼女は、7回目の人生でついに決意する。 「もう頑張らない。どうせ死ぬなら、今回はひたすら寝て過ごそう」と。 しかし、安眠を求めて「うるさい」と敵を黙らせれば『王者の覇気』と恐れられ、寝ぼけて放った魔法は『神の奇跡』と崇められ、枕への異常なこだわりは『深遠なる儀式』と誤解されてしまう。 気がつけば、ストーカー気味のヤンデレ王子、パン屋の元ヒロイン、狂犬の如きライバル令嬢、元部下の暗殺者、そして不眠症の魔王までもが彼女の信者となり、リリアーナは意図せずして国を、そして世界を救う「最強の聖女」へと祭り上げられていく。 「お願いだから、私を寝かせて!」 睡眠欲だけで運命(システム)さえもねじ伏せる、無気力悪役令嬢の痛快勘違いサクセス(?)ストーリー!

婚約破棄された王太子妃候補は第一王子に気に入られたようです。

永野水貴
恋愛
侯爵令嬢エヴェリーナは未来の王太子妃として育てられたが、突然に婚約破棄された。 王太子は真に愛する女性と結婚したいというのだった。 その女性はエヴェリーナとは正反対で、エヴェリーナは影で貶められるようになる。 そんなある日、王太子の兄といわれる第一王子ジルベルトが現れる。 ジルベルトは王太子を上回る素質を持つと噂される人物で、なぜかエヴェリーナに興味を示し…? ※「小説家になろう」にも載せています

婚約が白紙になりました。あとは自由に生きていきます~攻略対象たちの様子が何やらおかしいですが、悪役令嬢には無関係です~

Na20
恋愛
乙女ゲーム"この花束を君に"、通称『ハナキミ』の世界に転生してしまった。 しかも悪役令嬢に。 シナリオどおりヒロインをいじめて、断罪からのラスボス化なんてお断り! 私は自由に生きていきます。 ※この作品は以前投稿した『空気にされた青の令嬢は、自由を志す』を加筆・修正したものになります。以前の作品は投稿始め次第、取り下げ予定です。 ※改稿でき次第投稿するので、不定期更新になります。

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。