「婚約破棄して下さい」と言い続けたら、王太子の好感度がカンストしました~悪役令嬢を引退したいのに~

放浪人

文字の大きさ
30 / 31

第三十話(最終話)「退職届の結末:王妃就任、ただし自由条項付き」

しおりを挟む
 玉座の間には、砕け散った指輪の破片が星屑のように舞っていた。
 システムは消滅した。
 私を縛っていた絶対的な強制力も、レオンハルト殿下の脳内を支配していた過剰な執着プログラムも、もう存在しない。

 目の前には、呆然と立ち尽くす老人――「真の王」を自称する歴史顧問がいる。

「バカな……。ありえん……!」

 老人は震える手で虚空を掴もうとしていた。

「数百年の間、完璧に稼働していたシステムだぞ!? 愛などという不確定な感情を排除し、強制力のみで国を維持する……これこそが始祖の魔女が遺した至高の叡智! それを、貴様らごときが!」

「叡智? いいえ、それはただの『思考停止』ですわ」

 私は一歩前に踏み出した。
 足取りは軽い。誰に操られることもなく、自分の意思で地面を踏みしめている。

「システムに頼れば楽でしょうね。相手の心を考えなくて済むし、傷つくこともない。……でも、それは生きているとは言いません。ただの管理された家畜です」

「黙れ! 心臓ごときが生意気な!」

 老人が杖を振り上げる。
 玉座の間に残っていた魔力が収束し、黒い雷となって私に襲いかかる。
 しかし。

 キンッ!

 私の目の前で、白銀の剣閃が雷を切り裂いた。
 レオンハルト殿下だ。
 彼は私を背に庇い、老人を鋭く睨みつけた。

「彼女に指一本触れさせない」

「……フン、システムが消えた今、貴様に何ができる? 星冠値の補正がなければ、貴様などただの若造だ!」

「ああ、そうだな。私はただの若造だ」

 レオンハルトは不敵に笑った。
 その笑顔は、かつてのキラキラした王子様のものではなく、もっと野性味あふれる、一人の男の顔だった。

「だが、だからこそ強い。……システムに『守れ』と命令されたから守るのではない。私が、私の意思で、彼女を愛し、守りたいと決めたからここに立っている! その覚悟の重さを、貴様の腐ったプログラムと一緒にすんな!」

 レオンハルトが踏み込む。
 魔法障壁を展開しようとする老人。
 しかし、その障壁にはすでに亀裂が入っていた。
 私が、背後からこっそりと「解呪(クラッキング)」を仕掛けていたからだ。

「殿下、右サイドの術式が甘いです! そこを!」

「応!」

 私の指示に合わせて、レオンハルトの剣が正確に障壁の隙間を貫く。
 魔法ではなく、連携。
 システムによる同期(リンク)などなくても、私たちは呼吸を合わせて戦える。
 なぜなら、この数ヶ月間、嫌というほど(主に膝の上で)時間を共有してきたからだ。

「がはっ……!」

 老人の杖が弾き飛ばされ、彼は無様に床に転がった。
 勝負ありだ。

「……終わりだ、亡霊」

 レオンハルトが切っ先を突きつける。
 老人は血を吐きながら、呪詛のように呻いた。

「愚かな……。システムなしで、どうやってこの国を統治する? 人心は移ろいやすい。今日愛し合っていても、明日は憎み合うかもしれない。……その時、誰が国を繋ぎ止める?」

「私たちが繋ぎ止めます」

 私はレオンハルトの隣に並んだ。

「確かに、愛は変わるかもしれません。喧嘩もするでしょうし、顔も見たくない日だって来るかもしれません」

 私はチラリとレオンハルトを見た。彼は「え、そんな日来るの?」とショックを受けていたが無視する。

「でも、そのたびに話し合い、妥協し、契約を更新すればいいのです。……完璧なシステムなんてない。あるのは、泥臭い『調整』と『努力』だけです。それが、人間が社会を営むということですわ」

 私の言葉に、老人は力なく笑った。
 
「……人間、か。……魔女の末裔が、最も人間らしいことを言うとはな……」

 老人の体が光の粒子となって崩れていく。
 彼もまた、システムの一部として長生きしすぎていたのだろう。
 核となる誓約が消えた今、その存在を維持できなくなったのだ。

 玉座の間に、静寂が戻った。
 窓の外から、朝日が差し込んでくる。
 長い、長い夜が明けたのだ。

          ◇

 数日後。
 王都は復興の槌音に包まれていた。
 カイル一派やセレナの残党は一掃され、神殿もエルダを中心とした改革派によって浄化が進んでいる。
 そして今日、改めて延期されていた『白花の儀』……いえ、私たちの結婚式が行われることになった。

 場所は、修復された大聖堂ではなく、王宮のバルコニー。
 形式張った儀式ではなく、民衆に向けた「宣誓式」という形だ。

 控室で、私はシンプルな白いドレスに着替えていた。
 豪華な装飾も、呪いの指輪もない。
 ただ、私の手には一枚の羊皮紙が握られている。

「……準備はいいか、リュシア」

 レオンハルトが入ってきた。
 彼もまた、飾り気のない軍服姿だ。

「はい。……でも、その前に」

 私は彼に向き直り、羊皮紙を差し出した。

「これは?」

「新しい『契約書』です」

 私は真剣な顔で告げた。

「システムは消えましたが、口約束だけで結婚するのは、元社畜として……いえ、ヴァルモン家の当主として不安です。なので、私たちの関係を定義する条文を作ってきました」

 レオンハルトは目を丸くし、それから楽しそうに笑って書類を受け取った。

「どれどれ……。『第一条:王太子はリュシアの自由意思を尊重し、過度な束縛(半径五メートル以内への侵入制限等)を行わないこと』」

「重要です」

「『第二条:リュシアは王妃としての公務を行うが、週に二日の定休日と、年に二回の長期休暇を保証すること』」

「労働者の権利です」

「『第三条:喧嘩をした際は、翌朝までに必ず話し合いの場を設けること。ただし、美味しいスイーツを持参した場合は、その限りではない』」

「……譲歩案です」

 レオンハルトは声を上げて笑った。
 そして、愛おしそうに書類を見つめた。

「最高だ。……どんな愛の詩よりも、君らしい素晴らしいラブレターだ」

「ラブレターじゃありません、契約書です!」

「私からも、一つだけ条項を追加していいか?」

 彼は羽ペンを取り、一番下にさらさらと書き加えた。

『特記事項:ただし、レオンハルトは生涯をかけてリュシアを愛し、彼女が「婚約破棄したい」と願う隙を与えないほど、幸せにし続ける義務を負う』

「……っ」

 私は顔が熱くなるのを感じた。
 義務化されてしまった。幸せになることが。

「契約成立だな?」

「……はい。異議なし、です」

 私たちは書類にサインをし、そして初めて、システムに強制されないキスをした。
 それはとても静かで、温かくて……甘い味がした。

          ◇

 それから、数年後。

 「リュシア様! 決裁書類が溜まっております!」
 「王妃様! 隣国の使節団が面会を求めています!」
 「ママー! 竜に乗って遊んでいいー?」

 王宮の執務室は、相変わらず戦場だった。
 私は山積みの書類と格闘しながら、叫んだ。

「もう! 少しは静かになさい! 竜はペットじゃありません! あと、その決裁は殿下に回して!」

 王妃となって数年。
 「隠居生活」なんて夢のまた夢。私は「敏腕王妃」として、あるいは「王国の影の支配者」として、多忙な日々を送っていた。
 まあ、週休二日は死守しているけれど。

「やあ、リュシア。今日も美しいね」

 窓から、レオンハルトが入ってきた(なぜかドアを使わない癖は治っていない)。
 彼は国王となり、貫禄がついたが、私を見る甘い瞳は変わっていない。
 いや、むしろシステムがなくなってからの方が、自発的な溺愛が加速している気がする。

「陛下。仕事をサボってどこに行っていたのですか?」

「サボってなどいない。君へのプレゼントを探していたんだ」

 彼は背中に隠していた花束を差し出した。
 真っ白なバラ。
 あの日、私たちが誓いを立てた花だ。

「今日は結婚記念日だろう? ……契約更新の日だ」

「……覚えていらしたのですね」

「忘れるものか。君との契約は、私の命より重い」

 彼は私の手を取り、薬指にキスをした。
 そこには、かつての呪いの指輪ではなく、シンプルな銀の指輪が光っている。
 そして、彼はいつものように、いたずらっぽく笑って言った。

「さて、更新手続きだが……今年も『継続』でいいかな? それとも……」

 私は花束を受け取り、ため息をついた。
 そして、あの懐かしい「退職届」を出すような仕草で、彼に微笑みかけた。

「ええ。申し上げます」

 私は深く息を吸い込み、彼を見据えた。

「――婚約破棄して下さい」

 レオンハルトは嬉しそうに目を細め、即答した。

「断る。……だが、君が望む自由は、これからも全部叶えよう」

 これが、私たちの愛の合言葉。
 何度拒絶しても、何度突き放しても、笑って受け止めてくれる。
 そんな「契約」に縛られるのも、まあ、悪くはないかなと思う。

 私は花束を胸に抱き、彼に抱きついた。
 窓の外には、平和な王都の風景と、空を飛ぶ黒竜の姿。
 私の「悪役令嬢」としての物語はここで終わる。
 これからは、「最強の王妃」としての、騒がしくも幸せな日々が続いていくのだ。

 ……まあ、たまには有給休暇を取って、実家に家出しようとは思うけれど。

(完)
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

白い結婚なので無効にします。持参金は全額回収いたします

鷹 綾
恋愛
「白い結婚」であることを理由に、夫から離縁を突きつけられた公爵夫人エリシア。 だが彼女は泣かなかった。 なぜなら――その結婚は、最初から“成立していなかった”から。 教会法に基づき婚姻無効を申請。持参金を全額回収し、彼女が選んだ新たな居場所は修道院だった。 それは逃避ではない。 男の支配から離れ、国家の外側に立つという戦略的選択。 やがて彼女は修道院長として、教育制度の整備、女性領主の育成、商業と医療の再編に関わり、王と王妃を外から支える存在となる。 王冠を欲さず、しかし王冠に影響を与える――白の領域。 一方、かつての夫は地位を失い、制度の中で静かに贖罪の道を歩む。 これは、愛を巡る物語ではない。 「選ばなかった未来」を守り続けた一人の女性の物語。 白は弱さではない。 白は、均衡を保つ力。 白い結婚から始まる、静かなリーガル・リベンジと国家再編の物語。

出て行けと言ったものの、本当に出て行かれるとは思っていなかった旦那様

睡蓮
恋愛
ジーク伯爵は、溺愛する自身の妹レイアと共謀する形で、婚約者であるユフィーナの事を追放することを決めた。ただその理由は、ユフィーナが婚約破棄を素直に受け入れることはないであろうと油断していたためだった。しかしユフィーナは二人の予想を裏切り、婚約破棄を受け入れるそぶりを見せる。予想外の行動をとられたことで焦りの色を隠せない二人は、ユフィーナを呼び戻すべく様々な手段を講じるのであったが…。

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

『婚約破棄?結構ですわ。白い結婚で優雅に返り咲きます』

鍛高譚
恋愛
伯爵令嬢アリエルは、幼い頃から決まっていた婚約者――王都屈指の名門・レオポルド侯爵家の嫡男マックスに、ある宴で突然“つまらない女”と蔑まれ、婚約を破棄されてしまう。 だが、それで終わる彼女ではない。むしろ“白い結婚”という形式だけの夫婦関係を逆手に取り、自由な生き方を選ぼうと決意するアリエル。ところが、元婚約者のマックスが闇商人との取引に手を染めているらしい噂が浮上し、いつしか王都全体を揺るがす陰謀が渦巻き始める。 さらに、近衛騎士団長補佐を務める冷徹な青年伯爵リヒトとの出会いが、アリエルの運命を大きく動かして――。 「貴族社会の窮屈さなんて、もうたくさん!」 破談から始まるざまぁ展開×白い結婚の爽快ファンタジー・ロマンス、開幕です。

《完結》氷の侯爵令息 あなたが子供はいらないと言ったから

ヴァンドール
恋愛
氷の侯爵令息と言われたアラン。彼は結婚相手の伯爵令嬢にとにかく冷たい態度で接する。 彼女は義姉イライザから夫が子供はいらないと言ったと聞き、衝撃を受けるが気持ちを切り替え生きていく。

もう私、好きなようにさせていただきますね? 〜とりあえず、元婚約者はコテンパン〜

野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
ファンタジー
「婚約破棄ですね、はいどうぞ」 婚約者から、婚約破棄を言い渡されたので、そういう対応を致しました。 もう面倒だし、食い下がる事も辞めたのですが、まぁ家族が許してくれたから全ては大団円ですね。 ……え? いまさら何ですか? 殿下。 そんな虫のいいお話に、まさか私が「はい分かりました」と頷くとは思っていませんよね? もう私の、使い潰されるだけの生活からは解放されたのです。 だって私はもう貴方の婚約者ではありませんから。 これはそうやって、自らが得た自由の為に戦う令嬢の物語。 ※本作はそれぞれ違うタイプのざまぁをお届けする、『野菜の夏休みざまぁ』作品、4作の内の1作です。    他作品は検索画面で『野菜の夏休みざまぁ』と打つとヒット致します。

【完結】男装して会いに行ったら婚約破棄されていたので、近衛として地味に復讐したいと思います。

銀杏鹿
恋愛
次期皇后のアイリスは、婚約者である王に会うついでに驚かせようと、男に変装し近衛として近づく。 しかし、王が自分以外の者と結婚しようとしていると知り、怒りに震えた彼女は、男装を解かないまま、復讐しようと考える。 しかし、男装が完璧過ぎたのか、王の意中の相手やら、王弟殿下やら、その従者に目をつけられてしまい……

白い結婚は終わりました。――崩れない家を築くまで

しおしお
恋愛
「干渉しないでくださいませ。その代わり、私も干渉いたしません」 崩れかけた侯爵家に嫁いだ私は、夫と“白い結婚”を結んだ。 助けない。口を出さない。責任は当主が負う――それが条件。 焦りと慢心から無謀な契約を重ね、家を傾かせていく夫。 私は隣に立ちながら、ただ見ているだけ。 放置された結果、彼は初めて自分の判断と向き合うことになる。 そして―― 一度崩れかけた侯爵家は、「選び直す力」を手に入れた。 無理な拡張はしない。 甘い条件には飛びつかない。 不利な契約は、きっぱり拒絶する。 やがてその姿勢は王宮にも波及し、 高利契約に歪められた制度そのものを立て直すことに――。 ざまあは派手ではない。 けれど確実。 焦らせた者も、慢心した者も、 気づけば“選ばれない側”になっている。 これは、干渉しない約束から始まる静かな逆転劇。 そして、白い結婚を終え、信頼で立つ家へと変わっていく物語。 隣に立つという選択こそが、最大のざまあでした。

処理中です...