追放された無能才女の私、敵国最強と謳われた冷徹公爵に「お飾りの婚約者になれ」と命じられました ~彼の呪いを癒せるのは、世界で私だけみたい~

放浪人

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第16話:旅立ちの前の、静かな夜

忘却の谷への旅立ちが決まってから、公爵邸は、静かな、しかし確かな熱気に、満ちていた。
セバスチャンを中心に、旅に必要な物資の準備が、着々と進められていく。
極寒の地に耐えうる、最高級の毛皮のコート。
長期保存が可能な、栄養価の高い、保存食。
魔物の、そして、恐らくは人間の敵意をも退けるであろう、魔除けの道具や、武器の数々。
それらの、物々しい準備を見ているだけで、これからの旅が、いかに過酷なものになるかを、改めて、思い知らされた。

クロード様は、彼の率いる騎士団の中から、選りすぐりの精鋭たちを、数名、選び出し、護衛として、同行させることにしたようだ。
彼は、騎士たちと、連日、書斎にこもり、地図を広げては、綿密な打ち合わせを、重ねている。
その、真剣な横顔を見ていると、私の心は、不安と、そして、彼への、揺るぎない信頼で、いっぱいになった。

そんな中、私にできることといえば、自分の、この『浄化の力』の制御精度を、少しでも、上げることだけだった。
毎日、礼拝堂に籠もり、クロード様に見守られながら、練習を繰り返す。
最初は、暴走気味だった私の力も、練習を重ねるうちに、少しずつ、その輝きの強さや、大きさを、自分の意思で、コントロールできるようになってきていた。

「……すごいな。数日で、ここまでとは」
私の手のひらに灯った、まるで、ロウソクの炎のように、穏やかで、小さな光を見て、クロード様が、感嘆の声を漏らす。

「あなた様が、見守ってくださるからです」
素直な気持ちを口にすると、彼は、少し照れたように、顔をそむけた。
そんな、彼の、何気ない仕草の一つ一つが、私の胸を、温かくする。

旅立ちを、三日後に控えた、静かな夜だった。
私は、書庫で、忘却の谷に関する、古い文献を、もう一度、読み返していた。
少しでも、情報を、集めておきたかったからだ。

コンコン、と静かなノックの音。
「……エリアーナ、まだ起きていたのか」
入ってきたのは、クロード様だった。
その手には、二つの、美しい磁器のカップが乗った、銀のトレイを持っている。

「眠れないのだろうと思ってな。温かい、ミルクだ」
「あ……ありがとうございます」

彼は、私の向かいの椅子に、腰を下ろし、ミルクの入ったカップを、私に、手渡してくれた。
湯気の立つ、蜂蜜の、甘い香りがするミルク。
一口飲むと、緊張で、こわばっていた心が、ふわりと、解けていくようだった。

「……怖いか?」
静寂を破って、彼が、尋ねた。

「……少しだけ」
私は、正直に、答えた。
「でも、あなたと、一緒だから、大丈夫です」

私の言葉に、彼は、ふっと、優しい、慈しむような笑みを、浮かべた。
最近、彼は、私の前で、よく、こうして、柔らかく、笑ってくれるようになった気がする。

「……俺もだ」
「え?」

「俺も、お前と一緒だから、怖くない」
彼は、真っ直ぐに、私を見つめて、言った。
その、美しい銀色の瞳には、偽りのない、誠実な色が、宿っている。

「今までは、ずっと、一人で、この呪いと、戦ってきた。誰にも、頼ることができず、終わりの見えない、絶望の中で、ただ、痛みに耐えるだけの、灰色の、日々だった。だが、今は、違う。お前がいる」

「クロード様……」

「エリアーナ。お前は、俺の、この、凍てついた闇の世界を、照らす、唯一の光だ。……だから、絶対に、お前を、失うわけには、いかない」

彼の言葉は、まるで、極上の、愛の告白のように、私の心に、深く、甘く、そして、切なく、染み渡った。
もう、私たちの関係を、『偽りの婚約』だなんて、思えなかった。
私の心は、完全に、彼のものであり、彼もまた、私を、かけがえのない、存在として、見てくれている。

その事実が、嬉しくて、愛おしくて、涙が、こぼれそうになった。

私たちは、その後も、しばらくの間、静かに、言葉を交わした。
彼の、子供の頃の、やんちゃな話。
戦場で、何を、思っていたか。
私が、リンドバーグ家で、どんなに、孤独だったか。

今まで、誰にも、話したことのなかった、心の、奥底にある想いを、お互いに、打ち明け合った。
知れば、知るほど、彼の孤独が、彼の痛みが、伝わってくる。
そして、彼もまた、私の、心の傷を、その、大きな優しさで、包み込んでくれた。

私たちは、まるで、傷ついた魂を、寄せ合うように、ただ、静かに、そこにいた。

「……もう、夜も遅い。そろそろ、部屋に戻れ。明日に響く」
カップが、空になったのを見て、彼が言った。

「はい……」
名残惜しい気持ちを、隠して、私は、立ち上がる。

書庫の出口まで、彼が、見送ってくれた。
扉の前で、私は、振り返り、彼に、深々とお辞儀をした。
「おやすみなさい、クロード様。……素敵な夜を、ありがとうございました」

「……ああ、おやすみ、エリアーナ」

彼の声が、ひどく、優しかった。
部屋に戻り、ベッドに入っても、心臓の、ドキドキが、なかなか、収まらなかった。

旅は、きっと、過酷なものになるだろう。
でも、乗り越えられる。
彼と、一緒なら。

この、胸に満ちた、温かい気持ちを、抱いて。
私は、旅立ちの前の、最後の、静かな夜を、幸せな気持ちで、眠りについた。
この先に、甘く、切ない運命が、待ち受けていることも知らずに。
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