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第18話:契約を超えた口づけ
「……エリアーナ」
扉を開けると、そこに、立っていたのは、思った通りの、クロード様だった。
彼は、いつものような、威厳のある、公爵の服装ではなく、簡素な、白いシャツ一枚という、ラフな姿をしていた。
それが、彼の纏う、『公爵』という、重い鎧を、少しだけ、取り払っているように、見えた。
「眠れないのか」
「……はい。あなた様も?」
「ああ」
短い会話。
けれど、その沈黙の中には、たくさんの、言葉が、たくさんの、想いが、含まれているのが、痛いほど、分かった。
「……少し、いいか」
「はい、どうぞ」
彼を、部屋の中に、招き入れる。
二人きりになった、静かな、部屋。
窓の外では、大きな、銀色の月が、私たちを、静かに、見守っていた。
彼は、何も言わず、窓辺に立つと、じっと、外の景色を、眺めていた。
その、広い、広い背中が、ひどく、寂しげに、見える。
私は、彼の隣に、そっと、寄り添うように、立った。
「……後悔しているか?」
不意に、彼が、尋ねた。
その声は、ひどく、弱々しかった。
「いいえ」
私は、迷わず、首を横に振った。
「後悔なんて、していません。むしろ、あなた様の、お役に立てることが、嬉しいのです」
「……そうか」
彼は、そう呟くと、ゆっくりと、私の方に、向き直った。
その、美しい銀色の瞳が、月の光を、浴びて、きらきらと、輝いている。
そして、その瞳は、熱を帯びた、真剣な光で、私を、射抜いていた。
「エリアーナ。俺は……怖い」
初めて、聞く、彼の、弱音だった。
「お前を、失うのが、怖い」
彼の、大きな手が、私の頬に、そっと、触れた。
その手は、僅かに、震えていた。
「お前と、出会うまで、俺は、何もかもを、諦めていた。呪いに、蝕まれ、心を失って、ただ、死んでいくだけの、獣になる。それが、俺に、与えられた、運命なのだと。だが、お前が、俺の、灰色の世界を、変えた。闇の中に、光を、灯してくれた」
「クロード様……」
「もう、お前のいない、世界など、考えられない。お前を、危険な場所に、連れて行くくらいなら、俺は……」
彼の、その先の言葉を、私は、自分の唇で、そっと、塞いだ。
驚いたように、彼の目が、大きく、見開かれる。
「……わたくしは、あなたに、守られるだけの、か弱い、お人形では、ありません」
唇を、離し、私は、彼の、驚きに揺れる瞳を、真っ直ぐに、見つめて、言った。
「あなたの、隣で、共に戦いたいのです。あなたの、痛みも、苦しみも、その、半分を、わたくしに、ください。わたくしは、あなたの、パートナーです。そう、言ってくださいましたよね?」
私の言葉に、彼は、息を、呑んだ。
そして、次の瞬間、力強い腕で、私の体を、壊してしまいそうなほど、強く、強く、抱きしめてきた。
「……ああ。そうだ。お前は……俺の、唯一無二の、パートナーだ」
そして、彼の顔が、ゆっくりと、近づいてくる。
今度は、ためらいも、迷いもなかった。
彼の唇が、私の唇に、優しく、そして、どこまでも、深く、重ねられる。
それは、今まで、経験したことのないほど、甘く、切ない、口づけだった。
ミルクのように、甘くて、彼の想いのように、熱い。
頭が、くらくらする。
全身の力が、抜けて、彼に、その体を、預けなければ、立っていることも、できなかった。
長い、長い、口づけ。
唇が、離れた時、私たちは、お互いの額を、くっつけたまま、荒い息を、繰り返した。
「……エリアーナ」
彼が、掠れた声で、私の名前を、呼ぶ。
「これは、契約じゃない」
「……はい」
「俺の、想いだ。……愛している」
その、たった一言が、私の心の、最後の、固い扉を、完全に、開け放った。
涙が、溢れて、止まらない。
それは、悲しみの涙じゃない。
幸せで、愛おしくて、たまらない、温かい、温かい、涙だった。
「わたくしも……。わたくしが、愛しているのは、クロード様、あなただけです」
私たちは、もう一度、深く、深く、口づけを、交わした。
偽りの婚約から、始まった、私たちの関係。
でも、それは、今、この瞬間、本物の、誰にも、引き裂くことのできない、愛の絆で、結ばれた。
明日の夜明けと共に、私たちの、過酷な旅が、始まる。
けれど、もう、何も、怖くはない。
この愛が、ある限り、私たちは、どんな困難も、乗り越えていけるはずだから。
扉を開けると、そこに、立っていたのは、思った通りの、クロード様だった。
彼は、いつものような、威厳のある、公爵の服装ではなく、簡素な、白いシャツ一枚という、ラフな姿をしていた。
それが、彼の纏う、『公爵』という、重い鎧を、少しだけ、取り払っているように、見えた。
「眠れないのか」
「……はい。あなた様も?」
「ああ」
短い会話。
けれど、その沈黙の中には、たくさんの、言葉が、たくさんの、想いが、含まれているのが、痛いほど、分かった。
「……少し、いいか」
「はい、どうぞ」
彼を、部屋の中に、招き入れる。
二人きりになった、静かな、部屋。
窓の外では、大きな、銀色の月が、私たちを、静かに、見守っていた。
彼は、何も言わず、窓辺に立つと、じっと、外の景色を、眺めていた。
その、広い、広い背中が、ひどく、寂しげに、見える。
私は、彼の隣に、そっと、寄り添うように、立った。
「……後悔しているか?」
不意に、彼が、尋ねた。
その声は、ひどく、弱々しかった。
「いいえ」
私は、迷わず、首を横に振った。
「後悔なんて、していません。むしろ、あなた様の、お役に立てることが、嬉しいのです」
「……そうか」
彼は、そう呟くと、ゆっくりと、私の方に、向き直った。
その、美しい銀色の瞳が、月の光を、浴びて、きらきらと、輝いている。
そして、その瞳は、熱を帯びた、真剣な光で、私を、射抜いていた。
「エリアーナ。俺は……怖い」
初めて、聞く、彼の、弱音だった。
「お前を、失うのが、怖い」
彼の、大きな手が、私の頬に、そっと、触れた。
その手は、僅かに、震えていた。
「お前と、出会うまで、俺は、何もかもを、諦めていた。呪いに、蝕まれ、心を失って、ただ、死んでいくだけの、獣になる。それが、俺に、与えられた、運命なのだと。だが、お前が、俺の、灰色の世界を、変えた。闇の中に、光を、灯してくれた」
「クロード様……」
「もう、お前のいない、世界など、考えられない。お前を、危険な場所に、連れて行くくらいなら、俺は……」
彼の、その先の言葉を、私は、自分の唇で、そっと、塞いだ。
驚いたように、彼の目が、大きく、見開かれる。
「……わたくしは、あなたに、守られるだけの、か弱い、お人形では、ありません」
唇を、離し、私は、彼の、驚きに揺れる瞳を、真っ直ぐに、見つめて、言った。
「あなたの、隣で、共に戦いたいのです。あなたの、痛みも、苦しみも、その、半分を、わたくしに、ください。わたくしは、あなたの、パートナーです。そう、言ってくださいましたよね?」
私の言葉に、彼は、息を、呑んだ。
そして、次の瞬間、力強い腕で、私の体を、壊してしまいそうなほど、強く、強く、抱きしめてきた。
「……ああ。そうだ。お前は……俺の、唯一無二の、パートナーだ」
そして、彼の顔が、ゆっくりと、近づいてくる。
今度は、ためらいも、迷いもなかった。
彼の唇が、私の唇に、優しく、そして、どこまでも、深く、重ねられる。
それは、今まで、経験したことのないほど、甘く、切ない、口づけだった。
ミルクのように、甘くて、彼の想いのように、熱い。
頭が、くらくらする。
全身の力が、抜けて、彼に、その体を、預けなければ、立っていることも、できなかった。
長い、長い、口づけ。
唇が、離れた時、私たちは、お互いの額を、くっつけたまま、荒い息を、繰り返した。
「……エリアーナ」
彼が、掠れた声で、私の名前を、呼ぶ。
「これは、契約じゃない」
「……はい」
「俺の、想いだ。……愛している」
その、たった一言が、私の心の、最後の、固い扉を、完全に、開け放った。
涙が、溢れて、止まらない。
それは、悲しみの涙じゃない。
幸せで、愛おしくて、たまらない、温かい、温かい、涙だった。
「わたくしも……。わたくしが、愛しているのは、クロード様、あなただけです」
私たちは、もう一度、深く、深く、口づけを、交わした。
偽りの婚約から、始まった、私たちの関係。
でも、それは、今、この瞬間、本物の、誰にも、引き裂くことのできない、愛の絆で、結ばれた。
明日の夜明けと共に、私たちの、過酷な旅が、始まる。
けれど、もう、何も、怖くはない。
この愛が、ある限り、私たちは、どんな困難も、乗り越えていけるはずだから。
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