22 / 60
第22話:黒く染まった湖と、異形の敵
不気味な静寂に包まれた森を、私たちは慎重に進んでいく。
アレクシス公爵の的確な指示のもと、一行は、まるで一つの生き物のように、統率の取れた動きを見せていた。
しばらく進むと、猟師のハンスが言っていた通り、ツンとした、腐敗臭のようなものが鼻をつき始めた。
空気が、重く、淀んでいる。
普通の森では、ありえない現象だ。
「公爵様、この先に、湖が……」
ハンスが、震える声で指さす。
木々の隙間から、きらきらと光る水面が見えてきた。
しかし、その光は、どこか鈍く、不健康な色をしていた。
やがて、視界が開け、私たちは、森の中心にある湖のほとりにたどり着いた。
そして、その光景に、全員が息をのむ。
「……これは……」
湖の水は、どす黒く、濁っていた。
まるで、大量の墨汁を流し込んだかのように、光を吸い込んで、よどんでいる。
湖畔の草木は、ことごとく枯れ果て、黒く変色していた。
そして、湖全体から、邪悪な気配――瘴気(しょうき)が、もくもくと立ち上っている。
「ひどい……。あんなに、綺麗な湖だったのに……」
ハンスが、悲痛な声を上げる。
「ただの自然現象ではないな」
アレクシス公爵が、顔を厳しく歪ませ、呟いた。
「何者かの手によって、この湖は、汚染された。それも、極めて強力な、負の魔力によって」
人為的な、汚染。
その言葉に、私は背筋が凍るのを感じた。
誰が、何のために、こんな酷いことを……。
その時だった。
ボコンッ!
静かだったはずの湖の水面が、大きく泡立った。
そして、その中から、ぬるり、と、黒い塊が姿を現した。
それは、定まった形を持たない、スライムのような、泥のような魔物だった。
一つ、また一つと、次々に、黒い魔物が湖から這い上がってくる。
「て、敵襲ーっ!」
護衛の一人が、叫ぶ。
騎士たちは、即座に剣を抜き、私の前に立ちはだかった。
「魔物だ! こんな森に、なぜ……!?」
「くそっ、瘴気から生まれたのか!」
騎士たちが、果敢に魔物に斬りかかる。
しかし、
グチャリ。
剣は、手応えなく、魔物の不定形の体を通り抜けるだけ。
物理的な攻撃が、ほとんど効いていない。
それどころか、斬られた魔物は、すぐに体を再生させてしまう。
「だめだ、キリがない!」
「数も多いぞ!」
騎士たちが、じりじりと後退り始めた、その時。
「――下がれ」
低く、しかし、戦場に響き渡る、アレクシスの声。
彼は、いつの間にか、私の前に進み出て、その大きな背中で、私を庇うように立っていた。
「公爵閣下!」
「ここは俺がやる。お前たちは、周囲を警戒しろ」
有無を言わせぬ、その言葉。
彼は、ゆっくりと、腰の剣を抜いた。
その刀身は、月光を浴びた氷のように、青白い輝きを放っている。
「イザベラ、俺の背中から、離れるなよ」
「……はい」
私は、彼の背中に、ぎゅっと掴まりたい衝動を、必死にこらえた。
今、彼は、戦士なのだ。
私の知っている、不器用で、世話の焼ける男じゃない。
泥の魔物たちが、私たちを目がけて、一斉に襲いかかってくる。
その数は、十や二十ではない。
絶望的な、数の差。
しかし、アレクシス公爵は、全く動じなかった。
彼は、静かに、剣を構え、
そして、一言だけ、呟いた。
「――身の程を、知れ」
その瞬間、彼の全身から、圧倒的な魔力が、蒼いオーラとなって、立ち上った。
アレクシス公爵の的確な指示のもと、一行は、まるで一つの生き物のように、統率の取れた動きを見せていた。
しばらく進むと、猟師のハンスが言っていた通り、ツンとした、腐敗臭のようなものが鼻をつき始めた。
空気が、重く、淀んでいる。
普通の森では、ありえない現象だ。
「公爵様、この先に、湖が……」
ハンスが、震える声で指さす。
木々の隙間から、きらきらと光る水面が見えてきた。
しかし、その光は、どこか鈍く、不健康な色をしていた。
やがて、視界が開け、私たちは、森の中心にある湖のほとりにたどり着いた。
そして、その光景に、全員が息をのむ。
「……これは……」
湖の水は、どす黒く、濁っていた。
まるで、大量の墨汁を流し込んだかのように、光を吸い込んで、よどんでいる。
湖畔の草木は、ことごとく枯れ果て、黒く変色していた。
そして、湖全体から、邪悪な気配――瘴気(しょうき)が、もくもくと立ち上っている。
「ひどい……。あんなに、綺麗な湖だったのに……」
ハンスが、悲痛な声を上げる。
「ただの自然現象ではないな」
アレクシス公爵が、顔を厳しく歪ませ、呟いた。
「何者かの手によって、この湖は、汚染された。それも、極めて強力な、負の魔力によって」
人為的な、汚染。
その言葉に、私は背筋が凍るのを感じた。
誰が、何のために、こんな酷いことを……。
その時だった。
ボコンッ!
静かだったはずの湖の水面が、大きく泡立った。
そして、その中から、ぬるり、と、黒い塊が姿を現した。
それは、定まった形を持たない、スライムのような、泥のような魔物だった。
一つ、また一つと、次々に、黒い魔物が湖から這い上がってくる。
「て、敵襲ーっ!」
護衛の一人が、叫ぶ。
騎士たちは、即座に剣を抜き、私の前に立ちはだかった。
「魔物だ! こんな森に、なぜ……!?」
「くそっ、瘴気から生まれたのか!」
騎士たちが、果敢に魔物に斬りかかる。
しかし、
グチャリ。
剣は、手応えなく、魔物の不定形の体を通り抜けるだけ。
物理的な攻撃が、ほとんど効いていない。
それどころか、斬られた魔物は、すぐに体を再生させてしまう。
「だめだ、キリがない!」
「数も多いぞ!」
騎士たちが、じりじりと後退り始めた、その時。
「――下がれ」
低く、しかし、戦場に響き渡る、アレクシスの声。
彼は、いつの間にか、私の前に進み出て、その大きな背中で、私を庇うように立っていた。
「公爵閣下!」
「ここは俺がやる。お前たちは、周囲を警戒しろ」
有無を言わせぬ、その言葉。
彼は、ゆっくりと、腰の剣を抜いた。
その刀身は、月光を浴びた氷のように、青白い輝きを放っている。
「イザベラ、俺の背中から、離れるなよ」
「……はい」
私は、彼の背中に、ぎゅっと掴まりたい衝動を、必死にこらえた。
今、彼は、戦士なのだ。
私の知っている、不器用で、世話の焼ける男じゃない。
泥の魔物たちが、私たちを目がけて、一斉に襲いかかってくる。
その数は、十や二十ではない。
絶望的な、数の差。
しかし、アレクシス公爵は、全く動じなかった。
彼は、静かに、剣を構え、
そして、一言だけ、呟いた。
「――身の程を、知れ」
その瞬間、彼の全身から、圧倒的な魔力が、蒼いオーラとなって、立ち上った。
あなたにおすすめの小説
【完結】悪役令嬢はおねぇ執事の溺愛に気付かない
As-me.com
恋愛
完結しました。
自分が乙女ゲームの悪役令嬢に転生したと気付いたセリィナは悪役令嬢の悲惨なエンディングを思い出し、絶望して人間不信に陥った。
そんな中で、家族すらも信じられなくなっていたセリィナが唯一信じられるのは専属執事のライルだけだった。
ゲームには存在しないはずのライルは“おねぇ”だけど優しくて強くて……いつしかセリィナの特別な人になるのだった。
そしてセリィナは、いつしかライルに振り向いて欲しいと想いを募らせるようになるのだが……。
周りから見れば一目瞭然でも、セリィナだけが気付かないのである。
※こちらは「悪役令嬢とおねぇ執事」のリメイク版になります。基本の話はほとんど同じですが、所々変える予定です。
こちらが完結したら前の作品は消すかもしれませんのでご注意下さい。
ゆっくり亀更新です。
【完結】廃墟送りの悪役令嬢、大陸一の都市を爆誕させる~冷酷伯爵の溺愛も限界突破しています~
遠野エン
恋愛
王太子から理不尽な婚約破棄を突きつけられた伯爵令嬢ルティア。聖女であるライバルの策略で「悪女」の烙印を押され、すべてを奪われた彼女が追放された先は荒れ果てた「廃墟の街」。人生のどん底――かと思いきや、ルティアは不敵に微笑んだ。
「問題が山積み? つまり、改善の余地(チャンス)しかありませんわ!」
彼女には前世で凄腕【経営コンサルタント】だった知識が眠っていた。
瓦礫を資材に変えてインフラ整備、ゴロツキたちを警備隊として雇用、嫌われ者のキノコや雑草(?)を名物料理「キノコスープ」や「うどん」に変えて大ヒット!
彼女の手腕によって、死んだ街は瞬く間に大陸随一の活気あふれる自由交易都市へと変貌を遂げる!
その姿に、当初彼女を蔑んでいた冷酷伯爵シオンの心も次第に溶かされていき…。
一方、ルティアを追放した王国は経済が破綻し、崩壊寸前。焦った元婚約者の王太子がやってくるが、幸せな市民と最愛の伯爵に守られた彼女にもう死角なんてない――――。
知恵と才覚で運命を切り拓く、痛快逆転サクセス&シンデレラストーリー、ここに開幕!
無能な悪役令嬢は静かに暮らしたいだけなのに、超有能な側近たちの勘違いで救国の聖女になってしまいました
黒崎隼人
ファンタジー
乙女ゲームの悪役令嬢イザベラに転生した私の夢は、破滅フラグを回避して「悠々自適なニート生活」を送ること!そのために王太子との婚約を破棄しようとしただけなのに…「疲れたわ」と呟けば政敵が消え、「甘いものが食べたい」と言えば新商品が国を潤し、「虫が嫌」と漏らせば魔物の巣が消滅!? 私は何もしていないのに、超有能な側近たちの暴走(という名の忠誠心)が止まらない!やめて!私は聖女でも策略家でもない、ただの無能な怠け者なのよ!本人の意思とは裏腹に、勘違いで国を救ってしまう悪役令嬢の、全力で何もしない救国ファンタジー、ここに開幕!
【完結】その溺愛は聞いてない! ~やり直しの二度目の人生は悪役令嬢なんてごめんです~
Rohdea
恋愛
私が最期に聞いた言葉、それは……「お前のような奴はまさに悪役令嬢だ!」でした。
第1王子、スチュアート殿下の婚約者として過ごしていた、
公爵令嬢のリーツェはある日、スチュアートから突然婚約破棄を告げられる。
その傍らには、最近スチュアートとの距離を縮めて彼と噂になっていた平民、ミリアンヌの姿が……
そして身に覚えのあるような無いような罪で投獄されたリーツェに待っていたのは、まさかの処刑処分で──
そうして死んだはずのリーツェが目を覚ますと1年前に時が戻っていた!
理由は分からないけれど、やり直せるというのなら……
同じ道を歩まず“悪役令嬢”と呼ばれる存在にならなければいい!
そう決意し、過去の記憶を頼りに以前とは違う行動を取ろうとするリーツェ。
だけど、何故か過去と違う行動をする人が他にもいて───
あれ?
知らないわよ、こんなの……聞いてない!
転生ガチャで悪役令嬢になりました
みおな
恋愛
前世で死んだと思ったら、乙女ゲームの中に転生してました。
なんていうのが、一般的だと思うのだけど。
気がついたら、神様の前に立っていました。
神様が言うには、転生先はガチャで決めるらしいです。
初めて聞きました、そんなこと。
で、なんで何度回しても、悪役令嬢としかでないんですか?
死亡予定の脇役令嬢に転生したら、断罪前に裏ルートで皇帝陛下に溺愛されました!?
六角
恋愛
「え、私が…断罪?処刑?――冗談じゃないわよっ!」
前世の記憶が蘇った瞬間、私、公爵令嬢スカーレットは理解した。
ここが乙女ゲームの世界で、自分がヒロインをいじめる典型的な悪役令嬢であり、婚約者のアルフォンス王太子に断罪される未来しかないことを!
その元凶であるアルフォンス王太子と聖女セレスティアは、今日も今日とて私の目の前で愛の劇場を繰り広げている。
「まあアルフォンス様! スカーレット様も本当は心優しい方のはずですわ。わたくしたちの真実の愛の力で彼女を正しい道に導いて差し上げましょう…!」
「ああセレスティア!君はなんて清らかなんだ!よし、我々の愛でスカーレットを更生させよう!」
(…………はぁ。茶番は他所でやってくれる?)
自分たちの恋路に酔いしれ、私を「救済すべき悪」と見なすめでたい頭の二人組。
あなたたちの自己満足のために私の首が飛んでたまるものですか!
絶望の淵でゲームの知識を総動員して見つけ出した唯一の活路。
それは血も涙もない「漆黒の皇帝」と万人に恐れられる若き皇帝ゼノン陛下に接触するという、あまりに危険な【裏ルート】だった。
「命惜しさにこの私に魂でも売りに来たか。愚かで滑稽で…そして実に唆る女だ、スカーレット」
氷の視線に射抜かれ覚悟を決めたその時。
冷酷非情なはずの皇帝陛下はなぜか私の悪あがきを心底面白そうに眺め、その美しい唇を歪めた。
「良いだろう。お前を私の『籠の中の真紅の鳥』として、この手ずから愛でてやろう」
その日から私の運命は激変!
「他の男にその瞳を向けるな。お前のすべては私のものだ」
皇帝陛下からの凄まじい独占欲と息もできないほどの甘い溺愛に、スカーレットの心臓は鳴りっぱなし!?
その頃、王宮では――。
「今頃スカーレットも一人寂しく己の罪を反省しているだろう」
「ええアルフォンス様。わたくしたちが彼女を温かく迎え入れてあげましょうね」
などと最高にズレた会話が繰り広げられていることを、彼らはまだ知らない。
悪役(笑)たちが壮大な勘違いをしている間に、最強の庇護者(皇帝陛下)からの溺愛ルート、確定です!
私を選ばなかったくせに~推しの悪役令嬢になってしまったので、本物以上に悪役らしい振る舞いをして婚約破棄してやりますわ、ザマア~
あさぎかな@コミカライズ決定
恋愛
乙女ゲーム《時の思い出(クロノス・メモリー)》の世界、しかも推しである悪役令嬢ルーシャに転生してしまったクレハ。
「貴方は一度だって私の話に耳を傾けたことがなかった。誤魔化して、逃げて、時より甘い言葉や、贈り物を贈れば満足だと思っていたのでしょう。――どんな時だって、私を選ばなかったくせに」と言って化物になる悪役令嬢ルーシャの未来を変えるため、いちルーシャファンとして、婚約者であり全ての元凶とである第五王子ベルンハルト(放蕩者)に婚約破棄を求めるのだが――?