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14話「奪わせない準備」
「跡取りなら、取り返せばいい」
オスヴァルドがそんな狂気じみた考えを抱いていることなど、私はすでに予測していた。
あの男は、自分の所有物が自分の意思で離れていくことを決して許容できない。
ましてや、それが自分の血を分けた息子であればなおさらだ。
私は侯爵家の警備責任者を呼び出し、指示を出した。
「本日から、屋敷の警備を現在の三倍に増やしてください。特に夜間の巡回は厳重に。ルクレール家の紋章をつけた馬車、あるいは怪しい人物が近づいた場合は、一切の取り次ぎを拒否して追い返すこと」
「承知いたしました、リディア様」
屈強な騎士が深く一礼し、足早に退出していく。
さらに、私は王都の法務士を呼び寄せた。
ルクレール家のお抱えだったバルテルではない。実家が懇意にしている、王国法に精通した一流の法務士だ。
「接近禁止の仮処分、ですね」
分厚い眼鏡をかけた法務士の男は、私の要望を聞いて顎を撫でた。
「はい。現在、夫は監察院の監査対象となっており、精神的に不安定な状態です。息子に危害を加える、あるいは無理やり連れ去る可能性が極めて高い。侯爵家への接近を法的に禁じることは可能ですか?」
「『持参金契約』の違反と監査の事実があれば、十分な理由になります。直ちに裁判所へ申請書類を提出しましょう。三日もあれば仮処分命令が下りるはずです」
「助かります。それと、レオンの侯爵家後継者としての登記も、最優先で進めてください」
「承知いたしました。先手必勝、ですな」
法務士は頼もしく微笑み、山のような書類を抱えて帰っていった。
物理的な壁と、法的な壁。
二重の防壁を構築することで、私はオスヴァルドの手出しを完全に封じるつもりだった。
♦︎♦︎♦︎
私が防衛の準備を着々と進めていた頃。
王都の社交界では、一つの噂がまことしやかに囁かれ始めていた。
『ルクレール伯爵夫人が家を出たらしい』
『監査が入ったと聞いたわ。伯爵が何か不正を働いたのよ』
『愛人とその子供を屋敷に引き入れたのが原因だとか……』
貴族たちの格好のゴシップの的となったルクレール伯爵家。
オスヴァルドは社交界での面目を保つため、必死に弁明の手紙を各所に送りつけていたが、誰もまともに取り合わなかった。
監察院が動いている相手に関わり合いになるなど、正気の沙汰ではないからだ。
そんな中、セレナが思いもよらない行動に出た。
彼女は、オスヴァルドの親族が主催する小規模な茶会に、体調不良を理由に休むはずだったオスヴァルドの代理として、勝手に出席したのだ。
親族たちの冷ややかな視線が突き刺さる中、セレナは持参したハンカチで目元を覆い、か細い声で語り始めたという。
「皆様……オスヴァルド様を、誤解しないでください。奥様が出て行かれたのは、オスヴァルド様のせいではありません……」
わざとらしく肩を震わせる彼女に、親族の一人が呆れたように問いかけた。
「では、誰のせいだと言うのだ? 君が押しかけたからだろう」
「違います! 奥様は……奥様は、私に嫉妬されたのです」
セレナは涙に濡れた瞳で、親族たちを見回した。
「私、オスヴァルド様の優しさに救われて……その、もしかしたら……」
彼女は頬を赤らめ、そっと自分の下腹部に手を当てた。
「もう一人、授かったみたいで……。それを知った奥様が、激怒して家を出て行かれたのです。私たち、ただ静かに暮らしたかっただけなのに……!」
その発言は、瞬く間に社交界に波紋を広げた。
正妻が愛人の妊娠に嫉妬し、職務を放棄して実家へ逃げ帰った。
それがセレナの描いた、新たな「可哀想な被害者」のシナリオだった。
オスヴァルドがそんな狂気じみた考えを抱いていることなど、私はすでに予測していた。
あの男は、自分の所有物が自分の意思で離れていくことを決して許容できない。
ましてや、それが自分の血を分けた息子であればなおさらだ。
私は侯爵家の警備責任者を呼び出し、指示を出した。
「本日から、屋敷の警備を現在の三倍に増やしてください。特に夜間の巡回は厳重に。ルクレール家の紋章をつけた馬車、あるいは怪しい人物が近づいた場合は、一切の取り次ぎを拒否して追い返すこと」
「承知いたしました、リディア様」
屈強な騎士が深く一礼し、足早に退出していく。
さらに、私は王都の法務士を呼び寄せた。
ルクレール家のお抱えだったバルテルではない。実家が懇意にしている、王国法に精通した一流の法務士だ。
「接近禁止の仮処分、ですね」
分厚い眼鏡をかけた法務士の男は、私の要望を聞いて顎を撫でた。
「はい。現在、夫は監察院の監査対象となっており、精神的に不安定な状態です。息子に危害を加える、あるいは無理やり連れ去る可能性が極めて高い。侯爵家への接近を法的に禁じることは可能ですか?」
「『持参金契約』の違反と監査の事実があれば、十分な理由になります。直ちに裁判所へ申請書類を提出しましょう。三日もあれば仮処分命令が下りるはずです」
「助かります。それと、レオンの侯爵家後継者としての登記も、最優先で進めてください」
「承知いたしました。先手必勝、ですな」
法務士は頼もしく微笑み、山のような書類を抱えて帰っていった。
物理的な壁と、法的な壁。
二重の防壁を構築することで、私はオスヴァルドの手出しを完全に封じるつもりだった。
♦︎♦︎♦︎
私が防衛の準備を着々と進めていた頃。
王都の社交界では、一つの噂がまことしやかに囁かれ始めていた。
『ルクレール伯爵夫人が家を出たらしい』
『監査が入ったと聞いたわ。伯爵が何か不正を働いたのよ』
『愛人とその子供を屋敷に引き入れたのが原因だとか……』
貴族たちの格好のゴシップの的となったルクレール伯爵家。
オスヴァルドは社交界での面目を保つため、必死に弁明の手紙を各所に送りつけていたが、誰もまともに取り合わなかった。
監察院が動いている相手に関わり合いになるなど、正気の沙汰ではないからだ。
そんな中、セレナが思いもよらない行動に出た。
彼女は、オスヴァルドの親族が主催する小規模な茶会に、体調不良を理由に休むはずだったオスヴァルドの代理として、勝手に出席したのだ。
親族たちの冷ややかな視線が突き刺さる中、セレナは持参したハンカチで目元を覆い、か細い声で語り始めたという。
「皆様……オスヴァルド様を、誤解しないでください。奥様が出て行かれたのは、オスヴァルド様のせいではありません……」
わざとらしく肩を震わせる彼女に、親族の一人が呆れたように問いかけた。
「では、誰のせいだと言うのだ? 君が押しかけたからだろう」
「違います! 奥様は……奥様は、私に嫉妬されたのです」
セレナは涙に濡れた瞳で、親族たちを見回した。
「私、オスヴァルド様の優しさに救われて……その、もしかしたら……」
彼女は頬を赤らめ、そっと自分の下腹部に手を当てた。
「もう一人、授かったみたいで……。それを知った奥様が、激怒して家を出て行かれたのです。私たち、ただ静かに暮らしたかっただけなのに……!」
その発言は、瞬く間に社交界に波紋を広げた。
正妻が愛人の妊娠に嫉妬し、職務を放棄して実家へ逃げ帰った。
それがセレナの描いた、新たな「可哀想な被害者」のシナリオだった。
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