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26話「逆噴射」
オスヴァルドの政治的奔走は、ルーカスの予測通り、最悪の形で彼自身に跳ね返ることとなった。
数日後の昼下がり。
王都の空は分厚い灰色の雲に覆われ、今にも雪が降り出しそうな底冷えのする日だった。
私は実家の応接室で、届いたばかりの王国登記院からの公式文書に目を通していた。
「……愚かとしか言いようがありませんね」
書類を読み終えた私は、呆れ果てて額に手を当てた。
オスヴァルドが泣きついた先の一つに、王国でも絶大な権力を持つ保守派の公爵がいた。
オスヴァルドは彼に対し「正妻が愛人の妊娠に嫉妬し、家を飛び出したせいで領地が回らない。自分は被害者だ」と訴えたらしい。
公爵の同情を引き、強引に私を家に戻させるための命令を引き出そうとしたのだ。
だが、公爵は老獪だった。
彼はオスヴァルドの言葉を鵜呑みにはせず、監察院の監査が入っているという事実を重く見た。
そして、「まずはその愛人が本当に妊娠しているのか、王国の公式な医師団を派遣して証明させよ」と命じたのだ。
妊娠が事実であり、かつ正当な手続きを経て認知されるのであれば、オスヴァルドの主張にも一理あるかもしれない。
しかし、それが嘘であれば――国家権力を欺こうとした大罪となる。
「結果は、ご推察の通りです」
応接室のソファに深く腰掛けたルーカスが、氷のように冷たい声で告げた。
「公爵の手配した医師団が、昨日ルクレール邸を訪問し、セレナ殿の診察を強行しました。彼女は『体調が悪い』『男の医師には診せられない』と泣き叫んで抵抗したそうですが、王国法に基づく強制診察を拒否することはできません」
私は手元の文書に記された、王宮筆頭医師の署名と真っ赤な印章を見つめた。
そこには、極めて事務的な、しかし残酷な事実が簡潔に記されていた。
『対象者セレナ・グランツに、妊娠の兆候は一切見られず。過去数ヶ月以内に流産した痕跡もなし』
「完全な狂言だったというわけですね」
「ええ。彼女は茶会で同情を買うため、そして親権裁判で奥方を悪者に仕立て上げるために、もっともらしい嘘をついた。しかし、その嘘が自分たちの首を決定的に絞めることになったのです」
公爵は激怒し、オスヴァルドとの一切の関わりを絶つと宣言した。
そればかりか、社交界において「ルクレール伯爵は、愛人の偽装妊娠を盾に国を欺こうとした卑劣漢である」という通達まで回したらしい。
これで、オスヴァルドを庇う者は、王都のどこにもいなくなった。
「彼女は、医師団が真実を告げた瞬間、その場にへたり込んで泣き崩れたそうです」
ルーカスの言葉に、私の心には微かな哀れみすら湧かなかった。
嘘で固めた砂の城は、真実という波が来れば呆気なく崩れ去る。ただそれだけのことだ。
「最初から、いなかったんです」
私が静かに呟くと、ルーカスは無言で頷き、冷たいお茶を口に運んだ。
数日後の昼下がり。
王都の空は分厚い灰色の雲に覆われ、今にも雪が降り出しそうな底冷えのする日だった。
私は実家の応接室で、届いたばかりの王国登記院からの公式文書に目を通していた。
「……愚かとしか言いようがありませんね」
書類を読み終えた私は、呆れ果てて額に手を当てた。
オスヴァルドが泣きついた先の一つに、王国でも絶大な権力を持つ保守派の公爵がいた。
オスヴァルドは彼に対し「正妻が愛人の妊娠に嫉妬し、家を飛び出したせいで領地が回らない。自分は被害者だ」と訴えたらしい。
公爵の同情を引き、強引に私を家に戻させるための命令を引き出そうとしたのだ。
だが、公爵は老獪だった。
彼はオスヴァルドの言葉を鵜呑みにはせず、監察院の監査が入っているという事実を重く見た。
そして、「まずはその愛人が本当に妊娠しているのか、王国の公式な医師団を派遣して証明させよ」と命じたのだ。
妊娠が事実であり、かつ正当な手続きを経て認知されるのであれば、オスヴァルドの主張にも一理あるかもしれない。
しかし、それが嘘であれば――国家権力を欺こうとした大罪となる。
「結果は、ご推察の通りです」
応接室のソファに深く腰掛けたルーカスが、氷のように冷たい声で告げた。
「公爵の手配した医師団が、昨日ルクレール邸を訪問し、セレナ殿の診察を強行しました。彼女は『体調が悪い』『男の医師には診せられない』と泣き叫んで抵抗したそうですが、王国法に基づく強制診察を拒否することはできません」
私は手元の文書に記された、王宮筆頭医師の署名と真っ赤な印章を見つめた。
そこには、極めて事務的な、しかし残酷な事実が簡潔に記されていた。
『対象者セレナ・グランツに、妊娠の兆候は一切見られず。過去数ヶ月以内に流産した痕跡もなし』
「完全な狂言だったというわけですね」
「ええ。彼女は茶会で同情を買うため、そして親権裁判で奥方を悪者に仕立て上げるために、もっともらしい嘘をついた。しかし、その嘘が自分たちの首を決定的に絞めることになったのです」
公爵は激怒し、オスヴァルドとの一切の関わりを絶つと宣言した。
そればかりか、社交界において「ルクレール伯爵は、愛人の偽装妊娠を盾に国を欺こうとした卑劣漢である」という通達まで回したらしい。
これで、オスヴァルドを庇う者は、王都のどこにもいなくなった。
「彼女は、医師団が真実を告げた瞬間、その場にへたり込んで泣き崩れたそうです」
ルーカスの言葉に、私の心には微かな哀れみすら湧かなかった。
嘘で固めた砂の城は、真実という波が来れば呆気なく崩れ去る。ただそれだけのことだ。
「最初から、いなかったんです」
私が静かに呟くと、ルーカスは無言で頷き、冷たいお茶を口に運んだ。
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