私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました

放浪人

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34話「共犯の鎖」

「俺は騙されたんだ! そ、そこの女が……セレナが、金が足りない、もっと宝石が欲しいと泣きつくから……! 俺は仕方なくやっただけだ!」

オスヴァルドの突然の責任転嫁に、法廷内は一瞬の静寂に包まれた。
自分の愛人を守るために私を追い出しておきながら、いざ自分の身が危うくなると、今度はその愛人をあっさりと切り捨てる。
その底知れぬ見苦しさに、私は吐き気すら覚えた。

突然名指しされたセレナは、目を丸くしてオスヴァルドを見つめていた。
やがて彼女の顔が、怒りと恐怖で真っ赤に染まっていく。

「な……何を言うのよ! 私がいつ密輸なんてしろって言ったの!? オスヴァルド様が勝手にやったことじゃない!」

「お前が『ドレスが古いと恥ずかしい』と泣いたからだろう! お前のせいで、俺はこんな……!」

「私のせいにしないでよ! 自分で勝手に私に貢いでおいて、今更被害者ぶるなんて最低!」

法廷の中心で、かつて愛し合っていたはずの二人が醜い罵り合いを始めた。
互いの保身のためだけに、相手の罪を大声で暴きたてる。
それはまさに、地獄の釜の底のような光景だった。

ドスッ! ドスッ!

議長が木槌を激しく打ち鳴らし、静寂を取り戻す。

「静粛に! 見苦しいぞ、両名とも!」

議長の怒号に、二人はビクッと体を震わせて口を閉ざした。

そこへ、ルーカスが氷のように冷ややかな声で割って入った。

「どちらの責任かなど、争う必要はありません。お二人は立派な『共犯』ですから」

ルーカスは新たな書類の束を掲げた。

「黒蛇商会との取引指示書には、オスヴァルド伯爵の直筆の署名と、当主の印章が明確に押されています。これは伯爵自身が密輸を主導した何よりの証拠です」

ルーカスはオスヴァルドを一瞥した後、今度はセレナへと視線を向けた。

「そしてセレナ殿。あなたが王都の宝石商で数々の品を購入した際の支払いの記録がこちらにあります。代金の出所は、黒蛇商会から伯爵家の裏口座へ振り込まれた不正な資金と完全に一致しています。さらに……」

ルーカスは言葉を区切り、法廷全体を見渡した。

「元侍女長マーサの手記により、あなたがリディア夫人の私室へ侵入し、印章を盗み出そうとした窃盗未遂の事実も確認されています。あなたは単なる傍観者ではなく、積極的に伯爵家の財産を簒奪しようとした加害者です」

「ち、違う……私はただ、可哀想な女で……」

セレナはへたり込み、両手で顔を覆って嘘泣きを始めた。
しかし、その陳腐な演技に同情する者は、もう誰一人としていない。

「すべての証拠は揃いました」

ルーカスが議長に向かって深く一礼する。

「王国監察院として、ルクレール伯爵による重大な契約違反、および国家に対する背任行為を認定いたします。これ以上の領地経営は不可能と判断し、厳正なる処罰を求めます」

議長は深く頷き、両隣の裁判官たちと最終的な確認を行った。
そして、ゆっくりと立ち上がった。

「判決を下す。オスヴァルド・ルクレールによる数々の不正行為は、貴族としての義務を著しく逸脱するものである」

重厚な声が、オスヴァルドの破滅を宣告する。

「よって当法廷は、ルクレール伯爵の領地運営権の即時停止を命ずる」

運営権停止――。
その言葉が響いた瞬間、オスヴァルドの目から完全に光が消え失せた。

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