私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました

放浪人

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39話 自分のために

ルーカスの提案は、私の心に冷たい清流のような新しい風を吹き込んだ。

『自分のために、力を使う』。
その言葉を胸の中で何度も反芻しながら、私は侯爵家の私室で荷造りを進めていた。

「お嬢様、王都の治安維持局より、定期報告の書状が届いております」

老執事が銀のトレイに乗せて持ってきた手紙を、私は手を止めて受け取った。
差出人は、オスヴァルドを収監している地下牢の看守長からだった。

封を切り、中身に素早く目を通す。

『囚人オスヴァルド・ルクレールは、連日牢屋の鉄格子にしがみつき、リディア夫人の名前を叫び続けております』

冷たく湿った地下牢。
粗末な食事と、重い鉄枷。
かつて贅沢の限りを尽くし、威張り散らしていた男は、今や完全に精神の均衡を崩しているらしい。

『彼は「自分が間違っていた」「リディアがいればすべてやり直せる」「一度でいいから面会に来てくれ」と泣き喚き、看守たちを困惑させています。夫人、いかがなさいますか。一度、顔をお見せになりますか?』

私は手紙から顔を上げ、窓の外の澄み切った冬空を見つめた。

怒りも、悲しみも、もはや何もない。
彼がどれほど後悔しようと、どれほど惨めな姿を晒そうと、私の心にはさざ波一つ立たなかった。

「お嬢様? いかがなさいますか。馬車の手配をいたしましょうか」

執事の問いかけに、私は静かに首を振った。

「いいえ。返信は不要です。この手紙は、暖炉に捨ててちょうだい」

「……よろしいのですか?」

「ええ。彼はもう、私の世界には存在しない人間ですから」

私がそう告げると、執事は深く一礼し、手紙を暖炉の炎の中へと放り込んだ。
パチッ、という音と共に、オスヴァルドの最後の足掻きは文字通り灰となって消え去った。

復讐のために彼の前に立ち、言葉で罵ることすら、今の私には時間の無駄だった。
完全に無視し、私の視界から永遠に消し去ること。
それこそが、あの男に対する最大の、そして最終的な罰なのだ。

♦︎♦︎♦︎

その日の午後。
私とレオンは、父が用意してくれた王都郊外の新しい屋敷へと向かう馬車の中にいた。

監察院での仕事が始まるまでの間、二人きりで静かに暮らすための、小さくて日当たりの良い別邸。

「お母様、新しいお家、広いかな?」

レオンが窓の外の景色を見ながら、ワクワクしたような声を出す。

「そうね。お庭には大きなりんごの木があるそうよ。春になったら、一緒にお花を植えましょうね」

「うん!」

やがて馬車が止まり、私たちは降り立った。
目の前には、白い壁と赤い屋根の、こぢんまりとした美しい家が建っていた。
冷たい風が吹いていたが、不思議と寒さは感じない。

私はレオンの小さな手をしっかりと握り、その門をくぐった。

「ここが、私たちの家です」

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