五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人

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第1話 無効宣告

 王都ヴァルミエの中心にそびえる、暁光教会の大聖堂。
 天高く伸びる尖塔から、重々しい鐘の音が響き渡っていた。

 ひんやりとした石畳の冷たさが、靴底を通して足の裏まで伝わってくる。
 獣脂の蝋燭が燃える特有の匂いと、乳香の香りが混ざり合う、薄暗い教会裁判所。
 エリシアは祭壇の前に立ち、ただ目の前の虚空を見つめていた。

「ーーよって、辺境伯ロルフと子爵家次女エリシアの婚姻は、禁親等の疑義により無効とする」

 赤い法衣を纏った司祭の言葉が、高い天井に反響する。
 無効。
 離縁ではない。この三年間、辺境の厳しい冬を共に乗り越え、領地の帳簿に向かい合った日々そのものが「最初から存在しなかった」と宣告されたのだ。

「ロルフ様……」

 エリシアは震える唇を開き、隣に立つ夫ーーいや、今や他人となった男を見上げた。
 銀色の髪に、氷のように冷たい青い瞳。
 辺境伯ロルフは、エリシアの微かな声にピクリとも表情を動かさなかった。

「合理的な判断だ」

 彼の口からこぼれたのは、ひどく平坦で、感情の欠落した声だった。

「辺境の統治には、より強固な後ろ盾が必要だ。疑義のある婚姻関係を続けることは、領地にとって最善ではない。君の家格では、これ以上の発展は望めない」

 淡々と告げられる言葉の刃が、エリシアの胸を正確に切り裂いていく。
 そこに、妻への労わりや後悔の色は一切なかった。
 ただ家の存続と、領地の利益。彼が信じるのはそれだけなのだと、改めて突きつけられる。

「私の三年は……何だったのでしょうか」

 絞り出した声は、ひどく掠れていた。
 ロルフは冷ややかな視線をエリシアに向ける。

「君の貢献は評価している。だが、無効化は教会が認めた事実だ。君の身の回りの物は、すでに馬車に積んである。実家へ帰るがいい」

 これ以上話すことはないとばかりに、ロルフは背を向ける。
 床を叩く彼の硬い靴音が、無情にも遠ざかっていった。

 視界がぐらりと揺れる。
 実家になど、帰れるはずがない。エリシアは「辺境伯に嫁いだ娘」として、すでに家から籍を抜かれている。婚姻が無効になった今、彼女の帰る場所などこの世のどこにも存在しないのだ。

 呼吸がうまくできない。
 胸の奥が焼けるように痛いのに、不思議と涙は一滴も出なかった。
 あまりの恐怖と屈辱に、感情が完全に凍りついてしまったようだった。

 エリシアはゆっくりと、冷たい石畳の上に膝をついた。
 灯りの消えかけた蝋燭の匂いが、肺の奥をひどく重く満たしていった。

♦︎♦︎♦︎

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