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第1話 無効宣告
王都ヴァルミエの中心にそびえる、暁光教会の大聖堂。
天高く伸びる尖塔から、重々しい鐘の音が響き渡っていた。
ひんやりとした石畳の冷たさが、靴底を通して足の裏まで伝わってくる。
獣脂の蝋燭が燃える特有の匂いと、乳香の香りが混ざり合う、薄暗い教会裁判所。
エリシアは祭壇の前に立ち、ただ目の前の虚空を見つめていた。
「ーーよって、辺境伯ロルフと子爵家次女エリシアの婚姻は、禁親等の疑義により無効とする」
赤い法衣を纏った司祭の言葉が、高い天井に反響する。
無効。
離縁ではない。この三年間、辺境の厳しい冬を共に乗り越え、領地の帳簿に向かい合った日々そのものが「最初から存在しなかった」と宣告されたのだ。
「ロルフ様……」
エリシアは震える唇を開き、隣に立つ夫ーーいや、今や他人となった男を見上げた。
銀色の髪に、氷のように冷たい青い瞳。
辺境伯ロルフは、エリシアの微かな声にピクリとも表情を動かさなかった。
「合理的な判断だ」
彼の口からこぼれたのは、ひどく平坦で、感情の欠落した声だった。
「辺境の統治には、より強固な後ろ盾が必要だ。疑義のある婚姻関係を続けることは、領地にとって最善ではない。君の家格では、これ以上の発展は望めない」
淡々と告げられる言葉の刃が、エリシアの胸を正確に切り裂いていく。
そこに、妻への労わりや後悔の色は一切なかった。
ただ家の存続と、領地の利益。彼が信じるのはそれだけなのだと、改めて突きつけられる。
「私の三年は……何だったのでしょうか」
絞り出した声は、ひどく掠れていた。
ロルフは冷ややかな視線をエリシアに向ける。
「君の貢献は評価している。だが、無効化は教会が認めた事実だ。君の身の回りの物は、すでに馬車に積んである。実家へ帰るがいい」
これ以上話すことはないとばかりに、ロルフは背を向ける。
床を叩く彼の硬い靴音が、無情にも遠ざかっていった。
視界がぐらりと揺れる。
実家になど、帰れるはずがない。エリシアは「辺境伯に嫁いだ娘」として、すでに家から籍を抜かれている。婚姻が無効になった今、彼女の帰る場所などこの世のどこにも存在しないのだ。
呼吸がうまくできない。
胸の奥が焼けるように痛いのに、不思議と涙は一滴も出なかった。
あまりの恐怖と屈辱に、感情が完全に凍りついてしまったようだった。
エリシアはゆっくりと、冷たい石畳の上に膝をついた。
灯りの消えかけた蝋燭の匂いが、肺の奥をひどく重く満たしていった。
♦︎♦︎♦︎
天高く伸びる尖塔から、重々しい鐘の音が響き渡っていた。
ひんやりとした石畳の冷たさが、靴底を通して足の裏まで伝わってくる。
獣脂の蝋燭が燃える特有の匂いと、乳香の香りが混ざり合う、薄暗い教会裁判所。
エリシアは祭壇の前に立ち、ただ目の前の虚空を見つめていた。
「ーーよって、辺境伯ロルフと子爵家次女エリシアの婚姻は、禁親等の疑義により無効とする」
赤い法衣を纏った司祭の言葉が、高い天井に反響する。
無効。
離縁ではない。この三年間、辺境の厳しい冬を共に乗り越え、領地の帳簿に向かい合った日々そのものが「最初から存在しなかった」と宣告されたのだ。
「ロルフ様……」
エリシアは震える唇を開き、隣に立つ夫ーーいや、今や他人となった男を見上げた。
銀色の髪に、氷のように冷たい青い瞳。
辺境伯ロルフは、エリシアの微かな声にピクリとも表情を動かさなかった。
「合理的な判断だ」
彼の口からこぼれたのは、ひどく平坦で、感情の欠落した声だった。
「辺境の統治には、より強固な後ろ盾が必要だ。疑義のある婚姻関係を続けることは、領地にとって最善ではない。君の家格では、これ以上の発展は望めない」
淡々と告げられる言葉の刃が、エリシアの胸を正確に切り裂いていく。
そこに、妻への労わりや後悔の色は一切なかった。
ただ家の存続と、領地の利益。彼が信じるのはそれだけなのだと、改めて突きつけられる。
「私の三年は……何だったのでしょうか」
絞り出した声は、ひどく掠れていた。
ロルフは冷ややかな視線をエリシアに向ける。
「君の貢献は評価している。だが、無効化は教会が認めた事実だ。君の身の回りの物は、すでに馬車に積んである。実家へ帰るがいい」
これ以上話すことはないとばかりに、ロルフは背を向ける。
床を叩く彼の硬い靴音が、無情にも遠ざかっていった。
視界がぐらりと揺れる。
実家になど、帰れるはずがない。エリシアは「辺境伯に嫁いだ娘」として、すでに家から籍を抜かれている。婚姻が無効になった今、彼女の帰る場所などこの世のどこにも存在しないのだ。
呼吸がうまくできない。
胸の奥が焼けるように痛いのに、不思議と涙は一滴も出なかった。
あまりの恐怖と屈辱に、感情が完全に凍りついてしまったようだった。
エリシアはゆっくりと、冷たい石畳の上に膝をついた。
灯りの消えかけた蝋燭の匂いが、肺の奥をひどく重く満たしていった。
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