五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人

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第12話 拒絶宣言

「ぱ……パパ?」

 クララの小さな声が、冷たい石の回廊に響いた。
 その言葉が意味する重さに、エリシアは弾かれたようにクララを自分の背中へ隠した。
 娘の震える小さな肩を、両手で強く抱き寄せる。

「……その子は、私の……」

 ロルフの声が、微かに掠れていた。
 合理性しか信じない彼の顔に、初めて動揺の色が浮かんでいる。
 しかし、それはほんの一瞬のことだった。彼はすぐに視線を鋭くし、いつもの冷徹な領主の顔へと戻る。

「なるほど。状況は理解した。私の血を引く子がいるというのであれば、話は別だ」

 ロルフは靴音を一つ鳴らし、エリシアに向かって一歩踏み出した。

「辺境伯家の血統として、適切な環境での養育が必要だ。旧市街のような不衛生な場所ではなく、屋敷へ移れ。すぐに金と護衛の手配をする」

 淡々と告げられる言葉。
 そこには、五年間一人で娘を育ててきたエリシアへの労わりも、愛を語る言葉もない。あるのはただ、「家のために必要だ」という圧倒的な合理の暴力だけだった。

 子どもだけを奪われる。道具として扱われる。
 かつて怯えていた最悪の想像が、現実になろうとしている。
 恐怖で奥歯がガチガチと鳴りそうだった。
 だが、エリシアは娘を庇う腕の力を強め、ゆっくりと顔を上げた。

「……お断りします」

 絞り出した声は、静かだが、硬い芯を持っていた。

「私の生活に、踏み込まないでください。あなたの金も、護衛も必要ありません」

 ロルフの眉間に、深いシワが刻まれる。

「合理的に考えろ、エリシア。君一人でその子を育てるより、私の庇護下に入るほうが明らかに有益だ」
「それは、違います」

 エリシアは一歩も引かず、男の青い瞳を真っ直ぐに睨み返した。

「私たちは、あなたにとって有益かどうかで生きているのではありません。……クララは、私の娘です。あなたに指一本触れさせるつもりはありません」

 完全な拒絶。
 その強い眼差しに、ロルフは微かに息を呑んだように見えた。
 彼の中で何かが崩れ、そして別の何かが形作られていく。
 数秒の重い沈黙の後、ロルフはゆっくりと口を開いた。

「……ならば。父として、会わせてほしい」

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