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第29話 パパの意味
王都の石畳を照らす柔らかな午後の陽射し。
クララの小さな唇から紡がれた「パパ」という響きが、春の風に乗って静かに流れた。
馬車に乗り込もうとしていたロルフの大きな背中が、ピタリと止まる。
彼はゆっくりと振り返り、数歩離れた場所に立つクララを見つめた。その氷のように冷たい青い瞳が、ひどく不器用に揺れているのがわかる。
クララは、右手をエリシアに、左手をリュシアンにしっかりと繋がれたまま、真っ直ぐにロルフを見返していた。
「パパ、ばいばい」
それは、父親への親愛を示す言葉でありながら、同時に「ここでお別れ」という明確な境界線を引く言葉でもあった。
クララは理解しているのだ。自分を守ってくれる強い父親がそこにいること。けれど、自分の帰る温かい家は、ママとリュシアンのいる場所なのだと。
ロルフは数秒の沈黙の後、姿勢を正し、小さく、けれど深く頷いた。
「ああ。……また会おう」
彼がそれ以上距離を詰めてくることはなかった。
かつては、娘が自分を「パパ」と呼ぶ日が来れば、そのまま強引に奪われるのではないかと怯えていた。五年後、元夫の勝手な後悔によって生活が壊されると、本気で困り果てていたのだ。
だが今、エリシアの心にあるのは、誰も奪われないという確かな安堵だけだった。
父親は、境界線の外側で娘を守る盾となる。
母親の隣には、共に日常を歩む温かい伴侶がいる。
これが、私たちが選び取った新しい家族の形なのだ。
馬車が重々しい車輪の音を立てて遠ざかっていくのを見送り、エリシアは繋いだ娘の手に少しだけ力を込めた。
リュシアンが、穏やかな声で笑いかける。
「帰りましょうか。今日は、市場で甘い果物を買って帰りますか」
「うん! いちご、たべる」
平和な会話を交わしながら、旧市街の工房へと戻る。
しかし、扉を開けたエリシアたちを待っていたのは、慌てた様子で立つギルドの書記、ヨアヒムだった。
「戻られましたか、エリシア殿」
ヨアヒムは手にした羊皮紙の束を揺らし、眼鏡の奥の目を鋭く光らせた。
羊皮紙からは、強い蜜蝋の匂いと、長旅を経た土埃の匂いが漂っている。
「辺境から、祝布の最終にして最大の緊急要請が届きました。……大至急、確認をお願いします」
♦︎♦︎♦︎
クララの小さな唇から紡がれた「パパ」という響きが、春の風に乗って静かに流れた。
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クララは、右手をエリシアに、左手をリュシアンにしっかりと繋がれたまま、真っ直ぐにロルフを見返していた。
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ロルフは数秒の沈黙の後、姿勢を正し、小さく、けれど深く頷いた。
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母親の隣には、共に日常を歩む温かい伴侶がいる。
これが、私たちが選び取った新しい家族の形なのだ。
馬車が重々しい車輪の音を立てて遠ざかっていくのを見送り、エリシアは繋いだ娘の手に少しだけ力を込めた。
リュシアンが、穏やかな声で笑いかける。
「帰りましょうか。今日は、市場で甘い果物を買って帰りますか」
「うん! いちご、たべる」
平和な会話を交わしながら、旧市街の工房へと戻る。
しかし、扉を開けたエリシアたちを待っていたのは、慌てた様子で立つギルドの書記、ヨアヒムだった。
「戻られましたか、エリシア殿」
ヨアヒムは手にした羊皮紙の束を揺らし、眼鏡の奥の目を鋭く光らせた。
羊皮紙からは、強い蜜蝋の匂いと、長旅を経た土埃の匂いが漂っている。
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