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第60話 続く幸福
「パパ、きょう、きてくれてありがとう!」
夕焼けに染まる校門の前。クララの元気な声が響いた。
ロルフは数歩の距離を保ったまま立ち止まり、不器用な手つきで自分の前髪をかき上げた。
「ああ。……よく声が出ていた。立派だった」
彼の声は相変わらず硬かったが、その氷のような青い瞳には、隠しきれない温かな光が宿っていた。
彼はそれ以上距離を詰めず、ただ深く頷くと、静かに背を向けて歩き出した。
その背中を見送るクララの顔に、怯えや寂しさは微塵もない。
父親は去るのではない。境界線の外側で、変わらず自分を守り続けてくれるのだと知っているからだ。
新しい家へ帰る道すがら、街には夕食の支度をする各家庭からの香ばしい匂いが漂っていた。
肉を焼く匂い、スープの湯気、子どもたちの笑い声。
その当たり前の日常の風景の中に、今は自分たちも完全に溶け込んでいる。
「今日の夕食は、クララの好きな豆のシチューにしましょうか」
「わぁい! リュシアンがいっぱいつくってくれる?」
「ええ、一緒に作りましょうね」
リュシアンとクララが手を繋いで笑い合う。
エリシアはその光景を少し後ろから見つめ、胸いっぱいに夕暮れの空気を吸い込んだ。
ランタン織房は、新しい大きな作業場でさらに活気づいている。
ティナはすっかり一人前の職人として成長し、救恤院との長期契約も安定して続いていた。
時には、過去のトラウマがフラッシュバックして、夜中に少しだけ呼吸が苦しくなる日もある。
だが、そんな揺り戻しの夜の翌朝には、必ず温かいスープと、リュシアンの変わらない笑顔が待っている。
少しずつ、確実に、前へ進んでいけるのだ。
家の門をくぐる前。
ふと、通りを吹き抜けた秋の風に、遠くの蹄の音が混ざった気がした。
「パパ、またね」
クララが振り返り、夕焼け空に向かって小さく呟く。
エリシアは娘のその言葉を止めることなく、ただ優しく微笑んで肩を抱き寄せた。
隣には、リュシアンが温かい手でエリシアの腰を支えてくれている。
コーン、コーンと、大聖堂の鐘が静かに王都の空に鳴り響く。
壊された人生が作り直され、静かで確かな幸福が、これからもずっと続いていく。
夕焼けに染まる校門の前。クララの元気な声が響いた。
ロルフは数歩の距離を保ったまま立ち止まり、不器用な手つきで自分の前髪をかき上げた。
「ああ。……よく声が出ていた。立派だった」
彼の声は相変わらず硬かったが、その氷のような青い瞳には、隠しきれない温かな光が宿っていた。
彼はそれ以上距離を詰めず、ただ深く頷くと、静かに背を向けて歩き出した。
その背中を見送るクララの顔に、怯えや寂しさは微塵もない。
父親は去るのではない。境界線の外側で、変わらず自分を守り続けてくれるのだと知っているからだ。
新しい家へ帰る道すがら、街には夕食の支度をする各家庭からの香ばしい匂いが漂っていた。
肉を焼く匂い、スープの湯気、子どもたちの笑い声。
その当たり前の日常の風景の中に、今は自分たちも完全に溶け込んでいる。
「今日の夕食は、クララの好きな豆のシチューにしましょうか」
「わぁい! リュシアンがいっぱいつくってくれる?」
「ええ、一緒に作りましょうね」
リュシアンとクララが手を繋いで笑い合う。
エリシアはその光景を少し後ろから見つめ、胸いっぱいに夕暮れの空気を吸い込んだ。
ランタン織房は、新しい大きな作業場でさらに活気づいている。
ティナはすっかり一人前の職人として成長し、救恤院との長期契約も安定して続いていた。
時には、過去のトラウマがフラッシュバックして、夜中に少しだけ呼吸が苦しくなる日もある。
だが、そんな揺り戻しの夜の翌朝には、必ず温かいスープと、リュシアンの変わらない笑顔が待っている。
少しずつ、確実に、前へ進んでいけるのだ。
家の門をくぐる前。
ふと、通りを吹き抜けた秋の風に、遠くの蹄の音が混ざった気がした。
「パパ、またね」
クララが振り返り、夕焼け空に向かって小さく呟く。
エリシアは娘のその言葉を止めることなく、ただ優しく微笑んで肩を抱き寄せた。
隣には、リュシアンが温かい手でエリシアの腰を支えてくれている。
コーン、コーンと、大聖堂の鐘が静かに王都の空に鳴り響く。
壊された人生が作り直され、静かで確かな幸福が、これからもずっと続いていく。
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