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第二十九話 結婚式は契約式。誓いの言葉は、私たちのもの
そして迎えた、運命の日。 ルミナリア王国の王宮広場は、建国以来最大とも言える熱気に包まれていた。
空は突き抜けるような青。 広場を埋め尽くすのは、色とりどりの花々と、数えきれないほどの市民たち。 彼らの手には、国旗と共に「祝・最強夫婦」「新しい時代の幕開け」と書かれた小旗が握られている。
そう。今日は私、リディア・エルヴァインと、アシュ・ヴァレンシュタイン宰相による『国法婚式(ステート・ウェディング)』の挙行日だ。
「……リディア。準備はいいか?」
控室の扉が開き、アシュ様が入ってきた。 その姿を見た瞬間、私は息を呑んだ。 いつもの黒い宰相服ではない。今日の彼は、純白のタキシードに身を包んでいる。銀色の髪は丁寧に整えられ、胸元には私の瞳と同じ色のサファイアのブローチが輝いている。 まるで童話の中から抜け出してきた王子様のようだ。
「……似合いすぎですわ、アシュ様。これでは私のドレスが霞んでしまいます」
私が冗談めかして言うと、アシュ様は私の前に歩み寄り、膝をついて私の手を取った。
「あり得ない仮定だ。……今日の君は、太陽そのものだ。直視すると網膜が焼けるほど美しい」
アシュ様は真剣な顔で言った。 『嘘がつけない契約』があるから、これは彼の本心だ。 今日の私のドレスは、伝統的なレースを使いつつも、動きやすさと凛とした美しさを追求したマーメイドライン。頭にはティアラではなく、白い薔薇とリボンのヘッドドレスを飾っている。
「……ありがとうございます。あなたにそう言っていただけるのが、何よりの自信になります」
私が微笑むと、アシュ様は立ち上がり、私をエスコートするために腕を差し出した。
「行こう。新しい時代の契約式だ。……君との愛を、世界に刻みつけに行くぞ」
◇
ファンファーレが鳴り響き、私たちは大階段の上に姿を現した。
ワァァァァァッ!! 地響きのような歓声が広場を揺らす。 教会の厳粛で静かな式とは大違いだ。ここにあるのは、民衆の熱気と、自由な祝福の声だけ。
私たちは階段をゆっくりと下り、広場の中央に設けられた『誓約の台座』へと向かった。 そこには神父も神官もいない。 あるのは、一冊の分厚い本――『ルミナリア国法全書』と、立会人である国王陛下だけだ。
「これより、宰相アシュとリディアの国法婚式を執り行う!」
陛下の宣言が響く。 アシュ様と私は向かい合い、互いの手を取った。
「通常なら、ここで神への誓いを立てるところだが……」
アシュ様が民衆に向かって語りかける。
「我々は神には誓わない。神は沈黙するだけで、我々の人生に責任を持ってはくれないからだ」
会場から笑いと拍手が起きる。 かつての「神託騒動」を皮肉ったジョークだ。
「我々が誓うのは、この国の法と、そして何より……目の前のパートナーに対してのみだ」
アシュ様は私に向き直った。 その瞳が、熱く揺れている。
「リディア・エルヴァイン。私は君と『契約』を結びたい」
彼は懐から、一枚の羊皮紙を取り出した。 それは先日、私が一度は「重い」と言って逃げ出し、その後「やっぱり受ける」と決めた、あの修正版の契約書だ。
「第一条。私は生涯、君を最優先事項(トップ・プライオリティ)とする。国家の危機よりも、君の涙一つを重大事案として扱う」
会場から「ヒュー!」という冷やかしの声が飛ぶ。 私は顔が熱くなるのを感じながら、彼の言葉を待った。
「第二条。私は君の自由を尊重する。ただし、君が転びそうな時は、必ずその前に私が地面に滑り込む」
クスクスという笑い声。 でも、彼の目は真剣そのものだ。
「第三条。……私は、君を愛し抜く。論理も、合理性も超えて。私の心臓が動く限り、この感情(バグ)を永遠に抱き続けることを誓う」
アシュ様の声が、微かに震えた。 それは、どんな詩人の言葉よりも美しく、私の胸に響いた。
「……承認しますか、リディア?」
問いかけに、私は大きく頷いた。 そして、今度は私が懐から扇子を取り出した。 その裏には、私がこっそり書いてきた『誓いの言葉』がある。
「承認します。……ただし、私からの追加条項がありますわ」
私は扇子を開き、高らかに宣言した。
「第一条! 喧嘩をした時は、その日のうちに仲直りのハグをすること! 論理的解決よりも、スキンシップを優先してください!」
アシュ様が目を丸くし、それから嬉しそうに頷いた。 「第二条! どんなに忙しくても、おやつタイムは一緒に取ること! あなたの糖分管理は、私が責任を持って行います!」
会場の女性たちから「かわいいー!」という歓声が上がる。
「そして、第三条! ……私も、あなたを愛し抜きます。あなたが世界中を敵に回しても、私だけはあなたの隣で、最強の共犯者であり続けることを誓います!」
言い切った瞬間、涙が溢れてきた。 アシュ様も、感極まったように目を潤ませている。
「承認しますか、アシュ様?」
「……愚問だ。即時可決だ」
アシュ様は私を引き寄せた。 そして、私たちは誓いのキスを交わした。
その瞬間だった。
カッッッ!!!
私たちの左手の薬指にある『真実の誓約印』が、共鳴を起こし、太陽も霞むほどの強烈な閃光を放ったのだ。 それは単なるピンク色の光ではない。 虹色に輝くオーロラのような光の柱が、天に向かって立ち昇った。
「うわっ、眩しっ!?」 「目が、目がああ!」
最前列にいた国王陛下や、参列していたミレイユ様たちが、慌てて手で目を覆う。 宰相府の文官たちは、慣れた手つきで懐から『対閃光防御用サングラス』を取り出し、一斉に装着した。準備が良すぎる。
「こ、これは……」
アシュ様が唇を離し、驚愕して自分の手を見る。
「出力係数測定不能……。リディア、我々の愛のエネルギーは、どうやら物理法則を無視しているようだ」
「ふふっ。素敵じゃありませんか。これこそ、誰にも邪魔できない『最強の契約』の証ですわ!」
光の柱は雲を突き抜け、王都中のどこからでも見える祝砲となった。 これを見た人々は、後世まで語り継ぐだろう。 かつて氷と呼ばれた宰相と、悪役と呼ばれた令嬢が、世界で一番熱いキスをした日として。
◇
式の後は、王都を巡るパレードが行われた。 オープンカー仕様の馬車に乗り込み、私たちは手を振る。
沿道には、かつて私に石を投げようとした人たちもいたが、今は皆、笑顔で花吹雪を撒いてくれている。 ミレイユ様とニナが、工房の前で「おめでとうございます!」と書かれた巨大なクッキーを掲げていた。 その隣には、アシュ様の部下たちが「祝・リア充爆発(物理)」という横断幕を持って敬礼している。
「……いい景色だ」
アシュ様が、私の肩を抱きながら呟いた。
「君と出会う前、世界はただのモノクロームだった。管理すべきデータと、排除すべきノイズしかなかった。……だが今は、こんなにも色彩に溢れている」
彼は私の髪に口づけを落とした。
「ありがとう、リディア。君は私に、世界を愛することを教えてくれた」
「いいえ、アシュ様。……私が教えたのは『契約違反の楽しさ』だけですわ」
私が悪戯っぽく返すと、彼は楽しそうに笑った。
「違いない。……さて、リディア」
アシュ様の声色が、急に甘く、そして低くなった。 耳元に唇が寄せられる。
「式もパレードも、もうすぐ終わる。……この後は、公務も監査もない、完全なプライベートタイムだ」
「は、はい」
「先ほどの契約書には書かなかったが……『夜の執務』に関する条項も、そろそろ詰める必要があるのではないか?」
ドキン。 心臓が跳ね上がった。 『嘘がつけない』彼の言葉には、隠しきれない情熱と、男としての欲望が滲み出ている。 「そ、それは……その場の雰囲気による、変動相場制ということで……」
「却下だ。私は確実な成果を求めたい」
アシュ様の手が、私の腰をいやらしくなく、でも所有権を主張するように撫でた。
「覚悟しておけ。今夜は君を寝かせるつもりはない。……愛の言葉を、君が声を枯らすまで言わせてやる」
キャーッ! もう、なんてこと言うんですかこの氷(今は熱湯)の宰相様は! サングラスをかけた部下たちが、ニヤニヤしながらこちらを見ている気がする。
私は真っ赤になりながら、でも彼の胸に顔を埋めて、小さく頷いた。
「……お手柔らかにお願いしますわ、旦那様」
パレードの馬車は、夕日に染まる王都を駆け抜けていく。 私たちの「契約結婚」は、これにて円満に終了。 そしてここからは、契約書も印も必要ない、本物の愛の物語が始まるのだ。
めでたしめでたし――と言いたいところだけれど。 きっと明日からも、この不器用で愛おしい夫との、甘くて騒がしい「契約違反」な日常が続くに違いない。
次いきます。 ――今度は、ふたりで。
空は突き抜けるような青。 広場を埋め尽くすのは、色とりどりの花々と、数えきれないほどの市民たち。 彼らの手には、国旗と共に「祝・最強夫婦」「新しい時代の幕開け」と書かれた小旗が握られている。
そう。今日は私、リディア・エルヴァインと、アシュ・ヴァレンシュタイン宰相による『国法婚式(ステート・ウェディング)』の挙行日だ。
「……リディア。準備はいいか?」
控室の扉が開き、アシュ様が入ってきた。 その姿を見た瞬間、私は息を呑んだ。 いつもの黒い宰相服ではない。今日の彼は、純白のタキシードに身を包んでいる。銀色の髪は丁寧に整えられ、胸元には私の瞳と同じ色のサファイアのブローチが輝いている。 まるで童話の中から抜け出してきた王子様のようだ。
「……似合いすぎですわ、アシュ様。これでは私のドレスが霞んでしまいます」
私が冗談めかして言うと、アシュ様は私の前に歩み寄り、膝をついて私の手を取った。
「あり得ない仮定だ。……今日の君は、太陽そのものだ。直視すると網膜が焼けるほど美しい」
アシュ様は真剣な顔で言った。 『嘘がつけない契約』があるから、これは彼の本心だ。 今日の私のドレスは、伝統的なレースを使いつつも、動きやすさと凛とした美しさを追求したマーメイドライン。頭にはティアラではなく、白い薔薇とリボンのヘッドドレスを飾っている。
「……ありがとうございます。あなたにそう言っていただけるのが、何よりの自信になります」
私が微笑むと、アシュ様は立ち上がり、私をエスコートするために腕を差し出した。
「行こう。新しい時代の契約式だ。……君との愛を、世界に刻みつけに行くぞ」
◇
ファンファーレが鳴り響き、私たちは大階段の上に姿を現した。
ワァァァァァッ!! 地響きのような歓声が広場を揺らす。 教会の厳粛で静かな式とは大違いだ。ここにあるのは、民衆の熱気と、自由な祝福の声だけ。
私たちは階段をゆっくりと下り、広場の中央に設けられた『誓約の台座』へと向かった。 そこには神父も神官もいない。 あるのは、一冊の分厚い本――『ルミナリア国法全書』と、立会人である国王陛下だけだ。
「これより、宰相アシュとリディアの国法婚式を執り行う!」
陛下の宣言が響く。 アシュ様と私は向かい合い、互いの手を取った。
「通常なら、ここで神への誓いを立てるところだが……」
アシュ様が民衆に向かって語りかける。
「我々は神には誓わない。神は沈黙するだけで、我々の人生に責任を持ってはくれないからだ」
会場から笑いと拍手が起きる。 かつての「神託騒動」を皮肉ったジョークだ。
「我々が誓うのは、この国の法と、そして何より……目の前のパートナーに対してのみだ」
アシュ様は私に向き直った。 その瞳が、熱く揺れている。
「リディア・エルヴァイン。私は君と『契約』を結びたい」
彼は懐から、一枚の羊皮紙を取り出した。 それは先日、私が一度は「重い」と言って逃げ出し、その後「やっぱり受ける」と決めた、あの修正版の契約書だ。
「第一条。私は生涯、君を最優先事項(トップ・プライオリティ)とする。国家の危機よりも、君の涙一つを重大事案として扱う」
会場から「ヒュー!」という冷やかしの声が飛ぶ。 私は顔が熱くなるのを感じながら、彼の言葉を待った。
「第二条。私は君の自由を尊重する。ただし、君が転びそうな時は、必ずその前に私が地面に滑り込む」
クスクスという笑い声。 でも、彼の目は真剣そのものだ。
「第三条。……私は、君を愛し抜く。論理も、合理性も超えて。私の心臓が動く限り、この感情(バグ)を永遠に抱き続けることを誓う」
アシュ様の声が、微かに震えた。 それは、どんな詩人の言葉よりも美しく、私の胸に響いた。
「……承認しますか、リディア?」
問いかけに、私は大きく頷いた。 そして、今度は私が懐から扇子を取り出した。 その裏には、私がこっそり書いてきた『誓いの言葉』がある。
「承認します。……ただし、私からの追加条項がありますわ」
私は扇子を開き、高らかに宣言した。
「第一条! 喧嘩をした時は、その日のうちに仲直りのハグをすること! 論理的解決よりも、スキンシップを優先してください!」
アシュ様が目を丸くし、それから嬉しそうに頷いた。 「第二条! どんなに忙しくても、おやつタイムは一緒に取ること! あなたの糖分管理は、私が責任を持って行います!」
会場の女性たちから「かわいいー!」という歓声が上がる。
「そして、第三条! ……私も、あなたを愛し抜きます。あなたが世界中を敵に回しても、私だけはあなたの隣で、最強の共犯者であり続けることを誓います!」
言い切った瞬間、涙が溢れてきた。 アシュ様も、感極まったように目を潤ませている。
「承認しますか、アシュ様?」
「……愚問だ。即時可決だ」
アシュ様は私を引き寄せた。 そして、私たちは誓いのキスを交わした。
その瞬間だった。
カッッッ!!!
私たちの左手の薬指にある『真実の誓約印』が、共鳴を起こし、太陽も霞むほどの強烈な閃光を放ったのだ。 それは単なるピンク色の光ではない。 虹色に輝くオーロラのような光の柱が、天に向かって立ち昇った。
「うわっ、眩しっ!?」 「目が、目がああ!」
最前列にいた国王陛下や、参列していたミレイユ様たちが、慌てて手で目を覆う。 宰相府の文官たちは、慣れた手つきで懐から『対閃光防御用サングラス』を取り出し、一斉に装着した。準備が良すぎる。
「こ、これは……」
アシュ様が唇を離し、驚愕して自分の手を見る。
「出力係数測定不能……。リディア、我々の愛のエネルギーは、どうやら物理法則を無視しているようだ」
「ふふっ。素敵じゃありませんか。これこそ、誰にも邪魔できない『最強の契約』の証ですわ!」
光の柱は雲を突き抜け、王都中のどこからでも見える祝砲となった。 これを見た人々は、後世まで語り継ぐだろう。 かつて氷と呼ばれた宰相と、悪役と呼ばれた令嬢が、世界で一番熱いキスをした日として。
◇
式の後は、王都を巡るパレードが行われた。 オープンカー仕様の馬車に乗り込み、私たちは手を振る。
沿道には、かつて私に石を投げようとした人たちもいたが、今は皆、笑顔で花吹雪を撒いてくれている。 ミレイユ様とニナが、工房の前で「おめでとうございます!」と書かれた巨大なクッキーを掲げていた。 その隣には、アシュ様の部下たちが「祝・リア充爆発(物理)」という横断幕を持って敬礼している。
「……いい景色だ」
アシュ様が、私の肩を抱きながら呟いた。
「君と出会う前、世界はただのモノクロームだった。管理すべきデータと、排除すべきノイズしかなかった。……だが今は、こんなにも色彩に溢れている」
彼は私の髪に口づけを落とした。
「ありがとう、リディア。君は私に、世界を愛することを教えてくれた」
「いいえ、アシュ様。……私が教えたのは『契約違反の楽しさ』だけですわ」
私が悪戯っぽく返すと、彼は楽しそうに笑った。
「違いない。……さて、リディア」
アシュ様の声色が、急に甘く、そして低くなった。 耳元に唇が寄せられる。
「式もパレードも、もうすぐ終わる。……この後は、公務も監査もない、完全なプライベートタイムだ」
「は、はい」
「先ほどの契約書には書かなかったが……『夜の執務』に関する条項も、そろそろ詰める必要があるのではないか?」
ドキン。 心臓が跳ね上がった。 『嘘がつけない』彼の言葉には、隠しきれない情熱と、男としての欲望が滲み出ている。 「そ、それは……その場の雰囲気による、変動相場制ということで……」
「却下だ。私は確実な成果を求めたい」
アシュ様の手が、私の腰をいやらしくなく、でも所有権を主張するように撫でた。
「覚悟しておけ。今夜は君を寝かせるつもりはない。……愛の言葉を、君が声を枯らすまで言わせてやる」
キャーッ! もう、なんてこと言うんですかこの氷(今は熱湯)の宰相様は! サングラスをかけた部下たちが、ニヤニヤしながらこちらを見ている気がする。
私は真っ赤になりながら、でも彼の胸に顔を埋めて、小さく頷いた。
「……お手柔らかにお願いしますわ、旦那様」
パレードの馬車は、夕日に染まる王都を駆け抜けていく。 私たちの「契約結婚」は、これにて円満に終了。 そしてここからは、契約書も印も必要ない、本物の愛の物語が始まるのだ。
めでたしめでたし――と言いたいところだけれど。 きっと明日からも、この不器用で愛おしい夫との、甘くて騒がしい「契約違反」な日常が続くに違いない。
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