妹が私の全てを奪いました。婚約者も家族も。でも、隣国の国王陛下が私を選んでくれました

放浪人

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第八話『あーん、と甘いお菓子と小さな嘘』

「どこかで見覚えがあるような……」

アレクシオス陛下の言葉に私の心臓は早鐘を打ち始めた。
まさか気づかれた? いやそんなはずはない。あれはもう10年以上も前のほんの一瞬の出来事だったのだから。

私は平静を装い必死に微笑んだ。

「これは亡くなった祖母の形見なのです。古いものなのでどこにでもあるようなデザインなのかもしれません」

「……そうか。そうだな」

陛下は少し考え込むような素振りを見せたがやがて「気のせいか」と小さく呟きそれ以上は追及してこなかった。

私は心の底からホッと息をつく。

(まだ言えない……)

あの日のことは私だけの秘密の宝物だ。

馬車での旅は想像していたよりもずっと快適で楽しいものだった。
陛下はリンドールの地理や文化、歴史についてまるで物語を語るように面白く教えてくれた。

「リンドールの王都にはな『星屑の市場』と呼ばれる大きな市場があるんだ。世界中の珍しいものが集まって夜になると通りのランプが星空のように輝くんだよ」

「まあ素敵……!」

「今度二人で忍び出して行ってみよう。私が君の護衛騎士になる」

悪戯っぽく笑う陛下は威厳ある国王というより年相応の青年に見えた。
彼の話を聞いているだけで私の心はリンドールへの期待で膨らんでいく。

そんな時、陛下は不意に小さな包みを取り出した。

「ああそうだ。これを君に食べさせたかったんだ」

包みを開けると中から可愛らしい焼き菓子が現れた。ナッツと蜜がたっぷりかかった甘い香りのするお菓子だ。

「リンドールの名物『太陽の恵み』という菓子だ。さあ口を開けて」

「え?」

「『あーん』だ」

にっこりと微笑む陛下がお菓子を私の口元へ運んでくる。
その行動があまりに自然でそしてあまりに破壊力抜群で私の顔はカッと熱くなった。

「へ、陛下!? そ、そのようなこと自分で食べられます!」

「遠慮するな。これも王の務めだ」

「どんな務めですか!?」

私が真っ赤になって固まっていると陛下は少しがっかりしたように子犬のようなしょんぼりとした顔つきになった。

「……だめか?」

その上目遣いは反則だ。
あまりの可愛らしさに私の抵抗力はあっという間に霧散した。

「……では陛下が先に召し上がってください。そしたら私もいただきますから」

「! 本当か!」

ぱあっと顔を輝かせた陛下はまず自分で一口嬉しそうにお菓子を頬張った。
そして「さあ君の番だ!」と期待に満ちたキラキラした瞳で再びお菓子を私に差し出す。

その子供っぽい一面に私はついに堪えきれずふふっと笑ってしまった。
そしておずおずとそのお菓子を口にした。

サクッとした食感と口の中に広がる優しい甘さ。
それは今まで食べたどんなお菓子よりも美味しく感じられた。

そんな和やかな旅が続く一方、私が去ったアルメリア侯爵家は静かな嵐に見舞われていた。

国王陛下の怒りを買ったという噂は瞬く間に広がり今まで付き合いのあった貴族たちは手のひらを返したように距離を置き始めたのだ。
そしてその影響はセレーナとフレデリックの関係にも及んでいた。

「フレデリック様、聞いてくださいまして!? 父があなたとの婚約を考え直せと……!」
「……我が家からも同様の意見が出ている。アルメリア家との縁は今やリスクでしかないと……」

二人の間には以前のような甘い空気は微塵もなかった。

やがて長い旅路の果てに壮大な城壁が見えてきた。
リンドール王国の国境だ。

「わあ……!」

城門をくぐるとそこには活気に満ちた城下町が広がっていた。
人々の顔は明るく豊かさが伝わってくる。

(ここが私の新しい……)

希望に胸を膨らませる私。
しかし王城の門前で私たちを出迎えた一行の雰囲気は私の期待とは少し違うものだった。

白髪のいかにも神経質そうな老人が臣下を代表して頭を下げている。彼が宰相のダリウス卿だろうか。

その表情は恭順を装いながらも私を品定めするような冷たい光を宿していた。

そして彼の後ろに控える貴族たちの視線にも歓迎の色はなかった。
むしろそこには明らかに棘と敵意が込められていることに私は気づいてしまった。
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