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第九話『冷たい洗礼と、未来の王妃の器』
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リンドール城は私の想像を絶するほど壮麗で威厳に満ちていた。
しかしその美しい城で私を迎えたのは歓迎の微笑みだけではなかった。
大広間に通されるとずらりと並んだリンドールの貴族たちが値踏みするような視線で私を射抜く。
その中心にいるのはやはり宰相のダリウス卿だった。
「陛下、長旅お疲れ様でございました。そして……こちらがイリス・フォン・アルメリア嬢ですな」
ダリウス卿は作り物めいた笑みを浮かべて一礼する。だがその目には全く笑いがない。
「この度は誠に……唐突なご婚約、心よりお慶び申し上げます」
唐突なという部分にわざと力が込められていた。
明らかに私を歓迎していない。
するとダリウス卿の後ろにいた派手な装いの貴族の一人が一歩前に出た。
「陛下、恐れながら申し上げます。我らが王妃となられるお方について我々も知る権利がございます。なにしろお聞きしましたぞ。このお方はご自国で婚約を破棄されたとか」
その言葉に広間がざわつく。
意地悪く私の古傷をえぐるような物言いだった。
アレクシオス陛下が不快そうに眉をひそめ何かを言い返そうとするのを私はそっと手で制した。
(これは私が乗り越えなければならない壁だ)
私は背筋を伸ばしその貴族をまっすぐに見つめ返した。
「はいその通りです。私は一方的に婚約を破棄されました。ですがそれは私が不貞を働いたからでも何か罪を犯したからでもありません。ただ私の元婚約者が私の妹に心変わりをされた。それだけのことです」
私の臆することのない態度に貴族は少し怯んだようだ。
「……ではお伺いしたい。リンドールはアルメリア侯爵家よりも遥かに歴史の古い国。我が国の複雑な成り立ちについてどの程度ご存知かな?」
たたみかけるように新たな試練が与えられる。
歴史に関する嫌味な質問だ。
しかしこれは幸運だった。
馬車の中でアレクシオス陛下が丁寧に教えてくれたばかりの知識だ。
私はゆっくりとしかし淀みなく語り始めた。
「リンドール王国は三百年前、三つの小国……すなわち北の民『風の部族』、森の民『緑の守り手』そして南の商業都市国家『水の都』が初代国王である英雄王アレクサンドロスの元に統合され建国されたと伺っております」
「それぞれの部族が持つ独自の文化や信仰を尊重しつつ巧みな融和政策によって一つの強大な国家を築き上げた……それがリンドールの偉大な歴史の始まりだと私は理解しております」
私の完璧な回答に質問した貴族はぐうの音も出ず顔を赤くして引き下がった。
広間が再び静まり返る。
その時アレクシオス陛下が私の耳元に顔を寄せて悪戯っぽく囁いた。
「……さすが私のイリスだ。完璧だよ。100点満点だぞ」
その優しい声援に私の頬が熱くなる。
恥ずかしくて俯いてしまったが心がとても温かくなった。
この人さえいればどんな困難も乗り越えられる。
そう確信したその時だった。
貴族たちの人垣がすっと左右に割れた。
そしてその間から一人の女性がまるで女王のように堂々と歩み出てくる。
燃えるような真紅のドレス。
自信に満ち溢れた猫のような瞳。
豊満な体を惜しげもなく誇示し見る者を圧倒するほどの妖艶な美貌の持ち主だった。
彼女はアレクシオス陛下の前で優雅にカーテシーをすると私に挑戦的な視線を向けた。
「陛下、長らくお留守にされたかと思えば……そのような枯れ木のような娘を連れてお帰りになるとは」
「ご冗談はおやめくださいまし」
「リンドール王国の王妃にふさわしいのはこの私、リンドール公爵が娘ロザリア・デ・リンドールですわ」
その声は甘くしかし毒を含んでいた。
彼女こそが国内の保守派貴族を束ねる最大勢力リンドール公爵の令嬢。
そして以前から次期王妃の最有力候補と目されていた女性だった。
しかしその美しい城で私を迎えたのは歓迎の微笑みだけではなかった。
大広間に通されるとずらりと並んだリンドールの貴族たちが値踏みするような視線で私を射抜く。
その中心にいるのはやはり宰相のダリウス卿だった。
「陛下、長旅お疲れ様でございました。そして……こちらがイリス・フォン・アルメリア嬢ですな」
ダリウス卿は作り物めいた笑みを浮かべて一礼する。だがその目には全く笑いがない。
「この度は誠に……唐突なご婚約、心よりお慶び申し上げます」
唐突なという部分にわざと力が込められていた。
明らかに私を歓迎していない。
するとダリウス卿の後ろにいた派手な装いの貴族の一人が一歩前に出た。
「陛下、恐れながら申し上げます。我らが王妃となられるお方について我々も知る権利がございます。なにしろお聞きしましたぞ。このお方はご自国で婚約を破棄されたとか」
その言葉に広間がざわつく。
意地悪く私の古傷をえぐるような物言いだった。
アレクシオス陛下が不快そうに眉をひそめ何かを言い返そうとするのを私はそっと手で制した。
(これは私が乗り越えなければならない壁だ)
私は背筋を伸ばしその貴族をまっすぐに見つめ返した。
「はいその通りです。私は一方的に婚約を破棄されました。ですがそれは私が不貞を働いたからでも何か罪を犯したからでもありません。ただ私の元婚約者が私の妹に心変わりをされた。それだけのことです」
私の臆することのない態度に貴族は少し怯んだようだ。
「……ではお伺いしたい。リンドールはアルメリア侯爵家よりも遥かに歴史の古い国。我が国の複雑な成り立ちについてどの程度ご存知かな?」
たたみかけるように新たな試練が与えられる。
歴史に関する嫌味な質問だ。
しかしこれは幸運だった。
馬車の中でアレクシオス陛下が丁寧に教えてくれたばかりの知識だ。
私はゆっくりとしかし淀みなく語り始めた。
「リンドール王国は三百年前、三つの小国……すなわち北の民『風の部族』、森の民『緑の守り手』そして南の商業都市国家『水の都』が初代国王である英雄王アレクサンドロスの元に統合され建国されたと伺っております」
「それぞれの部族が持つ独自の文化や信仰を尊重しつつ巧みな融和政策によって一つの強大な国家を築き上げた……それがリンドールの偉大な歴史の始まりだと私は理解しております」
私の完璧な回答に質問した貴族はぐうの音も出ず顔を赤くして引き下がった。
広間が再び静まり返る。
その時アレクシオス陛下が私の耳元に顔を寄せて悪戯っぽく囁いた。
「……さすが私のイリスだ。完璧だよ。100点満点だぞ」
その優しい声援に私の頬が熱くなる。
恥ずかしくて俯いてしまったが心がとても温かくなった。
この人さえいればどんな困難も乗り越えられる。
そう確信したその時だった。
貴族たちの人垣がすっと左右に割れた。
そしてその間から一人の女性がまるで女王のように堂々と歩み出てくる。
燃えるような真紅のドレス。
自信に満ち溢れた猫のような瞳。
豊満な体を惜しげもなく誇示し見る者を圧倒するほどの妖艶な美貌の持ち主だった。
彼女はアレクシオス陛下の前で優雅にカーテシーをすると私に挑戦的な視線を向けた。
「陛下、長らくお留守にされたかと思えば……そのような枯れ木のような娘を連れてお帰りになるとは」
「ご冗談はおやめくださいまし」
「リンドール王国の王妃にふさわしいのはこの私、リンドール公爵が娘ロザリア・デ・リンドールですわ」
その声は甘くしかし毒を含んでいた。
彼女こそが国内の保守派貴族を束ねる最大勢力リンドール公爵の令嬢。
そして以前から次期王妃の最有力候補と目されていた女性だった。
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