『五年後、私を捨てたはずの「氷の公爵様」と再会しました。 ～隣にいるこの幼い娘が「貴方の娘です」とは、今更とても言えません～』

第三十五話: 妻の、選択

公爵邸は、朝から、大騒ぎだった。
私が、キッチンや、掃除を、仕切り始めたからだ。

「......アリア様!」
「そんな、埃の、立ち方では、ダメです!」
「窓を、開けて、換気を、しながら!」

「料理長!」
「カシウス様は、内臓が、弱っているの!」
「油は、禁止! 蒸し物と、スープを、中心に!」

「は、はい! 奥様!」
「「「はい! アリア様!」」」

昨日まで、私を、遠巻きに、見ていた、使用人たち。
その、目が、変わっていた。
(......尊敬?)
(クスッ......)
(悪くない、気分ね)

「......ママ、すごい!」
ルナが、私の、足元で、目を、キラキラさせている。
(......ルナに、いいとこ、見せられたわ!)

私が、調子に、乗っていた、その時。
ゼノン様が、血相を、変えて、飛び込んできた。

「アリア様! 大変です!」
「......どうしたの、ゼノン様」
「落ち着いて。深呼吸して」
(......私、すっかり、奥様、気分)

「......王宮から、正式な、通達が!」
「バルザック卿の、爵位剥奪と、終身刑が、決定しました!」
「「「「おおおー!」」」」
使用人たちが、歓声を、上げる。

「そして!」
ゼノン様が、私を、真っ直ぐに、見た。

「アリア様の、スパイ容疑は、完全に、晴れました!」
「名誉は、回復されました!」

(......!)

(......私の、名誉......)

五年間、ずっと、私を、縛り付けていた、重い、鎖。
それが、今、ガラガラと、音を立てて、崩れていった。
(......よかった)
涙が、溢れてきた。

「ママ!」
ルナが、私の、涙を、拭ってくれる。

「......おめでとう、ございます」
「奥様」
使用人たちが、私に、深々と、頭を、下げた。
(......あ)
その、輪の、外に。
一人だけ、震えている、女が、いた。

(......ヒルダ)

彼女は、顔面蒼白で、今にも、倒れそうだ。
(......当然よね)
(私が、公T爵夫人に、返り咲いたんだから)

その時。
カシウス様が、帰ってきた。
「......アリア」

彼は、王宮から、直行した、のだろう。
まだ、正装のままだ。
ルナが「パパ!」と、駆け寄る。
カシウス様は、ルナを、抱き上げた。
そして、私を、見た。

「......聞いたか」
「......ええ」
「......公式に」
「俺の、妻に、戻ってきてくれて、ありがとう」

(......きゅん)

(ダメダメ! まだ、許してない!)

カシウス様は、私を、抱きしめようとして......。
やめた。
(......我慢、してる?)
(クスッ......)

彼は、咳払いを、一つした。
そして、部屋の、隅で、震えている、ヒルダを、見た。

「......ヒルダ」
「......ひっ!」
「......お前の、処分だが」

カシウス様の、目が、氷のように、冷たくなった。
「......本来なら、即刻、解雇」
「いや、バルザック卿の、共犯として、牢に、入れるところだ」

「......お、お許しを!」
ヒルダが、その場に、崩れ落ちた。
「私は、公爵家の、ために!」
「カシウス様が、あの女に、騙されていると!」

「......まだ、言うか」
カシウス様が、剣に、手を、かけそうになる。
(......あ、ダメダメ)

「待って、カシウス」
私が、止めた。

「......アリア?」
「ヒルダの、処分は」

カシウス様は、私を、見た。
そして、言った。

「......君に、任せる」
「君が、この家の、女主人だ」
「君が、決めろ」

(......!)

(私に、決めろ、ですって?)

全員の、視線が、私に、集まる。
ヒルダが、私に、すがるような、目を、向けている。
さあ、どうしよう。
この、私を、地獄に、突き落とした、侍女長。
この、悪役女を。

私は、ヒルダの、前に、ゆっくりと、歩いていった。