『五年後、私を捨てたはずの「氷の公爵様」と再会しました。 ~隣にいるこの幼い娘が「貴方の娘です」とは、今更とても言えません~』

放浪人

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第六十話(最終回):氷の公爵と、愛しい薬師(つま)

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私たちが抜け出したのは、公爵邸の中庭。

 夜風が心地いい。

 月が明るくて、まるで五年前のあの雨の夜を洗い流してくれるようだ。

 

「......大丈夫か、アリア」

「......ドレスがきついだろう」

 

 カシウス様が私の肩を抱き寄せてくれる。

 

「......平気よ」

「......でも、少し疲れたかも」

 

「......そうか」

 

 私たちはベンチに腰掛けた。

 パーティーの喧騒が遠くに聞こえる。

 二人だけの静かな時間。

 

「......不思議ね」

 

「......うん?」

 

「......五年前は、こんな日が来るなんて夢にも思わなかった」

「......毎日、ルナを守ることで必死だった」

 

「......アリア」

「......俺もだ」

 

 彼が私の手を握った。

 怪我の痕が残る大きな手。

 

「......五年前、君を失って」

「......俺の時間は止まってしまった」

「......まるで氷の中で眠っているようだった」

 

「......カシウス......」

 

「......君が俺を溶かしてくれた」

「......君とルナが、俺に本当の温もりを教えてくれた」

 

 彼は私の手にキスを落とした。

 その青い瞳が私への愛で潤んでいる。

 

(......もう)

(......この溺愛夫)

 

「......私こそ、ありがとう」

「......カシウス」

「......私を見つけてくれて」

「......私をもう一度愛してくれて」

 

 私たちが見つめ合っていると。

 ガサガサッ、と茂みが揺れた。

 

「「!」」

 

 カシウス様が私を庇うように立ち上がる。

 (......まさか、暗殺者!?)

 

 茂みから出てきたのは。

 

「......パパ! ママ!」

「みーつけた!」

 

 ルナだった。

 その後ろには慌てたヒルダが控えている。

 

「......ルナ様! こら!」

 

「......ルナ」

「......どうしたんだ、こんな夜更けに」

 

 カシウス様が一瞬で父親の顔に戻る。

 (クスッ......)

 

 ルナは私たちに駆け寄ると、何かを差し出した。

 それは小さなシロツメクサの花の冠だった。

 

「......パパとママに、プレゼント!」

「......けっこんしき、おめでとう!」

 

「「......!」」

 

 私とカシウス様は顔を見合わせた。

 五年前、記憶を失っていた彼が。

 リーフェンで私にこっそり作ってくれた、あの不器用な花の冠。

 

「......ルナ」

「......ありがとう」

 

 カシウス様がその花の冠を受け取った。

 そして優しく私の頭に乗せてくれた。

 

「......今度こそ上手にできたな」

 

「......え?」

 

「......なんでもない」

 

 彼は意味深に笑った。

 ルナを高く抱き上げる。

 

「......アリア。ルナ」

「......王都に帰ろう」

「......俺たちの家に」

 

「......うん!」

 

 私たち三人の笑い声が、月夜に響いた。

 

   ◇ ◇ ◇

 

 そして、数年後。

 リーフェンと王都に作られた「アリア薬草研究所」は。

 多くの新しい薬を生み出し、王国中の人々を救っていた。

 私は「聖女」なんて呼ばれて、少し恥ずかしい。

 

 ヒルダはすっかり私の右腕として、研究所と公爵邸を完璧に仕切っている。

 (......ルナの教育係も兼任していて、ルナは少しビクビクしてるけど)

 

 そして、私は。

 

「......う......」

 

「......アリア? 大丈夫か!?」

 

 公爵邸の寝室で、大きくなったお腹をさすっていた。

 

「......もう、カシウス」

「......心配性すぎよ」

「......二人目なんだから大丈夫」

 

「......だが!」

「......ゼノン! 医者を! 王国中の医者を呼べ!」

 

 カシウス様の溺愛っぷりは相変わらずだ。

 いや、前よりひどくなっている。

 

「パパ、うるさーい!」

「あかちゃん、びっくりしちゃうよ!」

 

 少しお姉さんになったルナが、カシウス様を叱りつけている。

 

(クスッ......)

 

 私はこの愛しい家族に囲まれて。

 世界で一番幸せな薬師(つま)だ。

 

「......アリア」

「......愛している」

 

 彼が私のお腹にキスを落とした。

 

(......これが私への甘すぎる「罰」なら)

(......喜んで一生受け入れます!)

 

 氷の公爵様と追放された薬師の物語。

 それは、世界で一番甘い溺愛の物語。

 

(完)
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