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40話「新しい噂」
神殿での聖祭から数日が過ぎた朝。
辺境伯邸の食堂で、いつものように簡単な朝食をとっていたセレナのもとに、イザークが急ぎ足で入ってきた。
その手には、王都から届いたばかりの『王都日報』が握られている。
「セレナ様。王都の空気が、完全に変わり始めましたよ」
イザークは興奮を隠しきれない様子で、新聞をテーブルの上に広げた。
「ここを見てください。社交界の噂をまとめたコラム欄です」
セレナが視線を落とすと、そこには見出しとして大きく『北辺の白銀補佐、王都の危機を救うか』と書かれていた。
「白銀補佐……?」
「ええ。先日、王都の市場に出回った北辺産の飼料と防寒布。あれで恩恵を受けた貴族や商人たちの間で、あなたの実務能力を再評価する声が爆発的に広がっているんです」
記事の内容は、セレナにとって信じがたいものだった。
つい数ヶ月前まで「冷酷で可愛げのない悪役令嬢」と罵っていた者たちが、今では「類まれなる頭脳を持った、氷の美姫」「王太子殿下は、国を支える最大の宝を自ら手放した」と、手のひらを返したように称賛しているのだ。
「王太子殿下とミレイユ様の評判は、地に落ちつつあります。政務の遅延が隠しきれなくなり、彼らの無能さが浮き彫りになっているのです」
イザークが誇らしげに言うが、セレナは冷静に新聞を横へ退けた。
「……大衆の噂とは、風見鶏のようなものです。彼らは事実を知ったからではなく、単に今の自分たちの生活が苦しくなったから、過去を美化して都合よく私を持ち上げているに過ぎません」
「ですが、これで王都へ戻る足場は完全に固まりました。あとは文書院からの証拠が届けば、法廷で彼らを完全に叩き潰せます」
「ええ。……だからこそ、油断はできません」
セレナが紅茶のカップに手を伸ばしたその時だった。
「大変だ!」
食堂の扉が乱暴に開かれ、ガレスが血相を変えて飛び込んできた。
彼の背後には、険しい顔をしたオスカーの姿もある。
「どうした、ガレス団長」
「王都から、緊急の早馬が着いた! 監査院からの公式な通達だ!」
ガレスは手にした書類を、乱暴にテーブルに叩きつけた。
その羊皮紙には、王国の重々しい紋章印が押されている。
「……『セレナ・アルヴェインに対する、国庫横領の追加容疑による緊急監査の通達』?」
イザークが書類を読み上げ、絶句した。
「どういうことだ! 横領の疑いで追放した張本人に、今さら追加容疑だと?」
「王都での過去の件じゃない」
オスカーが低い声で告げた。その瞳は、怒りで暗く濁っている。
「奴らは、セレナが北辺に来てから行った『塩街道の流通再編』や『飼料の売却益』のすべてが、辺境伯家を騙して私腹を肥やすための新たな横領であると、偽造の証拠をでっち上げたんだ。監査官がすでに、北辺に向けて出発している」
セレナの指先から、すっと血の気が引いた。
「……なるほど。ローデリク侯爵の最後の手ですね」
彼らは、セレナの評判が王都で反転し始めたことに強い危機感を抱いたのだ。
だからこそ、これ以上彼女の手柄が広がる前に、彼女が北辺でも不正を行っているという強引な偽造文書を作り上げ、強制的に罪人に仕立て上げようとしている。
「監査官が来るとなれば、もう手紙のやり取りで時間を稼ぐことはできません」
セレナは立ち上がり、冷たい窓の外を見据えた。
敵は、本気で彼女の息の根を止めに来た。
北辺で積み上げた信頼と名誉を、再び泥で塗り潰すために。
本当の決戦の火蓋が、今、切って落とされたのだった。
辺境伯邸の食堂で、いつものように簡単な朝食をとっていたセレナのもとに、イザークが急ぎ足で入ってきた。
その手には、王都から届いたばかりの『王都日報』が握られている。
「セレナ様。王都の空気が、完全に変わり始めましたよ」
イザークは興奮を隠しきれない様子で、新聞をテーブルの上に広げた。
「ここを見てください。社交界の噂をまとめたコラム欄です」
セレナが視線を落とすと、そこには見出しとして大きく『北辺の白銀補佐、王都の危機を救うか』と書かれていた。
「白銀補佐……?」
「ええ。先日、王都の市場に出回った北辺産の飼料と防寒布。あれで恩恵を受けた貴族や商人たちの間で、あなたの実務能力を再評価する声が爆発的に広がっているんです」
記事の内容は、セレナにとって信じがたいものだった。
つい数ヶ月前まで「冷酷で可愛げのない悪役令嬢」と罵っていた者たちが、今では「類まれなる頭脳を持った、氷の美姫」「王太子殿下は、国を支える最大の宝を自ら手放した」と、手のひらを返したように称賛しているのだ。
「王太子殿下とミレイユ様の評判は、地に落ちつつあります。政務の遅延が隠しきれなくなり、彼らの無能さが浮き彫りになっているのです」
イザークが誇らしげに言うが、セレナは冷静に新聞を横へ退けた。
「……大衆の噂とは、風見鶏のようなものです。彼らは事実を知ったからではなく、単に今の自分たちの生活が苦しくなったから、過去を美化して都合よく私を持ち上げているに過ぎません」
「ですが、これで王都へ戻る足場は完全に固まりました。あとは文書院からの証拠が届けば、法廷で彼らを完全に叩き潰せます」
「ええ。……だからこそ、油断はできません」
セレナが紅茶のカップに手を伸ばしたその時だった。
「大変だ!」
食堂の扉が乱暴に開かれ、ガレスが血相を変えて飛び込んできた。
彼の背後には、険しい顔をしたオスカーの姿もある。
「どうした、ガレス団長」
「王都から、緊急の早馬が着いた! 監査院からの公式な通達だ!」
ガレスは手にした書類を、乱暴にテーブルに叩きつけた。
その羊皮紙には、王国の重々しい紋章印が押されている。
「……『セレナ・アルヴェインに対する、国庫横領の追加容疑による緊急監査の通達』?」
イザークが書類を読み上げ、絶句した。
「どういうことだ! 横領の疑いで追放した張本人に、今さら追加容疑だと?」
「王都での過去の件じゃない」
オスカーが低い声で告げた。その瞳は、怒りで暗く濁っている。
「奴らは、セレナが北辺に来てから行った『塩街道の流通再編』や『飼料の売却益』のすべてが、辺境伯家を騙して私腹を肥やすための新たな横領であると、偽造の証拠をでっち上げたんだ。監査官がすでに、北辺に向けて出発している」
セレナの指先から、すっと血の気が引いた。
「……なるほど。ローデリク侯爵の最後の手ですね」
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だからこそ、これ以上彼女の手柄が広がる前に、彼女が北辺でも不正を行っているという強引な偽造文書を作り上げ、強制的に罪人に仕立て上げようとしている。
「監査官が来るとなれば、もう手紙のやり取りで時間を稼ぐことはできません」
セレナは立ち上がり、冷たい窓の外を見据えた。
敵は、本気で彼女の息の根を止めに来た。
北辺で積み上げた信頼と名誉を、再び泥で塗り潰すために。
本当の決戦の火蓋が、今、切って落とされたのだった。
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